第87話 聖女の在り方
シルが放った本気の一撃はゴーレムを抉り、上半身を完全に消し去っていた。
あの質量を消し去る一撃って冷静に考えると恐ろしいな。……やっぱりシルは怒らせないようにしよう。
「…ん?シル!」
シルはこちらに笑顔を向けるとその場にへたり込んでしまう。僕は慌ててシルへ近づくとシルは僕を見上げながら手を出してくる。
「すまない、少し無理をし過ぎたようだ。シュウ、立たせてくれないか?上手く脚に力が入らないんだ。」
シルの闘気は凄まじい威力を発揮するが、他の闘気色と違って多くの生命エネルギーを必要とする。だから里でもほとんど使ってるところは見たことがなかった。
シルは闘気も魔法も使える珍しい体質をしているので、補助魔法で代替することができる。そのため闘気を使わずとも他の闘気使いと渡り合うことが出来るわけだが、ここまで消耗が激しいなら普段使わないのも納得である。
「いいよ、あとは僕たちがやるからシルは休んでて。」
僕はシルの片腕を首に回すと、シルを立たせて修練場の端のほうまで連れて行く。
シャドーウルフもいなくなったことで余裕ができたテルたちもそれを見て僕たちのほうに集まってくる。
「すげぇのを見せてもらったぜ。俺っちも随分長いこと生きちゃいるが、あんな闘気は初めてみた。」
「あぁ、あんたがデカブツを潰してくれたおかげで厄介な狼たちも消えた。まだ聖騎士たちと野盗がチラホラいるが、バルコニーには聖騎士団の団長と副団長が揃ってることだし問題ないだろ。コイツで一件落着ってわけだ。」
◇◇◇
「ボドワン、お前の頼りの綱も沈黙した。もう諦めろ。」
バルコニーではベネディクトたち教皇派がボドワン派を追い込んでいた。
建物内から上がってきた野盗も聖騎士団長の部下たちが抑えているので、援軍は期待できなかった。
「ふん!そうは言うが貴様も満身創痍ではないか。他の聖女にしてもそうだ。もう碌に魔力を練ることもできまい。
それに私に手が残ってないと決めつけるのはまだ早いのではないか?」
ボドワンはそう言って右手を差し出すと中指についた指輪が淡く光っていく。
すると、周りにいたボドワン派の聖騎士や野盗が突然苦しみ始めた。
「うぐっ……うぅあああ!?」
「セシル、お前たち!?」
セシルや以前よりボドワン派であった枢機卿たちもまた同様に苦しみ出す。教皇や聖女、そして聖騎士たちは同僚たちの苦しみように何が起きたのか理解が追い付かないでいた。
「ボドワン、貴様一体何をした!」
「くふふふ、気になるか?冥土の土産だ、教えてやろう。
彼らの首には『あの方』より頂いた首輪がはめ込まれている。普段は裏切りの際に内側から棘が刺さり絶命に至らしめるものであるが、私の指輪に反応して薬物を投与する機能も持ち合わせているのだよ。
今まさにその薬物が投与され、強制的にバーサク状態となっていく途中だ。バーサク状態になった者は見境なく目に入ったものを攻撃していくが、この腕輪を付けた人間は襲わんようになっている。
リードの馬鹿はこの腕輪で支配できると勘違いしておったが、本来はこう言ったときのために効力を発揮するというわけだ。まぁ、そう思い込ませたのは外ならない私なのだがな。」
ボドワンは自分の優位性を未だ疑わず口角を上げながら得意気に今の状況を説明する。
彼の視線もセシルが暴走していたとき同様に焦点が合っていないのは誰の目にも明らかであった。
「ボドワン、あなたの認識は間違っています。その腕輪にはそのような効力はありません。それはあくまでも精神を操り人の欲望や猜疑心を増幅させるもの。あなたもまた『あの方』とやらに操られています。これ以上腕輪に取り込まれる前に早くその腕輪を外しなさい。」
ルナーリアがボドワンに対して語りかけるが、自身が語った効力を信じてきっているためボドワンが耳を貸すことはなかった。
「聖女ルナーリアよ、この期に及んでそのような手が通用すると思うな。『あの方』より直接伺った私の言葉こそが真実であり正義だ。そなたの戯言に惑わされるほど私は愚かではない。
だから、その忌々しい口を閉じてくれたまえ。そこの愚かな女騎士と一緒にされても困るのでな。」
セシルは文字通り、のた打ち回りながら苦しみ悶える。その苦しみ様はそのまま悶え死んでしまうのではと思えるほどに激しいものであった。
「猊下、いかが致しますか。今のうちに味方を集めてこの場を離脱することもできると考えますが。」
「だが、ここで儂が退いてはボドワンを野放しにしてしまう。それに反発はしても彼らとてこの国の民なのだ。相応の裁きは受けてもらうが、このまま彼らを放っておくことは出来ん。」
「猊下…。お気持ちはわかりますが………。」
「くふふははは!流石は教皇猊下、じつにお優しいことだな。だが、もう遅い!」
これまで藻掻き苦しんでいたボドワン派の者たちは、示し合わせたかのようにピタリとその呻き声を発することを止めた。そして、先ほどまでが嘘だったかのように静かに立ち上がり始めたのである。
「これは……マズいのう………。」
副団長は立ち上がる敵を前にして思わず呟く。
彼らはそれぞれ脱力した状態で項垂れるようにして立っていた。鬱血してしまったのだろうか、肌は全体的に赤黒くなり、白目は赤く充血しきっている。まるで死体が立ち上がったかのような状態のためまったく殺意を感じないが、それが逆に不気味であった。
『ウ、ウゥ………。』
ルナーリアの前にいるセシルもまた同様の状態である。ルナーリアが見つめるその顔は無表情で、まったく感情を感じることができなかった。
その口から何かが発せられたかと思った瞬間、それは一斉に襲い掛かってきた。
『ウルゥガァアアア!』
「〈グリッタースケイル〉」
狂人と化した聖騎士たちはそれぞれに武器を持ち、枢機卿たちもまた素手で近場にいる者に襲い掛かっていく。
全員が不意を突かれた形であったが、ただ一人冷静に状況を把握し対処したものがいた。
それはルナーリアである。
ルナーリアは魔法の障壁を味方がいる位置に限定していくつも作り出し、狂人の攻撃を凌ぐ。
『グリッタースケイル・アーク』よりも強度と有効範囲は劣るが、ピンポイントで絞ればバルコニー内にいる者たちくらいはカバーできる。尤もこれはルナーリアの技術と魔力量が卓越しているからこそ可能な離れ業であった。
『グガァアア!?』
狂人たちはルナーリアの障壁に阻まれても攻撃の手を休めることはない。『グリッタースケイル』は防いだ攻撃を蓄積してそのまま跳ね返す障壁のため、狂人たちは皆自分の攻撃で自分を傷つけ続けていることになるが、どんなに血が滴ろうとも全力の攻撃を止めようとはしなかった。
「セシル………。」
カサンドラが障壁の中で変わり果てたセシルを見つめて呟く。狂人化したセシルもまた目の前にいた聖女たちに向かって攻撃を続けているが、その目からは一筋の涙が流れていた。
「………。〈ブライトチェーン〉!」
思いつめた顔をしていたカサンドラであったが、意を決してセシルを魔法で拘束する。
「カサンドラ、無理はよせ!お前ももう限界だろう。このままでは魔力欠乏症だけでは済まなくなるぞ!」
エヴァンジェリンがカサンドラを諫めるが、カサンドラは魔法を解こうとしない。
光の鎖に拘束されたセシルは力任せに振り解こうと藻掻いている。これに耐えて鎖を持続させるにも魔力がいるため、次第にカサンドラの顔からは血の気が引いていくのが見て取れた。
「カサンドラ、エヴァの言う通りです!今のあなたではセシルを止めきれるほどの力は出せません。これ以上はあなたの命に関わります、もうお止めなさい!」
「…。嫌よ………。優等生のあんたになんか分かんないでしょうけどね、貧民街出身の私は周囲に認められないと居場所がないのよ。だから文字通り血の滲む努力をしてきたわ。魔法だけじゃない、喋り方だって礼儀作法だって、魔力量以外に全てが周りより劣っていた私は寝るのも惜しんで努力し続けた!それでも周りは中々認めてこなかったわ…。
そんなとき、私を褒めてくれたのよ………。セシルは…。セシルは私を初めて聖女様と呼んでくれたのよ!中身が全然伴ってもいない私なんかを彼女だけは褒めてくれた。だから頑張れた。だから私は居場所を奪われずにすんだの!
歴代最高の白魔導師が聞いて呆れるわ…。こんなときに何もできないんだから。けどね!私にだって意地があるの!せめてここまで信じてくれた盲目的な彼女のために私は彼女の聖女でいなきゃいけないの!そうじゃなきゃ、この返しきれない恩をどうやって返すっていうのよ!」
カサンドラは自身の奥底にある想いを打ち明けることで何とか自我を保てていた。すでに魔力はそこを尽き、命を削りながら魔法を維持している状態である。だが、それでもカサンドラの信念が揺らぐことはなかった。目元は涙で腫れ鼻からは血が垂れ下がり、身なりもボロボロで立っていることも儘ならない。
普段なら絶対に見せることのないカサンドラの姿に他の聖女たちも次第に感化されていく。
「〈ブライトチェーン〉まったく…。相変わらず言うことを聞かんお転婆だな、お前は。二人掛かりであれば多少は魔力消費も減るだろう。だからカサンドラ、絶対に死ぬなよ…。」
「エヴァ………。」
エヴァンジェリンは己もセシルへ光の鎖を巻き付けてカサンドラの負担を和らげてやる。そして、他の聖女たちにはルナーリアの負担を減らすために指示を出していく。
「お前たちは他に攻撃している者の手を少しでも止めるんだ。攻撃の瞬間に一瞬拘束するだけで構わん、タイミングがズレれば攻撃の威力も緩むはずだ。そうなればこの障壁の維持にも繋がる。私たちがこの国最高峰の白魔導師である証をあの狸おやじに見せつけてやろうじゃないか!」
「まったく以て口の利き方を知らん阿婆擦れどもが。これで聖女などと言うのだから呆れて物も言えんよ。その悪あがきも、いつまでも続くものではあるまい?そして、それは貴様も同じだ。もう限界なのだろう、なぁ、ベネディクト?」
ボドワンの視線の先には聖女たちと同じく攻撃の威力を軽減させるために魔法を唱え続ける教皇の姿があった。彼もまた顔面を土気色にして必死に抗っている。聖騎士たちはそんな彼らの前に立ち、万が一障壁が破られた際の盾となるために剣を構え続けていた。
とはいえ、状況は良くないことに変わりはなかった。この拮抗状態から抜け出さねば、いずれは狂人たちが暴れ回ることになる。ルナーリアは感情を顔に出すことなく、しかし、焦りに似た感情を押し殺して障壁を張り続ける。
そんなとき―――。
別に何かに呼ばれたわけではない。ましてや事前に決めていたわけでもない。ただ何気なく視線をそちらへ移すと向こうも丁度ルナーリアのほうへ視線を送っているところであった。目と目が互いに遭うと二人は自然とほほ笑みを称えて頷き合った。
この瞬間からルナーリアには確信に似たものが心の内側に芽生えていく。
あとは彼に任せれば問題ない。
そう思いながらシュウがこの状況を解決してくれるのをただ待つことに決めて、ルナーリアは考えることを止めるのだった。




