第6話 裏社会の人材採用、なぜか私が担当になりました
人材採用において、最も重要なものは何か。
経験、能力、人柄、将来性。企業によって重視する項目は異なるが、少なくとも一つだけ、絶対に確認しておかなければならないことがある。
応募者が、何の仕事に応募しているのか理解しているかどうか。
「俺は人を殺したことが二十三回ある!」
「……はい?」
「二十三回だ! しかも全部、正面からだ!」
「そ、それは……大変なご経験ですね」
「おう!」
「ちなみに、どうして当商会を志望されたのでしょうか」
「もっと人を殺せると思ったからだ!」
「…………」
小日向奏斗は、手元の応募書類に視線を落とした。
氏名、ボルグ。三十四歳。元傭兵。
特技、斧術。
志望動機、殺人。
採用面接というものは、これほど恐ろしい行事だっただろうか。
「……あの、ボルグさん」
「なんだ!」
「当商会では、必ずしも戦闘業務ばかりをお願いするわけではありません。運送や倉庫管理などのお仕事もありまして……」
「荷物を運ぶのか?」
「はい」
「誰の首だ?」
「普通の荷物です!」
ボルグは露骨に落胆した。
「なんだ。つまらんな」
「……そうですか」
奏斗は深く息を吐いた。
異世界で初めての休日。
そのはずだった一日は、こうして犯罪組織の採用面接に費やされていた。
*
事の発端は、朝七時過ぎに遡る。
宿舎でようやく眠りについた奏斗を叩き起こしたのは、ニコだった。
「カナトさーん! 応募者が三十人も集まってますー!」
「……応募者?」
「はい! ガルドの兄貴が、全員まとめて殴り合いで選ぶってー!」
「それは駄目です!」
奏斗は飛び起きた。
殴り合いで採用する。
なるほど、腕っぷしが必要な仕事なら合理的かもしれない。
しかし、黒梟商会には運送、倉庫管理、金融、事務、交渉など、さまざまな業務がある。
腕力だけで人材を選べば、組織全体が筋肉で埋め尽くされてしまう。
それはそれで、ガルドは喜びそうだった。
だが、ミレーユは泣くだろう。
そして、書類仕事はすべて自分に回ってくる。
その未来だけは、容易に想像できた。
結果として、奏斗は休日を返上し、面接会場へ向かうことになったのである。
「いやあ、助かったぜ、カナト!」
詰所では、ガルドが上機嫌で待っていた。
「お前が来なかったら、全員まとめて殴り合いさせるところだった!」
「……それ、採用試験ではなく乱闘ですよね」
「似たようなもんだろ?」
「全然違います!」
奏斗は頭を抱えた。
その隣では、ミレーユが応募者名簿を抱えていた。
「カナトさん、こちらが応募者一覧です。三十二名います」
「三十人じゃなかったんですか?」
「さっき二人増えました」
「……増えるんですね」
「ええ。ガルドさんが『強い奴なら誰でも来い』って街中で宣伝したので」
奏斗はガルドを見た。
ガルドは胸を張った。
「人手不足なんだろ? 集めてやったぜ!」
「……ありがとうございます」
礼を言うべきなのか、叱るべきなのか。
判断が難しかった。
「ちなみに、募集する職種は決まっているんでしょうか」
ミレーユが頷いた。
「運送部門に五人、倉庫管理に三人、警備に四人、事務に二人です」
「合計十四人ですね」
「はい。ただし、予算の都合もあるので、全員採用できるとは限りません」
「分かりました。では、まず希望職種と経験を確認しましょう」
奏斗は紙を広げた。
前の会社では、採用面接を担当したことはない。
しかし、取引先へのヒアリングなら何百回も経験している。
相手が何を求め、何ができて、どこに問題を抱えているのか。
それを聞き出すという点では、営業も採用も似たようなものだ。……たぶん。
少なくとも、そう思わなければやっていられなかった。
*
面接は、午前九時から始まった。
最初の応募者は、元傭兵のボルグだった。
結果は、冒頭のとおりである。
「……今回は、ご希望に沿えるお仕事をご紹介するのが難しいかもしれません」
「そうか! 残念だ!」
「申し訳ございません」
「いや、気にするな! また戦争が始まったら呼んでくれ!」
「……はい」
呼ばない。絶対に呼ばない。
奏斗は心の中で固く誓った。
続いて現れたのは、痩せた中年男だった。
「名前は?」
「ザックです」
「ご経験は?」
「鍵開けを二十年ほど」
「……鍵開け?」
「ええ。どんな錠前でも開けられます」
奏斗は少し考えた。
「それは、建物の修繕や管理にも役立ちそうですね」
「……修繕?」
「はい。倉庫の鍵が壊れた場合などに……」
「いや、俺は鍵を壊さずに開けるのが得意でして」
「なるほど。では、鍵の構造にも詳しいんですね?」
「まあ、そうですが……」
「でしたら、防犯設備の点検などはいかがでしょう?」
ザックは目を瞬いた。
「……防犯?」
「ええ。侵入する側の手口を知っている方なら、侵入されにくい仕組みも考えられるのではないかと」
ザックはしばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……そういう仕事も、あるのか」
「少なくとも、必要性はあると思います」
奏斗は微笑んだ。
「もちろん、実際にお願いするかどうかは、技能を確認してからになりますが」
ザックはゆっくりと頷いた。
「……悪くないな」
こうして、元盗賊のザックは倉庫の防犯管理候補になった。
次の応募者は、元詐欺師だった。
「私は人を騙すのが得意でして」
「……なるほど」
「嘘をつかせたら、この街でも指折りですよ」
「……そうですか」
奏斗は少し考えた。
「ちなみに、帳簿は読めますか?」
「ええ。偽造したこともあります」
「……偽造は困りますが、数字には強いんですね」
「まあ」
「でしたら、事務職の適性も確認させてください。ただし、金銭管理を任せるかどうかは別です」
応募者は不思議そうな顔をした。
「……俺を信用するんですか?」
「いえ。まだ信用していません」
奏斗は正直に答えた。
「ですから、確認するんです」
その言葉に、応募者は少しだけ驚いたようだった。
*
昼休み。
奏斗は机に突っ伏していた。
「……疲れました……」
「お疲れさまです、カナトさん!」
ニコが水を持ってきた。
「ありがとうございます……」
「いやあ、すごいですね! あんな連中を次々に面接するなんて!」
「……できれば、もう二度とやりたくありません」
「でも、皆さん楽しそうでしたよ!」
「そうでしょうか……?」
奏斗は顔を上げた。
確かに、応募者たちは思ったより素直だった。
元傭兵も、元盗賊も、元詐欺師も。
経歴は物騒だが、話を聞いてみれば、それぞれに事情がある。
仕事を失った者。
戦争が終わって行き場をなくした者。
まともな職場に雇ってもらえなかった者。
黒梟商会は、そういう人間たちの受け皿にもなっているらしい。
もちろん、だからといって犯罪が許されるわけではない。
ただ、全員が好き好んで悪党になったわけでもないのだろう。
「……ニコさん」
「はい?」
「あなたは、どうして黒梟商会に入ったんですか?」
ニコは少し考えた。
「俺、孤児だったんです」
「あ……そうなんですね」
「街で盗みをして暮らしてたんですけど、ある日ガルドの兄貴に捕まって……」
「……それで?」
「殴られると思ったら、飯を食わせてくれたんです」
ニコは照れくさそうに笑った。
「それから、ここで働くようになりました」
「……そうでしたか」
「だから俺、いつか兄貴みたいに強くなりたいんです!」
奏斗は少年を見つめた。
ガルドのように……つまり、筋肉で問題を解決する人間に。
それは、できれば避けてほしかった。
「……ニコさん」
「はい!」
「強さにも、いろいろあると思いますよ?」
「いろいろ?」
「ええ。誰かを殴る強さもあれば、誰かを助ける強さもありますから」
ニコは首を傾げた。
「……カナトさんみたいに?」
「いえ、私は弱いです」
「そんなことないですよ!」
ニコは勢いよく身を乗り出した。
「だって、カナトさん、怖い人相手でも笑って話せるじゃないですか!」
「……怖すぎて笑うしかないんです」
「やっぱりすごい!」
奏斗は諦めた。
この少年には、何を言っても良い方向に解釈されてしまうらしい。ポジディブ思考な性格であると思えば良いかもしれないが、たぶんそういう事じゃないだろう。
*
午後の面接が始まって間もなく、一人の青年が現れた。
年齢は二十歳前後。
地味な灰色の上着を着た、目立たない顔立ちの男だった。
「初めまして。エリオと申します」
「小日向奏斗です。本日はよろしくお願いします」
青年は丁寧に頭を下げた。
奏斗は少し安心した。
ようやく、普通の応募者が来た。
「ご希望の職種は?」
「運送関係です」
「経験はありますか?」
「ええ。以前、商人の荷馬車に同行していました」
「なるほど。具体的には、どのようなお仕事を?」
「積荷の確認や、運送経路の管理などを」
奏斗は頷いた。
悪くない。
少なくとも、今までの応募者の中ではかなりまともである。
「ちなみに、以前のお勤め先は?」
「……小さな商会です」
「差し支えなければ、お名前を伺っても?」
「もう潰れてしまいましたので……」
「あ、そうでしたか。失礼しました」
奏斗はそれ以上追及しなかった。
倒産した会社のことを話したくない人間もいるだろう。
自分だって、前の会社について詳しく聞かれたくない。
「では、最後に一つだけ」
「はい」
「なぜ、黒梟商会を志望されたのでしょうか」
青年は一瞬だけ言葉に詰まった。
しかし、すぐに笑顔を作った。
「……大きな組織で、経験を積みたいと思いまして」
「なるほど」
奏斗は微笑んだ。
「でしたら、まずは正式な募集条件をご確認ください。運送部門では、勤務日や担当区域を決めています。危険な仕事もありますので、できることとできないことを事前に確認したいんです」
「……危険な仕事?」
「はい。ですから、無理に入社を決める必要はありません。ご自身に合った職場を選ぶのが一番です」
青年は目を瞬いた。
「……そういうものですか?」
「ええ。お互いに納得して働くほうが、長続きしますから」
奏斗は応募書類を閉じた。
「本日はありがとうございました。結果は後日お知らせします」
青年は深く頭を下げ、部屋を出ていった。
その背中を見送りながら、奏斗は小さく息を吐いた。
「……今の方は、良さそうでしたね」
すると、背後から声がした。
「へえ。そう思う?」
振り返ると、窓際に一人の少年が座っていた。
年齢は十九歳ほど。紫がかった黒髪に、猫のような細い目。黒い軽装を身につけ、片手で小さな銀貨を弄んでいる。
いつからそこにいたのか、まったく分からなかった。
「……あの、どちら様でしょうか」
「シエル・ノクス。情報収集とか、そういう仕事をしてる」
少年はにやりと笑った。
「よろしくね、カナト」
「……よろしくお願いします」
「で、さっきの応募者だけど」
「はい?」
「あいつ、灰蛇団の人間だよ」
「…………」
奏斗は固まった。
「……え?」
「うちの運送経路を調べるために潜り込もうとしてたんだろうね」
「……うええっ!?」
奏斗は椅子から立ち上がった。
「そ、それは大変じゃないですか!?」
「まあね」
「すぐにレオナさんへ報告しないと!」
「もう知ってるよ」
「……はい?」
シエルは楽しそうに笑った。
「僕が先に調べておいたから」
奏斗は額を押さえた。
心臓に悪い。
この組織では、採用面接にまで密偵が紛れ込むらしい。
「……それなら、最初から教えてくださいよ……」
「だって、君がどう対応するか見たかったんだもん」
「……どうしてですか?」
「面白そうだったから」
シエルは悪びれもせずに答えた。
奏斗は深くため息をついた。
この組織には、まともな人間がいないのだろうか?
「……で、どうする?」
シエルが尋ねた。
「どうする、とは?」
「あいつを捕まえる? それとも、泳がせる?」
奏斗は考えた。
灰蛇団とは、つい先日、共同運送契約を結んだばかりである。
その相手が、密偵を送り込んできた。
信用関係を築くには、少々問題がある。
しかし、ここで騒ぎを起こせば、せっかくの契約が台無しになるかもしれない。
「……そうですね」
奏斗は慎重に口を開いた。
「まずは、灰蛇団の正式な窓口に確認してみませんか?」
「……確認?」
「はい。共同運送の関係者であれば、必要な情報は正式に共有できます。わざわざ密偵を送り込む必要はないはずです」
シエルは目を細めた。
「……なるほど」
「もちろん、無断で情報を持ち出そうとするのは困りますから、採用は見送りますけど」
「……ふうん」
シエルはしばらく奏斗を見つめていた。
そして、くすりと笑った。
「君って、本当に変わってるね」
「……そうでしょうか」
「普通なら、密偵を見つけたら捕まえるか、利用するかのどっちかだよ」
「……できれば、穏便に済ませたいので」
「穏便、ねえ……」
シエルは銀貨を指先で弾いた。
「まあ、いいや。レオナには僕から話しておくよ」
「ありがとうございます」
「ただし、ひとつだけ忠告」
少年は窓枠から飛び降りた。
「君が相手を信用しても、相手が君を信用するとは限らないからね」
奏斗は黙った。
それは、前の会社でも何度も経験したことだった。
誠実に対応したからといって、相手も誠実とは限らない。
善意が、必ずしも善意で返ってくるわけではない。
「……分かっています」
奏斗は静かに答えた。
「だからこそ、契約書が必要なんです」
シエルは一瞬だけ目を丸くした。
そして、声を上げて笑った。
「ははっ! なるほどね!」
どうやら、気に入られたらしい。
奏斗としては、全然嬉しくなかった。
*
夕方。
面接がすべて終わり、奏斗は採用候補者の一覧をまとめていた。
最終的に、三十二人のうち十一人が候補として残った。
元傭兵、元盗賊、元詐欺師。
経歴だけを見れば、とても普通の企業では採用できない人々ばかりだった。
しかし、それぞれに使える技能がある。
あとは、その技能をどこで活かすかだ。
「……お疲れさまです、カナトさん」
ミレーユが温かい飲み物を持ってきた。
「ありがとうございます……」
「採用候補者、十一人ですか」
「はい。全員採用するかどうかは、まだ決められませんけど」
「それでも、十分ですよ」
ミレーユは一覧表を眺めた。
「今までの採用は、ガルドさんが気に入った人を連れてくるだけでしたから」
「……そうだったんですか」
「ええ。だから、事務仕事ができる人が全然増えなくて……」
ミレーユは遠い目をした。
奏斗は心から同情した。
そして、ふと思い出した。
「あの、ミレーユさん」
「はい?」
「そういえば、今日って私の休日だったんですが……」
「……あ」
ミレーユが固まった。
二人はしばらく顔を見合わせた。
やがて、ミレーユは申し訳なさそうに笑った。
「……代休、取ります?」
「……取れるんですか?」
「もちろんです。カナトさんが作った規則ですから」
奏斗は目を瞬いた。
そうだった。
自分で作った規則なのだから、自分にも適用されるはずである。
「……では、明日いただいても?」
「ええ。もちろん」
奏斗はほっとした。
ようやく、休める。今度こそ、本当に休める。
しかし、そのときだった。
事務室の扉が勢いよく開いた。
「カナト!」
ヴォルフガングが現れた。
「ボ、ボス……じゃなくて、グレイヴさん!」
「面接の結果を聞いた。よくやったな!」
「ありがとうございます……」
「それで、明日から新しい仕事を任せたい」
「…………」
奏斗は笑顔のまま固まった。
「……あの、グレイヴさん」
「なんだ?」
「明日は、代休をいただく予定でして……」
「代休?」
「はい。今日が休日だったものですから」
ヴォルフガングは少し考えた。
そして、豪快に笑った。
「そうだったな! なら、明後日でいい!」
「……ありがとうございます!」
奏斗は深々と頭を下げた。
今度こそ、休日が守られた。
犯罪組織の首領が、部下の休暇を認めてくれたのである。
なんということだろう。
前の会社では、上司に休暇を申請するだけで三十分も説教されたというのに。
奏斗は、少しだけ感動していた。
「それで、明後日の仕事なんだが」
「はい?」
「商会の金が、どうにも合わんらしい」
奏斗の笑顔が止まった。
「……金が、合わない?」
「ああ。ミレーユが困っている。お前なら何とかできるだろう」
奏斗はゆっくりとミレーユを見た。
彼女は、申し訳なさそうに目を逸らした。
机の上には、相変わらず山のような帳簿が積まれている。
「……あの」
奏斗は恐る恐る尋ねた。
「もしかして、経費精算の話でしょうか?」
ミレーユは小さく頷いた。
「……はい」
奏斗は天井を見上げた。
どうやら、異世界での仕事は、まだまだ終わりそうになかった。
そして、ようやく手に入れた代休の翌日。
黒梟商会では、史上初の本格的な経費監査が始まることになる。
なお、その担当者は、経理の専門家ではなく、元ブラック企業の営業マンだった。




