番外編:夕暮れの誓いと、英雄の涙
黄金の麦が波打ち、世界一甘い果実の香りが漂う「神の菜園」。
かつて凛にパンを分け与えた老兵——今は凛の魔力で若々しさを取り戻した男は、目の前の信じられない光景に、何度もまばたきを繰り返していました。
かつて、雨に濡れ、今にも消えてしまいそうだった小さな少年。
その少年が、今や世界を包み込むような温かな後光を背負い、隣には神話の女神ですら霞むような、気高く美しい女性を連れているのですから。
「……ああ、なんということだ。あの時のあの子が、これほどまでに立派になられて……」
老兵は震える手で、凛の肩に触れました。かつては骨が浮き出るほど細かった肩が、今は頼もしく、揺るぎない芯の強さを感じさせます。
「それに……隣にいらっしゃる、この世のものとは思えぬほどお美しいお方。……凛様、もしやこのお方は、貴方様をお支えするお妃様……なのですかな?」
老兵の問いに、隣に立つ紅の頬が、夕焼けよりも深く、林檎のように赤く染まりました。彼女はそっと凛の顔を窺います。
「あるじ……」
凛は、少しも迷うことなく、そしてこれまでにないほど優しく穏やかな表情で、紅の細い腰を引き寄せました。
「うん。僕の妻だよ。世界で一番、大切な。」
「……っ!」
紅の目から、大粒の涙が溢れ出しました。
これまで「あるじ」と呼び、付き従ってきた彼女にとって、凛の口から「妻」という言葉が、しかも自分を救ってくれた恩人の前で発せられたことは、何よりも尊い「魂の肯定」でした。
「凛様……。紅は、紅は……一生、いえ、魂が果てるまで、貴方の妻として、貴方の隣を離れません……!」
紅は凛の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きました。その姿は、最強のドラゴンの化身ではなく、ただ愛する人に認められた一人の幸せな女性そのものでした。
老兵はその光景を見て、シワの刻まれた目尻を拭いました。
「……左様ですか、左様ですか。あの日、パンを分け合った甲斐がありました。世界で一番大切な人を見つけられたのなら、もう私から教えることは何もありませんな……」
老兵の言葉と共に、菜園には祝福の風が吹き抜けました。
凛の「無限(∞)×無限(∞)」の魔力が、彼の幸せな感情に呼応して、周囲の花々を一斉に開花させ、その香りは国中に広がり、人々を深い安らぎで包み込みました。
女神の独り言
「凛……。ついに恩人の前で『妻』だと宣言しましたね。あなたのその一言で、紅さんのステータスに『不滅の愛』という解除不可能な最強バフがかかりましたよ。……そして、あなたのその真っ直ぐな言葉、天界で聞いていた私まで少し照れてしまいましたわ。本当に、末永くお幸せにね」
「さあ、おじいさん。今日は僕の奥さんが作った特製の料理を食べてください! 昔のパンのお返し、まだまだ足りないくらいですから!」
「ふふ、凛様。紅の料理は、火力が少し……いえ、『愛』が強すぎますけれど、覚悟してくださいね?」
二人の幸せな笑い声は、故郷の空へと高く、どこまでも響いていくのでした。




