暗示?
僕はサンクを占い屋に置いたまま、外に出た。外は曇り。どこかピンクがかった雲が印象的な空だ。
すうっと息を吸い込むと、胸が詰まるような甘ったるい匂いが肺の中に充満した。
うへっ。何この匂い……。
すごく突然。
突然だ。
頭痛がする。吐き気がする。フラフラと、右足と左足がもつれあいながら何故か不快な匂いの方向へ身体が向かっていく。そっちには、行きたくないのに。
「いやだ!」
僕が叫ぶと、先程の占い屋の中から誰かが出てきた。
「らいうちゃん!?大丈夫?大丈夫!?」
僕の視界はクラクラしている。
「おばあさん!らいうちゃんが!」
「こりゃ面妖なこった。人ではなくたぬきだったとは」
そういう場合じゃないの!と誰かが言い、僕を抱えて占い屋の中へ。僕の目に映るのは黒い天井。
あの甘ったるい匂いがあまりしなくなったところで、僕のクラクラが止まった。
「ぷはっ!ケホケホっ!」
どうやら息がうまくできていなかったらしい。僕は、肺の中にたまった甘ったるい空気を吐き出した。
「どうしたのらいうちゃん?何があったの?」
僕をのぞき込んでいたのは、サンクだった。助けてくれたのも、サンクだ。
「たったぬ…たぬたぬ…たぬ……」
僕の口から漏れ出たのは、たぬという鳴き声のみ。気づかなかった。たぬき変身してたんだ。
僕は人型に戻って起き上がり、サンクの目を見て言った。人型って人形って書いたらにんぎょうだね。
「それが……甘くて気持ち悪くなりそうな匂いがして…。頭にもや、をかけられているような気持ちに、感じに、なって。命令、みたいな、なんだか」
僕がサンクに事の経緯を説明している途中、いきなりおばあさんが素っ頓狂な声をあげた。
「フラウ様ぢゃ!」
おばあさんが窓の外を指差した。この占い屋さん、窓あったんだ……随分と暗いから、無いと思ってた。
僕はまだふらつく足を動かして、おばあさんが指差す窓の外を見た。空は先程と変わらずピンクがかった灰色の雲が空を覆っている。
その雲の一部が、黒くなっているように見えた。雲が、じゃない。そこに大きな生物がいるんだ。
「ドラゴン……?」
いつの間にか隣に来ていたサンクがつぶやいた。僕の視力は1超えだが、なんだか太い首が三本あるように見える。
「ねえ、サンク、あれ、三本首ない?」
「え。ごめんなさい、私はシルエットまでは……でも……大きいのが二体いるようには見えるわね……?」
少し勘が良くなってきた僕は気がついた。きっと、あれが甘ったるい匂いの正体だ。だって、あのドラゴンを見ていると、心がふわふわしてくるもの。さっきの匂いを嗅いだときと似ている。
また、ちょっと僕は怒ってる。なんでかわからないんだけど。少しばかりイライラする。
ドラゴンの姿が雲にまぎれて見えなくなって、漂ってくる香りも弱くなってくると、僕に起こったふわふわも、イライラも、全部消えていった。うーん。さっきまであんなにむかむかしていたことが嘘みたいだ。なんだか不思議な現象だ…サンクなら分かるかなあ。
「サンク」
「ええ。分かっているわ。」
え!?まじで!?すごいっ!
「すぐにあのドラゴンを追いかけましょうっ!」
サンクは目をらんらんと輝かせて言った。
ん?僕が思ってた反応と違う。
「え?え?僕ら二人であのドラゴンと戦うの?」
「あら、違うの?」
僕らの間に沈黙が漂った。…意思疎通とは、難しいものだな。
僕は一つ咳払いをした。
「ときにサンク。どうやって戦うの?」
「そんなの決まってるじゃない。私のスキルを駆使するのよ。」
ほう。
「どんなスキル!?」
「それはヒ・ミ・ツ」
唇に人差し指を当ててサンクはウインクした。こういう動作がサンクは非常に似合う。フューが同じ動作をしてもかわ、いくはなる…と思うけど、ジュンだったら僕は吐く。
「じゃあ、早速向かいましょう!」
「うん!」
きっとサンクがそう言うなら大丈夫だ!僕は信じよう!
世ではこれを、フラグと言うらしいということを僕が知ったのは随分とあとだった。
当然、僕が吸った甘い匂いを、サンクも吸ってしまってたのだ。
この匂いは、人間の野生的感情を増幅する効果を持っています。
この匂いの持ち主、フラウはそうやってモンスターや…時にドリーマーまでをを味方につけて、生き延びているんです




