第89話 海上戦
僕たちは二手に別れて港の様子を見に行くことになった。
狂人化した人たちは僕の魔法が効いている限り暴れる心配はないが、それでも見張りは必要である。
敵の全てが狂人化してしまっているため拘束された者を見張っていればよいのだが、これはテル以外の『仮面の七人』と聖騎士団副団長が率いる聖騎士団がその役を引き受けることになった。
副団長が残るためエヴァンジェリンと他の聖女たちもこの場に残ることになったが、ガイド様だけは僕とテルを連れて現場へ向かうと言い張って聞かなかった。
どうやら教皇もガイド様の我儘には逆らえないらしく、こうして僕たちは港にある管制室へと向かうのだった。ちなみにシルは修練場でケーシーと留守番である。
僕たちが到着すると、港は混乱状態となっており人々が右往左往していた。
普段下町から動かない漁師たちもこのときは家族の安全を優先して皆で上町まで登っていく。商人たちなどは馬車道を通って家財道具一式を持って逃げている者もいる。下町の人間が一斉に動いたことで上町に通じるあらゆる道がパンク状態にあった。
僕たちは教会関係者のみが使える通路を使ったのでこの混乱に巻き込まれることはなかったが、襲撃に遭い深手を負っていると聞かされていた教皇が港にある管制室前に降り立ったことさえ誰も気付かないほどの騒ぎであった。
「ジル!」
僕が教皇に続いて中に入るとそこにはジルがいた。ジルも含めて中にいる者は皆一様に深刻そうな顔をしている。
「シュウ、無事だったのですね。よかった…。」
「お陰様でね。こっちの様子は?」
「私は偶然こちらの方と大聖堂で会ったためここまでご一緒したんですが、敵は入港して早々に造船所を狙って魔導砲を放ってきたようです。」
ジルが隣の人を紹介するように手を差し出しながら答える。
「ブノワ、戻ってきていたのか!」
教皇がジルが紹介した人物に向かって声を掛ける。
「猊下襲撃の噂を耳にして飛んで帰って参りました。
しかし、戻ってみればこの国の在り様はどうしたことか…。予想以上に混乱を期しておりますな。
兎にも角にも猊下がご健勝のようで安心いたしましたぞ。」
「うむ、じつはボドワンの奴がな…。いや、その話は後でするとして今はこの状況をどうするかだ。向こうの狙いは何だと思う?」
「そうですな。私がアヅィールへ戻ったのはつい先ほどなので正確な状況までは掴めておりませんが、このタイミングで武装船が港の出入り口を抑えているところを見ても全てが連動していると考えるのが自然でしょう。敵は造船所を強襲した後あの位置から動きを見せておりませんが、恐らく次弾を装填しているのだと思われます。
管制官に聞けば猊下が襲撃にあって以降は封魔方陣を張り続けていたらしいですな。あの位置は魔導砲がギリギリ届く位置なので、敵は封魔方陣の酷使によって他の防衛機能が使えなくなっていることを知っているのではないでしょうか。
そのうえで想像するのなら、以前より猊下が疑われていた小国セザルデルのアヅィール攻略が本格的になったのかもしれません。」
「…。ねぇ、セザルデルって何?」
僕は小声でガイド様へ聞く。
「三年ほど前にカルカス国を襲撃したルインルスアルテ大陸にある小国の名です。魔導連邦国に属しており、錬金道具の生産が盛んではありますが、国土のほとんどが山岳地帯となっているため自給自足にはあまり向きません。
港もありますが、国内すべてを賄えるほどの漁獲量は到底見込めないため食糧難が続いている国でもあります。
三年前にカルカス国を攻めたのも国土拡大と海域の独占権を得ようとしたためと言われていますね。」
「内陸へ拡大を狙うことができないからこちらの大陸を狙ってるってことか。でも、魔導連邦国ってルインルスアルテ大陸の南部に位置してるよね?そこからアヅィールって結構離れてるんじゃないの?」
「そうですね。セザルデルから直線的にエクロキア大陸を目指せば二週間ほどでカルカス国の港町まで着くことは可能ですが、セザルデルからこのアヅィールまで航海しようとすれば一か月ほどはかかります。
一か月も食料の鮮度を保つ術はこの世界にはありませんから、セザルデルが中継地もないアヅィールまで無理をして攻めるメリットが見当たりません。仮にあの船団がセザルデルから出航してきたとすれば、それこそ片道切符の苦しい賭けと言えるでしょう。」
エクロキア大陸の南部は沿岸部を覆うように断崖絶壁となっている。そのためカルカス公国には港町が一つしかなかった。北部はというと、アヅィール以北の港町は流氷に阻まれるため貿易船を出すことができない。港にある船を見ても木造船が主流であろうこの世界で砕氷船を作る技術はまだないのだろう。
そのため、カルカス公国と魔導連邦国の関係が悪化している今、エクロキア大陸内ではルインルスアルテ大陸との貿易はアヅィールが主流となっている。
ただし、アヅィールが主に取引しているのはルインルスアルテ大陸の北部を牛耳るアトラ帝国側の国家であるため、魔導連邦国がこの海域を独占するために強引な手を使ってきてもおかしくはなかった。
可笑しくはないが、やはり不自然である。ガイド様が言っていたようにセザルデルがこの場所を攻めるにはメリットが少な過ぎる。離れすぎてとても国益を見込むことができないからだ。考えてたところであの船団がどこから来たかは不明のままだが、一つだけ分かっていることもある。
「このジルベスター殿によれば攻撃された造船所には人身売買の証人と証拠となる船が停泊していたと聞きます。そのことからも敵の狙いがトカゲの尻尾切りであることは明白ですな。」
「ベネディクト猊下、その情報については私が秘密裏に雇った傭兵団『仮面の七人』の調べなので確かなものですよ。」
ガイド様が二人の話に割って入る。教皇はガイド様のことを信頼しているのか、一つ肯いて話を進めていく。
「それであれば敵の目的の一つは達成されたことになるが、まだこの場に留まっているということはこの機にアヅィールを攻め落とそうとしておるのだろうな。
巡視船や迎撃の準備はどうなっておるか。」
「巡視船はすでに展開中ですが、敵の魔法の応酬が激しく近づけていません。軍艦は出航の準備が整ったはずなので間もなく出航できるでしょう。ただ、魔導砲を積んでいる船団に対して我々が現在使える戦力はバリスタと中距離戦用に魔導師がいるだけとなります。
あの位置では湾内からのバリスタは届かないため、軍艦による接近戦でしか我々の勝機はありません。」
「全て織り込み済みであの位置に陣取っているわけか。中々に嫌らしい戦い方をしてくるものだ。それに敵は魔導砲を積んだ大型船一隻に中型船が四隻…。近づけたとしても厳しい戦いになるかもしれんな。」
教皇は悔しそうな表情を浮かべながら吐き捨てるように呟く。そこにガイド様がまたしても話に割って入る。
「ベネディクト猊下。現在の状況は芳しくありませんが、最悪でもありません。なぜならカルカス国の英雄でプラチナランクの冒険者であるシュウ様がいらっしゃいますから。シュウ様に任せればこの場など一瞬で片が付くことでしょう。」
…………。どんな紹介の仕方してんの!?
何やらガイド様が『そうですよね?』と言いたげな顔をこちらに向けてくる。いや、そりゃあ中型船や大型船でも木造船であればどうにかできそうな気はしてるけどさ。
「冒険者シュウ…。そうか、お主が話題のボールドンを救った英雄であったか。それであればあの見事な魔法にも納得がいく。」
「カルカスの冒険者と言えば巡礼に赴いていた際、ヌル・アダムズ国王が最近プラチナランクに認めた冒険者がいると噂を聞いたが、まさかこの国へ来ていたとは。」
「えぇ、彼は『飛竜狩り』という二つ名を持つ魔導師ですから、この窮地も必ず打開してくれると私は信じています。」
教皇やもう一人のおじさんの熱視線よりもガイド様の一言一言のほうが怖いのだけど…。裏を返せば早い所片付けてこい、と言われてるみたいで圧がすごい………。こうなればヤケである。僕はガイド様の話に合わせることにした。
「教皇猊下、私はまだ駆け出しの身ですが、この力は世のために在りたいと常より考えております。それにこれは私が猊下襲撃の首謀者でない証にもなります。お許しさえいただければあの船団を沈めてご覧に入れますが、いかがでしょうか。」
教皇は少し考える素振りを見せると聖騎士団長に質問を投げかける。
「クライブ、そなたはいかがか。あの青年なら成し遂げられると思うか。」
「彼の全容はまだ把握できておりませんが、封魔方陣が効いた戦場で傷一つ負わない技術と胆力がございます。そして、封魔方陣が消滅したことが判明した後の迅速な立ち回りも見事でした。彼であれば海戦であっても無難にこなすことができるかと存じます。」
「ふむ、聖騎士団長のそなたがそこまで言うのか。ならば、冒険者シュウに儂から依頼を出そう。沈めることは叶わずとも退ける、もしくは時間を稼いでくれるだけでも良い。軍艦数隻を付けるのでこの状況を切り拓いてくれるか。」
教皇は僕へ真剣な眼差しを向けながら話しかけてくる。しかし、これに対して答えたのはガイド様であった。
「シュウ様ならばあのような船団は脅威にもなりません。お一人で問題なく、且つ、瞬時に片付けてくれます。違いますか、シュウ様?」
このガイドは何でハードルを上げてくるんだ!?サポートどころか、これじゃあガイド様に首を絞められてる気分だ…。まぁ、船の上で戦ったこともないし、ヘタに軍艦が周りいるとやり辛くなるからこっちのほうが助かるんだけどさ。
「はい、それでは行ってまいります。」
僕はそう言うとさっさとこの場を後にしようとする。これ以上ここにいたら、ガイド様からさらにどんな縛りプレイを要求されるかわからないし…。
「ちょっと待て。お主が乗り込む船の手配をするのに時間がかかる。まずは船着き場まで案内させよう。」
ブノワと呼ばれていたおじさんが僕を呼び止めるが、僕は一向に応じようとしない。だって…。
「船は要りません。僕、飛べますから。それに軍艦も必要ないので有事の際に取っておいてください。」
「なんと!?本当に一人で行くつもりなのか!?」
これには聖騎士団長が驚く。この人と教皇は僕が飛んでいるところを見ていたはずなのに、随分と疑り深いものだ。
「………。シュウさん、僕は?」
テルが僕を呼び止める。普段であれば空を飛べるテルがいたほうが早いのだが、いたずらに転生者であることをばらす必要もないだろう。
「テル君はジルと一緒にここの皆を護ってあげて。攻撃が逸れてこちらへ被弾しないとも限らないからね。」
「…。わかりました。」
テルは知らない人がいると本当に長文を話さないな。仮面の七人はよくこれで成り立っているものだ。
僕はジルにも視線を送ったあと、最後にガイド様のことを笑顔で見てみる。僕だってこの一年で成長しているんだから、ちゃんと見てろよ!という意味を心の中で勝手に付けてみた。
「………。本当に行ってしまった。あの青年は大丈夫であろうか。」
「ベネディクト、心配はいりませんよ。あの方は私が認めた方ですから。」
僕が扉を閉じる寸前で聞こえてきた会話は確かに僕への信頼の言葉であった。
◇◇◇
敵の船は大型船を挟むようにして中型船が二隻ずつ左右に展開している。大型船の甲板にある筒状の無機物が魔導砲だろう。遠目からでも少し光っているように見えるので、まもなく砲撃が可能になるのだとわかった。
「さて、と………。〈ルックアップ〉」
僕は久しぶりに鑑定を使用してみることにした。
この世界ではステータスの数値はそこまで当てにできないため、僕はジキアス戦後からあまり鑑定を使ってこなかった。『身体』は『腕力・知性・俊敏』の総合値しか出ないし、『才能』とスキルの能力値によってもその数値は大きく変わってくる。
さらに竜人化のような特殊能力でも大幅な変化があるので、数値だけでその人の実力の全てを測ることができないからだ。
一方で物や種族名などの鑑定はある程度の信頼度がある。尤も、これも僕のステータスのように偽装されている可能性があるので、完全に信頼できるものとも言いづらいわけだが…。
そんなわけで今回僕が鑑定したのは目の前の船団の船自体である。
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【イストス産大型戦艦】
イストス自治国で作られた大型船を軍艦に改造したもの。
魔導炉が搭載された最新式であり、甲板に鎮座する魔導砲は強力。
魔導炉により常に風魔法で航行することができる。
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【ロズロ産中型戦艦】
ロズロ国で作られた中型船を軍艦に改造したもの。
この世界の一般的な中型船と機能は変わらない。
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なるほどねぇ、最新型の戦艦か。魔導炉ってなんだろ。オーベロンの授業でも習ったことがない単語なので想像でしかないが、前の世界で言う所の蒸気船とか原子力船とかそんなノリだろうか。原子力船に近しいものだったらかなり危ない代物になるけど、デカい魔石が付いているようなものと考えておけばよいのかな。
どちらにしても大型船のほうは少し慎重に攻撃した方がいいかもしれない。
「おっと、そんなこと考えてたらもう砲撃か。狙いは…やっぱり管制室だよね。」
大型船の先端に魔力が収束していくのがわかる。魔導砲はペリシェでも見ているので、この後にどうなるかも想定済みだ。収束された魔力が魔導砲から放たれる。やはりあの砲台から放たれるのは風魔法のようだ。
「〈アトモスフィア〉」
僕はタイミングを合わせて風の障壁を張る。いつもより少し大きめに展開して管制室を包み込むと障壁に当たった砲撃はそのまま僕の魔法に吸収されてしまった。
アトモスフィアは大気を魔法で作り出す結界だ。向こうの風魔法がこちらよりも強力でない限り、破られることはない。それどころか、威力差に大きな開きがあれば今のように同属性がぶつかることで飲み込まれる可能性もあるのだ。
僕は砲撃が止んだところを見計らって〈ソアー〉を使って左へと飛んでいく。〈ホバー〉を使い中型船の真上に来た僕はそのまま魔法を仕掛けていく。
「〈ウォーターフォール〉」
僕が掲げた短刀に付いた魔石が光ると大瀑布が二隻の下へと落ちていく。二隻は濁流に飲み込まれ、衝突し合いながら沈没していった。
「さて、〈ストームブラスト〉」
今度は右に短刀を向けると、反対側の中型船二隻を狙って横巻の暴風を浴びせる。暴風が直撃した一隻は奥の一隻を巻き込んで破壊されて文字通り海の藻屑と化していった。
その後、僕は空を駆けて大型船へ近づくと甲板に着地する。
「な!?何なんだ!てめぇはぁ!?」
「なんで人が空を走れるんだよ!?」
「いや待て。冷静になりやがれ、野郎ども!魔導師がわざわざ近寄ってくるなんてよっぽど死にてぇらしい。どんな手品使ったか知らねぇが甲板の上ならこっちに分があるんだ!野郎ども、この舐め腐ったガキを切り刻んでやれ!」
どうやらこの船の乗組員は海賊みたいだ。軍人にしては統率が取れてないし、何よりも言葉遣いも装備品も粗い。
「先にコイツを片付けとくか。〈ウィンドカッター〉」
僕は短刀を抜くまでもなく、風の刃を飛ばして砲台を真っ二つにする。これでもう湾岸を狙うことは出来ないはずだ。
「………。は?」
先ほどまで勢いづいていた賊どもは皆、目を丸くして己が見ている光景を必死に理解しようとしていた。武器を振り上げたまま固まってしまっている。戦闘中に無防備な姿を晒すなど、どちらが舐め腐っているのかわかったものではない。
「〈エアプレッシャー〉」
僕は圧縮した空気の壁を作ってそのまま賊どもに叩きつける。すると賊どもは面白い様に海へと飛び込んでいった。
その後、我を取り戻した残りの賊たちが次々と襲ってきたため、結局僕は本当に一人で全ての賊を一蹴に伏し大型船内の制圧に成功するのだった。




