第78話 神の啓示
聖騎士団と名乗るこの集団は寄りにもよってこんな場所で何を言ってくれてるんだ?これじゃあまるで冗談にならないじゃないか。
「これは新手の観光客イジりか何かですか?あんまり笑えないですね。」
「笑ってくれなくて結構。我々は本気です。」
「僕がこの国へ入ったのは一週間前、この街に着いたのはついさっきですよ?歩いて来たので時間はかかりましたが、そんな人間のどこに猊下のお命を狙う暇があるんですか。そもそも僕には猊下を狙うメリットがありません。疑うならちゃんと調べてからにしてください。」
「その必要はありません。この通りこれは聖女ルナーリア様のご命令です。聖女が過ちを犯すことはあり得ません。」
女は僕の目の前に羊皮紙で書かれた書状を見せてくる。わざわざ羊皮紙で書かれているということはこれが正式な書状であることを示していた。
内容は言わずもがな、僕が暗殺者を裏で操る首謀者という神の啓示があったので即刻捕らえよ、というものだ。署名に『聖ルナーリア』と書かれている。
「それが偽物だとは考えないのですか?それに神の啓示とは僕を捕まえるには些かあやふやな気がしますが。」
「この書面が偽装だとおっしゃるのですか。苦しい言い訳ですね。
この筆跡は間違いなくルナーリア様のものです。そして、他の聖女様ならいざ知らず、ルナーリア様が受けた啓示であればその情報は絶対です。
もういいでしょう。弁明なら詰め所でお聞きします。大人しく投降してください。」
完全に周囲からの注目を浴びてしまった。目敏い者はすでに僕のことを睨みつけてくる始末である。
ここで幾ら無実を主張しても揉み消されるだけだ。誰が何のために僕を陥れようとしているのかは分からないが、ここで大人しく捕まってやる義理もない。
「あなた方の言い分は分かりました。それでも盲目的になっているあなた方を前にして、謂れのない罪で捕まるわけにはいきません。僕としても残念ですが、抵抗させて貰いますよ。」
僕はそう言うと腰を屈めて集中する。
「はぁ、まったく。無駄な抵抗は止めて頂きたいものだ。我々も暇ではないのです。」
そう言いつつ目の前の女騎士が抜剣した瞬間に殺気が溢れ出す。どうやら向こうもやる気のようだ。
「隊長、ここは私が。」
一触即発の場面で後ろから兜を被った男が前に出る。
「お前は?」
「一昨日配属を賜ったティムです。この不届き者の捕縛、是非私めにお任せください。」
ティムは声や背丈からして少年のようだ。だが、ハルバードを持つその身体からは強者特有の空気が纏われている。
「我々は全てをルナーリア様に捧げる近衛騎士隊だ。ここで手柄を立てても出世は望めんぞ。」
「…。全ては聖女様のためです。」
「……。良かろう、やってみせよ。他の者は取り囲め。決して逃がすな。」
対応していたのがあの女騎士なのでそんな気はしたが、どうやら彼女が隊長のようだ。どこかオルレアさんと被る部分もあるが、その鋭い目つきからはオルレアさんのような温かみは感じない。
配属されたばかりの少年は早速僕に向かってハルバードの刃先を向けてくる。槍を持つ姿も中々サマになっているが、どこか違和感があるのは気のせいだろうか。
「…。行きます。」
少年はそう言うと突っ込んでくる。真っ直ぐに向かってきてはそのまま槍を突き出すので、簡単に躱すことができる。いくら何でも直線的過ぎである。
横に避けた僕を少年はハルバードの横槍部分を向けて振ってくる。だが、これも後ろに下がり難なく回避する。
その後も次々と突きを繰り出してくる少年に対して僕はギリギリの間合いで確実に躱していく。その攻防を近くで観ようと、いつの間にか群衆が群がり変な盛り上がりを見せていた。
少年は突きでは僕を仕留められないと踏んでハルバードの斧部分を向けながら振り上げてくる。その瞬間、僕の脳裏に既視感のようなものが浮かぶ。
「はぁ!」
一瞬思考に囚われてしまった僕は動き出しが遅くなってしまう。そのため振り降ろされる攻撃を杖で受ける他になかった。
「ぐっ!?」
「おおおぉぉ!!」
群衆から歓声が湧き起こる。
群衆は聖騎士という絶対的正義が悪を挫くのを望んでいる。もちろん悪とは僕のことだ。
「さぁ、諦めて私に捕縛されてください。」
「随分と余裕ですね。その武器に慣れていないようですが、ちゃんと鍛錬してるんですか?この間合いなら僕のほうが優位ですよ?」
「それは、お互い様でしょう!」
少年は僕を突き飛ばすように押し出すと自身の優位な間合いを作る。
「これで私の優勢のままです。言っておきますが、魔法を使おうと思っても無駄ですよ。この国には『封魔方陣』が展開していますから。」
「………。結界術の一つか。各国に刻まれる『障壁方陣』よりも魔力消費が激しい魔法陣のはずですが、まさか僕のために展開したんですか?」
「まぁ言うなればそうなるでしょう。なんせ、あなたは猊下襲撃の首謀者なのですから。さぁ、お喋りはここまでです。決着をつけます!」
少年が気合いを入れると薄く淡い光が少年の表面に浮かび上がっているように感じる。淡すぎて何色か分からないが、間違いなく闘気だろう。
「やぁ!」
少年は先ほどよりも素早く鋭い突きを繰り出す。
僕が同じように横へ逃れると、読んでいたとばかりにハルバードの石突を僕のほうに向ける。そのまま攻撃がくると見た僕は杖を前に出すが、それは悪手であった。
少年は石突を僕の懐に入れ込むと杖を巻き込んで絡め取ってしまう。さらにその勢いのまま槍先の腹に当たる部分を思い切りコメカミに叩き込まれてしまい、僕はそのまま意識を手放していくのだった。
◇◇◇
シルフィードは得も言われぬ胸騒ぎを感じた。
皆と別れてから暫く経つ。シルフィードとケーシーは港の奥にある中型船舶が泊まる桟橋まで足を運び、この国の造船技術が如何に発展されたものか目の当たりにしていた。
この国に置かれている中型船はシュウがいた世界で言う所のゴッグ船である。基本は風を受けて推進し、後方の舵取りで微調整を行うというものだ。ただし、中には大きな魔石があり、錬金術により風がなくても自走できるのだという。尤も魔石を使うための魔導師が必要なこととかなり大量の魔力を持っていかれるため緊急時以外は使わないのだそうだ。
さらに奥には大型船が入港できる場所があるそうなのだが、現在は稼働していない。いくら造船技術がエクロキア大陸随一とはいえ、大型船を造れるほどの技術はまだないのだ。大型船を作り上げることはアヅィール聖法国の悲願である。
と、そこらへんを歩いている者に声をかけたら聞いてもいないのに次々と教えてくれた。
「姉さま、どうなさいましたか?」
「シー、用事は済んだのか。」
「はい。巫女の務めで離れていました。今はどんな状況でしょう。」
「私は一通り見終わったので集合場所に戻ってきたのだが、二人ともまだ来なくてな。少し心配していたところだ。」
「シュウは兎も角、ジルベスターがこういった集合時間に遅れるのは確かに妙ですね。」
「シー、お前は本当にシュウへ厳しいのだな。」
「それは当たり前です!姉さまを誑かそうとする輩は私が許しません!」
「私は別に誑かされてなどいないぞ。」
「それは姉さまが無自覚なだけです!」
「ま、まぁその話は今度またゆっくりとするとして、今はこの後のことだ。二人とも戻ってこないとなるとどうしたものか。」
「まったく、甲斐性のない男たちです。こんな麗しい姉さまを一人放っておくなんて。仕方ないですから探してやりますか。」
先ほど誑かしているなどと言っていたケーシーであるが、腹の奥では心配をしていた。これを直ぐに察知したシルフィードも『ふふ。』と笑いながら自分が行っていない階層まで行ってみることにした。
「待て、そこの者!」
いざ出発しようとしたシルフィードであったが、兵士のような格好の男に止められてしまう。
「その風貌に連れている猫。お前がテルトーダから訪れた旅の者だな。聞きたいことがある、我々聖騎士団の詰め所まで来てもらおうか。」
「なんだ、お前たちは。私は連れを探さねばならん。急いでいるから用事があるならここで聞こう。」
「お前に選択の権利はない。いいから付いて参れ。」
そう言うと男は部下に目配せをしてシルフィードを包囲させる。そして、そのまま両側からシルフィードを挟み込むように大柄な男二人がシルフィードの腕を掴もうとする。
『シャー!』
これに怒ったのはケーシーであった。男がシルフィードの二の腕を掴む寸前、ケーシーが男の顔面に襲い掛かり怯ませる。
そこにシルフィードがもう一人の男を掴みケーシーが襲っている男目掛けて投げ飛ばす。それへ見事な一本背負いであった。
「やってくれたな、貴様ら!皆の者、容赦はいらん!痛めつけてやれ!」
包囲していた聖騎士団がハルバードを握り直し突進の構えを取る。シルフィードはこれに応戦しようと腰に手を当てるが、ここで武器がないことを思い出した。
「仕方がない。ステゴロでいくか。」
シルフィードは軽く身体を脱力させると両腕を上げて胸の前で構える。投げにも打撃にも移れる隙のない構えに一瞬身構えた聖騎士団であったが、それでも武器があるこちらが有利と徐々に包囲の輪を縮めていく。
「よし、かかれ!」
隊長格の男の号令で一斉に襲い掛かる。シルフィードも腰を低くして受けの体勢を取ったが、そのとき思わぬ事が起こる。
「なん!?なんなのだ!この煙は!?」
パンッという音がなったかと思えば辺り一面を煙が包み込む。
「おかしらぁ!ここは撤退でやんすー!」
「え?な、ちょっ!?」
声は聞こえるが何が起こったのかわからない。聖騎士団は煙を振り払おうと必死にハルバードを振るが、煙が霧散したときにはすでに標的はいなくなっていた。
「あはは!探してる、探してる!船の中になんかいないよーだ。あれ?もう上のほうを探しに行っちゃった。」
ここはシルフィードが襲われた場所からほど近い灯台である。襲撃犯は煙の中、シルフィードを抱えると一気に上まで登っていたのだ。
「コニー、はしゃぎ過ぎだ。」
「お前は、仮面の…。」
フードを取った男にシルフィードは見覚えがあった。敵として現れ、ミラを救出するために行動を共にした男。名前をダグ、顔に大きな傷跡を残している指名手配犯である。
「コニーちゃんもいますー!お久しぶりですね、綺麗なお姉さん。」
「お前たちがどうしてここにいるんだ?それにこの騒ぎはお前たちと何か関係があるのか?」
「その話は後でしてやる。もう少し落ち着いたらもう一人の連れと合流するぞ。そっちにはアリアナとジャンがいるから俺たちよりも上手く説明できるはずだ。」
連れとはジルベスターのことである。シルフィードは気に食わない顔をしているが、他に選択肢がないのも事実なのでこの二人と行動することを決めた。
「シュウ、お前は無事なのか…。」
得も言われぬ胸騒ぎはさらにざわめきを増すばかりであった。
聖騎士団の装備と言えばハルバードですよね。
異論は受け付けます。




