観察記録7_舞台(2)
「お疲れ様でした。すごく、素晴らしかったです」
ステージを降りたルルセラに、声をかけると、ルルセラはプロの笑顔を貼り付けたまま、
「ありがとう」
と返した。
「祭りを、見て周りますか?」
平静を装って尋ねた。
「いいえ、この格好じゃ目立つし。それに、今日はお父様に呼ばれているから。実家に寄って、夕飯を食べて帰る……つもりだったけれど、どうかしらね」
そこで初めて、その整った笑顔が自嘲めいたものに崩れた。でもすぐにもとの通りに戻って、
「とにかく、今日はお互いお仕事は終わりです。アルトも今日は、自由に過ごして下さい。春祭は美味しいものも沢山ありますし、せっかくなので、楽しんで来て下さい」
と、言った。
「承知致しました。ルルセラ様も、楽しんできて下さい」
その言葉に、ルルセラは微笑みで応えた。
いつにも増して心の内を読ませないような笑顔だった。言い換えれば、ルルセラは感情を隠そうとしていた。隠したい感情がそこにあって、きっとそれは、晴れやかな代物などでは決してない。
せめて、俺の言葉を皮肉だと捉えていなければ良いが。ルルセラが実家での時間を楽しめるだなんて、本当は全く思っていない。だからといって、他にどういう言葉をかければ良かったというのか。俺のような立場の者が「誰に何を言われても気にしないで下さい」なんて、言えるわけもない。そんなことを言ったところで、ルルセラを困らせるだけだ。
ルルセラがくるりと踵を返した。遠ざかる背中を見つめながら、無理に持ち上げていた口角から力を抜く。
ルルセラは……きっとまだ笑顔でいるのだろう。少なくとも家に帰るまで……。彼女が「家」と認識しているものが、レーグス家の屋敷なのか、研究棟なのかはわからないが……今は、あんまり、考えたくない。
ただ、ルルセラの後ろ姿を見つめていた。そうしたところで、彼女の心のうちなどわかるはずもないのに。なのに、その姿が完全に視界から消えた後も、残像のようなものを見つめながら、ぼんやりと突っ立っていた。
「君、ルルセラ嬢の付き人だよね? 補佐官?」
ふいに、横から声をかけられた。
顔を上げると、優男然とした――その実クズ男である――ドゥブルと目があった。意味ありげな笑顔を貼り付けて、値踏みするような視線をこちらに向けている。身の内でふつふつと何かが湧き上がる。
「それとも、別の所属かな?」
にっこりと笑って尋ねてきた。
「補佐官ですよ、ドゥブル様」
胸に広がるドス黒いものを押し隠して、鏡映しの笑顔で答えた。
「そっかそっか、補佐官か」
そしてまた、俺にじろじろと視線を向けた。ドゥブルは今、俺が自分の味方であるか――つまり、自分のために用意された諜報員であるか推し量ろうとしているのかもしれなかった。最高に馬鹿で愚かしい行いだった。
「では、補佐官君。ルルセラ嬢とお話したいのですが、彼女は今どこに?」
「ルルセラ様は次の予定に向かいました」
「そうか、それは残念だな」
ドゥブルは、うーん、と首を傾げた。男にしてはやや長めの黒茶髪がさらりと揺れる。一房、人工的に色を抜いたであろう毛束がギラギラと光を反射していた。
「彼女の様子はどうだった? 何か言っていたか?」
何なんだ、こいつは。何か、ってなんだ? 一体知りたいんだ? 落ち込んでいた、とでも言えば、満足するのか?
だけど俺には望む答えをくれてやる義理などないし、そもそもまともに答える必要だってない。
「いいえ、特に何もおっしゃっていませんでした」
「そうか? まあ……」
そこで言葉を切って、またじろじろと俺を見た。
「今ここで君に聞いても仕方ないか。また、場を改めるよ。ルルセラ嬢によろしく伝えておいてくれ」
「はい、承知致しました」
恭しく一礼してみせると、フッと鼻で嗤って去って行った。そんなつもりはなかったけれども、俺の礼を「追加情報のご依頼はマスターまでどうぞ、お客様」ととらえたのかもしれなかった。もっと悪ければ、「またのご来店をお待ちしています」ととらえられたのかも。
腹の立つ笑い方だったが、何となく、してやったという気持ちにもなった。せいぜい、俺が味方だと信じていれば良い。それで、追加依頼という形で、目的を明かせば良い。
その時まで俺は……俺の為すべきことを成すまでだ。
哀歓の余韻が残る会場に背を向け、屋台の並ぶ通りへと足を向けた。
せめて、彼女のために、彼女の気が晴れそうなお土産を買おう。それで、家で彼女の帰りを待とう。




