幕間 マシューの回想
商人マシュー目線の話です。
読み飛ばしても本編に影響ありません。
私の名前はマシュー。行商人をしております。
妻がいた頃はそれこそ各地を周り家族に会うのも年に指で数えられる程度のものでしたが、妻が亡くなり男手一つで子供たちを育てなければいかなくなってからは子供たちを連れて最近公国となったカルカス国とテルトーダ首長国を行ったり来たりとしております。
そんなわけですから、住まいはテルトーダ首長国にあるものの最近は帰ることもめっきりと減り、倉庫と化している有り様です。
子宝に恵まれた私には三人の子供たちがおります。
娘が二人と息子が一人でして、長男のナッシュと次女のミラはそれぞれ九歳と八歳とまだ幼くあまり旅に適しているとは言えません。ですが、成人となった長女のアンナが支えてくれるおかげで何とか家族離れ離れにならずに生活ができています。
私は若い頃から家庭を顧みない性格でしたので、妻にはとても苦労をかけました。それは妻が亡くなり子供たちを見ながら生活するようになってから初めて身をもって知ったのですが、今ではどれほど妻に甘えていたのかを恥じるばかりです。
最近では、妻が亡くなってしまった原因は私が彼女に心労をかけたからであったのだと考えるようになりました。
そう考えてからは妻には死んでも償えない過ちを犯してしまい、胸が張り裂けんばかりの後悔を抱いています。きっと妻はそんな私に笑顔で『気にしないで』と囁いてくれるでしょう。彼女は昔からそういう女性でした。本当に私には勿体ない女性です。
そんな妻との間にできた子供たちですから、私にとっては何よりも大切な宝物です。妻の死後、私は子供たちが幸せになってくれることが人生の使命であり生き甲斐と感じるようになりました。
今も負担をかけている子供たちに、もっと楽な生活をさせるため私は行商人ではなく露店を開業する決断をしました。
ただし、露店はお金がとても掛かります。路面店であればさらに莫大な金額が必要となるのです。そのため、私はこれまで手を出してこなかった商品なども扱い資金集めに奔走しておりました。
なので、カルカス国のアルスカイン特別侯爵様からお声を掛けていただいたのは願ってもないことでした。
アルスカイン特別侯爵様はプラチナランクの冒険者の相乗りに報酬を払ってくださいました。それも普段お目にかかることのできないような金額です。今までの貯蓄と合わせれば目標の金額にあと一歩までとなるような額に私は震えつつ、このお話をお受けしました。
そうしてお会いしたのがシュウ様御一行でした。
旅はシュウ様の他に女性と男性がお一人ずつ、ペットの猫が一匹というお連れ様がいらっしゃいました。
シュウ様はナインフォセア王国の国王様より準男爵位を授かったお貴族様とのことでしたが、人当たりが良く偉ぶる様子を一切見せないとても優しい方でした。
お連れのお二人も優しい方々でシルフィード様は初めこそ壁を作っておられるようでしたが、ミラとナッシュがとても懐いていました。
シュウ様をテルトーダ首長国へお連れする道中は実に様々な事件がありました。
私は斬りつけられ、ナッシュとミラが人攫いに遭ってしまったことは忘れることができません。シュウ様とシルフィード様が助け出してくださったからよかったものの、あのまま他国に売られでもしていたら、と思うだけで今でも私の脚は震えてしまいます。
シュウ様は相乗りを依頼しなければ襲われなかったと私たちに頭を下げてくださいましたが、私の怪我を治してくださったのも子供たちが無事に帰ってきたのも全てシュウ様のおかげでです。
シュウ様へ感謝はすれど恨むようなことはありません。なんせ、私の宝物を護ってくれた恩人なのですから。
しかし、私がシュウ様御一行をお連れしての旅で一番驚いたのはアンナの変わり様でした。
アンナは旅の序盤からジルベスター様のことが気になっているようでした。旅を進めるにつれて距離を縮めていくようになり、最終的には私の知らないところで告白までしていたようです。あまり自分の気持ちを表に出すような娘ではないので、この変化に私は内心驚いておりました。アンナも大人になった証拠なので喜ばしいことですが、親としては複雑な心境です。
ただ、その告白は玉砕してしまったようでアンナの落ち込み様は凄まじいものでした。
「ジルベスター様はお優しいうえに実に紳士的だ。世の女性が放っておくはずもない。聞けばお国には妻子がいらっしゃると言うじゃないか。お前がどうこうできるようなお人ではないのだよ、つらいだろうが諦めなさい。」
「お父さん………。けど…。私、やっぱりジル様のことが諦められない…。」
心配になった私がアンナへ話しかけるとアンナは自分の気持ちを素直に教えてくれました。
親としては娘の恋路を応援してあげたいところではありますが、ジルベスター様は男の私から見ても魅力に溢れた方です。傷心中のアンナには厳しい言葉かもしれませんが、早々に諦めさせるほうが心の傷も浅く済むでしょう。
「アンナ…。私も母さんと出会った頃は周りに散々高嶺の花だと馬鹿にされたものだ。それでも私は諦められなかった。だからお前の気持ちもわかるつもりだよ。けれど、私と母さんのときとジルベスター様の環境は違うんだ。お前はお国にいらっしゃるご家族へご負担をかけるつもりかい?」
「そんなつもりはないけど…。お父さんはお母さんとどうやって結ばれたの?」
「な、急にそんなこと言われても…。」
いきなりの娘の質問に私はタジタジになってしまいます。私と妻の馴れ初めなど娘に聞かせたことはありません。
「だってお父さんが言ったんじゃない。お母さんと出会った頃は高嶺の花だったって。それなのに何で結婚できたのよ。」
「あ、あぁ…。そうだな。母さんとは元々幼馴染だったんだが母さんの実家は大店の貿易商でな、お貴族様から縁談の話があったほど街じゃ評判の娘だったんだ。それに引き換え、私はブロンズ冒険者ばかりが泊るような安宿を親父が一人で切り盛りしてるような実家で身分のつり合いが取れていなかった。だから誰も、親父さえも私が母さんを嫁にしたいと言うことを了承しなかった。だから逃げたんだ。」
「逃げ…た?」
「あぁ、母さんを連れて街から逃げた。所謂駆け落ちという奴さ。そこからはナケナシの金で荷馬車を買うと母さんと二人で行商人をやり始めた。行商人もルートに縄張りのようなものがあるのは知っているだろう?だから新参者の私たちは苦労したものだ。それでも私は母さんと一緒にいれるだけで幸せだった。
そんなときに生まれたのがアンナ、お前だよ。あのときほど神に感謝したことはなかった。だからお前には幸せになってほしいんだ、分かってくれるね?」
「そう…。お母さんとお父さんにそんな過去があったのね。………。わかったわ!」
私が妻との馴れ初めを簡単に話すとアンナは大層晴れやかな顔を私へ向けました。
「そ、そうか。今の話のどこで気づいてくれたかは分からないが、漸く分かってくれたか。そうだ、お前は前を向いて新しい彼氏を………。」
「私、ジル様の妾になるわ!」
「………。は?」
「だって私はジル様を愛しているもの。心底愛しているのなら周りの反対を押し切ってでもモノにするべきよね!こんな簡単なことに気付かなかったなんて私は頭が固かったわ。これもお父さんのアドバイスのおかげよ!」
「え?…いや、私はそんなアドバイスしていな………。」
「私は恋に生きるわ!!」
アンナが不良になってしまった!!まさか、私の昔話がこんな結論になるなんて思いもしませんでした…。
こうなっては梃子でも自分の意見を曲げない娘です。私がいくら言っても聞くことはないでしょう。
「はぁ…。もう好きにしなさい。ただし、ジルベスター様に不利益になるようなことは決してしないと誓いなさい。」
「はい、お父さん!私はジル様の好きなように弄ばれる女になります!」
「なるな!!」
我が娘ながら発想が斜め上過ぎます………。
◇◇◇
シュウ様御一行と別れて暫く経ったあと、私は首長様に呼び出しを受けました。
首長様どころか、政府にだって粗相をしたことない私が呼び出された理由はわかりません。ですが、つい身構えてしまうのも平民の私の立場では仕方がないことでしょう。
「急に呼び出してすまないな、マシューよ。」
テルトーダ首長国の国主であるテヒト首長は私が出頭するとすぐに会ってくださいました。そして、第一声で私に労いの言葉を掛けて下さったのです。
「勿体なきお言葉、恐悦至極でございます。」
「今回お主を呼び寄せたのは相談があってのことだ。」
「相談、でございますか?」
テヒト首長から相談などというお言葉があるとは思いもしませんでした。私はしがない行商人です。国主からお願いを受けるほどの知識も実績もありません。私は不安を感じつつ、テヒト首長のお言葉を聞くことにしました。
「そう硬くなる必要はない。実はな、儂の知り合いがお主を高く評価しておって今回の事業の参画者に推薦してきたのだ。」
「事業…で、ございますか?」
「うむ、現在テルトーダではカルカスとの国交友好条約の締結が間近になっておる。そのためこれまでよりも多くの商人たちが行き来することになるだろう。ただ、テルトーダの関所よりもカルカス側になると街道沿いの宿泊施設や体を休めるための施設が不足していることも事実だ。
そんなとき、アルスカイン特別侯爵より共同出資の話を受けて新しい宿場町を作ることとなったのだ。
カルカス側からも商人たちを出すため、テルトーダ側からも商人を立てる必要がある。そこでお主に新しい宿場町の経営を任せたいのだ。
聞けばお主は行商人を止め露店を出そうとしていたのだろう?この話を受ければ路面店を与えられるうえにテルトーダから助成金を受けられる。業種こそ宿屋がメインとなってしまうが良い話であろう。どうだ、やってはくれぬか?」
「わ、私に宿場町での経営を………。」
テヒト首長から頂いた話はまさに天からの恵みのようでした。この話を受ければ国からの援助を受けられるだけではありません。今までに貯めた資金を使わずに店を構えることができるのです。しかも露店ではなく路面店を、です。
「願ってもないお話です。ですが、一体どなたが私めを推挙されたのでしょうか…。自分でいうのもお恥ずかしいことですが、私には政府関係の方と繋がりを持つような大きな取引は行った記憶がございません。」
「お主がこのテルトーダへ連れてきた冒険者がいたと思うが?その人物は爵位を持っているほどの実力だ。儂も彼の能力を信用しておる故、彼からの推薦ならば安心して任せられると考えたまでのことだ。」
「ま、まさか、あの方が…。テヒト首長。このお話、謹んでお受けいたします。」
私は大したことをしておりませんのに、あの方はどこまでお人好しなのでしょうか。ここで私が断れば彼の面子が潰れることになります。もとより断る理由もありませんが、命の恩人である彼に恥をかかせるわけには参りません。私は心の中で何度も礼を言いつつテヒト首長へ承諾のお返事をいたしました。
そう。この瞬間に冒険者シュウ様は私にとって神様のような存在となったのです。
◇◇◇
こうして私たち親子はテルトーダの民でありながらカルカスへの永住権と店舗を手に入れることになりました。まだ発展はおろか、出来上がってもいない宿場町ではございますが、私の人生のすべてを賭けて必ず成功させて見せましょう。
私は亡き妻とシュウ様へ誓いを立てながら家族のいる家へと帰路に着くのでした。




