幕間 テルヒトの半生
今回はテルのお話です。
内容はちょっと重めです。
読み飛ばしても本編に影響はありません。
―――― 一度目。
傭兵団『仮面の七人』リーダーのテルは転生者である。
本名を三原照人。
両親を早くに亡くし父方の叔父夫婦に育てられた照人は十六歳の頃にトラックのブレーキが故障するというよくある事故によって一度死んでこの世界へ送られてきていた。
照人にとって前の世界は嫌いではなかった。
友達もいれば叔父夫婦も良くしてくれる。これといった悩みもなく順風満帆な暮らしを送っていると言ってよかっただろう。
だが、照人は物足りなさを感じていた。
そのため、転生の間へ連れてこられた際の興奮は百歳を超えた今でも覚えている。
―――― 二度目。
いつ頃からか転生神は転生の仕方について方針転換をしている。
当初はこの世界に産まれる赤子に魂を定着させることで転生させていた。しかし、このやり方では悪魔と戦う力を得るまでに時間がかかり過ぎるうえ、使命を忘れてしまうものも多かった。
そのため、いつからか転生神は前の世界の身体のコピーを創り上げてその器に魂を入れ込む術を身に着けたのだった。
それからは転生者が使命を忘れることも少なくなり、真面目に転生神の言うことを聞く者が多く見受けられるようになる。
テルヒトもその一人であった。
転生された先はルインルスアルテ大陸にある辛うじて町を保っている程度の人口しかいない小国であったが、刺激を求めたテルヒトは魔王討伐を大いに喜び、直ぐに戦いへ身を投じることになる。
現代人のテルヒトが何の躊躇もなく戦いを選ぶことができたのは転生神から貰ったギフトにあった。
『テイルズ・オブ・フェニックス』はテルヒトが転生神に頼んだスキルである。自身が死んだ際に甦るというシンプルなものだが、そのおかげで大した恐怖を感じることもなく実戦経験を積むことができた。転生神からは一度限りの制限付きと説明されてはいるが、やり直しが効くというのは精神面に余裕を与えていたのである。
そうして、国を転々として悪魔狩りを行いながら信頼できる仲間や好きな異性ともめぐり逢い、この世界でもテルヒトは順風満帆な生活を送っていた。強いて不満を挙げるとすれば自身の呼び名くらいである。
『テルヒト』はこの世界の人間には発音しにくいものだったらしく、皆正しくテルヒトの名前を呼んでくれなかったのである。そうしてテルヒトはいつからか『テヒト』として暮らすようになっていた。
テヒトたちの快進撃は続いていき、テヒトが転生してから約五年が経った頃には、ルインルスアルテ大陸中の貴族や国主たちも無視できないほどの高名な『勇者』パーティとなっていた。
そしてさらに三年後、テヒト一行はついにデルベホネ大陸に上陸を果たす。
オーガやゴブリンたちを従えた悪魔たちは確かに強かったが、勢いに乗るテヒト一行には障害とはならなかった。
「このまま雑魚を片付けてボス部屋まで一直線だ!」
この頃のテヒトの頭の中は完全にゲーム攻略することにしか興味がなかった。
どれだけ命を狩ろうともテヒトには悪魔がゲームの敵キャラにしか見えていない。どれだけ町が襲われようがゲームの演出に不可欠な要素でしかない。レベルアップを果たせば敵が強くなるのも当然。ゲーム内のキャラクターがいくら死のうとも主人公たる自分が魔王を討伐すれば全てが丸く収まる。
そのような思考にしかならなかったのである。
そんなあるとき、テヒトが悪魔を追い詰めた際、傍で戦っていた悪魔がテヒトに向かって命乞いを始めた。
「ま、待ってくれ!恥とは知りつつこの場を見逃してくれ!」
近寄ってきた悪魔は軍団の中でも上位の者だったらしく将軍と呼ばれていた。
「お前たちは強い。だが、我々も意地を通せばこの場は取り返しのつかない修羅となるだろう。これ以上の命の奪い合いは双方にとっても無益だ。
私は投降する。だから部下たちは見逃してはくれまいか。部下たちが撤退したのちに私を晒し首にしようが拷問に掛けようが好きにしてくれて構わん。
その男は今日子供が産まれたばかりなのだ。一度も顔を合わせることなく死なせるのは余りにも不憫であろう。後生だ、私の首一つでどうか許してくれ。」
土下座をして部下の命乞いをする将軍は、テヒトの仲間たちからも真に迫って見えていた。
「テヒト、確かに戦続きで皆疲弊している。ここは敵将に免じて退かせてやってもいいのではないか?」
「…すいません、将軍。」
「謝るな。この戦は我々が始めたものだが、こんな戦に大義名分などありはしない。お前は生涯をかけて子供にそのことを教え込めばよい。
そうすればこのような殺し合いなど……。」
将軍は言いかけたところで言葉を切る。目の前には信じられない光景が広がり、将軍は口を開けたまま固まってしまっていた。
テヒトが悪魔へトドメを刺したのである。
「テヒト!?」
テヒトの仲間もこれには驚きを隠せなかった。人情に厚いわけではなかったが、それでも人並みの良心は持ち合わせている。そう思っていた仲間が停戦交渉に応じず敵の胸を貫くという愚かな行いをするとは思ってもみなかったのである。
「中ボス程度が何言ってるんだか。お前ら悪魔は騙すのがお得意だもんな。どうせラスボスまでは休憩なんてないんだろ?」
テヒトは酔っていた。
自身の強さに。
自身のレベルに。
自身が育て上げたアバターに。
「………キサマァァアアア!!」
怒り狂った将軍がテヒトに向かい襲ってくる。テヒトは迎撃しようと突き立てた剣を引き抜こうとするが、なんと将軍の部下は最後の力を振り絞りテヒトの剣を掴んで離さなかったのである。
「死ねぇぇえええ!!」
テヒトは無事であった。剣を引き抜き将軍に深手も負わせている。だが、テヒトは放心していた。
何故なら生涯を誓い合った最愛の女性が、目の前に倒れているから。
「だ、いじょうぶ…ですか。…テヒト…さ、ま。」
「な…んで……。」
「愛する、人のこと、を…。守りたい…と、思うのは…当然です……。」
魔導師であるこの女性はテヒトを庇い将軍の攻撃を受けていた。肩から腰へ深く袈裟斬りにされた女性は絶命寸前だった。
「テ、ヒト様が無事で…よ、かった……。」
大した言葉を交わす間もなく、女性は息絶えた。最後に悲しそうな笑顔を浮かべて。
そのあとはまさに地獄絵図である。将軍が死に我を失った敵はがむしゃらに攻め立ててくる。一方テヒト側は頼みのテヒトが戦いを放棄したため戦いが長引き次々と味方が倒れていく。
この戦いはのちに長い悪魔との戦の中で最も愚かな戦線だったとして、歴史家たちから批判されることとなる。
テヒトは放心状態から回復することはなく、仲間に引き摺られながら戦線を離脱していく。その間、テヒトが考えていたのは何故自分はこうなってしまったのか、だった。
この大陸に着くまでは確かに仲間を、愛する人を人間と見ていた。戦いは憎むべきものであり、自分と関わる人たちは守るべき対象と見れていたのだ。
それが気が付けば、彼らはコンピュータの中にいるキャラクターでしか無くなっていた。
将軍は何と言った?殺し合いを終わらせよう、そう言っていたのではなかったのか?将軍もこの戦いに葛藤していたのではないのか?
目の前で倒れた人生で初めて愛した女性は回復魔法をかけても甦らなかった。傷は綺麗になっても蘇生魔法などこの世界にはないのだ。
自分はやり直しが効くから。そう思って戦っていた。しかし、周りはそうではない。前の世界と同じように生まれて死ぬ。
そのことを漸く気付いたときには、目の前から大半の仲間がいなくなった後だった。
悪魔との戦場を離脱してから数週間経ったのち、テヒトは仲間たちとともに大陸を離れていた。
行く当てはない。ただ、戦いから遠ざかりたかった。
そうして辿り着いたのはエクロキア大陸。
ここの住人はテヒトたち余所者に対しても優しく接してくれた。だからテヒトたちはここで暮らすことに決めた。
そのうちに住人たちとも打ち解け、村を拡げ、町を作り、そしていつしか国ができるまでに発展していった。
この大陸でも『テルヒト』という呼び名は聞き取りにくいらしい。住人から国の名前をテヒトにしたいと言われて断っていたら以前の名前の話になったのだ。
いくら言っても理解してもらえず、思わず『テルヒトだ!!』と叫んだらどうしたことか国の名前が『テルトーダ』に決まってしまった。
半ば無理やり国主にされたテヒトは仲間とともに国を発展させるために尽くすこととなった。
その中でも最年少の仲間は勉学に才能を見いだし、努力に励んだ末テヒトよりも国を動かすことに長けていた。そのため、テヒトは彼を宰相として扱い、自身が老衰で死ぬ間際に次の国主へ任命した。
そして、照人は二度目の人生を終える。享年六十五歳であった。
―――― 三度目。
三度目の人生は何故か赤ん坊から始まった。
この世界の親がいて、兄弟がいて、幼馴染がいる。テルと名付けられたのは偶然であったが、そのおかげで三度目の人生もすんなりと受け入れられた。
そして、幼馴染の中でも特に喧嘩っ早くてガキ大将だったロージと何故か仲良くなった。
今回は戦いに出るような真似はしない。親の仕事を手伝い、ロージとともに村を守ろうと約束した。今度こそ順風満帆な人生が送れると思った。
それは突然だった。
テルが暮らす国の対立国が宣戦布告もせずに突如襲ってきたのである。村は対立国の国境付近にあったため最初に狙われたのだ。
成人を間近にしていたテルとロージも村人を避難させるために奔走する。住んでいた家は燃え、田畑は踏みつけられる。
誰の目にも明らかだった。これは補給のためや戦略的な強襲ではない。見せしめのための蹂躙である。
全ての村人を避難所へ誘導すると残るテルとロージは自分たちも助かるために駆け出す。
敵は執拗に追い立ててくるが、日頃から鍛錬だけは積んでいたことが役に立ったらしい。敵の追撃を躱していき、何とか敵を撒くことに成功した。そして、命からがら辿り着いた先に見たものは燃え盛る避難所であった。
「クハハハ!残念だったな!これで村の生き残りはお前たちだけだ!
そうだ、その悲痛な顔をもっと見せてくれ!あぁ、たまらん!!戦争はこうでなくちゃあな!!」
敵将のこの言葉にテルの何かが弾け飛んだ。
そして、気付けばテルの周囲は更地となっていた。あるのは敵の骸と焦土と化した避難所の残骸だけである。
またしても一人。
テルの頭にはあったのはそのことだけだった。
「い、ててて…。危ねぇとこだった……。」
「ロージ!?」
孤独を覚悟したテルに取って、その声は神からの恵みのように感じた。
生きている。
話している。
……温かい。
「な、何だよ。俺の顔見て泣きやがって…。
まぁ、なんだ。俺たち二人だけになっちまったが、まだ生きてんだ。起きちまったもんはどうしようもねぇ。まずは俺たちが生き残ることを考えようぜ。復讐するかどうか決めんのはそのあとだ。」
この後、テルとロージは仲間たちと出会い、傭兵団『仮面の七人』を結成する。
そして………。
◇◇◇
「……くん………。て…く……。テル君?」
「あ、すいません、シュウさん。何でしょう?」
「急に呆けてたから気になったてさ。大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと昔のことを思い出していただけですから。」
「そうか、ならよかった。」
「……。シュウさんは不思議な人ですね。」
「へ?なんで?」
「いくら同郷でも仲間以外とこんなに話すのは滅多にないことなんです。だけど、シュウさんといるとつい甘えてしまう。
もしかしたら僕はシュウさんの優しさに救われているのかもしれません。」
「…念のため言っておくと僕が好きなのは女性だよ?」
「ハハハ!趣味が一緒でよかったです!」
他愛もない会話。転生して戦うことを覚えてからは余りなかったことだとテルは思った。
この他愛もない会話がテルに取って最も重要なことなのだと目の前の冒険者に教えられたことは、テルの胸の中にそっと閉まっておくことにするのだった。




