観察記録17_好物(3)
「そういえばルルセラ嬢、知っていますか」
マスターはナプキンを持つ手を膝元に下ろしながら、拭いたての口元を綻ばせた。対するルルセラは、小動物のように頬袋を膨らませたまま、こてんと首を傾げた。
「アルトと私は、もともと同じ職場で働いていたのですよ」
思わず、ごほっと、アイスコーヒーを吹き出しかけた。ルルセラの丸くなった目と目が合って、慌てて冷静を取り繕う。動揺したりしたら、やましいことがあって隠していたみたいじゃないか(それは事実にほかならないが)。
「当時はコーヒーなんて飲めないガキでしたが。いやはやしばらく見ないうちに成長したようで」
一体俺をどういう位置付けにしたいのだ。事前打ち合わせも無しに適当なことを言われて、言い返すに言い返せない。
ルルセラが興味津々といった風情の視線を向けてくるけれど、照れたかのように目を逸らしむっつりと黙ることしかできなかった。
「そうなんですか……?」
「やはり、聞いていませんでしたか。私たちは昔、とある魔法構団で同じ部門にいたんですよ。当時私は、彼の上司として指導に当たったりもしていましたが……ひょっとして、その時に厳しく過ぎて、嫌われてしまったのでしょうか。他人のふりをしたくなる程に」
なんだそれは。それじゃあ俺が、堪え性のないガキみたいじゃないか。このまま黙って聞いていたら、どんどん俺の評価が下がりそうだった。
「適当なことを言わないで下さい。あなたみたいなちゃらんぽらんと同族だと思われたくなかっただけです」
反駁してみせると、マスターはやれやれと言った風に片眉を上げて、薄らと笑った。性格の悪さが、滲み出ている。
「目上の人間に対して、ひどい言いようだ」
「お互い団を辞めた身なのですから、目上も何もないでしょう」
「年長者には代わりないだろう」
「はいはい、そうでしたね、オジサン」
「はあ、まったく」
マスターは小さくこぼすと、ようやくそのうるさい口を閉じた。
よしよし黙らせたぞ。
一仕事を終えた気分でルルセラの方に目を向ける。
そこに、のほほんとした花の笑顔があった。一瞬、その空気に引っ張られて、自らも花畑で薫風に吹かれているかのようなほどけた気持ちになった。それから、はっとする。してやられた。
「ふふ、仲が良いんですね」
マスターがルルセラを見て、それから俺に一瞥をくれた後、ケラケラと笑った。
「だと良いんですが」
ああ……これでマスターは、「信頼する補佐官が仲良くしている人」の称号を手に入れてしまった。
いまや、そのふんわりとした笑顔が恨めしい。ルルセラにはいつも笑っていて欲しいと思っているけど、こういうことではないのだ。外にいる間は、格式張った笑顔で、他人との間に壁を築いていて欲しい。不当な手段でその壁を取っ払ってしまったマスターが、心底恨めしい。
「こうしてみんなで食事を囲んでいると、昔を思い出しますね……」
ふいにマスターが遠い目をして、しんみりと呟いた。ルルセラが、はっとした顔をする。
「ああ、すみません、変な空気にしてしまって。別に私は、団に未練があるわけではないんですよ。クビになったわけでもないですし、自ら退団したのですから。ただ……時々何となく人恋しくなることは否定できませんね」
いつになく気弱そうな笑顔を前に、ルルセラもまた少し悲しそうな顔になって「まあ……」と言った。




