第64話 続・西へ
ボールドンを立ってから四日が経ち、僕たちは相変わらず街道を進んでいる。
マシュー親子は見た目通りの良い人たちであった。
通常、冒険者は護衛代わりとしてタダで馬車へ乗せてもらう場合、あまり商人から良い目で見られない。護衛を求めていれば自分から雇うほうがしっかりと仕事をする人材を集められるというのと、冒険者が乗る分のスペースを空ける必要があるので運ぶ商品を減らす必要が出てくるためである。
だが、マシューさんはそんな顔を一切せず、寧ろ事あるごとに気を使ってくれるのだった。
マシューさんは街道沿いにある宿場町に着くと必ず僕たちの分まで宿屋代を出してくれる。マシューさんが言うにはアルスカイン特別侯爵から依頼を受けた際に報酬を先払いで貰っているので問題ないと言っていたが、店を構えるために貯蓄していると聞いては申し訳なくなってしまう。
シルたちとその事を話し合ったら、ケーシーが魔物を見つけてシルが狩ってきてくれるようになった。
ちなみに、僕も行くと言ったがシルに断られた。自分の鍛錬も兼ねているので獲物を減らされたくないのだという。
そのため僕とジルはマシュー親子と過ごす時間が多いわけだが、アンナはどうやらジルのことが気になっているようだった。
イケメン好きなのか、妻子ある男の余裕がそうさせるのか分からないが、ジルへ近付いて行っては顔を赤らめながら話している姿をよく見かけた。
マシューさんは家事などはあまり得意ではないらしく火を使った料理はアンナが担当している。マシューさんが一人で旅をしていた時は干し肉くらいしか口にしていなかったのが、アンナを同伴させるようになってからは栄養の取れた食事をすることができるようになったと何処か誇らしげに語っていた。
ミラとナッシュは時折立ち寄る村で年の近い子たちとよく遊んでいるところを見かける。中々のコミュニケーション能力を秘めているようで、二人に掛かればどんな相手でも五分で仲良しになってしまう。
これにはまたしてもマシューさんが良い商人になれると自慢げに胸を張っていた。
シルとケーシーが狩りから帰ってくると魔石をマシューさんへ渡そうとするが、最初のうちは頑なに断られてしまった。だが、商品の数を調整してまで僕たちを乗せてくれているのだからその分だけでも受け取って貰いたい。僕がそう言いながら頭を下げると謙遜しつつ漸く受け取ってくれた。名誉貴族でも爵位持ちには変わりないので今にして思えば、マシューさんからしたら不敬罪に問われないかと考えるほどの大事だっただろう。
少々強引ではあったが、このままお世話になりっぱなしでは僕たちが萎縮してしまうのでこれでお互い快適な旅ができるようになったと思う。
「マシューさん、今はどの辺りに来ているのですか?」
僕が荷台の中から話しかけるとマシューさんは軽く振り返って答えてくれる。
「昨日立ち寄った村が丁度中間地点に位置しますので、今はナインフォセア王国のリード領に接した地域に入っているかと思います。ここ一帯は大した林もなく魔物も出にくい地域ですので比較的安全な所と言えるでしょう。
ここからあと二日も進めばカルカス最後の町へ到着するのでそこで必要物資を仕入れてからテルトーダ首長国の国境に行くことになります。テルトーダは物資の流入に厳しい国ですので国境に関所が設けられていて持ち物と身分証の検分があります。ですので、町での物資調達は私どもにお任せください。もし何か買われる際は私が持ち込めるものか判断しますので必ずおっしゃってくださいね。」
「何から何までありがとうございます。国境に関所がある国というのは珍しいのですか?ペリシェやナインフォセア王国ではそういったものは見かけなかったので、町の城壁が関所替わりになっているのかと思っていました。」
「えぇ、そうですね。ルインルスアルテ大陸では帝国領内や連邦国領内でも関所がありますが、エクロキア大陸では永らくナインフォセア王国が一強として君臨していたため属国扱いの国が増えるにつれて警戒も弱まっていったのです。
しかし、テルトーダ首長国が今の首長となってからはそう言った面も厳しくなり、結果として様々な検分場所が設置されるようになりました。これは友好国であるアヅィール聖法国に対しても一緒なので、中立国としての立場としては公平を保っていると言えます。
ただ、私ども行商人としてはボールドンの特産品なども仕入れたいところなので、中々難しいところではありますがね。」
その町の特産品ともなれば、テルトーダ首長国だけでなくカルカス公国としても規制をかけたいはずなのでマシューが言っていることは中々実現が難しいところなのだろう。ボールドンの小麦は他に比べて品質が素晴らしいためパン屋や焼き菓子店からの注文が絶えないと以前クリスに教えて貰ったことがある。
条約も結べていない今はただの夢物語ではあるが、もしもそれが入手できて他国で売れればきっとマシューさんの懐は潤うことだろう。
「それでマシューさん。野盗どもが出没する地域というのはどの辺りになるのですか?」
真面目なジルがアルスカイン特別侯爵に頼まれた依頼を忘れることなくマシューさんへ確認する。ジルが喋るたびに横に座るアンナの目がハートになっているのはきっと気のせいだ。やけに座る距離が近いのもきっと気のせいだ。…………。ジル、お前、里に帰ったら奥さんに今の状況をチクるから覚悟しておけよ。
「野盗はカルカス最後の町を出て少し行ったところで頻繁に現れるそうです。私ども商人の間ではそういった情報も流れてきますので老舗であればあるほど情報が集まります。私もボールドンの老舗に顔が聞くくらいには付き合いがありますのでそこで確認したところ、奴らは夜に野営をしなければならないテルトーダ国境付近の地域でよく襲ってくると言っていました。
なので今回も、もし襲ってくるとすればその地域になってくるかと思います。さらに言えばその地域はこの時期、降雪量も増えてくるので大した積雪でなくとも油断は禁物です。いざ逃げようとしても雪に阻まれて命まで奪われる例はよくあることですから。」
「なるほど。ではここからは警戒を強めつつ先へ向かうとしましょう。もし気になることがあれば些細なことでも構いませんので遠慮なくおっしゃってください。」
◇◇◇
僕たちは互いに注意すべき点を確認しつつ進んでいく。警戒しつつもミラとナッシュのわんぱく組と遊びながら進んで行けばあっさりとカルカス公国最後の町へと辿り着くことができた。
この町は検問所的な役割もあるらしく、城はないものの町を覆う外壁が作られており入出場で検査を受けることになっている。僕たちも入場待ちをしている列へ並ぶ。そして自分たちの番が回ってきたところでルスト公爵が書いてくれた書状を見せると衛兵は驚いた顔をした後に班長に確認をしてからすぐに町の中へと入れてくれた。
「それでは私はこの町の商業ギルドへ挨拶へ行ってきますのでシュウ様方は先に宿屋へ向かってください。アンナ、シュウ様方のご案内を任せたよ。」
マシューさんは僕たちとアンナを降ろして馬車を走らせていく。旅の初めにマシューさんが行商人は大事な商品が乗っている馬車を宿屋へ停めずに商業ギルドへ預けることが一般的なのだと教えてくれたことがある。いつものようにチビたちを連れて商業ギルドへ向かうところを見送ると僕たちはアンナ達が良く泊まっているという宿屋へ向かう。
その宿屋はお世辞にも良質とは言い難い宿屋であったが、最低限のサービスは行き届いている宿屋だった。アンナも恐縮しながら案内してくれたが、野営に慣れている僕たち冒険者としてはちゃんとした部屋で寝させてもらえるだけで御の字である。
宿屋に着いた僕たちはそれぞれ割り当てられた部屋へ行き、暫く自由時間となった。僕はジルと相部屋となったので二人で部屋に入っていく。後ろからケーシーが付いてくるので不思議に思い僕はケーシーへ話しかける。
「あれ?いつもはシルの部屋に行くのに珍しいね。」
『…ニャー』
あれ?いつもだったらお小言の一つでも返ってくるのに、今日は静かなものである。それどころか、まったく声を発しようとせず猫に徹している。
「どうしたの?ここはジルと僕の二人しかいないから猫を被らなくても大丈夫だよ?」
「おや?シュウは気づいてないのですか?」
「ん?気づくって…何を?」
「今、巫女様は猫のケーシーから離れておられます。」
「へ?離れるってどういうこと?」
「そのままの意味です。今その猫に巫女様の魂は宿っておられません。恐らく里の役割を熟されているのでしょう。
その様子だとこの旅で度々巫女様が離れられていたことは知らないみたいですね。シル様がいるにも拘らずシュウの元へ向かうときは決まって巫女様の魂が離れているときでしたよ。」
あぁ、なるほど。だからあのシスコンみたいな性格のケーシーが僕の方へ来るわけだ。
「全然気付かなかったよ。ジルは何でシーちゃんがいないってわかるの?」
「それは……。」
ジルが答えようとすると外からノックの音とともに声がかかる。
「シュウ、ジル。少しいいか?」
声の主はシルである。僕たちは直ぐにシルを招き入れるとシルは今後の事について話し合いたいと切り出す。
「ここまでは野盗どもも襲ってこなかった。と、すれば本格的になるのはこれからのはず。だが、私たちの依頼は野盗の撃退ではなく殲滅、もしくはアジトの特定だ。そうなるとシュウの力がどうしても重要となる。シュウ、この町で気配察知はどの程度使えるのだ?」
「この町も人が多いから良くて五割ってところかな。アッガスさんの話ではここまで人口が多くなかったはずだけど、ここ最近はテルトーダからの交易も増えているみたいだからね。それに伴って人口も増えてきたんだと思う。」
「そうか。私たちが直接狙われることはないだろうが、マシュー親子はわからん。この町で襲ってくるという報告は聞いていないので問題はないだろうが、一度町を離れれば、いきなり襲われるとも限らないからな。シュウはいつでも気配察知が使える状態にしてもらえるほうが良いだろう。」
「それには私も賛成です。マシューさんの話ではこの後の街道で襲われる可能性が一番高いということでした。仮に今回襲われなかったとすれば依頼を受けた以上街道で待つ他にありません。そうしたときにシュウの気配察知があるとないでは雲泥の差ができますから。」
「わかった。僕もそのつもりで構えておくよ。」
その後、僕たちは襲われた際のフォーメーションなどを確認してから解散することにした。が、解散する直前でアンナが動揺した面持ちで僕たちの部屋に飛び込んでくる。
「じ、ジルさん!!ち、父が!父が!!」
何か不穏な気配を感じて部屋にいる一同は互いに視線を交わすのだった。
思いの外説明ターンが長くなってしまいました。




