6月-2
午前6時。
私は目を覚ました。
そして、トイレへ駆け込んだ。
まあ、そこから先は、その、そんなに言いたくない。
とっても、とっても、気持ち悪かった。
なんでだろう?
私、お酒でも、飲んだっけ?
……いや未成年だし。
そんな風に自問自答をしながら、私は朝の支度を終えた。もやしをむしゃったら、割と気持ちが悪いのも抜けてきた。
いつものように、扉を開けて、一歩外へ踏み出す。
ジリジリと照りつける太陽が、春の終わりを予見している。
落ちた桜の花びらが、茶色く、シワシワになっていて、茶色い道を作っている。
私はそこを早足で歩く。
勢い良く教室のドアを開けた。
私のとなりの席に座る少年、つまり志伊がビクッと肩を震わせた。
そしてけだるそうに私の方向を見た。
ああ。いたのか。
無言で座る。
今日は小テストがある日だ。勉強しなくては。
赤シートと今日のテスト範囲の単語帳を取り出し、私は答え始めた。
視線がこちらを向いている気がする。
「……またか。」
彼の口から絞りでたのは少しばかりか細い声だった。それは私に向けて言ってるのか?まあ、他に人もいない。そうと捉えて良さそうだ。
「何?何か用?」
私は端的にそう返した。目線は英単語に向いたままだが。
……意図したわけではない。人と話すのが苦手で、でも舐められたくなくて、自然にこういう不敬な態度になるのだ。我ながらコミュニケーションが下手だと思う。それでも口調はロジカルに……ロジカルに話さなくては。もう失敗しない。この前みたいな変な失態は犯さない。
「……」
無言の沈黙。話しかけたのに対した話題もないのか?
あまりにも無言だったからそちらの方向を見たら、志伊は本にシャーペンを走らせていた。
「なっ!?」
私は思わず英単語帳を取り落とした。志伊が書き込んでいるのは、この前と同じ本だ。
え、いや、ハードカバーの立派な書籍だよね?それ。
志伊はこちらを睨んだ。こわい!
どうやら私も冷たい目をしてたらしい。
「…………あ……」
志伊はうつむいた。
……別に私は悪くない。
しばらく教室は静寂に包まれた。
早く誰か来ないかなと思いつつ、英単語を見る。
Lonely……孤独な。
教室の時計から音が聞こえるはずないのに、カチコチと秒針が刻まれる音が聞こえる気がする……。
……志伊は何を書いているんだろう?
「……らいうちゃんらいうちゃん……」
「うわあああああ!?」
びっくりしたああ!?
私が近づいて行くと、志伊はそんなことをブツブツつぶやき始めた。いや、近づいたからこそ聞こえたのかも?
こわいこわいこわいこわい!
「キミは今、ボクの隣にいるの?」
だめだだめだだめだ!この人やばい人だ!!
私はめちゃくちゃ後ずさった。
掃除用具入れにぶつかって、掃除用具入れが大きな音をたてた。
志伊はまた肩をビクッと震わせて、今度は少しばかり嬉しそうな顔でこちらを見た。
こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい!
志伊は本を閉じた。
その本に、タイトルは無かった。
正確には、黒い表紙に、金の文字で何か書いてあったようだったけど、擦り切れて読めなかった。
どんな本なんだろう。
もう一周回って落ち着いた頭で、頭の、真ん中が、冷えきった、頭で、私はそう思った。
「やあ!おはようらうっち!今日の数学の宿題終わった?」
「おおおおおはよう恵。」
恵が教室に入ってきていた。
志伊はもう一度本を開いて読み始めていた。
さっきまでのことなんて、なかったみたいだ、きっとなかったんだ。
終わったよ、と答えながら、私はなんだか不思議な感じがした。
私昨日、宿題やって、その後何してたっけ。
家に帰った。
今日も宿題……と、明日も小テストだ。もやしをむしゃりつつ古典単語に取り組む。
いつかの少女漫画で見たような高校生活は私にはやってこなかった。
ほぼ毎日小テスト。
そういうものなんだ。高校生活なんて。
また次の日も、そのまた次の日も、代わり映えのしない日常を私は送った。志伊……下の名前は忘れたが、彼が話しかけてくることはなかった。
私に話しかけてくるのは、恵以外居ない。恵は嫌ではないのだろうか?私と話すことが。
神経が太いのかもしれない。
何日か過ぎて、遂にその日はやってきた。
その日は体育祭当日だった。
一昨日の雨が嘘のようにからっと晴れた良い天気で、梅雨の終わりを感じさせられた。
……と、いっても特にすることもない。私が通うこの高校はどうやら体育祭が適当らしい。
なんか有名なアーティストの曲に、砂を巻き上げて走る高校生。私は無難に短距離走のみ参加したが、最下位だった。旗すらもらえなかった。
恵は二位。とても悔しがっていた。ま、まあ、一緒に走ったメンバーが違うからな。問題ない。
なかなか文武両道、というのは難しいものだな。
……文もできないと、そうは言わせない。
どうでもいいことだが、志伊は出場してすらいなかった。休んでいた。私としてはあんまり会いたくないからいいんだけど。
私はその日、ご飯を食べて、お風呂に入って、当然歯磨きもして、布団に吸い込まれるように寝そべった。
少し肌寒い。
毛布にくるまって、目を閉じる。
いつも通り、六時を0と1の羅列が表した頃。
私は、抗うこともせずに眠りに落ちた。
また、新しい一日が、始まるのである。
梅雨ですね。この時期は体調を崩しがち。ご自愛ください。




