第63話 西へ
オーベロンからケーシーを経由して知らされたガイド様の言葉に従いアヅィール聖法国へ早速向かおうとしたのだが、ルスト公爵に会って行けというアッガスの助言を受けて先に城へ行くことにした。
門番に事情を説明するとすぐに公爵のもとまで通してくれる。これは英雄バッジとプラチナランクの登録証に加えてアッガスがいた事が大きい。
ルスト公爵に仔細を伝えるとボールドン周辺地図と身分を証明する公爵印が押された書状をくれた。
その代わり、と注釈を付けつつ公爵からボールドンにいるアルスカイン特別侯爵へ手紙を届けるお使いを頼まれたが、公爵の馬車を借りれたのでボールドンまでは快適な旅ができた。
今回のパーティはシル、ジル、ケーシーの帰着の里組だ。蒼天の牙の面々も一緒が良かったが、タイミングが悪くまだ依頼から帰ってきていなかったためすぐに出発できるメンバーで行くことにしたのだ。
ちなみに、オルレアさんたちはカルカス軍の再編成の真っ最中で忙しいらしい。ルスト公爵が国主になったことで首都がルストに遷都したのだが、第一部隊を任されていた隊長が高齢を理由に引退を宣言したため、首都防衛の要であるルスト正規軍を編成し直しているのだった。
そんなわけで今回のパーティは土地勘がないものばかりで不安だったが、いざというときは方位磁針があるし、ケーシーは猫と会話することで情報を仕入れられるので何とかなるだろうと開き直ることにした。
僕たちはボールドンに着くとルスト公爵のお使いを済ませるために城へと向かう。国主からの手紙は最重要情報となるので直接本人に渡すことが通例である。そのため僕たちは城門で少し待ってからアルスカイン特別侯爵のいる執務室まで案内された。
「ふむ、今度はアヅィール聖法国へ向かうのか。」
アルスカイン特別侯爵はルスト公爵の手紙を読んだ後、僕の報告に対して返事をする。
「はい。今晩はボールドンに滞在して、明日、一つの鐘が鳴る頃に立つつもりです。」
「わかった。しかし、急ぎの様子であるにも拘らずすまないが、一つ頼みを聞いてもらえんだろうか。」
「何でしょうか。」
「実はこのボールドンからテルトーダ首長国まで続く街道で野盗どもが出没するようになってな。その撃退と殲滅をしたいのだが、奴ら中々に手強いうえ手際良く立ち回るため正規軍が駆けつける頃にはいなくなっておる。街道に騎士団を駐在させたいところなのだが、アルスカイン正規軍は三年前の戦争によって失った軍馬の補給が上手くいっていないのだ。兄上にご相談していたのだが、ルストも今は慌ただしい中だ。援軍の派遣は難しいと手紙に書かれている。
この度、テルトーダ首長国との国交を深める条約を取り付けるまで来た矢先にこの騒動だ。あの街道はすでにテルトーダの商人たちが多く利用している。そんな中、野盗の好きにさせていては条約の話まで流れてしまいかねん。
そのためプラチナ冒険者であるシュウを見込んでお願いがある。街道に住む着く野盗どもの殲滅、もしくはアジトの特定をしてもらえんだろうか。」
僕がボールドンへ初めてきたときにもテルトーダ首長国から流入してきたと思しき商品がいくつか見受けられた。現在、ボールドンは首都ルストへ続く重要な中継都市となっているので更なる発展は急務なのだろう。軍部拡張もそうだが、新たな財源としてペリシェ王国、ナインフォセア王国、テルトーダ首長国の文化や資源の交流は不可欠という訳だ。
それにテルトーダ首長国への街道はどうしても通る必要がある。そのついでということであれば困っている人たちの助けになれるのは嬉しいことだった。
「アルスカイン特別侯爵、わかりました。アヅィール聖法国へ行くにはテルトーダ首長国を経由しなければなりません。その道中に襲われることも考慮すれば無視することはできないでしょう。殲滅まではお約束できませんが、アジトの特定は我々で行います。」
「そうか、すまないな。シュウにはいつも救われてばかりで大した恩も返せていない。この礼はアヅィール聖法国から帰ってきたときに是非させてくれ。」
「ありがとうございます。では、我々はこのあと物資の調達を行って予定通り明日の朝に出立いたします。」
「あぁ。丁度良い時間帯にテルトーダ首長国へ向かう商人の荷馬車があったはずだ。護衛代わりに乗せてもらえるよう私の方で交渉しておくとしよう。」
僕たちは翌日北門で商人と合流してから出立することを約束してその場を後にする。そして、物資の調達をするために商業区画へと行き必要そうな備品を一通り揃えた。僕には『ボックス』という便利スキルがあるので、大量に買い付けても腐ることも荷物になることもない。そのため少し多めに買い込んでおき、次の日の出立まで体を休めることにした。
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翌日、一つの鐘が鳴る少し前に僕たちは北門に集合していた。馬車に乗せてくれる商人とはここで落ち合うはずなのだが、まだ馬車は来ていないようだ。
「商人の朝は早いと聞きますが、まだ来られていないようですね。」
「寝坊してるのではないか?」
起こすのも大変だったシルさんには言われたくないだろうに。
「まだ一つの鐘が鳴ったわけでもないし、とりあえず待ってみよう。」
『ニャー』
「どうやら噂をすれば到着したようですね。」
次第に馬車の音が近づいてきた。御者席には大柄な男と小柄な男の子が一人座っている。
「遅くなってしまってすいません。子供たちを起こすのに手間取ってしまって。」
荷台を見ると中には女の子が一人と年頃の娘が一人。頑丈な造りをしている木箱の上に横並びで座っていた。
「いえ、待ち合わせの時間にはまだ早いですから問題ありませんよ。僕の名前はシュウ、一応プラチナランクの冒険者です。後ろの二人はシルフィードとジルベスター。二人ともシルバーランクの腕利き冒険者ですよ。よろしくお願いいたします。」
シルとジルはフードと耳当て付きの帽子を被って耳を隠している。エルフとわかったときに文句を言われても面倒なので念のための対策であった。
「こちらこそよろしくお願いします。私の名前はマシュー、テルトーダとカルカスを行き来する行商人です。テルトーダには一応家もあるのですが、一年のほとんどを旅しているうえに部屋は倉庫となってしまっているのであまり帰っていません。
今は三人の子供たちとともに仕事をしていますので騒がしいでしょうが、どうかご勘弁いただけますでしょうか。」
マシューと名乗る主人は僕に貴族へする礼儀作法をしつつ頭を下げる。家族連れだからだろうか、とても温厚で優しそうな人物である。
昨日アルスカイン特別侯爵の使いが来たこともあり、僕にも準男爵として接した方がよいと判断したのだろうが、この先も続けられるとこちらの調子が狂ってしまう。
「マシューさん。僕は確かに準男爵となりましたが、正直平民として接していただくほうが性に合っています。どうか、そう改まらずに普段通り接してください。」
「ありがとうございます。長女のアンナは兎も角、下の二人はやんちゃでして粗相をしないか心配していたのです。シュウ様からそう言って頂けると助かります。」
「それじゃあ、ちょうど一つの鐘も鳴ったことですし出発しましょうか。」
僕たちは荷台に乗せてもらいボールドンの町を出発した。
荷台にいた二人は小柄なため荷物の隙間に座り込んで、自分たちが椅子替わりにしていた場所を僕たちへ譲ってくれる。
年頃の娘がアンナ。今年、成人を迎えたばかりなんだそうだ。その横の次女はミラ、マシューの横にいる男の子はナッシュという名前だ。ミラが八歳、ナッシュが九歳になるのだという。
母親が健在だった頃はテルトーダにある家で暮らしていたそうだが、母親が流行り病にかかり亡くなってからはこうして父親の手伝いをしながら旅をしているとアンナが教えてくれた。マシューのほうも妻がいた頃はもっと遠くへ買い付けに行っていたのだが、家族が一緒では旅費が馬鹿にならないため今はテルトーダとボールドンを行き来するに留めているのだとか。
「家族で行商人をやるのは不便も多いでしょう。テルトーダかボールドンで店を構えることはしないのですか?」
「そうしたいのは山々ですが、店を構えようとするとその地の商業ギルドへの登録料や家賃、仕入れ先との取引用の頭金がかかるため一度に大きな支出をしなければならないのです。私のような行商人ではそこまでの蓄えがないので、チマチマと日銭から貯蓄しているのが現状なのですよ。」
「それは、ご苦労をされているとは知らずご無礼を言ってしまいました。」
「いえ、お気になさらず。それにこう見えて目利きには自信がありましてね。選んだ商品は着実に売れているため売り上げも上々、貯蓄もそろそろ目標の金額に届きそうなのですよ。」
「え!?お父さん、それ本当?」
「あぁ、本当さ。テルトーダのほうはまだ無理だが、ボールドンであれば何とかできそうなんだ。資金を作るためにテルトーダの家は売り払うことになるだろうが、本格的に国交友好条約なるものが締結されればテルトーダ籍の人間もボールドンで暮らせるようになる。そうなれば街道沿いなら店舗を構えることだって可能だ、この旅暮らしともおさらばできるぞ。」
「やったぁ!あったかいお部屋で寝れるね!」
「ちぇ、おれは旅するのも好きだったけどな。」
「お父さん。あたし、あたし…。」
アンナは感極まって泣いてしまったようだ。
アルスカイン特別侯爵が言っていた条約が上手くいけば今後テルトーダとの国交はさらに盛んになる。そうすれば街道沿いに店を構えたほうが繁盛する可能性がある。
少し先物買いな気もするが、そういった目利きにも自信があるのだろう。もしくは家族のことを考えれば一つ屋根の下で暮らせることのほうが重要だと考えたのかもしれない。
家族の話に他人が割り込むのは無粋と思い、僕はできるだけ話を聞かない様に荷馬車の外を眺めることにした。ボールドンはすでに見えない位置まできており、荷台の後ろから見える景色は通った道が続くばかりである。
それから僕たちは、遠ざかる景色を見つめながら馬車に揺られて、四日が経とうとしていた。




