幕間 オルレアの胸中
オルレア視点のお話です。
私の名前はオルレア。カルカス国にあるルストという町でルスト正規軍第三部隊を率いている。
平民出身にも拘らず部隊の隊長に任命してくださったルスト様には感謝の言葉では足りないほどのご恩がある。だからこそ、私はルスト様のご命令とあらばこの命を賭けることも厭わない覚悟を持っている。
ルスト様にはクリスチャーノ様という利発的で容姿端麗なご子息がいらっしゃる。
小国がカルカス国へ攻めてきた後、私が部隊長に任命される少し前に城で会ったことがきっかけでクリスチャーノ様とは親しくさせてもらっている。
いや、し、親しく、というのは…些か烏滸がましい…か。訂正しよう。クリスチャーノ様とはそれ以来主従の関係にある。
クリスチャーノ様は冒険者として活動なさっているため城を空けることも多かったが、時折兵舎のほうに来ては剣術を習われていた。そして、クリスチャーノ様が所属されている『蒼天の牙』のメンバーも兵舎へ連れてくるようになり、そこでダラスとも知り合っている。
ダラスは同じ戦争の英雄として名高い冒険者であるが、私の剣術とはまた違った凄味を持っていた。
ダラスの剣は攻めるため、というよりも護るための剣と言えるもので、身辺警護も兼ねている騎士団にはとても参考になるものだったのだ。その精神は闘気の色にも表れていた。ダラス曰く、闘気の色が銀色になったのは戦争がきっかけだったらしい。それまでは私と同じ橙色だったのだと言っていた。
話は逸れたが、そこから蒼天の牙との付き合いもでき、時には仕事も一緒にするようになる。クリスチャーノ様のことをクリス様と呼び始めたのもこのときからだ。
あ、いや、こ、これは、く、クリス様からそう呼べと命令されたのであ、あって…決して私からそう呼びたいなどと言ったわけでは、ないぞ……。あくまでもクリス様とは主従関係なのだ…。
はぁ…。話を戻そう。
蒼天の牙の仕事をするとき、クリス様は周りと同じ目線に立って話をされる。そもそも辺境伯の息子であることを隠しているので当たり前ではあるが、私の見てきた貴族はその権力をひけらかす者が多い。それに対してルスト様とクリス様は平民であろうと能力があれば取り立て、些細なことであろうと見下すことなく進言に耳を傾けてくださる。
私はこの二人の騎士となれたことを心より誇らしく思う。
「オルレア、ちょっといいかい?」
時はクージル国内部調査隊として私がクリス様たちに同行したあとのことだ。クージル国での激戦を切り抜けた私たちはフィフス城にある宿営地まで戻っていた。クリス様はフィフス城の一部屋を与えられる予定だったが、パーティメンバーとともに居たいとそれを断って第三部隊の宿営地に寝泊まりしている。
「もちろんです、クリス様。いかがなさいましたか。」
クリス様が私の天幕までくるのは珍しい。普段は一冒険者として振舞っているのでよっぽどのことがない限りは隊長である私の所には足を運ばないのだ。
「いや、大した用事じゃないんだ。ただ、少し話がしたかっただけだよ。」
「そうでしたか。どうぞ、こちらへ。」
私はクリス様を天幕の中へ招き入れると床几を取り出してそこに座ってもらう。
「今回の旅では危ない場面の連続だった。全員が生きて戻ってこれたことが奇跡のようだよ。イヴの我儘で同行させてしまってすまなかった。オルレアにはいつも負担ばかりをかけてしまうな。」
「何をおっしゃいますか。私はルスト正規軍を任される隊長であり、クリス様をお護りするための騎士です。お供できたことを誇りに思えど、重荷を背負わされたなどと考えたことは一度たりともございません。」
「やはりオルレアは優しいな。その真っ直ぐな性格と誰にでも手を差し伸べられる心は君の美徳だよ。
…。それに引き換え、僕は器の小さい男だ。いつもオルレアを危険な目に巻き込んでは他人のせいにしてしまっている。
本当はイヴがオルレアを連れていくと言ったとき、嬉しかったんだ。オルレアと旅ができることはそうあることではないだろう?だからあまり強くは止めようとしなかった。本当に危険な旅になるとわかっていたのにね。
結果として、オルレアにセズ、それにイヴが居てくれたおかげで何とか乗り切れたけれど、本来は僕たち冒険者だけで対処するべき問題だったんだ。最後は一番危険な役目を与えてしまったにも拘らず僕はそれをイヴのせいにしようとしている。何事もなく終わったからよかったようなものだけれど、オルレアがあそこで傷ついていたら僕は自分自身の過失を認めらないほど重く感じてしまっていたと思う。
それが怖くて僕は他人に責任を押し付けようとしているんだ。君のように強い心があればこうはならないだろうに、情けない話さ。」
クリス様からこのような弱音を聞くのは初めてのことだ。あの凄惨な小国との戦争のあとでさえ、周囲の人間を気遣い気丈に振舞われていたクリス様の内にこのような葛藤があったなどと考えてもみなかった。
「クリス様。私はクリス様が弱い人間だとは思いません。いつも私などには及ばないところまで先を読み、皆を正しい方向へと導いてくださいます。それに、私はクリス様によって救われた命を数多く知っています。
私にとってクリス様とは支えであり、尊い人です。そのクリス様のご命令とあらばどんな死地にもお供しましょう。クリス様がお望みだというのならば火口にだって飛び降りましょう。
これはクリス様こそが私の騎士としての誇りであり、大切なものだからです。だからご自身を卑下されるようなことは一つもないのです。
私はあの場に一緒にいれて嬉しかったし、過程がどうであれ全員が無事に帰ることができた。今はそれだけで十分ではありませんか。
クリス様は私を高く評価してくださいますが、私こそクリス様のお気持ちに気付けない愚か者です。主の想いを顧みず、自分のことしか考えられない不甲斐ない従者をどうか、お許しください。」
私は跪いて頭を下げる。クリス様の葛藤は我が心の葛藤でもあるのだ。そこに気付けなかった自分が許せなかった。
クリス様はそんな私のために膝を付いて、私の肩へ手を当て優しく語り掛けてくれる。
「顔を上げてくれ、オルレア。僕は君にこんな話をしてしまったことを今、後悔している。君の優しさについ寄りかかってしまったようだ。
僕は今のままのオルレアが愛おしいよ。だからどうか自分を責めずにそのままの君でいてくれないか。」
「クリス様……。」
クリス様に促されて顔を上げるとクリス様の心配なさったお顔が近くにあった。
視線を逸らすことなく二人で立ち上がると私は不思議とほほ笑んでいた。それを見たクリス様も一瞬驚いた表情をした後に優しい目で見つめてくれる。
どうしたことだろう……。体の芯が熱い。熱でもあるかのように顔が火照っていることが自分でもわかる。段々と鼓動が早くなっていき、考えることも儘ならなくなってきていた。
こんなことは生まれて初めてである。親からも周囲からもお転婆娘で通っていたほど体を動かすことばかりをしてきたせいか、このような状況にまったく耐性がなかった。
それでも目を逸らすことができずに見つめているとクリス様は優しく私の手を握って下さる。その手はやはりどこか熱い。もしかしたら、クリス様も私と同じ気持ちなのかもしれない……。
段々と二人の距離が近くなっていくような感覚。クリス様の想いが手を通じて伝わってくるようで得も言われぬ充足感が私の心の中を覆っていく。そして、二人はそっと目をつむ……。
「隊長、失礼いたします!」
急に天幕の外から声がかかり、二人を取り巻いていた空間は強制的に現実へと戻された。どうやら伝令が外で待機しているようだった。
「あぁ、構わん入れ。」
私たちは近づいた距離を跳ね起きるように適切なものにしてから、伝令に中へ入る様に声を掛けた。高鳴った鼓動がまだ収まり切らないうちに伝令が入ってきて要件を伝える。
「ご懇談中のところ申し訳ございません。第二王女殿下から使いの者が来ております。明日の出立前に急ぎ伝えたい要件があるとのことです。現在貸し出し中の剣を持って城までくるように、と。」
「わかった、すぐに行く。」
ついにこの時が来たか。聖剣の名を教えられたとはいえ、この剣は国宝であり宝剣である。私のような一兵卒が持っていて良い品ではないのだ。
「それじゃあオルレア、僕も行くとするよ。休んでいるところすまなかったね。」
「いえ、こちらこそ大した持て成しもできず申し訳ございませんでした。」
二人の会話はそっけないもので、普段と何ら変わり映えがない。それでも交わした視線は少し違ったように見えたのは私の勘違いだったのかもしれない。
剣は結局、王家の命令として私が持っていることとなった。聖剣や魔剣は持ち主を選ぶ。聖剣が私を選んだ以上、王宮に飾っておいても腐らせるだけだとイヴ様はおっしゃっていた。
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こうして次の日、私たちは王都イヴンへと出発する。
今後、またクリス様の伴をできるか分からないが、自分のできることはクリス様のご負担を少しでも和らげることだけだと胸に刻みながら、あのときの感情は心の奥底へ仕舞っておくことにした。
次回【幕間 エリスの決意】を投稿します。




