観察記録17_好物(2)
マスターは、まるでルルセラに招致されたかのように(実際にはただ軽く名前を口にしただけだというのに)無遠慮にこちらへと近付いてきて、俺たちのすぐ横でぴたりと足を止めた。
「お二人でお食事ですか?」
「ええ」
ルルセラが頷く。
「それは良いですね。楽しそうです」
マスターはにこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。
「ケルカス様もこれからお食事ですか?」
「その予定だったのですが……急遽連れが来られなくなってしまって。一人で食事するのも味気ないので、どうしようかと思っていたところです」
器用なもので、その笑顔は爽やかさを保ったまま寂しそうに歪んでいた。良い大人なんだから食事くらい一人でとれるだろうに、まったく。
「まあ、それは残念ですね、それじゃあ……」
ルルセラがまた、俺に目配せする。うんざりとした気持ちを表に出さないように注意しながら、浅く頷いた。
「良ければ、ご同席されますか?」
「よろしいのですか?」
マスターの顔がぱっと輝く。
「ええ、もちろんです」
「では、お言葉に甘えて、失礼します」
マスターは何の遠慮も躊躇もない様子で答えると、俺とルルセラの間に位置取って、空いた椅子に腰掛けた。
はあ、テラス席なんて選ばなければ良かった。二人席なら同席する余地もなかったのに。何故四人席しかない場所を選んでしまったのだろう。いや、何故も何も、まさかマスター本人が来るだなんて露ほども思っていなかったのだから、避けようもないのだが。
「お邪魔にならなければ良いのですが」
わざわざ俺の方に顔を向けて言ってきた。
「とんでもないです」
笑顔を貼り付けて返す。はあ。
「もう、食事の注文はされたのですか?」
「いいえ、まだです、迷ってしまって……」
ルルセラが、本物の困り笑顔で答える。
「わかります、私も、初めて来た時はとても迷いましたよ」
「ケルカス様は、常連なのですか?」
「常連、という程ではないですが、何度か来たことがあります」
「そうなのですね」
ルルセラが、興味深そうに目を瞬かせる。面白くない。
「どれもこれも、美味しいですよ。割とオーソドックスなものが多いですが。量も適量で……でも、ごはんものは比較的多めでしょうか。お腹がペコペコな時には最適です。逆に軽めが良ければサンドイッチが良いですね。具が結構面白いんですよ。それから、デザートも良いです。季節のデザートはいつも美味しいです。紅茶にもコーヒーにも合いますよ」
流れるような説明に合わせて、ルルセラの視線が、すいっとメニューの左下の方に移動する。
「私は初めて来た時ハルナツ風サンドを選んだのですが……ふふ、ああ失礼。ハルナツ風があるならアキフユ風もあるのかと尋ねて笑われたことを思い出しました」
ルルセラが口に手を添えて、笑う仕草を見せる。
「そこで、ハルナツ風というのは南部のハルナツ島をイメージしたトマト多めの料理のことだと教えられたのですが、後から調べたところ、ハルナツ島ではトマトを食べないことがわかりました。あくまで風ってことですね。まったく、料理の名前は難解ですね」
マスターが大袈裟に嘆いてみせると、ルルセラはくすりと笑いを漏らした。
「同感です」
それからマスターは、さりげなくうんちくを披露し続けた。それが、ルルセラの疑問を先読みしての説明なのだろうと察せられるから、尚更面白くなかった。
結局、ルルセラはソモンサンドを選んだ。ルルセラはあまり量を食べないのかもしれない。あるいは、単にサーモンが好きなのかも知れない。そういう情報は後々俺からマスターに報告するはずだったのだが、その必要はなくなった。
自分で確認しに来るつもりなら、何で俺に指示を出したりしたんだ。意味がわからない。




