観察記録17_好物(1)
まず、二つの候補タイプのうち、どちらが良いだろうか、と考えた。一つは、希少価値の高い店。もう一つは、流行りの店。
この第一段階で、かなり頭を悩ませることになった。
ここでの暮らしはさておき、実家では大層質の良い食事が出されていたに違いないし、家族で高級店を訪れた経験だってきっと多分にある。世間的に希少価値の高いと言われている店も、ルルセラにしてみれば大して希少に思えないかもしれない。
ならば、流行りの店の方が良いだろうか。しかし、それも何だかしっくりこなかった。「流行っているから」という理由だけで、ルルセラの気を引けるとも思えなかった。
うんうんと悩んだ末に、結局全て俺の想像でしかない、と思った。結局、俺はルルセラの好きなもの、嫌いなものを大して知らない。まずは知ることから始めないといけないと思った。知るために、じっくりと話せる場所にしようと結論付けた。
言うまでもなく、これは、俺のための結論だった。結局、ルルセラが好む店を選べていない。でも、長期的に見ればこれが最善の策であると考えざるを得なかった。
そういう経緯があって、内心あまり自信を持てないまま、ルルセラを予約席に誘う。
何てことない、首都シンボルツリーの太枝に軒を並べる老舗店の一つだった。さほど珍しい料理があるわけでもないし、新しくもない。むしろ、古い。巨大な人工樹の上に佇立する姿は、地方の人からすれば珍しいかもしれないが、このあたりに住む人にすれば、身近すぎてもはや何のありがたみも感じられないような場所だった。
そんな微妙な場所を選んだ理由はひとえに、下界から切り離されたような空間が、俺のニーズに合致したからだった。太枝の先が手のひらのように枝分かれしていて(実は枝ではなく、構造物に気根を這わせたものらしいが)、そのそれぞれの末端にテラス席が配置されていた。仕切り壁のない個室と呼べなくもなかった。
「ああ……だからこの間、高所恐怖症じゃないか、なんて聞いてきたんですね」
歩きながら、ルルセラが言う。
明るい微笑みは俺の目に、第一関門突破の証のように映って、ほっと一つ胸を撫で下ろした。
「ええ。ルルセラ様は、この店に来たことがありましたか?」
「いいえ、初めてです。アルトは?」
「私も、初めてです」
「そう? じゃあ楽しみね」
そう言って、予約席に設られた椅子の一つを自ら引き、すとんと座った。わくわくとした顔と、ひらひらと風に揺れるマリンストライプのワンピース。今日のルルセラは、良い意味で、上京したての普通の少女みたいだった。
「下から見ると、ほっそい枝の先にちっちゃいテーブルが置かれているようにしか見えなかったけれど、いざ来てみると全然枝感ないし、結構広々としているものなのね。わあ、珍しい、メニューも木製。へえー」
ルルセラは座席に腰掛けたまま半身を捻り、あちこち見回しては感嘆の声を漏らしていた。その度に金のポニーテールが、それこそ愛玩動物の尻尾のように、楽しく左右に振れていた。
「この転落防止魔法、面白い……そうよね、高い柵だらけだと景観悪くなるものね」
不肖な俺にはどのあたりが面白いのか詳らかにはわからなかったが、ルルセラは特段俺に同意を求めている風でもなく、一人で喋っては一人で頷いていた。
あちこち古びて摩耗しているのをある種の風情と捉えてくれるだろうか、あるいはみすぼらしいオンボロとみなされてしまうだろうか――などという平々凡々な男の思慮を軽く飛び越えていくものだから、おかしくて少し笑いが漏れた。
それを見て、ルルセラも「ふふ」と笑う。多分、考えていることは全く通じ合っていないのだろうけど、あたかも通じ合っているかのような笑顔の応酬が、またおかしかった。
なんだか永遠にこうしていられるような気もしたけれど、そういうわけにもいかないのでほどほどで切り上げて、
「さ、今日のランチを選んで下さい」
テーブルに立て置かれたメニュー表をぱかっと開いた。
下界ではあまり見ない、自立した木製のメニュー表だった。観音開きの内側に、料理名が所狭しと並んでいる。その背を軽く押して、情報量の多い面をルルセラの側に傾けた。ともすれば、ルルセラの顔がすっぽり隠れて見えなくなってしまうような大きな木板なので、角度の付け方には十分気をつけた。
「アルトは見ないんですか?」
「俺は、店を選ぶ時に一通り目を通したので」
「アルトは何を注文するのですか?」
「考え中です」
考え中、というより、これから考える、と言った方が正しいだろうか。相手の出方を見てからそれに沿うような行動を取る。この世界で生きるうちに、そういうやり方が身に染み付いていた。
「ふうん……」
ルルセラの視線が、俺の顔からメニューへと移る。アメシストの瞳が右へ左へと動き、眉宇には薄らとした皺が寄せては返していた。
店を選ぶ上での条件の一つが、ランチメニューの種類が多いことだった。もちろんこの店もその条件をクリアしている。
これだけ沢山ある中で、ルルセラは何を選ぶかだろうか。彼女の嗜好を見定めよう。そういう狙いがあったわけだけど……いささかやりすぎただろうか。ルルセラは忙しなく顔を動かし、決めあぐねて困っているように見えた。何か、助け舟を出した方が良いだろうか。
――ふと、視界の端にいやな気配を感じた。
ぎりぎりと首を九十度回す。視線の先で男が爽やかに笑い、片手を挙げていた。何度見ても、腹の立つ笑みだった。
「これはこれは、ルルセラ嬢ではありませんか!」
対面のルルセラが、ぱっと顔を上げ、そちらに目を向ける。マスターの手がひらひらと揺れた。
何でここに来ているんだ。何でルルセラに話しかけるのだ。意味がわからない。
「あら、ケ、ケル……」
ルルセラがちらりと俺を見た。仕方なく、「ケルカス様です」と耳打ちする。
ルルセラの目が輝いて、
「ケルカス様!」
と爛々とした声で言う。全くもって面白くない展開だった。
はい、かつては某ハンバーグ店のテーブルに置かれていたアレです




