第66話 邪魔者
[2026.05.08]一部致命的な表記ミスがあったので修正しました。
【カルカス公国 国境付近の町】
カルカス公国からテルトーダ首長国へ延びる街道をカルカス公国側から進んで行くと最後に訪れる町。この一帯は平野となっており、見通しの良い平原が続いている。
林が点在しているため時折視界を遮ることもあるが、どれも三十分もすれば通り抜けられる程度の面積なので通行に支障があるほどではない。さらに、街道が林を避けて作られていることと近くの林を衛兵が巡回しているのでこれまでは野盗の被害は皆無と言ってよかった。
しかし、最近の野盗騒ぎから庁舎には改革を求める意見書が多々寄せられている。町としてもテルトーダとカルカスを行き来する者たちで成り立っている以上、街道の安全確保は急務であった。
町から北へ少し行った所にある林もその対象の一つで、林の大きさは他に点在しているものと変わりない。町長は現職となってから町の防衛力を高めることを理由に木こりたちへこの林を切り拓く命令を下している。林に魔物が住み着いているわけでもなく、野盗が拠点を作れるほどの広さがあるわけでもない。住み着いているのはウサギやリスといった小動物くらいのものだろう。しかし、町長は少しでもその憂いを晴らしておきたかった。そのため、林の中には木こりが休憩するための小屋がいくつか設置されている。
ここももちろん要注意箇所として衛兵が定期的に巡回している。その警戒は厳しく、小屋の中さえも毎回確認する徹底ぶりであった。
だが、衛兵たちは気づかなかった。野盗の拠点がその小屋の下にあることを。
床板に隠されている入口は土魔法で蟻の巣状に広げた洞窟に繋がっている。入口というが別に扉などがあるわけではない。土魔法を使える人間が岩で蓋をしているだけである。しかし、臨時で造られた小屋の床板を剥いでまで確認したがる者は少ないだろう。実際、そこを確認する衛兵は誰一人としていなかった。
◆◆◆
「てめぇらはどんだけ使えねぇんだ、このクソカスどもが!!」
盗賊団『土竜の十爪』の頭目は部下の失態に対して怒りを露わにしていた。部下たちは命令通りに標的を襲ったわけだが、重要な書状を探し当てることができなかったのである。もう一つの目的は達成できているので、現場判断として捕まる手前で切り上げたことは責められることではなかったが、完璧を求める頭目にとっては許し難いことだった。
「し、しかし、頭。ガキどもは連れてきたし、親父は瀕死の状態にしてきた。言われた命令はちゃんと果たせたと思うぜ。」
「だからてめぇらは馬鹿だって言ってんだ!奴らが持ってる書状を書き換えることで計画は完璧になるんだろうが!それにガキも一人一番売れそうな奴を攫えてねぇじゃねぇか。一つでも穴があれば計画に支障を来すかもしれねぇんだ。そこまで考えらんねぇのがてめぇらの詰めの甘さだってんだよ!」
頭目は部下の弁明も聞かずに責め続けるが、自分で動くことはしない。リーダーはアジトでどっしりと構えているのがこの頭目のリーダー像であり、遠くから指示を出すことが自分の仕事だと考えているためである。端的に言うと彼は思い込みが激しい人間であった。
その思い込みから、偵察までは参加しても頭目が実行犯に加わることは一度たりともない。それでも部下たちがこの頭目に従っているのは一重に彼の魔法が恐ろしいからだ。
この地下拠点は頭目の魔法により作り上げられた。魔力量の豊富さは実用面のみならず戦闘面でも活きてくる。実際、彼が頭目になれたのは前頭目を上手く誘い出し、己は潜伏したまま罠に嵌めて生き埋めにできたからである。魔法と狡猾さが前頭目を上回っているので、部下たちも嵌められることが恐ろしく余り反発せずにいるのであった。
「まぁ、あのデブを殺れたことは大きい。金に目を眩ませた治癒師がすぐに教会へ連れてったようだが、あとは奴が上手くやるはずだ。これで国同士で話がこじれれば俺の立場は確立される。そうなりゃこの業界で知らぬものなしのマンモス盗賊団の頭目として注目されるってわけだ。」
「頭目、まだ目的は達成されたわけではないぞ。」
頭目たちのいる部屋に仮面を被った人物が入ってくる。仮面をしているためその人相はわからないが、その発せられる声は男性のものであった。
「おう、あんたか。心配するんじゃねぇよ。ガキどもを入れてる牢もそろそろ満杯になってきた。丁度売りに連れていく頃合いだ。アイツ等を連れてきゃ依頼は達成、そして俺の格もさらに上がる。今から楽しみで仕方ねぇぜ。」
仮面の男はあからさまに聞こえる溜め息を吐いて頭目へ確認する。
「本当にお前の想像通りになるのか?それにこの場所は安全なのだろうな?」
「心配性な奴だ。ここは俺が直々に手掛けたアジトだぜ?この場所を見つけられる奴はそうはいねぇ。仮に侵入されても俺の魔法で思い通り間取りを変えられるんだ。万が一にも計画が頓挫することなんざありえねぇよ。」
「そうか。ならば良い。だがいいな、ガキ共の金はやるが間違っても依頼のことは口走るなよ。」
「へぇへぇ。わかってますよ、男爵閣下の忠犬殿よ。」
「おい!」
「ぐははは!おっと、こいつは失礼。用心棒様。」
頭目は仮面の男を小馬鹿にしながら適当に受け答えをする。それだけこのアジトと自分の立てた計画に自信があった。
仮面の男は仮面越しでもわかるほど立腹して部屋を出ていく。その様子を楽しそうに見ながら頭目は手に持ったグラスを傾けるのだった。
◇◇◇
『土竜の十爪』のアジトは複数の階層になっているわけではなく、一層にいくつかの広い空間を作り狭い通路で繋いだ造りをしている。この通路は頭目が魔法で直ぐに蓋をすることができる大きさに調整されているため、大人であれば少し屈んだ状態で通らねばならない。
ただし、頭目自身に前述の不便さは当てはならない。なぜなら頭目はホビット種であり、他の団員よりも小柄なので問題なく通路を通ることができるからだ。そのため、この移動の不便さも敵の侵入を妨げ自分が逃げ切るための防衛線だと頭目は考えていた。
そのほかにも頭目は普段使用しない部屋をわざわざ作り、誰も入れない様に蓋をしている。これは侵入者を誘い込むための部屋で空気穴も造られていない。閉じ込めて窒息死させる狙いで造っているのである。
その狡猾さは頭の回転の良さに定評があるホビット種ならでは、と言ってもよかった。
ただし、普段通路に蓋をしている部屋の中で例外が二つ存在する。
一つは金庫代わりにしている部屋。頭目は他の団員が勝手に持ち去ることを恐れて金目の物を一か所に集めると必ず蓋をしていた。自分を上回る魔導師が団員にいない以上、自分以外にその部屋に入れる人間がいないことを理解していたのである。
そしてもう一つは牢屋である。
この部屋は完全に蓋をすることはなく空気穴も存在する。子供を閉じ込めるつもりで造っているため部屋の前には食事を渡せるだけの間隔を空けた岩製の格子が填められており、続く通路は大人でも悠々と歩くことができる広さになっている。この通路は子供たちを連れて歩く際に子供の小ささを利用して逃げられることがないように大人が自由に動けるようにしているのである。
その部屋の前に男たちは集まっていた。
「おら、ガキ共!出てこい、外へ連れてってやる!」
男の一人が鞭を片手に声を張り上げると子供たちは委縮してしまう。大半は今にも泣き出しそうな顔になり、勇気ある子は声を発さずに大人たちを睨みつけている。
「まったく、大人の言うことは聞くもんだ。痛い目見ないうちに出てこい!」
男が少し声色を優しくさせて言ってみるが、状況に変化はない。そこに頭目が指示を出す。
「木っ端どもの相手をしてるほど俺は暇じゃねぇんだ。てめぇら、引きずり出せ。」
冷たく言い放たれた言葉を聞いて部下たちが牢の中に入っていく。そして一人ずつ強引に外へと連れ出し始めた。
子供たちは泣き叫びながら、或いは必死に怒鳴りながら抵抗するが子供の力で抗うことは叶わない。男たちもこれから売り払う商品に傷をつけることは極力さけているようで、威嚇に鞭を使うがどうしても言うことを聞かない子供には張り手で対応するのみに留めている。しかし、その中の勇気ある少年の行動が頭目の怒りを誘ってしまう。
「お前!ミラに何するんだ!」
それはナッシュであった。ミラが泣きながら激しく抵抗するので部下の一人が手を上げたのだが、それをナッシュは許すことができなかった。
ナッシュは手を上げた男へいきなり突進していくとその腕に噛みつく。驚いた男が必死に腕を振りナッシュを引き剥がすと、ナッシュはミラの前に立ち短剣を男へと構えた。噛みついた際に男の短剣を盗み取ったのである。
「おいおい、中々素質あるじゃねぇか。だが、ソイツをどうすんだ、坊主。まさかそれでオレを殺すのか?血を滴らせて肉に食い込ませる様を見て後ろの妹はどう思うだろうなぁ。」
「お兄ちゃん……。」
泣きながら力の限り背中にしがみつくミラを見ながらナッシュは躊躇してしまう。人を殺すなど温厚なマシューに育てられた二人には到底できる所業ではなかった。それでもこの場を切り抜ける手段を二人は他に思いつかなかった。そのため震える手でナッシュは短剣を握り続ける。
「…。クソが。貸せ!」
先に痺れを切らせたのは頭目である。
頭目は部下が持っていた鞭を奪うとナッシュに散々と打ち付けていく。ナッシュはあまりの痛みに背中を丸めるがそれでも頭目はしばらく止めなかった。
漸く頭目の溜飲が下がるとナッシュの背中からは血が滴りいくつも蚯蚓腫れになっていた。
「手間かけさせるんじゃねぇよ。さっさと連れてけ、馬鹿ども!」
頭目が叫ぶと部下たちは最後の抵抗を見せた二人も引きずり出していく。そして、手枷を填めて全員を縄で繋いでいった。
手枷を填められた子供たちを連れて一際大きい通路へ辿り着くと、そこには仮面を付けたの人間が五名待ち構えていた。
「よぉ、待たせたな。」
頭目はその中の一人に声を掛ける。先ほど頭目と話した仮面の男である。
だが、仮面の奥から発せられた声は少し語気が強いように感じた。
「その子供はどうした?」
「ん?あぁ、世間を知らねぇみたいだったんで躾けてやっただけだ。」
仮面の男が指している子供とはナッシュのことだ。ナッシュは辛うじて自分で動けているが、背中の傷が痛み上手く歩くことができないでいた。
「大事な商品を傷つけるのがプロのやることか?」
「あぁ!?俺が俺のモンをどうしようがてめぇに関係ねぇだろうが。てめぇらは大人しく俺に従っときゃいいんだよ。」
「勘違いするな。我々の雇い人はお前ではない。」
「はん!だったらせいぜい支払った分だけしっかり働けってんだ、男爵閣下が雇った用心棒様方よ!こい、お前ら!」
頭目が叫ぶと部下に無理やり縄を引っ張らせて通路を進んで行く。通路は直線で牢屋の前よりも広い作りになっていた。そのため大人でも余裕をもって進んで行くことができる。
「くくく。これで地上へ出た時、俺の名声は裏社会に轟くことになる。俺がこの大陸を裏で牛耳るのも時間の問題だ。」
暫く進んで行き、どれだけ時間が経っただろうか。
それは頭目が不敵な笑みを浮かべ、自身の展望に想いを馳せながら進んでいるときに突然起こった。
「な!?何事だ!?」
なんと頭目が頑丈に作り上げたはずの天井がいきなり崩れ去り、目の前が土砂で埋め尽くされていく。次第に土煙が収まっていくとそこには二人の男女が立っていた。
「……ちゃん…。お兄ちゃん!!」
ナッシュが思わず歓喜の声を上げる。彼らの目の前に立っているのは怒りを滲ませたシュウとシルであった。




