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これは私なりのけじめなの。


 家の外壁にしては柔らかい壁を突き破って僕は、僕らは外に出た。



 外に出ると、そこは広い広い、スライス・ジャックの屋敷の庭だった。


 また顔面を打ち付けた僕は、普通の大きさに戻った。


 「スキルスイッチ[ヒール]」


 フューが回復スキルを使って、僕達を回復!

 はい!たぬき完全復活!ちょっと溶(・)け(・)た(・)とこも元通り!


 ただ……僕はこんなに顔面を打ち付けて大丈夫なのかな…いつか鼻が折れちゃったりしないかしら……。ま、いっか、フューに治してもらえば!


 「らいうちゃん!危ない!スキルスイッチ[ファイアボール]!」


 ほえ?

 僕が後ろを振り返ると、でっかい木の棒が僕に向かってきていた。


 それを、横から火の玉が燃やして、軌道をそらして僕の隣にどーんっと燃え盛る木の棒が……ええええええええ!?


 「たぬううう!?」


 このたぬき大王に何をする!


 「らいうちゃん、大丈夫?」


 サンクが僕を抱き上げた。そして、目の前の怪物に向かって杖を向けた。


 ……でか。やば。


 巨大化たぬきよりもでかいじゃん……つまりは、そう、デスヘルよりでかいじゃん……キングビーストよりも……これまで出会ったどのモンスターよりもでかいよ……?まさに、怪物。改、物。


 このデカさだと、フラウのどこからでも見えるんじゃないかなあ?


 大騒ぎになってそう……。


 「れ……いいえサンク様。どうしてそんなに怖い目をされているのですか?」


 響く声。ぐわんぐわん反響する。怪物(スライス・ジャック)が喋る。


 「……っ!……私は、私は……!」


 僕は震えるサンクの腕をたぬきのもふもふの手でぎゅっと掴んだ。


 僕はサンクの気持ちなんて分かんない。分かんないけど、全部を理解することもできないけど、でも、サンクは今、怖いものに立ち向かって、ふるえてるんだ。


 なら、そこで少しばかりでも力になりたいって思うのは、友達、として変じゃないよね?



 まあ、もふもふの手で握ることしかできないけど。

 

「……ええ。私は、今、あなたに……怒っているからよ!」


 僕を一層強くぎゅっとしたサンクが言った。


 「怒っている? 何故でしょう? 理由を教えていただけますか? サンク様。」

 「あ、あなたのせいで、……お母様は病んでしまったし、私も、熟睡できたことなんて一度もない!いつも、いつも、思い出すの!思い……出すの……」


 サンクは目に涙を浮かべて、震えて、震えて、最後の言葉は言葉にならなかった。


 「それだけですか?」

 「……え?」


 怪物ジャックは笑顔のままそう言った。


 「たった一回、雀を殺した現場を見た。それだけで、サンク様の家のためになる婚約を破棄したのですか?」


 サンクの家のため?


 「ラストベルト家は資金を手に入れる事ができる良い機会だったではないですか。」

 「……たし、かに、そうだけれど……それでも、私は、私の未来は私自身が決めたい、決めたいの!家の事を気にして結婚なんて私はしたくない!、したくなかった!……あなたの家と結ばれなくたって……私が我慢しなくたって……きっと、家は……やっていけるわ……」


 サンクがいっそう僕をぎゅーっとした。それに比例するみたいに、声がどんどん小さくなる。

 なんだか、サンクが壊れてしまいそうな気がした。

 きっとサンクも本心では、そうではない事を分かっていて、言ってる、でも、でも。


 僕はなにか、ジャックはサンクを地に落とす痛烈な一言を持っている気がした。


 「家のことを気にしない?……そうですか。なるほど、それもまた良(・)い(・)生(・)き(・)方(・)ですね。」


 ひゅっと、サンクが息が細くなった。


 「ではサンク様は、そのままサンク様の会社が倒産し、数多くの従業員が路頭に迷って死んだとしても……良い、とおっしゃるのですね?そうなった場合、サンク様は責任が取れる、と。そうおっしゃるのですね?」


 スライスの目がすっと細くなった。冷たくって、ナイフみたいだ。


 僕、責任って言葉苦手だ……。なんとなく、頭が痛くなる。僕も昔、責任って言葉でなんやかんやで嫌な思いをしたような……?気がする。


 そうして、追撃を加える。


 「ふふ。もちろんサンク様の婚約者である私(わたくし)はサンク様のその思慮に欠ける選択でさえも、尊重したいと思っていますよ。私(わたくし)はサンク様を愛していて、サンク様に隣で笑っていてほしいだけなのですから。」


 スライスジャックは、慈愛に満ちた笑みと言われたらこれ、みたいな笑みを浮かべた。

 全部、全部、お芝居をしている人みたいな人だ。


 「私は……私は……どう……し……」


 言葉が途絶えた。サンクが僕をぎゅっとするその腕を緩めた。その代わり、僕の頭にぽつ、ぽつと温かいものが落ちてきた。


 サンク、サンクが、泣いてる……。


 僕はどうしたらいいかわかんない。きっといっぱい考えて、押し込んで、ぎゅうぎゅうにした気持ちが溢れ出たその涙を、止める術を僕は知らない。


 その時、サンクの震えが、急に止まった。

 気づくと、ジュンが隣にいた。


 ジュンが、サンクの両肩に手を置いたのだ。何をする気だっ!?


 「いいか、サンク。他人の目なんか気にするな。」


 目線を左上に一度持っていき、ジュンは続けた。


 「一般的な間違いを選びたくて、迷ってるんだろ。お前は他人にどう思われるか気にし過ぎる節がある。他人の目も、評価も、気にすんな。自分自身の評価すら関係ない。大事なのは、率直なお前の気持ちだ。理由はいらない。誰にもお前の気持ちは邪魔できない。」


 ……意外とよく見ていたことに僕はびっくりだよ。


 「でも、私は……」


 ただ、ジュンの言葉は、サ(・)ン(・)ク(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)誰(・)か(・)を見ている様な気もした。


 「サンクさん。」


 そう僕がもやついていると、フューがジュンの左からひょっこり出てきた。


 「これ、食べてください。アップルパイ。……まあ、モンスター使ってるんで、もどきですけど。」


 サンクの口に無理やり一口サイズのアップルパイをフューは押し込んだ。えっ。いや、あのね。僕の毛並みにアップルパイの欠片が絡んじゃうんだけど!……うー、まあいいや。アップルたぬきになるかもしれない。


 《スキル[擬態(アップルパイ)]を獲得しました。》


 今!?


 「……美味しい。」

 「フュー、珍しく優しいな。どうした?雪でも降るのか?」


 ジュンの言葉にフューがムッと言い返した。


 「自分はいつでもサンクさんにだけは優しいですよ?ま、雪でも降ってくれればジュンさんが少しは役に立つようになりますけど。」

「くっ……こいつ!」


 今のは最初に茶々を入れたジュンが悪いと思うなー。


 「ジュンさんは軽々しく他人の視線なんか気にすんなーとおっしゃいますけどね、気にするのが一般的だと思いますよ、ちょっとジュンさんはデリカシーがないです。」

 「おい。」


 ジュンがフューの首を後ろからひじでしめはじめた。


 「ちょ、ジュンさ、ヘッドロックしないでくださいっ……ふう、しかしですね、ここは夢の世界なんですよ。らいうさんくらい滅茶苦茶しても怒られないわけです。少しくらい自分たちだって羽目を外した方が得だと思いませんか?そういう悪いお仲間になってもよろしいんじゃないかと、最近思うのです。」


 そっか、僕達は、仲間、なんだ。


 「でも、わがままよ、それって。私はあの人に愛してもらっていた。なら私も愛を返す(役に立つ)べきなんだわ、それが正しくて、いくら悪い娘(こ)でも守らなきゃ、上品じゃないの。」


 いつものサンクより少しばかりだけ下品に、サンクは口に突っ込まれたアップルパイの先を齧って、一度口から離して、そう泣き続けた。


 「愛に愛で返す必要があるんですか? 少なくとも自分は、誰かを愛せるというだけで十分幸せで、さらにその人が幸せそうに笑うなら、お釣りが出ると思いますけどね。」


 サンクがびっくりした様に泣きやんだ。

 フューがもう一回、ぽかんと開けたサンクの口に、サンクの手を動かしてアップルパイを押し込む。


 僕は愛とかなんとかよく分かんないけど、サンクのこと、助けたいって思ってるよ。


 僕はそういう気持ちでサンクを見上げた。


 「……本当に美味しいわね、これ。」


 サンクがぼそりと言う。


 「もしも貴方が、そのアップルパイを苦手だと、不味いと言ったら自分は製菓技術を学びに地の果てにだって行きますよ。」


 今度はアップルパイを食べたまま、きょとんとした後、ふふっと、やっと、サンクが笑った。

 世界一華やかで、素敵な、上品な笑顔だね!

 うん。やっぱり僕はサンクの笑顔が好き!


 「ありがとう。私、わがままになるわ。」


 僕はぽんっとサンクの腕から抜け出して言った。


 「わがままになってもいいけど、僕には優しくしてね!」

 「お前はもっと真面目に生きろよ……なんだよその動き……」

 「わがままダンス踊りだよ?」

 「……そうか。」


 僕に対する態度がサンクに対するのと違くないかい?冷たくないかい?


 でもまあ、サンクが笑ってるからいいか!


 上から声が降ってくる。待ってるなんて意外と律儀だね、化物スライス・ジャック。


 「ご意見はまとまりましたか?サンク様。」

 「ええ。」


 「わ(・)た(・)し(・)はあなたが嫌い。わたしの為だと言いながら、わたしの好きではない事をするあなたが嫌い。嘘ばっかりのあなたが嫌い。わたしじゃなくて、わたしの属性だけを見る、あなたが嫌い。」


 だから、とサンクは一息に続ける。


 「だから、あなたから離れたい。あなたをもう二度と、見たくないの。ごめんなさいね。」


 サンクは、先ほどとは打って変わって、もう揺るがない表情で言った。これが良い事かどうかは僕にはわからない。でも、その時サンクが一番後悔しない道を取れてればいいって思う。


 「……そうですか。本当に、残念です。では、こうしませんか?サンク様が私(わたくし)に勝てましたらならば、婚約破棄、ということで。」


 先ほどまで余裕の笑みを崩さなかった怪物がそう言った。


 勝てたら?ほほう?たぬきをなめるなよ?

 ここまで連戦連勝のらいうさんだぞ?あ、もちろん、城を追い出されたダイラタンシーザー?とかいう名前の奴と、あー、あとジャイアントアントと、なんか歩くきのこと、あとデスヘルのあとに僕まで討伐されたやつと……うん。その他もろもろは勘定に入れてないけどね!


 「なら作戦を立てる時間を少し」

 「いいえ。いらないわ。」


 サンクがジュンを制した。なるほど。とにかく殴るんだね!


 「これはわたしなりのけじめよ。私(・)がわ(・)た(・)し(・)になるための、ね。だから、一人で戦うわ。」


 一人で!?


 「でも、サンク大きくなれないじゃん!」

 「大きくならなくても戦いようはあるわよ。そうね、例えば……一寸法師のようにね。」


 あー3センチメートルの人がトンカチで殴られて大きくなる話か。あれ?……つまりトンカチで殴るってこと?あれを?


 まだ反論しようとしたけど、わがまま、聞いてくれるんでしょ?というサンクの言葉に僕らは立ち止まってしまった。……しまった、僕らはサンクを小悪魔系にしてしまったかもしれない。


 サンクは僕の横を通り抜けて、一番前に出た。


 サンクは深く深呼吸して、言った。


「お待たせいたしましたわ。スライス・ジャック様。そのお話、お受けいたしましょう。」


 今のサンクはドレスを着ていない。着ていないのに、ドレスが見えるくらい、サンクの動作はよくキマッていた。


 もう一歩進もうとしたところで、サンクが思い出したように言った。


 「ねえらいうちゃん。まだ、ミファスムナイフ持ってる?」



サンクの一人称が、 "私" から "わたし" に変わります。

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