7月-4
初夏。
みーんみーんみーん…セミは一週間で死ぬと聞いたことがあるが、一週間以上生きるという話も聞いたことがある……ああ、如何でもいいな?とにかく暑い。
この間やっと雨降る季節が過ぎたと思ったら、気候的には本格的に夏になってきた今日この頃。
青々とした木々がざわめいている。
夏服に移行した。
私は上からカーディガンを着ている。
肌見せだけは絶対にしない。薄着もしない。
プロポーションに自信がないから、とか、見目がきれいじゃないから、とかではない。
……誰もが振り向く素敵な香り、とか、形の良いお尻、とか、触りたくなるようなすべすべの毛並みとか……。
別に……羨ましくもない。
例えば、の話、それを持っていたとして、私はそんな姿をして、誰を魅せようというのだ?
例えばそれに誰かが魅せられたとして、その誰かは私じゃなくて私じゃない私に魅せられたんだ。それは私の本望でない。
……負け惜しみじゃないし。
「おっはよう!」
その声がかけられる相手は、だんだん私だけじゃなくなってきた。
恵の性格を思えば当然のことだ。恵は、とても友好的だ。人間が、恵を好む様になるのも、納得なんだ。
そして、恵に声をあんまりかけられなくなった私は見事に孤立していた。
廊下側なのが幸いし、孤独感は感じない。
元来、そんなべたべたと、人間とかかわるような性格でもない。
ちなみに隣の席の志伊は、時々よくわからないことをぶつぶつ呟いているが、まあそういうこともあるだろう、と思い、もう気にしないことにした。この前らいうちゃんらいうちゃん言い始めたときはゾッとしたけど。問題ない。危害も加えてこないし。それに、違うらいうちゃん、かもしれない。
まあ、話は変わるが、前述した通り、私はそういう、人間が外見だとかを着飾るのは抵抗があるし、望まない。人間がそれをするのは勝手なことだけども。
ただ。
人間の内面は、重要だとは思う。
恵は、かわいい。それは、例えばクラスの人気者、玲子のような、顔が整っている、だとか、プロポーションが良い、とかではない。
性格だ。誰にでも屈託なく話しかける。その性格だ。程よい気配りの良さだ。明るさだ。
「昨日さー!目の前にトリフン落ちてきてさー!まじびっくりしたー!」
「へ~大変だったネ恵チャ~ン!」
恵は、女の子によく囲まれている男子生徒と二人で話している。あいつは、恵が私を庇ったときに、恵を庇ったやつだ。
悪いやつじゃ、ないんだと思う。
なのに、恵がすごく楽しそうなのが、少しばかり、ほんの少しばかり、寂しかった。
私以外、全員、私が見えなくなって、私も私以外、全員見えなくなればいいのに。要するに私は……まだ、寂しいって感じる気持ちが残ってるんだろう。早く消さなきゃな。
まだ授業が始まるには、時間があるようだったので、私は席を立ち、廊下に行き、すうっと息を吸った。そして、自分のロッカーに寄りかかった。
「らいうちゃん」
すごく驚いた。
そこに居たことに、ではなく、私に話しかけてくる人間がいることに。
「何?」
志伊は私の方を見ずに、外をただ、眺めていた。ああ、私に話しかけてきた…はずなのは志伊だ。
「どうしてキミは、いなくなりたくなったんだろうね?」
へ!?なぜ、なぜ私の心の内が分かったんだ!?
「ボクは、キミが教室から飛び出した理由を知りたかった。それだけだったのに。」
よく分からないが、私が廊下に出た理由を聞きたいらしい。
「……教室の空気が、よどんでたから。」
ちらりと教室を志伊は見やると、はあ、とため息をついた。
「こんな現実いらないなあ……。ね、らいうちゃん。」
いきなり何を言い出すのか。……あれか、病んでるか中二病か。思春期か。
この現実。
どちらにせよ、言われてみれば、まあ、いるともいらないとも言い難いところではある。
私の生涯がとち狂った様な気がするのは、小学校くらいからだし。そこからは毎日が本当に面白くないって思う。何があったかあんま覚えてないけど。
それに、何より今は恵が話しかけてこなくなったことに、嫌な気持ちになっている。
別にここでどう答えたって何かが変わるわけじゃない。なら率直に、膨張的に答えてしまおうじゃないか。
「うん。」
志伊はまた嬉しそうに目を細めた。そしてボソリと言った。
「いいこと思いついた!」
志伊は窓の手すりに両手をおいて、反り返った。前髪がサイドに流れる。
初めて顔を見た。そして、どことなく見覚えがあったような気がした。でも、志伊はすぐに先程までの、外に向かって窓枠によりかかる姿勢に戻ってしまったので、分からなくなった。
志伊はそのさらさらした髪を揺らして、言った。
「滅ぼしちゃおうよ、こんな現実。二人で。面白いね。世界が世界を滅ぼすんだ。ね、らいうちゃん?」
やけに饒舌なその口調に、どこか既視感を覚えたが、私は特に気にしないことにした。
「二人で?」
私がこう聞くと、志伊は窓の外に手を伸ばした。太陽をつかもうとするみたいに。
志伊の顔がぱああっと輝いた気がした。
その日は一日、隣の席の空気がやけにふわふわしていた。
何日か過ぎた。
あの日以来、志伊はいつもよりは機嫌がよさそうだったが、話しかけてくることはなかった。私から話しかけることは絶対にない。
でも、特に、現実で変わった事はないはずだ。
そしてその日は訪れた。
六時……ベッドに倒れ込むように眠る、となればもう明確である。
私は寝る直前に……確かに、視界の隅が光った気がした。
もう動かない体を無理やり動かしてそちらの方向を見……
意識がブラックアウトした。
今回は比較的大事な現実パートでした




