9月-1
文化祭……。
これほど忌々しい言葉はあるだろうか?
大体、私は、大勢でわいわい、がちゃがちゃしている所からは逃げたいタイプなのだ。
ああ。逃げたい。
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昨日……。
「はいはーい!何かしたい出し物はありますかー!?」
「なんでも良いからネー!」
今日の学活は特別編だ。
しーん。一部の女子だけがこそこそと、恵の隣の、いけすかない男子を見てきゃーきゃー言ってる。
恵の他にも四人前に立っていて、確か……委員二人、係四人だった、気が、する。奴らは、前に恵に騙された時、海にいたメンツだ。
はじめての文化祭。
したいこと、なんて思いつかない。
しばらくして、ヒソヒソ話していた集団から手が上がった。
「えーっと、お化け屋敷とかどうですかー?」
「ふむふむ、お化け屋敷ねーー…!」
恵が黒板に文字を書いていく。それを皮切りに、何人かが意見を出し始めた。
演劇とか、模擬店とか。
パラパラちらほらと意見が上がる。
映画の上映とか、展示会とか。
歌を歌う、漫才……等々。
まあ、なんでもいいと思うけど。
ヒーローショーとか、脱出ゲームとか……よくそんなに思いつくな。
最終的に、ありきたりな喫茶店に収まったのは……良かったかもしれない。こすぷれ喫茶だと。こすぷれっていうのが何なのか、はっきりとは分からないが……。
後々、これは皆が楽しそうに仮想する事ということを知った。
ハロウィン?
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で、今は準備期間中である。2日間。今日は午後。
学校は飾り付けが始まり、教室は華やかになってきている。たった2日でこんなになるのか、と思う。
やる気に満ち溢れている学校が、鬱陶しい。
……私は、文化祭が楽しみじゃない。
別に、一緒に回る人が居ないから、とかではない。
恵はこう言っていた。文化祭実行委員だからごめんーー! と。……おそらく、だが、あのいけすかない奴と回るのではないだろうか?
ああ、そして、私には恵以外話せる人間が今は居ない。
……当日は、ずっと仕事してようっと。
「衣装は、皆さん各自で用意してくださーい!」
「喫茶店にぴったりなのよろしくネー!」
そんなふうにして、今日の学校は終わった。
「恵。」
「んー?なーに、らうっち?」
「こす、ぷれ、って、何。」
恵はうーんと首をひねった。そして、ぽんっと手を叩いた。
「そーだ!今日放課後、らうっち空いてる?」
私は空いてるが、恵は空いているのか?実行委員、としての仕事はいいのか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
恵に連れられて、電車に乗って、都心に来た。
学校からも、ボロアパートからも、建設途中の塔が見える。いや、建設途中ではない。
そう見える、だけの、プリン型の建物だ。細長いプリンだ。落下防止用の柵も相まって、そう見えるだけなのだ。
でも、小学校の頃はそれが分かっていなくて、どこまで伸びるだろうか、なんて話を……誰かと、したな。
その誰かは……馬鹿げていて、現実的じゃない、答えを言って。
私は、どう思ったんだっけ。
その塔の中に、私と恵は今、居る。
食べ物屋さん、服屋さん。ゲームセンター、その他色々、ここに来れば何でもできるし何でも揃う。らしい。
来たのは開店、いや開塔直後に一回だ、そうだったはずだ、小学校の時に、どこまで伸びるだろうかと話した……友人と、行ったと言った。
……の割には、どれもこれも見覚えがないな。
少なくとも4年は経っている、きっとそのせいだ。
こんなに便利であるという話は聞かなかった、はずだ、たぶん。
なんと、ロボットが出迎えてくれたりする。
「ねえらうっち!これどーこれ!かわゆすじゃない!?」
フリルフリルリボンにブラックの、ワンピ。
絶対やだ。
「じゃあこれはっ!?猫耳!」
ただの黒いワンピースに、飾りっ気のないエプロン。恵が用意したそれ、それでいいじゃないか。
なぜそこに猫耳、を追加する?大体人間には立派な耳が横についているというのに、さらに獣の耳を生やしたらクリーチャーじゃないか。
「尻尾も!」
「お買い上げ、1060円になります。」
機械だ。機械が接客をしている。
私にはこの相場が安いのか高いのか分からないが、この服の生地がペラペラで、安い作りで……日常生活には不向きなんだろうな、という事は分かる。
だが、少し、ばかり、いつか壊れてしまうであろう事を惜しむ感情を覚えた。
「ねえねえらうっち。あ~いう機械が暴走して、この塔に閉じ込められちゃったりしたりしそうだよねっ!」
しないと思う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
家に帰る。買い物袋をドサッと置く。ベッドに倒れ込む。
文化祭。きっとあの子だったら楽しめただろうに。
ベッドの中にもぐって、そのまま私は寝てしまった。
あの子って、誰?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
文化祭当日。
私は朝からずっと働いていた。ずうっと、教室の前で、呼び子。
客入り?悪いさ、当然。昔見たことがある、バンバン客が入るような仕草は、できそうもない。格好も違うし。
「いら、っしゃい、ませ。こすぷれ、喫茶、です。」
「らうっちそろそろ交代だよー!文化祭まわってきなよっ!」
だから、まわりたくないんだって。
ごまかしごまかし、働き続けていたが、ついに恵にバレてつまみ出された。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ふらふら歩いていると、志伊に会った。
志伊は隅の隅で、他の人間が来ないような、売店も自販機もなにも無い……端っこの端っこで、缶コーヒーを飲みつつ、あの本を読んでいた。
「らいうちゃんが一緒だったら楽しかっただろうな……」
その言葉は。
過疎っているお化け屋敷に行き、全然動かない手作りジェットコースターに乗って。食べ物は並んでみたけど買えなくて。変わりに射的をしてきて……あまりの当たらなさに怯えられた私に対する、当てつけかもしれない。そんな気がした。
「一緒に、まわり、たい、の?」
なぜ声を出してしまうのか?
しょんぼりしている人間がいたら、思わず手を差し伸べる……それで痛い目にあうことが分かっているのに、だ!解せぬ。そんな人間にはなりたくないんだ。
「ボク一人じゃ……楽しむことなんてできないし。……何よりもボク自身が許せない。」
ふーん……?
「楽、しめ、ばいいの、に。」
投げやりな私の言葉に、志伊は反応しなかった。ただ、遠くを見ていた。
志伊は髪の毛をいじった。黒い髪の毛はさらさらで、羨ましいくらいだ。きっとお風呂に入って髪の毛を乾かすとき、ひっかかって痛い思いをしないだろう。私は先っぽにいけばいくほど、くねくねした髪質なのでよくひっかかる。痛い。昔からそうだ。
目の前の少年は、赤い左目を瞬かせて、窓の方を向き、青い右目をそっと閉じた。
日が、落ちてきて、夕日が志伊の顔に影を作る。
ひどく、寂しそうに見えた。
……ぼっちなの、か?
独りで、何も言わずにまわってきたのはよくなかっただろうか?形式的にでも、声をかけるべきだっただろうか?頭が痛い。あの子ならそうしただろうという考えと、何を言っているんだお前は、と記憶の中から声がする。そうして、私はこのペラペラな服の裾を掴んだ。それだけで、頭痛が多少マシになった。
……そういやこの前、志伊にはストーカーまがいのことをされたんだったか。あの後、起きたら居なかったから夢だと思っていたが。
もしかして一緒に回ろ的な、ぼっち回避保険をかけに来てたのか?
「……明日、は、一緒に、回らない?」
私はかすれる声で言った。喉はカラカラだし、耳は熱い。どうしてこんなに志伊の前で長く言葉を紡ぐと緊張するのか分からない。
恵の前では小学生の時の饒舌さとはいかないまでも普通にしゃべれるのに。
「何やってるんだろうね……ボクは……。ひとつだけ、」
「ひとつ……?」
「ひとつだけ見に行こう。」
そっか。
私はコクリと頷いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
次の日、私は志伊と休憩時間に、出し物だらけの教室達とは逆の方向へと歩いていた。
志伊はずっと本を読んでいる。歩き読書だ。読みながら歩いている。白くて細くて長い指で文字を追っている。私に何か、伝えたいことでも?
− "僕" の頭に、そのかってきて、が、狩ってきて、となって届くのに数秒かかった−
−よくもまあ、そんな歯 "が" 浮くようなセリフを放てるようになったね−
−もっと先の未来が "見たい" の?−
−あれ、あれっは!?あの、すごく、怖い "のは" !?−
−僕には、あれの "美術" 的価値は分からないんだけど、賠償とか言われたりする?−
−それはさながらもやし栽培 "室"−
−ピザ "の" ように。−
−"展示"品みたいだね?−
− "なんだ" よー……夢かー……−
はー……?
「普通に、喋った、ら?」
−今、そういう場合じゃないと思う。−
ほんっとうに、どういう話なんだろう?
あるいは、意味なんて無いのかも。
美術室の前には、おしゃれなカフェなんかでよく見る、小さな黒板が置いてあって、「ほらほらホラー!お化け展!」と書いてあった。……そういや、恵はお化けが苦手だっけ。よく成仏成仏ーって叫んでるし。たぶん苦手なんだろう。本人に聞いたことは無いが。
一方の私は、そこまでではない。おばけには会ったことがないので、怖くない。会ったことがあるだけに、生身の人間の方が数十倍怖い。と、いうかおばけの方が優しい性格をしているかもしれない。危ないところに出て帰れって言うのも、夜に出るのも、危ないよって教えるためかもしれない。
でも、お化けの絵、は怖いな……。
ひとりぼっちに、なった気分になる。
「……おど、ろおど、ろし、い。」
まるで襲ってきそうな、黒い絵の具で描かれた恐ろしいろくろ首のイラストを見ていると、美術室の一番奥に志伊が行った。
私は早足で追いかけた。
私は志伊に追いついた。
志伊が食い入るように見ていたのは、不思議な色合いの絵だった。
黒い線は一つもない。白い丸に適当に、細い筆でいろいろな絵の具を重ねていったみたいな……ここにあるにはどうにも不釣り合いなものだった。
他の絵は、黒い絵の具で、おばけの形が決めてあるのに……。志伊が見ている絵は、明るい絵の具でただかきなぐったみたいだ。それに、使っている紙が他の絵の紙よりも古紙の様に見えるし、この場に不釣り合いだ。
「正しく描けているだろうか?」
率直な感想を求められているのだろうか?正しく……?画法、とか?私には分からない。
率直に言えば……。
「……不釣、り合、い。」
「何かが違う?」
「……そ、う、周り、と。」
「やっぱり、これはお化け……妖怪ではない……?」
……テーマにあってないってこと……?
「……そう、かも……妖、怪じゃな、くて…なん、か……」
「妖怪じゃなければ、何?」
「……」
「まあ、いいか。」
「……怖い、か、ら、妖、怪、かも。」
「……。」
志伊はすうっと息を吸った。
「ねえ、らいうちゃん、この絵、ボクが描いたんだ。」
そうか。
それを聞いて、良心が痛まない私でもない。……悪いことを言ったかもしれない。やっぱり、褒めるべきだったか。
「うん、そうだね、やっぱり違うよね……。」
「ん。」
言葉は、出なかった。
昔からそうだった。どんな言葉を掛ければ、こういう寂しそうな笑顔が拭えるのか、たくさんの人間と関わってきたわけではない私には、分からなかった。いや、考えてこなかっただけか。
「美術、部、だっ、たん、だ。」
私は志伊に、他愛もない言葉をかけた。
「うん……うん……、ねえ、キミならどう描く?」
それは私が帰宅部と知っての所業か。私の美的センスはゼロに近いのに。
「顔、を、描く。……黒で。」
「……はあ。」
深いため息を吐かれた。失礼なやつだな。
真面目に答えているというのに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
家に帰った。
ベッドに身を投げ出す。
目を閉じると、あの不思議な色が、まぶたの裏に浮かぶ。
その色を追いかけていると、まるで夢の中にいるような気持ちになった。
……こういうふうに、言えばよかったのだろうか。
スマホを取り出す。
何の気なしに、連絡先名簿を見る。
ああ、交換してないのか。
私の連絡先名簿には、恵しかいない。
ちょうど、18:00だ。
私は無理矢理ではなくごく自然に、眠りについた。
志伊は何を描いた?




