第88話 死刑の顛末
何となく見上げたらバルコニーの先端で何かしているガイド様と目が合った。ガイド様は珍しく思いつめているように見えたけど、向こうもマズい状況なのかもしれない。こちらの状況から察するに恐らくガイド様たちが困っているのは僕の目の前で起こっていることが原因だろう。
敵がいきなり苦しみ出したと思ったら、ふらりと立ち上がって急に僕たちへ襲い掛かってきたのだ。
素早さも力もこれまでとは比べ物にならないほどに増している。僕たちであれば捌き切れない相手ではないけど、バルコニーの面々で対処できるのかは分からない。
一方のこちら側にしても能力的な劣勢にはないものの、シルが動けないうえに数が多かった。見るに聖騎士だけでなく野盗や民間人もいるようである。民間人まで傷つけることは気が引けたため、こちらから仕掛けることを躊躇してしまった結果、僕たちは後手に回ってしまっていた。
「本当に次から次へと………。これも『あの方』って奴の策略だってのか?」
「そいつは全て片付いてから上の奴に聞くとして、今はこれをどうするかだ。怪我を負わしただけじゃ止まらない相手なんて恐怖そのものでしかねぇよ。」
「………。ゾンビみたいだ。」
テル達も得意の連携で数の差を感じさせない立ち回りを見せているが、徐々に体力は削られていく。このままではジリ貧である認識は同じであった。
「せめて魔法が使えれば………。」
僕がそう呟くと同時に何かの違和感に襲われた。あれ?これってもしかして…。
「〈ファイアーボール〉!!」
修練場の入り口のほうから声が聞こえ、火の玉が次々に打ち込まれる。火の玉は標的に当たるとその場で爆発していき、修練場全体に爆音が巻き起こっていく。
「コニーか!?」
「みんなーおまたー!封魔法陣は解除したよー!」
「すみません、トラブルがあり遅れました。こちらの状況はどうなっていますか?」
現れたのはコニーとアリアナであった。彼女たちは別動隊として死刑騒動で手薄となった大聖堂へ忍び込んでいたのである。
そこで他国との人身売買に関する繋がりを見つけること、封魔方陣を解除することが彼女たちのミッションであった。
「今は見ての通り、狂人たちに襲われてるところだ。ところで、ジルベスターさんはどうした?」
「おい、コニー!てめぇ、いくら何でもいきなりぶっ放してくるなんて正気か!?俺たちが巻き込まれたらどうするつもりだったんだ!」
「いやぁー、ジャンなら当たっても大丈夫かな、って思ってさー。」
アリアナとロージが真面目な話をしている最中にジャンがコニー突っかかる。確かにあのタイミングは絶妙であった。あれよりも遅れて着弾していたら僕たちの誰かは爆発に巻き込まれていただろう。わざとあのタイミングに合わせていたとすれば、コニーはかなりのやり手なのかもしれない。爆発魔としての、だけど…。
ただし、このやり取りも悠長にしているわけにいかなかった。
何と言ってもガイド様と目が合った時の顔、あれは『魔王を倒すと豪語する割には役に立たずですね。このくらいの逆境は問題ないと言える気骨もないのですか?』と言っていた!…ような気がする!
「〈アイスバインド〉っぐ…。」
爆発により一時的に膠着していた戦場であったが狂人たちは再び動き出そうとしていた。
僕は瞬間的に気配察知を使いバルコニーの状況と建物内にいる敵の位置を確認する。少し市内の気配も入ってしまったため頭が破裂しそうなほどの頭痛が起きるが、苦しんでいる場合でもないので急いで全ての敵を拘束する。
「〈ソアー〉」
僕は飛翔魔法で一気にバルコニーまで行くとガイド様の真横に降り立つ。
やはりバルコニーのほうがマズい状況になっていたようだ。ガイド様が張っている障壁の中にいる人間たちは皆疲れ切った顔をしている。
「首謀者はあの偉そうな人でいいのかな?」
「えぇ、名前をボドワンと言います。敵が狂人化したのも彼が錬金道具で薬を打ち込んだことが原因です。」
「彼らを元に戻すことは?」
「それは何とも言えません。まずは、どのような薬が使われたのか調べなければ。ですが、無理やり狂人化したものが自我を取り戻すことは滅多にありません。」
ガイド様がそう僕の方へ囁いてくる。恐らく、敵となった人たちの中にはこちら側の人間も混じっているのだろう。今の状況で元に戻すことができないことを聞かされれば、発狂してしまう者がいるのかもしれない。
「わかった。じゃあ張本人から事情を説明してもらうとしますか。」
僕はそう言ってボドワンの元まで歩いて行く。狂人たちは僕の氷で身動き一つ取れない状態である。ワイバーンでも引き千切れなかったこの拘束であれば、彼らが抜け出せる余地などないはずであった。
「なんだ、貴様は!?どうやってここまで登ってきた!いや、それよりもこの氷は何だ?先ほどの爆発といい、何故魔法が使えている!?」
「そんなの魔法陣が消えたからに決まってるじゃないですか。そんなつまらない質問よりももっと実のある話をしましょうよ。あなたには聞きたいことが山ほどありますが、まずは拘束されている人たちに使った薬の詳細を話してもらえますか?」
「な!?何を馬鹿げたことを言っている。まさか、お前は私に勝てるとでも言いたいのか?お前如きが高貴なる私と話すことすらあり得んのだ。ましてや、お前に教えてやることなど一つとしてないわ!」
「そうですか…。〈アイスバレット〉」
僕は鋭く尖った氷の弾丸をボドワンの右顔スレスレを狙っていきなり放って見せる。弾丸は右耳を抉りとり、ボドワンはあまりの痛みにのたうち回り始めた。
「ボドワンさん、こう見えて僕は怒ってるんです。
あなたがしてきたことでどれほどの人たちが犠牲になったか分かりますか?
あなたたちがしてきたことで不幸になった人間がどれほどいるか考えたことはありますか?
大人しく僕の質問に答えなければ次は爪を狙います。心配せずとも僕は魔法操作に長けていますのでちゃんと爪だけを撃ち抜いてあげますよ。嘘だと思うなら一度試してみましょうか?」
これに顔面蒼白となったのはボドワンのほうだった。右耳だけを抉った正確性を見抜き、僕の脅しが如何に真実味を帯びているか察したのだろう。ボドワンの口はいつの間にかカチカチと音を立てて上手く噛合わせることができなくなっていた。
「ま、ままま、待ってくれ…。わ、私が死んでは情報が手に入らないだろう…。そうだ、そうなのだ!傷つくことでショック死してしまうこともある!こ、ここは穏便に…。そうしよう、なぁ?」
あれほど高揚しながら死ねだの殺せだのと言っていた人間が都合の良いことである。もちろん静かにぶち切れ中の僕がそんな話を聞くはずもなかった。
「ショック死ですか?大丈夫ですよ、ここには治療の専門家である白魔導師が山ほどいますから安心してください。何なら一度どこかの部位を吹き飛ばしてみますか?本当にショック死してしまうかわかるかもしれません。」
「な、ななな、何を、ば、馬鹿な!?い、いいいいや、いや、わかった!言う、何でも言う!だから拷問はもう勘弁してくれ!」
本当に都合が良いにも程がある。僕はつい先ほど言い分も聞かれずに死刑となるところだったのだ。それを指示していた人間であれば今の状況も堂々としていてほしいものである。
「わかりましたから、早く話してください。狂人となった人は直るんですか?」
「それは…。わからん…。実験したときはワクチンを試す前に生命力を使い果たし皆死んでしまったと聞いた。だが、『あの方』から貰ったワクチンであれば利くに違いない!それさえあれば元に戻るはずだ!」
これは朗報?かもしれない。まだ助かるとは決まっていないが、少なくともワクチンは作られているらしい。ただし、これまで接してきた相手はいずれも何かしら嘘を吹き込まれていた。この話も話半分に聞いておかなければ、ぬか喜びに終わる可能性もある。
「ではそれはどこにありますか?そして、薬や首輪を作っている生産場所を教えてください。確か腕輪はリード男爵が量産していたそうですが、その場所も言ってください。」
「ワクチンは私の執務室にある机の引き出しの中だ!私しか開けられないように細工がしてある。だ、だから私を殺すことはお勧めできんぞ!」
「いいから次の質問に答えてください。」
僕は縋るボドワンの話をバサリと打ち切り先を促す。本来なら直接『あの方』の名前や詳細を聞きたいところだが、それではまた何かの錬金道具が反応してしまうかもしれない。そのため少し回りくどい言い方で尋問する外になかった。
「あ、あぁ…。リード男爵が作る腕輪の工場はリード領のどこかと言うことしか知らん。薬と首輪は『あの方』のお膝元で生産されていると聞いたことがある。その国はルインルスアル…。」
「あーあ、まったく。どいつもこいつも口が軽くて嫌になりますね…。」
建物の影からいきなり何者かが現れる。その者が放ったと思われる魔法によってボドワンは眉間を撃ち抜かれていた。
「そなた、エドガー枢機卿か?そなたは深刻な病によって隔離病棟にて療養中であったはず。何故この場所に、しかも病らしい様子がないのはどういうことだ!?」
「えぇ、あなたが見舞いに来た時は確かに病にかかっていましたよ?死ぬほど苦しいけれど死ぬことはない病にね。そしてワクチンを打って今じゃこの通りってわけです。」
「そんなことより何故ボドワンさんを殺したんですか?まるであなたも『あの方』とやらの部下に見えてしまいますが?」
僕が質問するとエドガー枢機卿は含み笑いを浮かべる。
「えぇ、えぇ。そうですとも。鋭いあなたのご忠告の通り、私はボドワンとともに『あの方』にお使いしている下僕の一人です。ただし、役割が異なっていましてね。ボドワンは実行を、私はボドワンが失敗した際の後始末を任されていたんです。だからボドワンは私が『あの方』に使えていたことは知らないはずですよ。」
「それで後始末がこれという訳ですか。では、あなたを捕まえてあなたから色々と聞くしかなさそうですね。」
「いやぁ、それは無理ですね。私は消えますから。それにこんなことしてる場合ではないと思いますよ?」
「何?なんだ、その含みのある言い方は。それにこれだけの人数に囲まれて逃げられるはず無いだろう!」
聖騎士の一人が言うように今の状況はエドガー枢機卿にとっては完全な劣勢である。それでもここまで堂々としていることが逆に不気味であった。そもそも、ここまでどうやって誰にも気づかれずに来れたというのか…。
「まぁ、この状況じゃそういうベタなこと言っちゃいますよね。ですが、残念。お話はここまでです。では、皆様。愉しいひと時をどうもありがとうございました。ご縁があればいずれまた。」
「〈アイスバインド〉」
僕は魔法を唱えて建物の暗がりに消えていくエドガー枢機卿を拘束しようとするが、魔法から伝わる感覚にまったく手応えがない。正確には、目の前にあった実体が突如消え去って、するりと拘束を抜け出てしまったような感覚であった。辛うじて分かったのは手応えがなくなる直前、何かの光が発せられたように見えたことくらいだ。
「よう、こっちの調子はどうだ?………どうした?」
僕たちが呆気に取られているとロージが現れる。
「何でもありません。それよりも下の状況は落ち着いたのですか。」
説明するのも面倒と思ったのかガイド様が階下の様子をロージに確認する。
「まぁシュウさんのおかげでな。そんなことより教皇猊下へ報告がある。
俺たちがゴタゴタしてる間に武装した国籍不明の船団が入港してきたらしい。湾岸警備隊が対応しているみたいが、港じゃ大騒ぎになってるそうだぜ?」
全く以て面倒なときにこの国へ来たものである。僕は心の中で誰に向けるわけでもなく一人悪態を付くのであった。




