観察記録8_頬
祭りを楽しむ気などなかった。楽しめるはずもなかった。
適当に(真剣に)お土産を見繕った後、すぐに館に戻り、使用人を捕まえて簡単なまかないを作ってもらった。それこそ、お土産と一緒に適当な軽食を買い食いしても良かったのだが、到底そんな気にもなれなかった。俺には、残り物のごった煮がお似合いだった。
それを平らげて、虚無と隣り合わせになった頃、館内がにわかに騒がしくなった。まさか、と思い建物の入口へと向かうと、そのまさかだった。ルルセラが帰ってきていた。
あまりに早い帰宅で……
まさか……
早かったですね、と笑って出迎えて、労うつもりだった。誰が何と言おうと、他でもない俺だけは、今日の演目が成功だったと一点の曇りもなく信じていると、そう伝えたかった。
なのに、全て吹き飛んで、
「その、頬……」
と、呟いていた。きちんと聞く勇気もないくせに、口が動いていた。まさか、頬を腫らして帰ってくるとは、思っていなかった。
ルルセラは、曖昧に微笑んでいた。ライラが慌しく氷嚢を持って来て、その頬に当てる。
「気にしないで下さい」
ルルセラが、薄く笑って言った。
……ルルセラは、蒸し返して欲しくないのだ。どうして俺は、不用意なことを口にしてしまったのだろう。ルルセラの世話はライラに任せて、俺は俺のすべきことをするべきだったのに。
はい、とも、いいえ、とも答えられず、変な間が空いた後、「あの、これ……」とようやく切り出した。
「異国の伝統工芸品と、お菓子と……、珍しそうなものが並んでいたので、一通り買って来ました」
こんなことなら、腹に溜まりそうな主食も買って来れば良かった。きっとルルセラは、昼食をまともに摂れていないはずだ。かと言って、「昼食を食べ損ねたから準備して」と言う気もなさそうだった。
考えてみれば、館の中でのルルセラは自由に見えたけれど、涙を流すところを見たことはなかった。心を許したように見えても、俺とルルセラの間には、確かに一線があった。
自分の心臓は曝け出す癖に、膿んだ傷は必死に隠している。あるいはその傷は、彼女にとってはまさに瑕疵なのかもしれなかった。
「あ……いいのかしら、もらっちゃって、私……」
ルルセラは、外にいる時よりもずっと下手な薄笑いを浮かべて、呟くように答えた。
おかしな話だった。今日まさに大仕事を成し遂げたところだというのに、少しの贈り物を受け取るだけで、こんなに躊躇するだなんて。誰も彼女を労わなかったのだろうか。
「良いも何も、ルルセラ様のために買ったものです」
そう言って、抱えていたあれこれをルルセラに押し付けた。
「つまり、一番綺麗な虹を一番近くで見させてくれたことへの感謝と、今までの苦労への労いと、今後また産みの苦しみにぶつかった時に何かの糧になればと思って買ったものですから」
一息に言い切った。
「とにかく、今は怪我の手当をして、ゆっくり休んで下さい。それと――」
その先に続くはずだったものは、喉に引っかかって言葉にならなかった。思い直して、
「俺は適当に待機していますから。何かあったらいつでも声を掛けて下さい」
それだけ言った。
ルルセラはこくりと頷いて、館の奥へと消えていった。それを見送った後、俺も自室に戻った。
そこで、マスターからの通知に気が付いた。
一気に現実に引き戻された気がした。
いや、ずっと現実にいたのに。ずっと目を背けていた。そうすべきだと思ったから。
でも今、まざまざと蘇る。赤く腫れた頬が瞼の裏にありありと浮かぶ。何故、こうなったのか? 誰が彼女を傷つけたのか? 誰が悪いのか?
――それは「俺」だった。
――俺だけのせいじゃない。そう言い訳することは簡単だったけど、その言葉の方が残酷なように聞こえた。
皆して、罪のないルルセラを傷つけた。俺は、それに大いに加担した。俺のせいだった。
俺のせいでルルセラは、頬を腫らしたのだ。打たれたのだ。傷ついたのだ。誰にも見せられない傷をつけた。
けれど、だからと言って俺は、その行いを後悔しているわけでもない。それが俺の仕事なのだったのだから、後悔などしたくともできるはずもない。ただ、どうしようもなく嫌な気分だった。
ルルセラの味方でいたかった。でも俺は、ルルセラの味方じゃない。あなたの味方です、と励ましたかった。でも、嘘に塗れた言葉は喉を焼いて声にならなかった。散々嘘をついてきたくせに、今更何を尻込みしているんだか。散々ルルセラを傷付けておいて、今更……。
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『ツギ ノ イライ マチ チュウ ニ ツキ ソコ デ タイキ セヨ』
『オレ ハ モウ オリマス』




