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閑話_春のお馬鹿さん

「大変、大変!」


 モスグリーンの小鳥がホーホケキョケキョと鳴いた朝、その趣をことごとく打ち消す勢いでバーンと執務室の扉が開き、ルルセラが入ってきた。


 一体何事かと顔を上げるが、ルルセラの口角が悪戯っぽく持ち上がっているのを見て、何となく察しがついた。


「……おはようございます」

「おはようございます、見て下さい、家の前にチョコレートが置いてあったの!」


 挨拶もそこそこにそんなしょうもない嘘をつく。


「美味しそう、でしょ?」


 そう言いながら平たい小箱をパカっと開けて、俺に中身を見せつける。


 やれやれ、とその手元に目を落として見ると、丸と三角が組み合わさった形の黒い物体――ネコをかたどったチョコレートと思われるものが、2×3に区切られた箱の中に整列していた。


 ……で、俺にどうしろと? うろんな視線を向けると、キラキラした視線を返された。で、また、「美味しそうですよね?」と繰り返した。


「……毒味しろという意味ですか?」


 ルルセラは、「そうそう」と首肯する。


 今、世界のあちこちで、嘘をついたりつかれたりが勃発していると思う。が、こんな変な嘘(?)をつかれているのは、俺だけじゃなかろうか。


 仕方なく、角の一つを摘んで、口に放る。歯を立てると、普通に甘くて美味いチョコレートの味が口に広がった。なんだ、この状況は。


 ごくっと嚥下し、口を開く。一体何なんですかこれは、と尋ねようとする。……が、急に頭がもぞもぞと痒くなってきた。


 はっとして頭に手をやると、明らかにいつもと違う感触が返ってきた。


「やったー」


 いつの間にかルルセラの手には手鏡が握られていて、その鏡面が俺に向けられている。そこに映る男は愕然としたような顔をしていて、頭の形は、まさに今口にしたチョコレートと同じ形をしていた――要するに、頭頂部に二つ、ネコ耳を模した膨らみが現れていた。


 は?


 混乱が収まらぬうちに、ルルセラはさっと手鏡を下げた。で、また、頭に覚えのない感覚が広がる。ルルセラが俺の第二の(あるいは第三の?)耳を触っていた。


「いや、なんですか」

「だって、猫は愛でたくなるものだから」


 ルルセラがにこにこと返す。


「そうではなくてですね、何でこんな変なチョコ……」

「だって今日は嘘をつく日だから」

「嘘というより、騙された気分なんですが。なんで毒入りチョコなんです」

「ほら、忙しくてバレンタインデーをスキップしちゃったから。これなら、それも兼ねられるかなって」


 ううん……善意か悪意(というか悪戯)か、何とも判別しにくいことをおっしゃる。とりあえず、


「ぐっ……ゴホゴホ」


 せた。


「えっ、大丈夫ですか?」


 ルルセラは焦ったような声を上げて、咳き込む俺の顔を覗き込んだ。


 その、「か」の形に開いた口に、二つ目のチョコレートをぽい、と放り入れる。


「あ!」


 ルルセラの目が丸くなって、きょろきょろと周りを見回す。何を探しているのかわからないが、やがて観念したのか、ジト目になってもごもごと咀嚼し始めた。


 間も無く、ルルセラの頭に可愛らしい耳が生えてきた。多分、巻き髪を作ったりするのと同じ原理なのだろう。てのひらで押しつぶすと柔らかく潰れるが、離すとまた三角耳に戻る。


 面白がって何度かぽんぽんと叩いていると、まさしく猫パンチのような勢いで手を振り退けられた。


「仕方ないじゃないですか、猫は愛でたくなるものなのだから」


 ルルセラは俺を無視して、デスクについた。





 それから、ルルセラは不機嫌だった。それこそ、最初に顔を合わせた時のように。


 その理由は、後から何となくわかった。


 俺の耳は、二十分もすれば跡形もなく消え失せた。そうなると、ルルセラの耳が惜しく思えてきて、すれ違う度にその耳に触れた。その都度「猫は愛でたくなるものだから……」と言っては無視された。


 計四回目に至って、何かおかしいな? と思い始めた。


「全然消えませんね、耳」


 そう言うと、キッと睨め上げられた。


「あなたの固い髪質に合わせて、作ったものだからよ!」


 ……わざわざ俺専用に魔法を構築してくれていたのか。何と言うか……うん。


「残りの四つは全部、アルトが食べて下さいね!」


 素直に、「ハイ」と頷いた。

この話自体嘘かも(2026.4.1)

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