第三話:最強の保育士、爆誕?
凛の圧倒的な「無自覚」が、最強の生物であるドラゴンの常識をメキメキと音を立てて壊していきます。
「……ふむ。信じられぬが、認めざるを得んな」
古竜種――名はイグニール。
彼は先ほどまでの殺気を霧散させ、巨体を小さく丸めて(といっても家一軒分はありますが)、深いため息をつきました。
目の前では、自分の娘であるはずの紅が、凛の膝の上で「きゅぅ~」と喉を鳴らして甘えています。本来、ドラゴンの稚児は、親の魔力を浴びて育つもの。しかし紅は、凛の体から溢れ出す、底知れないほど優しく強大な「無限の魔力」を、ミルクのように吸収して満足しきっているのでした。
「あの、イグニールさん? 大丈夫ですか? さっきからずっと黙ってますけど……」
心配そうに顔を覗き込んでくる凛。その瞳には、一点の曇りもありません。
イグニールは思いました。
(この少年、ワシが本気で放ったブレスを浴びて『少し熱い』と言いおった。それどころか、ワシの威圧を微塵も感じておらん……。もしや神の化身か?)
「……凛と言ったな。貴公、これからどうするつもりだ? 紅は完全に貴公を『母』だと思い込んでおる。引き離そうとすれば、この子は悲しみで死ぬやもしれん」
「ええっ!? そんなのダメだよ!」
凛は慌てて紅を抱きしめました。
「僕、この子を助けたいって思ったんだ。……そうだ! だったら、僕と一緒に旅をしませんか? 僕は世界中を回って、困っている人を助けたいんです。紅も一緒なら、きっと楽しいよ!」
「きゅぅっ!」(賛成!)
イグニールは遠い目をしました。
世界最強の一角である古竜の娘が、ひ弱なヒューマン(に見える怪物)の旅の同伴者になる。前代未聞です。
「……よかろう。だが、この子はまだ弱すぎる。凛、貴公が紅を守り、そして育てると約束するか?」
「もちろんです! 僕、命に代えても紅を守ります!」
凛は力強く宣言しました。
(……いや、貴公の命に代えるまでもなく、貴公を倒せる存在などこの世におらんだろうがな)
イグニールは心の中でそう突っ込みましたが、言葉にはしませんでした。
新たな旅の目的
「恩返し」の旅: 自分が救われたように、世界中の困っている種族(ヒューマンから魔族まで)を助ける。
紅の成長: 紅が立派なドラゴンになれるよう、美味しいものを食べさせ、安全な旅をさせる(※実際は凛が一番守られている)。
「自分に合う防具」探し: 「僕はすぐ死んじゃうから」という勘違いのもと、絶対に壊れない防具を探している(※本人の肌が一番硬い)。
「じゃあ、行こうか、紅!」
凛は残りの卵をイグニールの元へ返し、紅を肩に乗せて、軽やかな足取りで巣穴を出ていきました。
その背中を見送りながら、イグニールはポツリと独り言を漏らします。
「……あやつ、一歩歩くごとに地脈を活性化させておるぞ。あれでは、通った後に花が咲き乱れ、枯れた土地が蘇ってしまうではないか。……救世主か、さもなくば、世界の理を書き換える特異点か」
そんな女神級の懸念など知る由もなく、凛の「無自覚な人助け旅」が本格的にスタートしたのでした。
女神の独り言
「凛……。あなたが踏み出した最初の一歩で、その山の生態系が100年分進化しましたよ。自覚……。せめて『自分が普通じゃない』という自覚だけでも持てませんか?」




