観察記録12_頭痛
中天を目指す太陽の温かな光が差し込む執務室、ひとりぼっちで業務に当たる俺のもとに、ライラが悪い知らせを持ってきた。
それで、慌ててルルセラの部屋へと向かった。
ノックをしても返事がなく、そっと扉を開けてみれば案の定、ルルセラはまだ布団を被って寝ていた。一瞬、俺が部屋に入って良いのか? という当たり前の疑問が頭をもたげたが、それよりも重大な事があったので、遠慮を捨てて足を踏み入れた。後ろにはライラもついているので問題ないだろう、という気持ちもあった。とにかく、俺にとってはそんな懸念よりも優先すべき事項があった。
「ルルセラ様」
声を掛けると、薄らと瞼が開いた。爽やかな目覚め、という感じは一片もない。無理に起こされたこともあるだろうが、昨日の酒の影響が残っている可能性の方が高かった。
パチパチと瞬きをして身じろぎするルルセラを制するように、「ああ、起こしに来たわけではないのでそのままで」と言う。
「まだ眠いでしょうし、あんまり気分が良くないですよね?」
ルルセラが寝ぼけ眼で頷く。すかさず
「きっと、吐き気や頭痛がありますよね? もうしばらくはゆっくり休まれるのが良いでしょう。ドゥブル様がいらしてますが、お嬢様は体調を崩されているのでお会いできない、と言って返しますね。それで良いですよね。それでは朝から失礼いたしました。ごゆっくりお休み下さい」
言うだけ言って、答えを待つこともなく、部屋を後にした。
「じゃあライラさん、後は……」
ドアを閉めた後、振り向きがてらそう言うと、心得たりという様な笑顔で「はい」と返ってきた。
「すみません、ご面倒をおかけして」
俺が悪いわけではないのだが、面倒事をライラに押し付けているような申し訳なさを感じた。しかし、俺がしゃしゃり出たところで、ドゥブルに勘繰られておかしな展開になるだけだろう。それに、おおらかでしたたかなライラは、こういう面で頼りになる。彼女は、いい感じにドゥブルをあしらって追い返してくれるに違いなかった。
「どうしてアルト様が謝られるのやら。これは私の仕事ですよ」
ライラは、やはりおおらかに笑った。
「お嬢様はお客様を迎えられるような体調ではないと、私からしっかりとお伝えしますよ。これはアルト様には出来ないことでしょうから、私のお仕事です」
「私には出来ない……ですか」
はて、彼女はどういった意味でそんなことを言うのだろう。俺とドゥブルの関係を知っているはずもないのに。(彼女が他勢力の諜報員でもない限りは。)そもそもライラは、ルルセラとドゥブルの関係をどう見ているのだろう。先だって、彼女は私情を交えず、ただ、ドゥブルが訪問して来た事実のみを俺に報告しに来た。俺がそれを「悪い知らせ」と捉えたわけだが、ライラにとっては「悪い知らせ」だったのだろうか、あるいは「良い知らせ」だったのだろうか、それともそのいずれでもなかったのだろうか。
悩む俺を見ながら、ライラが、ふふ、と笑った。
「アルト様は、『お嬢様が苦しみ寝込んでいるところをこの目でしかと見ました』、何てこと言えないでしょう? 妙齢の女性が眠る寝室に押し入ったことになりますもの」
――そういうことか。いや、本当に、まさしくその通りなのだけれども――ひょっとしてこれは暗に責められているのだろうか。いや、でも、彼女は全く止める素振りを見せなかったのだから――……ライラの口調は、どうしてこうも真意が読みにくいのだろう……。
「でもそれも、アルト様のお仕事の一つでしょうから。少なくとも私はそう思っています」
……やはり、真意がわからなかった。自分は責めたりしません、ということだろうか。それとも、きっと他の人は責めますよ、と釘を刺されているのだろうか……。
「ええ、はい……」
と曖昧な返事を返すと、彼女は吹き出すように笑い出した。
「ふふ、少し前のアルト様なら、もっと保身に走った言動をしていましたよ」
またしても、ぐらぐらと心を揺さぶられる。やっぱりライラは、ただぼんやりとしているわけではなかった。「ルルセラのため」にかこつけた俺の馬鹿な言動に、多かれ少なかれ気付いている。
「……そうかもしれませんね」
「ふふ、では私は、そろそろ行って参りますね」
「はい、お願いします」
ライラの姿が視界からすっかり消えてから、ふーっと長いため息を吐いた。




