第六章プロローグ
腹が減った。
さすがの私でも、アパート、そして木隠来羽の父親の家の冷蔵庫のもやしのみで生活するのには無理がある。というかよくあったな。しばらく人間が住んでいた形跡はなかったが。……このもやし、何年ものだ?
この世界についての情報はあらかた集まった、と言えるだろう。
食料を調達しつつ、奴を屠る準備をする必要がある。
洋館、つまり父親の書斎がある家、を出る。と、狼を見つけた。
あれは……見たことがある。たぬき娘の記憶の中で。たしか、たぬき娘を最初に襲ったモンスターじゃないか?
肉食……まずい、のは知っている。二つの意味で。
選択肢は撤退のみだ。
しかしながら、後退したとき、小石を踏んでしまったらしい。音が出てしまった。
狼と対峙。
変に私が落ち着いているのは、脳内でたぬき娘が大慌てだからであろう。
(あばばばばばば!くわ、くわくわくわ、くわっる!食われる!食べられる!生で!逃げよう!はやくねえはやくはやく!)
[たぬき変身]……は、したくない。そもそもできるのか?
スキルは使用できるだろうか。
いや、スマホを取り出すために目を逸らしたら、その時が私の最期だろう。
……。
ダメ元で聞くが……どうだたぬき娘、いけるか?
(いやいやいやいや!むりいいいいい、い?)
少しだけ、ホッとした気持ちと共に、そうだろうなと返事をしようとした。
そもそもたぬき娘は私の脳内から出れないはずだ。
……自分が感じた気持ちに対して、少しばかりの疑問を覚える。
が、その思考は、私の右手についているヘアゴムの、間抜けなたぬきの顔が光った事で、中断された。
《スキル[たぬき召喚]を獲得しました。》
[たぬき召喚]
効果…無限の可能性を秘めたたぬきを召喚する。たぬきに拒否権はない。使用制限:1
SP…0
取得条件…神様の出血大サービス!
思考が追い付かなかった。
スキルやテクニック……世界がこんな風になってしまってからは、手に入れられないものだと、思っていた。
《その通りですよ。ですがそれを……いつまでも頭の中に仕舞われたままだと、困るのです。》
……キーンとする、氷を食べた後みたいだ、聞こえない声がする、頭が痛い。
……サービス、ということは極めて限定的な付与なのかもしれない。
(なーに、このスキル……むげんのかのうせいをひめたたぬき!?!?)
……。
(発動しよー!発動しよーよー!!無限の可能性!)
書斎の本に、書いてあった。主人公補正、ってやつらしい。こういうのは。
《主人公、ですか?自分が主人公だと?ふふ、面白い事言いますね!》
例えばマジックを二つ持つとか、スキルやテクニックを手に入れられない筈の環境で手に入れるとか。
……やっぱり、まだ、頭が痛い。
(しゅじんこーほせー?主人公干せ!?え、え、僕洗濯されちゃうの?え、こまるうう……上等な毛皮が…ぼさぼさに…せめて手洗いでお願い!)
頭の中、目の前のたぬきの声が聞こえて、頭痛がまたひどくなった。なんだよ洗濯って。
《あらら、流石にまだこのくらいの負荷はしんどそうですね。でも、うーん、もう一押し、必要ですね。》
仕方がない、か。
この状況を打破するためには使わなければいけない。
この事態を引き起こしたのが奴なのだとしたら……私が主人公でしかるべきで、そして世界を救わなきゃいけない。
そうじゃないと、そうじゃないと。
(……?何かしらの後悔……ってやつ?)
なんだか、声がぼやける。
(必要な時にはいつだって駆けつけるよ!たぬきの手はいっつも空いてるからね!)
たぬきなのに。大口をたたいている。
でも、少しばかり、心強いと思って、思ってしまった自分がいた。ストンと落ちる様な、言葉を待っていた様な。
卑怯者だ。
狼と見つめ合う。
ああ、やっぱり、頭が痛い。
思考が揺らぐんだ。
これは、これは、私の、夢のせい?
頼れるものが無い今、たぬきの手でも借りれるもんなら借りれば良いじゃないか。
それ、が。
《助けなきゃいけないんでしょう?》
それが、人間として当然であるはずだから。
それが、彼女を危険に晒す行為だとしても?
……あの日みたいに、
誰か、誰か、私を助けてくれ。
《よし!やっと、願いましたね。良いですよ。》
視界が、思考が、白く、白く、マーブルに染まって。
私?は吐き出す様に、言う。
「ス、キルス、イッチ。[たぬき召喚]」
「たぬ!?たぬたぬぬ、たぬぬぬぬ!」
(え!?唐突だけどガッテン承知!)
ぽんっと間抜けな音がして、たぬき娘が空中に放り出される。
その音で、はっと、視界が、思考が元に戻る、何だったんだいったい。
私はドリーマースマホからナイフを取り出す。ミファスムのナイフだ。
ああやっぱり。私は、武器、使えるんだ。
たぬき娘じゃないから。
今、この場を潜り抜けるための、生存本能による最適解を、勝手にこの頭は導き出す。違う、違う、決して、感情にのまれたわけじゃない、周りが全部、全部、知らないものになって、全部信じられないみたいな状況を、状況から、逃げ出したくて、甘い言葉にすがって、やってはいけない事をやってしまったわけじゃない。
「たっぬぬぬぬううううう!」
(こっちだよー!)
たぬき娘が、走る。……たぬき姿で。
狼、ブラックウルフのすぐ横を走り抜けて、ブラックウルフの、目を奪う。
(これほど奪いたくない目もないね!)
ブラックウルフの尻尾が私の方に向いた瞬間、私は走る。
もっと、速く!
たぬき娘が手に入れたスキルの中で、最も使えそうなスキルを選択し、発動する。
「スキルスイッチ[加速]」
(スキル[加速]
効果…動く速さが3倍になる。
SP…10
取得条件…敵の注意が逸れている状態で、より速く走ろうとする。)
10……か。結構消費するな。
ナイフでブラックウルフの尻に切り込む。なんだか、嫌な感触がした。
グリップを握る手に伝わる、気持ちの悪い感覚、命を斬る、重みと、これなら、まだ、素手の方が、いや、刃物の方が?温かく無いだけマシかななんて。
「グガアアアアアア」
ブラックウルフがこちらを向く。
(そーはさせないからねー!)
たぬき娘が爪でブラックウルフを切る。
「スキルスイッチ、[パンチ!パンチ!パンチ!]」
ブラックウルフが私から目を離した隙に、ナイフを持った手で三回打撃攻撃を放った。
ブラックウルフがウオオオオオオウウ……という声をあげながら、倒れる。
……消えない。
どうして?
どうして……霧にならないの?
どうして……このモンスターは、血を流して倒れているの?
(どーしたの?具合が、悪そうだよ?)
たぬき娘が脳天気な声で言う。
見えてないんだ、見えてないんだ、見え、見えてない!!
私はたぬき娘を抱きかかえた。いや…たぬき娘ではない。たぬきだ。真っ赤な。
つまり、私は……少なくとも、私は……。
現実に、いて、それで、じゃあ、夢に染まりきらなかった、私は、
死んだら、死ぬ、って、こと、なの?
胴体に回した赤い手が、震えた。
神様の特別大サービスでした。
5000pv突破!いつもありがとうございます!!
(* ´▿`*)*_ _)⁾⁾
よければ★など、よろしくお願いします。
誤字脱字など、あったら教えてくださると助かります。
9/1追記:神様の介入を分かりやすくしました。神様は、DWの木隠来羽と現実の木隠来羽が分離してくれないと困るみたいです。しかし、個々の夢を願う力を借りないとこういう事はできないので、都合良く進むのは今回と、あともう一回だけです。




