幕間 エリスの決意
チョボことエリーがメインのお話です。
「もう!……。なんでこうなるのかな…。もう!」
「モウモウうるせぇよ、ウシかてめぇは。」
「兄貴は黙ってて!…。なんで私じゃなくてシルがシュウとお出かけなの…。あぁ、もう!」
エリスは粗ぶっていた。理由は下町へ降りるための班決めにあった。
「仕方ねぇだろうが。シュウから教えて貰った『じゃんけん』ってやつで決めたんだから。そりゃシュウほどの気配察知があれば出す前に相手の手が分かるかもしれねぇが、それが分かったって対処できる早さじゃなかっただろ?」
「はっ!まさか!?シルの動体視力と反射神経があれば相手の手を見て自分の手を変えることもできた。…。あぁ!そうだ、そうに決まってる!私は騙されたんだ!?」
「はぁ…。被害妄想がやべぇ方向にいってるな、こりゃ。リーダー、アイツを止めてくれよ。」
そう言ってガジはダラスのほうを見る。
実はエリスの言っていたことは事実である。シュウは班決めの際に律儀にも気配察知を使わなかった。しかし、何としてもシュウと同じ班になりたいシルはその異常なる身体能力でシュウと同じ手を出し続けていたのである。
後にこのことがバレて、以降、蒼天の牙では『じゃんけん』が禁止になる事態へと陥るが、それはまた別の話。
「おいおい、チョボ。仮にお前の言う通りだとして、明日はお前がシュウと遊びに行けばいい話じゃねぇか。そんなにカリカリするなよ。」
「リーダーは良いですよね…。セルマさんっていう素敵な彼女がいるんですから。私の気持ちが分かるのは私だけなんだ。はぁ……。」
「おい、なんでそこでセルマが出てくるんだよ!?」
「はっはっは!そりゃリーダーがルストの冒険者憧れのアイドルを射止めるからだろうさ!」
「……。おい、ガジ。お前は浮いた話が無さすぎんじゃねぇか。そんな奴が俺に喧嘩を売るとはいい度胸じゃねぇか。」
ダラスが静かに怒っている。それを見たガジは口に蓋することを決めたのだった。
「そんなことよりお二人さん!これは一大事なんですよ!?もしシュウがシルとあんなことやこんなことをし始めちゃったらどうするんですか!?」
「あんなことやこんなことってどんなことだよ……。チョボ、お前が心配するようなことにはならねぇと思うぞ。シュウはあれで奥手だからな。それにジルもいるんだ。あの常識人を前にさすがのアイツらもイチャコラできねぇよ。」
「それでも!リーダーも知ってるでしょ、シルのカリスマ性を!あのリーダーシップを発揮されたらシュウだって……。私、下町に行く……。」
エリスはそう言って駆け出そうとしたところをダラスが全力で阻止する。
「待て待て待て!!下町に行くったってお前、馬車もないんだから無理だろうが!貴族街は徒歩で移動しない様にってクリスも言ってただろ?俺たちが好き勝手してたらクリスだけじゃねぇ、ルスト様やアルスカイン特別侯爵、更にはここを宛がってくれた国王様にも迷惑がかかるんだぞ!?」
この言葉を聞いて、さすがに頭へ血が上ったエリスも我に返る。
「……。あぁ、私はこうやって置いていかれるんだ…。あぁ…。」
「おい、リーダー。今度は嘆きの死霊みたいになっちまったぞ。」
「はぁ、チョボ。お前は本当にシュウのこととなると周りが見えなくなるな。お前、本当の名前もシュウに教えただろ。」
「あぁ…ぁえ?な、なんでそのことをリーダーが知ってるの?」
「何でってクージルでシュウが言ってただろうが『エリー』ってよ。」
「あぁ、俺もそれを聞いたんだよ。中々心を開かないお前にしては珍しいなって思ってな。仲間としちゃ嬉しい限りだが、どんな心境の変化なんだ?」
「いや、心境の変化、と言いますか…。シュウは、何か大丈夫だと思ったんだよね…。本当に何となく。」
エリスは照れながらそう答える。ダラスにはエリスの気持ちが分かるような気がした。シュウの執着しない性格と棘一つ感じさせない雰囲気は無条件に安心感を与えるものであった。
「そうか。なら、お前がまずやるべきはシュウに女として見てもらうことなんじゃねぇか。」
「お、おおおお、おんおん…おんん……!?」
あぁ、これはダメだな。ダラスは心の中でそう思った。
「別に疚しいことを言ってるわけじゃねぇよ。ただ、お前もシルや紅騎士みたいにもう少し女気があってもいいんじゃねぇかと思ってな。言っとくが無理強いしようってわけじゃねぇからお前がこのままのほうが良ければそうすりゃいい。
だが、シュウはお前を今どう見てるかな。出会いがしらではお前を男と勘違いしていたような奴だ。今は良い妹って感じなんじゃねぇか?」
ダラスの一言はエリスに衝撃を与えた。まさにシュウの態度は言い得て妙だと思ったのだ。
「妹……。妹キャラ…。それはそれで…。いや、それじゃあダメ…。」
「お、おい、リーダー。どうすんだ、コイツ。ブツブツ訳のわからねぇことを言い始めたぞ。」
「うっ…。まさかここまで重傷だとは思わなかった。おい、チョボ。いや、エリス!」
ダラスにエリスと言われて悩める女の子エリスは我に返る。
「お前は少し気を張りすぎだ。自分の部屋へ行って、自分の中でどうしたいのか整理したらどうだ?」
ダラスに言われてエリスは考える、確かに今の自分は周りが見えていない。少し落ち着くべきなのだ、と。
そして、エリスは自分の部屋へ戻るとシュウのことを考え始めた。
ルストにいた時はこんなにシュウのことを考えることはなかった。しかし、イヴンへの旅でシュウとの距離感を意識したことでエリスは自分の想いを何となく気付くことになるのだった。ここ最近はシュウのことばかりを考えてしまう。そして、シルフィードとの関係も。
エリスにとってもシルフィードは容姿端麗で女としての魅力に溢れた人物であった。イーヴリンのような気品も感じさせつつ、オルレアのように凛々しく真っ直ぐな性格をしている。
これまで自分の闇を抱え込んでいたエリスにとって、シルフィードは眩い光を放っているのである。それこそハマンで見せた金色に輝いたシルフィードを見た時は、それが具現化したかのように感じていた。
そんな自分と比べればまさに光と影のようなものである。光は煌々と輝き人々を魅了するが、影はひっそりと隠れるだけしかできない。
エリスは考えれば考えるほどに自分のみじめさを意識していくのであった。
「エリス、起きてる?」
誰かがドアを叩く気配がしてエリスは目覚める。いつの間にか寝てしまっていたらしい。
声の主はシュウであった。シュウはエリスに断りを入れてドアを開けるとその顔を覗かせる。
「大丈夫?具合悪いところでもあるの?」
「ううん、大丈夫。それより帰ってきてたんだね。」
「だいぶ前にだけどね。これから夕食なんだけど、給仕の人が声を掛けても部屋から返事がしないって心配してて、それで僕が来たんだ。」
そう言われて窓を見ると外はすでに暗闇に包まれていた。通りで部屋の中が暗いはずである。
「ごめん、うたた寝しちゃってたみたい。すぐに行くから先に行ってて。」
「あぁ、分かった。待ってるよ。」
シュウが返事をして出ていこうとするところにエリスは声を掛ける。
「待って。…。買い物は楽しかった?」
「ん?そうだね、楽しかったよ。お土産を買うために食器屋さんへ行ったんだけど高級品ばっかりでさ、ビックリしちゃったよ。」
「そう、食器屋さん。何か良いものは買えたの?」
「あぁ、可愛らしいティーセットを買えたよ。あれならきっと喜んでくれると思うんだ。」
食器屋などエリスは生まれてから入ったことなどない。そもそも富裕層を相手にする店なので自分など相手にもされないのだ。それがシルフィードとともに選んだ食器を買って嬉しそうにしている。喜んでくれる、とはシルフィードに贈るために買ったのだろう。本当に自分のことは眼中にないのだな、とエリスは一人憂鬱な顔をしてしまう。
「どうしたの?やっぱり調子が良くないんじゃない?よく見ると顔色も悪いみたいだ。」
シュウが心配するが、ここで近づかれると泣かない様に我慢していた気持ちが溢れ返ってしまう。エリスは極力気づかれない様に努めながらシュウに答える。
「本当に大丈夫だから。心配してくれてありがとう。良い買い物ができて良かったね。相手も喜んでたでしょう。」
「はは、喜んでくれるかはこれからだけどね。あと人形も漸くできたから見てきたけど良い出来だったよ。あれなら満足してくれると思うんだ、メアリーお嬢様も。」
「……。え?メアリー、お嬢様…?」
「え?そうだけど、何で?僕、変なこと言ったかな。
あ、そうだ!本当は食事のあとで渡そうと思ってたんだけど。これ、お土産。髪留めなんだけど、エリーの髪に似合うと思って買っちゃった。エリーは外で付けないかもしれないけど、部屋の中で使ってくれると嬉しいな。」
「私に、お土産…。私のために。」
シュウから受け取った髪留めを眺める。それは鉄製のピンで留めるバレッタであった。小さいながらもリボンの形に調えられ、所々に細かく施された刺繍がアクセントとなっている。真珠のようなものも付けられており高級感を感じる仕上がりとなっていた。
「気に入ってくれると嬉しいけど、気に入らなければ売り払っちゃっても……。」
「売らない!絶対に売らないから!」
反射的に答えていた。自分のことなど片隅にも置いてくれていないと思っていた先ほどまでの自分が恨めしいほどに、シュウは自分のことを考えてくれていたのである。こんなに嬉しいものを手放すはずがなかった。
「ありがとう。さぁ、食事に行こう。皆が待ってるよ。」
そう言ってシュウはダイニングへ降りていくので、エリスも貰った髪留めを握りながら付いていくのだった。
◇◇◇
それから数日が経ち、ついにルストへ帰る日がやってきた。
公爵となったルストとアルスカイン特別侯爵はそれぞれの部隊を引き連れてすでに立っている。そのため出発は蒼天の牙一行のみとなるが、見送りには何とイーヴリン時期女王が駆けつけていた。
「イヴ、来てくれるのは嬉しいのだけれど、時期女王陛下が簡単に冒険者の見送りに来ては他の貴族に示しがつかないのではないかい?」
「あら、クリス。今日の私はお忍び。冒険者イヴとしてここへ来てるんです。謂わば冒険者同士の結束なのですよ。誰が咎められましょうか。」
「イヴ、城から馬車で来ておいてお忍びというのは些か無理があるよ。まぁ、嬉しいことは確かだから今回は目を瞑っておくよ。」
クリスも本気で怒っているわけではないので最後は笑ってイヴへ感謝を伝える。
「それにしてもシルとチョボの奴は遅いな。もう出発だってのに。」
「噂をすれば、来たみたいですよ。」
現れたのはシルフィードと……。長い髪を靡かせてリボンの髪留めをしたエリスであった。格好もいつもの男装ではなく、女性の冒険者がするようなキュロットを履きシャツに革製の胸当てをしている。両サイドから三つ編みを作り、後ろ髪と一緒にバレッタで束ねている姿が実に女性らしい。
「おいおい。どうしたんだ、急に。あの洟垂れが随分と色っぽくなりやがったじゃねぇか。」
ガジは小馬鹿にするようなことを言っているが、顔はとても優しく微笑んでいる。
「ふん、兄貴は私の魅力がわかってなかっただけじゃないの?ちょっと格好が変わっただけで見る目を変えるなんて、そんなことだから乙女心がわからないんです。」
エリスはどこか誇ったかのようにガジへ微笑み返す。
「とても似合っているよ、チョボ。その三つ編みはどうしたんだい。」
「シルにやって貰ったの。そのうち覚えて自分でできるようになりたくて。それから!私の名前はエリス!皆、男装していないときはちゃんとエリーって呼んでよね!」
エリスが男装して偽名を使っていたのは野盗に攫われて以降の自分を守るための手段だったからだ。ダラスとクリスに救われた後も野盗との暮らしから一種の男性恐怖症のような状態となり、中々女性らしい恰好をすることができなかった。
ここで男装でない恰好をできたのはシュウのおかげ、だけではない。信頼できる仲間がこれほどまでに出来たからだった。
「ふふ。本当に似合っているぞ、エリー。」
「えぇ、リボンの髪留めもその黒髪に良く映えています。私も真似しようかしら。」
「うん。綺麗だよ、エリー。」
だが、シュウに言われるとつい顔が赤くなってしまうエリーなのである。
「……。雪ですね。」
空からは山岳地帯としては遅めの雪が降り出していた。
「よし!それじゃあ出発するか!」
ダラスの一言で全員が馬車へと乗り込む。一行は見送りにきてくれたイヴへ、馬車から身を乗り出して手を振る。その手はイヴの姿が見えなくなるまで振り続けられるのだった。
次からは本編に戻ります。




