第76話 寝る子は育つ
「シル、そろそろ起きて。」
僕はシルの肩を揺さぶりながら声を掛けるが、シルは一向に起き上がろうとしない。
今は真冬なので村長に借りた馬小屋では流石に毛布一枚では寒い。シルの懐には寄り添うようにして寝るケーシーの姿があった。
「…。まだ眠い……。」
「そんなこと言ってないで、そろそろ出発の準備をしないと。もうお日様はすっかり昇ってるよ。」
「ん……。あと五分………。」
「さっきもそう言って待ったじゃないか。もういい加減にしないと毛布を取り上げるよ。」
「………。シュウのバカ…。」
そ、そんな可愛い言い方してもダメなものはダメなんです!…。とは言えない自分が情けないです、とほほ。だって可愛いんだもん。
「シル様、いい加減にしてください!シュウが困っているではありませんか。」
食料を分けて貰いに外していたジルが帰ってくる。ジルは問答無用で毛布をシルから剥がすと僕に預けてくる。冬の旅は防寒具で嵩張るわけだが、僕がいればその心配はない。ジルから受け取った毛布を畳むと『ボックス』の中に入れた。
「シル様、今日は早く出発しないと町まで着かないと昨晩何度も言ったではありませんか!それを調子に乗って夜更けまで狩りを続けるからそうなるのです!」
「…。だって、村の人たちが困ってたんだもん…。うぅ、寒い……。」
そう言ってシルは丸まって寒さに耐えるが、寝ることを止めようとしない。
僕たちが今いる村は夜行性の動物が作物を食い荒らすので困っていた。そこで僕たちが討伐を手伝ったのだが、朝が弱いシルが一番張り切っていたためジルが何度も寝るように催促していたのだ。
結局シルはジルの言うことも聞かずに一番の成果を出し、村人たちからは英雄のように感謝されていた。
それで部屋の一室でも貸してもらえればよかったのだが、生憎と真冬のこの時期に泊まれる部屋はなかったため、僕らはこうして馬小屋に寝泊まりさせてもらったという訳だ。まぁ、そのおかげで保存食を分けて貰えることになったのではあるが。
「そんなこと言ってはぐらかしても騙されませんよ!どうせ鍛錬になるからと余計に張り切ったのでしょう?さぁ、もう言い訳は結構ですので起きてください!」
ジルはシルが抱え込んでいたケーシーを抱き上げてシルへ怒鳴りつける。
「あぅ!?ジル、お前はいつもそうだ。朝になると私に厳しくなる。お前こそ睡眠が足りていないのではないか?なぁ、シュウ。」
シルはチラッとジルと僕のことを見てさらに体を丸める。
「うぅ…。寒い。………。シュウ、温めて。」
…。えぇ!?シルさん、今なんて!?そ、そそそそれはわわわっっっ!?ぼ、ぼぼぼ僕があなたを、温めるということで、あ、ああああっていますでしょうか、どうでしょうか!?
「シュウ。あなた姉さまに変な事したら喉首掻っ切るわよ。」
……。あ、シーちゃん、いたのね。おはよう…。
「さぁ、満場一致だ、シル。流石にちゃんと起きて身支度をして。」
僕がそう言うとシルも漸く起き上がって身支度をする。
「よし、それじゃあ出発しようか。」
僕たちが首都テルトーダを出てから三日が経っていた。
小国と呼ばれているが、テルトーダ首長国の国土はペリシェ王国やクージル国などの周辺諸国よりも大きい。アヅィール聖法国へ向かうには首都テルトーダから馬車で五日ほどかかる道のりである。
街道にはルストからボールドンに向かう際に寄った小さな宿場町が点在しているが、基本は馬車に乗る商人を対象にしているので歩きだと二日に一度の間隔である。その他には街道から少し外れた場所に村があり、僕たちのような歩きで街道を進む人たちは立ち寄ることも少なくない。ただ、歩きで街道を進む人が圧倒的に少ないため宿泊施設などはなく、必然的に馬小屋を貸してもらう形となっていた。
当初、出国手続きに一週間ほどはかかると言われていたが、テヒト首長が根回しをしたらしく次の日には出国許可が下りていた。そのためマシューさんに案内してもらうはずだった市内も碌に回ることができず、直ぐに出発することになった。
マシューさんたちは門まで見送りに来てくれた。別れ際、ミラがシルへ泣き付いたり、アンナがジルに別れを惜しむ言葉をかけていたのが印象的だった。行きの勢いだとアヅィール聖法国にも付いてこようとしかねなかったので、大人しく見送ってくれたことにちょっとだけホッとしたのはここだけの秘密だ。
「アヅィール聖法国まであと七日もかかるなんてもどかしいわね。姉さまたちの足ならもっと速く走れるでしょうに、わざわざ歩いて行くなんて時間の無駄よ。こんなことならマシューに馬車で送る様に頼めばよかったのよ。」
「仕方ないよ。マシューさんも商売でテルトーダへ戻っただけだから、このあと品物の取り扱いについて取引先と商談があるんだ。」
「そうです。それにアンナさんも私なんかといるよりも街にいたほうが良い方と出会えることができるはずです。あの方は私の妻ほどではないにしろ、中々の気量良しなのですぐにお相手も見つかることでしょう。」
ジルとしても妾にしてほしいなどと言われ続けるよりはそっちのほうが良いのだろう。何かサラッと妻自慢が入った気がするが、あくまでもアンナのことを思っての発言のはずだ。
「シュウ、アヅィール聖法国を探るというのは具体的に何を探れば良いのだ?」
「いや、それが具体的な指示は全くなかったんだよね。言われたのはアヅィールに協力者がいるから合流して街の中を探ってほしいってことだけだった。」
アヅィール聖法国を歩いて見て聞いたままをレポートしてほしいと言われたこの依頼は、元を辿ると野盗の元締めを特定するためとのことだったが、そのために何を探れ、などは指示を受けていない。これではただ観光して見所を教えろと言っているのと同じなような気がするが、それで報酬が貰えるなら断る理由がなかった。
ただし、教皇がいる大聖堂も依頼の内に入っているので、そこをどうやって探るかは考えておいた方がよさそうだ。
「情報の正確性や重要度は関係なく報酬が貰えるってことだったから、気楽に構えていてもいい気がする。」
「妙な依頼もあったものだな。そんな内容でよければそこらにいる商人に頼んでも良いものだろうに。」
「えぇ。テルトーダはアヅィールとも交易がありますから、そもそも街の様子は我々に聞く必要がないほど熟知していても良いでしょう。それをシュウに頼むのですから何か別の理由があると考えた方が良いかもしれませんね。」
「いざとなれば私が猫を集めて情報を集めてあげるわ。前の人攫いを裏で操っていたのもアヅィール聖法国の人間なんでしょう?なら、その調査依頼の可能性も高いんじゃないかしら。何はともあれ、その協力者と会えば本当の依頼内容なんてすぐわかるわよ。」
シーちゃんは伸びをすると僕の方に乗っかってくる。いつもならシーちゃんが宿っているときはシルにべったりなのに、今日は珍しく僕の方を選んだようだ。
「勘違いしないで。まさか姉さまに私を持って歩いてほしいだなんて言えないじゃない。姉さまが疲れたらどうするの?だから、代わりにあなたが私を運びなさい。」
「シーちゃん、僕も疲れるんだけど。」
「『ちゃん』付けしないで。このくらいで疲れるなんてだらしない男ね。」
さっきシルが疲れたら困るからって言っていたような…。まぁ可愛いからいいけど。あぁ、このもふもふが溜まりませんなー。
「ちょっと!やらしい手つきさせないでよ!」
あ、ごめんなさい…。
◇◇◇
それからさらに四日が経ちテルトーダ最後の町に着いた。
「ここまでは順調に来れたな。」
「えぇ、これなら明日には関所へ到着できそうです。」
「それじゃあ今日はゆっくり休んで明日一つの鐘で出発するようにしようか。」
「な!?し、シュウ…。そ、それは本気か…?」
シルがキマイラと対峙したときよりも驚愕してらっしゃる。
「こっちを見てる人間がいるわ。」
僕の腕の中で眠っていたシーちゃんがこっそりと教えてくれる。町に着いてから僕は気配察知を使わないようにしているので、シーちゃんがいるときは周囲の警戒を代わりに引き受けてくれている。
「恰好は商人だけど身のこなしが野盗のそれだわ。あの動きからすると懐にナイフを隠してるわね。」
「何で僕らを監視しているんだろ?ここに着くまでそれらしい気配はなかった。ということは、この町に入ってから目を付けられたことになる。」
「だが、金目の物を持っていない私たちを狙う理由は何だ?」
「アヅィール聖法国に行くことが関係あるのでしょうか。カルカス公国の国境にある町でも衛兵が門の通過者の情報を横流ししていましたし、今回も同じようにして我々の情報から狙われたのかもしれません。」
「そうであれば監視者は私たちをアヅィール聖法国に入国させたくないということかしら。」
「まぁ、ここで考えていても仕方がない。その監視している野盗が動いてこないうちは放っておいても問題ないだろう。」
「だね。さぁ、早く宿を探して寝よう。明日は一つの鐘で出なきゃいけないからね。」
「うっ!?し、シュウ………。やはり本気なのか…?」
慄くシルは放っておいて、さっさと宿を取らないと。折角町に入ったのに野宿になったら目も当てられない。
◇◇◇
――――その日の夜。
「おい、例の奴らはここにいるのか?」
「はい、頭。この宿の二階の角に部屋を二つ借りています。」
「よし、行くぞ。まだ青さの抜けきらねぇガキどもと油断するなよ。仮にもモグラどもを殲滅した奴らだ。寝込みを襲って確実に殺せ。特に女は上玉のようだが、余計な欲はかくんじゃねぇぞ。」
襲撃者たちは息を殺して音を立てないよう注意しながら勝手口から宿の中に侵入する。そして階段を上ると逃がさないように階段の前を部下に守らせて頭は残りの三人とともに廊下を歩いて行く。
突き当りに差し掛かると頭は手前の扉に立ち、部下二人を最奥の扉に行かせる。全員と頷き合い準備が整ったことを確認すると頭の合図でそっと扉が開かれていく。
頭は忍び足で二つあるベッドを見ながら窓際まで向かう。
微かに寝息が聞こえてくる。どうやら宿の食事に混ぜ込んだ眠り薬がしっかりと効いているようだ。
暗殺を生業にしている頭自身、数えられないほどこうして寝首を掻いては殺してきた。今更緊張するはずもない。だというのに、この時の頭の掌は汗で滲んでいた。得も言われぬ不安が払拭することができない。
『土竜の十爪』は狡猾であると同時に失敗しないことで有名な盗賊団だった。特にその頭目はホビット特有の魔力量の多さと悪知恵でのし上がってきた男だ。そんな男が殺されたと聞いたときは信じられなかった。そして、目の前にはその男を殺したとされる元凶が眠っている。警戒に警戒を重ねてもやり過ぎと言うことはないだろう。
頭はナイフを逆手にしてグッと握り狙いを定める。片手にはその辺の露店で買った安い布を持ち、寝ている相手の顔に近付けていく。これを口に当てることで刺した際のうめき声を消すのである。
チラッともう一つのベッドを担当している部下を見るとそちらも準備ができたようだった。
頭は軽く肯くと呼吸を合わせて一気に襲い掛かる。
「〈アイスバインド〉」
「ぐぁ!?なんだこ、ががぁが!?」
その腕が寝ている者たちに触れるよりも前に襲撃者たちは氷の鎖で簀巻きにされてしまう。さらには同じ要領で猿轡をされ、声も碌に出せなくなってしまった。
身動きが取れなくなった頭はドサッという音を立てて床に転がってしまう。それと同時にベッドで寝ていた者たちも起き出した。
「やっぱり襲ってきましたね。」
「あぁ。これで疑問も解消されるかな?」
頭は驚愕した。そして自身が抱いた不安が的中してしまったことにひどく失望した。この者たちは薬が効かなかっただけでなく、自分たちが狙われていることに初めから気付いているような話し方をする。どこで漏れたかは不明だが、十中八九監視していたことがバレていたのだろうと理解をした。
少しすると何かを引きずる音とともに女が現れる。隣の部屋を襲った二人と階段に残した一人を軽々と回収してこちらの部屋に持ってきていた。
「ありがとう、シル。ジル、悪いけど宿の主人を起こしてきてくれる?」
「分かりました。」
そう言って扉側に寝ていた男が外へ出ていった。
「さて、あなた方は誰で何のために僕たちを襲ったのか吐いて貰いますよ。あなたがずっと指示を出していたことはわかっています。あなたの猿轡だけ外しますが、変な真似は考えないでくださいね。こちらも容赦なく切り伏せる準備はあるので。」
三人の中では一番さえない男がそう言いながら手を翳すと頭の口から氷が消える。
「なんなんだ、てめぇらは!?この馬鹿みたいに硬ぇ氷をさっさと外しやがれ!」
「シュウ、こいつは知性がないようだ。さっさと切ってしまう方が早いのではないか?」
「いやいや、それは最終手段でお願いね。一応宿だから血とかの跡が残ると大変だし。」
この二人の会話で自分たちが無傷な理由が宿の心配のためであることを知り、頭はまたも自身の今の境遇に失望してしまう。
「ということで、叫んでもうるさいだけなので早く話してください。僕たちが聞きたいのは三つだけ。
あなたは誰で、誰に雇われて、何の目的に動いたのか。この際、あなたの名前はいいので雇い主の名前と目的を話してください。」
「言っておくが、これ以上馬鹿な返答はするなよ。もし、先ほどのように喚けばこの首を即刻切る。」
女の威圧は凄まじいもので、頭は完全に委縮してしまった。
「俺たちは『土竜の十爪』と一緒に雇われた冒険者崩れの集まりだ。暗殺が専門だが、人攫いみたいな汚れ仕事は依頼内容によって請け負ってる。今回は『土竜の十爪』を壊滅させた奴らを暗殺する依頼だった。」
「では、何故僕たちがその団体を壊滅させたと思ったのですか?」
「今、アヅィール聖法国は教皇が襲われたばかりだ。教皇は命を取り留めたらしいが、これに同調して暴動が起きねぇように警備も厳重になるうえ商売の時間も限定されてる。そんな時期に入国しようとする奴は滅多にいやしねぇから町の門を見張ってればすぐに分かるさ。」
「なるほど。では、三つ目の質問。あなたは『土竜の十爪』と一緒に雇われたと言いましたが、その人の名前はなんですか?」
「あぁ、もうこうなっちまえばヤケだな。教えてやるよ。俺たちを雇った依頼主の名は『せ………。」
頭は急に黙り出すとそのまま床に顔を付けて動かなくなる。首元からは血だまりができ始めているようだった。
シュウが頭の体を起こすように抱きかかえると、頭はすでに絶命していた。




