8月
目を覚ます。
せっかくの夏休みだというのに、六時おきで二度寝もできないとは随分なことだ。
夏休み。
これは、甘美な言葉でもあり…悲痛な言葉でもある。
なぜなら、夏休みが終わったら学校に行かなければいけないからだ。
まあ、今は…今だけは、布団でごろごろする素敵な時間を嗜んだってバチは当たらないだろう。
ゴロゴロ…ゴロゴロ…ピンポーン…ゴロゴロ…ピンポーン…ゴロゴロ…ピンポーン…ゴロゴ…ピンポーン…ゴロ…ピンポーン…ゴ…ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン…ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーピンピンピンピンピピピピピピピピピピピピ
うるさい。
さっきから誰だ。インターホンを連打してるやつは。
「……どち、ら様?」
「らうっちいいーーー海に行こう!UMI!」
「やだよ」
「ちょ、せめてドア開けてーよー!」
恵がアパートのドアをどんどん叩く…ちょっと、待って。このアパート安ボロアパートだから。そんなに叩いて壊れたら修理代出さなきゃいけなくなるから。…いや、恵に出させればいいか。
なので、私は部屋から出ない。ゼッタイ。
「ちょっとーー!らうっちーー!」
その日はそれで終わった。
次の日。
またピンポンの連打が鳴り響いた。
インターホンに出る。
「行か、ない。家、に、いる。私、行かない。」
「そう言わずにさー!行こうよ!海!外に行くような課題出てないし、このままじゃらうっち部屋の中でゆだっちゃうでしょー!」
行かない。絶対に行かない。
「らうっちいいいいい!」
どんどんどんどんと叩かれる扉の音を毛布でシャットダウンし、涼しい部屋の中で、私は二度寝をした。エアー・コンディショナーは最高。
次の日。
私は海にいた。暑い。暑すぎる。めちゃくちゃ暑い。茹で上がって乾燥してしまう。
私は、上はチャックを上まで上げたパーカーにライフジャケットをつけ、下は洋服みたいなズボンの水着に、水泳選手が着るような水着を下に来て、なるべく肌の露出を抑えている。恵が、用意してくれた。
で、その恵はビキニ、と呼ばれるものを着て、浮き輪を右手に満足そうに笑っている。
そして恵の友達。これまた肌の露出が多い。若い人間はこういう格好が好きだ。
で、問題の、志伊。
私が涼んでいるビーチパラソルの下に、やつもいた。
私がここに来たのは、恵の甘言にまんまと乗せられたからだ。
だって…すごく美味しいもやしを使ったラーメンの店があるって……。
ラーメン食べたら速帰る。正確には、もやしを食べたらコンマで帰ってやる。
しかし、こ奴がいるとは聞いてない。
無表情……よく見えないが、無表情であろう志伊は全くもって普通の服を…いや、ある意味海では普通ではない、制服を着ていた。
暑くないのか?理解不能だ。
恵は良い。百歩譲って、恵とならまあ、もやし付きの恵となら、夏の海という地獄に来ても良かった。
なぜ、どうして、私の天敵がいるのだ。
「それ!」
ひえっ。
バシャッと水が、私と志伊にかかる。もやし食べに来ただけなのに!
おのれ恵……。
「や」
海に近寄り、恵に水をかける。
「らうっちー!せめて笑って水かけてよー!えへへへっ!」
そう不満を漏らしつつも恵は笑顔だ。
「えーい!」
「恵チャーンほらー!」
「とりゃああ!」
恵の友達が恵に水をかける。最近仲良くしてる人間のオスとかだ。水鉄砲を持ってきている人間もいて、皆に配っていた。
この場合の皆とは、私と志伊を省く。
私はそっと水から上がり、もやしラーメンを探す旅に出た。
自販機の近くに差し掛かると、見間違えようもない、暑っ苦しい格好をした、志伊が十本くらいジュースを買っていた。
私がいない間に、あの人間達に頼まれたのであろう、生きるのが下手くそそうだ。
見てみぬふりをしようと思ったが……。
ボチャン、とペットボトルの中身が波立つ音が聞こえた。十本も持てなかった志伊が、一本落としたのだ。
……もやしラーメンもないし。恵に文句言いに戻るついでに、手伝ってやるか……?
私が近寄って、志伊の落としたペットボトルを拾った。
「……まただ…また、助けてもらっちゃったね?らいうちゃん。」
志伊は見た目の根暗さとは到底似合わない爽やかさで言った。こわい。大体なぜ名前で呼ぶ。私と君、そんなに親しくないだろう。
「少し前にさ、ノート拾ってくれたでしょ?」
「…うん。」
「ありがとね。」
うん。
今度はあんまり声が出なかった。
見た目と初見ほど…悪いやつじゃないのかもしれない。感謝ができるやつはいいやつって言うし。
はは、その基準で言えば私は悪い奴かも……人間に対して感謝の気持ちなんて滅多に持たないからな。
「もっといっぱい物を落とせば、キミはもっといっぱいボクの側に来てくれるのかなあ?」
……訂正。だめだ。私こいつ苦手だ。
「ボクがどっかの誰かさんみたいに飛び降りたら、キミはボクを拾ってくれる?」
拾うって……。
私はペットボトルで志伊を殴りかけて、やめた。
こいつにはこいつなりの、トラウマがあるのかもしれない。
だが、言って良い事と、いけない事がある。
「……生きてて。」
生き続けるんだ。お前がどんなに辛くても、死んで逃げるなんて許さないから。
「……あははははは!なーんてね。まだ死ねないんだ!死ぬ時はやるべきことを全てやってから、どうにもならなくなった時って決めてるから、安心してね?」
こいつ。
なんなんだよ。私が真面目に諭したのに。
ここからはボクが一人で持つよ、と持っていたペットボトルを奪われた。
ちなみに、もやしラーメンは恵の苦し紛れの嘘だった。騙された。
なんでそんな嘘を……。
騙すの良くない。




