第56話 秘めたる力
――――宝竜が目覚める少し前
「おりゃあ!」
広場から脱出した一行は、袋小路へ入らないように気を付けながら市中を駆け巡り敵の追撃を何とか捌いていた。
「おい、こいつら意識がはっきりしてやがるぞ!」
先ほどまでは皆統一された鎧姿で虚ろな目をしていた兵士たちが相手であったが、今は皆疎らな格好をしており、その雰囲気は傭兵のようであった。声一つ発しない兵士たちと違い、彼らは互いに声を掛け合い意思疎通が取れている。だからといって、交渉に応じる様子はなく追撃の手が緩まる気配もなかった。
「てめぇらを殺せば国家予算の半分が手に入るんだ!一生遊んで暮らせる金が入るってのに、おめおめ逃がすわけねぇだろうが!」
「取り付く島もない、か。仕方がない、何とか隙を見つけて街の外へ抜けよう。」
「すみません、私がもっとお役に立てればよかったのですが。」
「何言ってんだ!広場の働きだけでも十分役に立ってるってのに、よ!」
ガジは斬りつけながらジルベスターへ声を掛ける。
「そう言うことです。隙を作るなら遣りようはいくらでもあります。」
「チョボ、僕が合図するまではそれを使うのは禁止だからね!」
「えぇ!?今使わないでいつ使うんですか!?」
「チョボ、あなた可愛らしい顔をして意外とお転婆ですね。もう少しで城壁門が見えてくるはずです。先ほど教えてくださった例の物を使うのであれば門が近くにある方が効果的ですよ。」
イヴが魔法で敵を牽制してオルレアが斬り込み、敵から奪った弓矢でセズが援護をする。ダラスとガジ、ジルは三人互いに背中を守り合い、残る二人が援護する形を取っていた。
一行は敵があまり密集することができないルートを上手く辿り城壁が見える位置を進んでいる。そして、漸く待ち望んでいたものが目に入った。
「見えた!イヴ、頼む!」
クリスの合図でイヴが魔力を練りこむ。そして、前方の敵に向かって上級魔法を放つ。
「〈ストームブラスト〉!」
鉄扇から伸びた竜巻は『エアロブラスト』よりも広範囲の敵を吹き飛ばし一本の道ができる。イヴは疲弊するが、ここが踏ん張り時と悟り、皆の足を引っ張らないために精一杯走り続ける。
だが、敵を吹き飛ばしてできた道も新たな敵が沸いて現れすぐに塞がれてしまう。だが、これがクリスの思い通りの形であった。
「チョボ!」
「いっけぇ!!」
チョボが投げた魔石はシュウの魔法が詰まった特別製である。赤く煌々と輝きを放つ魔石は敵が群がる中へと入っていった。
「〈ホーリーシェル〉」
皆はクリスを中心に出来る限り密集隊形を取り、クリスの魔法障壁へと逃れる。クリスが障壁を展開すると同時に目の前で大爆発が起こり、城壁門は木っ端みじんに吹き飛んでいた。
「皆、走れ!!」
ダラスの掛け声で一行は全力疾走する。貴族としては珍しいことに体を動かすことを好んでいたイヴも辛うじて付いてこれていた。敵も四散している今がチャンスである。あと少しでこの包囲を抜けることができる。
ダラス達は城壁門まで一歩手前の位置まで来て包囲から抜けることを確信するが、現実は甘くなかった。
空から何者かがいきなり舞い降りてきて、敵味方ともに吹き飛ばしてしまう。ダラスが周囲を見渡すと城壁門は遥か後方へと遠ざかり、門の前には一人の男が立っていた。
「くくく、折角のご招待なのに主催に挨拶もなく退場とはつれないですね。」
それはヴィクターであった。だが、今まで見てきたヴィクターとは外見が異なっている。
肌は褐色となり髪は白髪、耳が尖りまるでエルフのような見た目となっていた。背中には飛ぶために顕現させたのか黒い翼が消えかかっている。
「やはりダークエルフ種でしたか。」
ジルベスターから耳慣れない言葉を聞き、ダラスが悩ましい顔を浮かべる。
「だーくえるふしゅってのは何なんだ?」
「悪魔の種族名です。先ほどシル様を連れ去ったのはドラゴノイド種、ドラゴンを使役する種族でした。しかし、彼はまた別の種族になります。ダークエルフ種は我々エルフ種に見た目がよく似ているため、文献にはエルフ種こそが悪魔であると誤って記述されているものもあるほどです。エルフが忌み嫌われる理由もそこにあります。
彼らは精神を操る魔法に長けています。先ほど見せた『テンプテーション』は耐性がないと簡単に精神を乗っ取られてしまう凶悪なものです。そして、力が開放される際は背中に黒い翼が顕現することも特徴の一つ。まるで転生者のように、ね。」
「つまり紛いもんの良いトコ取りなわけか。」
「見た目だけでそのような言われようは心外ですね。エルフのあなただってそうなのではありませんか?」
「確かにあなたと同族と思われることは吐き気がしますね。こんなことで悪魔と気が合うとは皮肉なものです。」
ジルベスターがヴィクターと嫌味の応酬をしている頃、クリスはイヴと小声で作戦会議をしていた。
「ここまで来たらアイツをやり過ごす外にない。イヴ、また上級魔法を放つことはできるかい?」
「威力は先ほどよりも劣りますが、放つことは可能です。ですが、正直あの悪魔に私の魔法が聞くとは思えません。それよりも、オルレア。あなたに伝えておくことがあります。」
「はい、何なりと。」
「その剣のことです。その剣は豊穣の姫が愛用していたもの。あまり知られていませんが、破邪の剣とも呼ばれていました。その剣の名をあなたに教えます。」
「な!?しかし、私のような一介の騎士にそのような真似をされては後々災いの種になるとも限りません。」
「後のことより今が大事なのです。良いですか、その剣は必ずやあなたに応えてくれます。自信を持ちなさい、紅騎士オルレア。」
「……。はい!」
「では伝えます、その剣の本当の名は……。」
「さて、そろそろ話を戻しましょう。愉しい遊びもクライマックスです。フィナーレはそれにふさわしい催し物で締めくくらねばなりません。さぁ、存分に驚き、恐れ、慄きなさい!」
ヴィクターは高らかに宣言すると再び背中に翼を顕現させ指を鳴らす。すると足元から淡く黒い光が浮かび上がり近くにいた傭兵たちが苦しみだした。
「なんだ!?何が起きてやがる!?」
「これは!?まさか、オルレア隊長!」
「あぁ、これは恐らく贄の儀式だ。私はフィフス城で敵が同じように苦しみだしたのを見た。そして、全員が倒れた後に現れたのはドラゴンの群れだった。気を付けろ、皆!」
オルレアの言葉に一同は戦慄する。光を辿るとこの魔法陣は街全体を包んでいる。そして、この街には先ほどまで戦っていた兵士や傭兵がゴマンといるのだ。そのすべてを贄としているとすればどれほどの数の群れが出現するのか想像もできなかった。
やがて魔法陣の光は徐々に収まっていき、周囲に木霊していた苦しむ声も今はなく不気味な静けさだけが残った。
「くくく、あのような雑魚どもをこの大事なクライマックスに呼ぶはずないではありませんか。」
「では何をしたというんだい。まさか不発だったわけでもないんだろう?」
「えぇ、もちろん。これからもっと相応しいものが登場しますよ。そう、この地には特に相応しいものが、ね。」
ヴィクターは不敵な笑みを浮かべながら意味深な言葉を重ねる。その言葉が言い終わるかどうかというタイミングで爆発音にも似た轟音が聞こえ、山の方から一本の黒い光が立ち昇った。
「今度はなんだ!?」
『グゴォガァアオオウゥ!!』
もはや疑う者はいなかった。黒い光の柱が消えたあとに現れたのはドラゴン。それも城の天辺まで届いてしまいそうなほどに巨大なドラゴンであった。
「そんな……。まさか、今度はあれと戦えってのか?」
「いやいやいや、それは無理!ぜっっったいに無理!あっしは逃げるに一票ですよ!」
「俺もチョボの意見には大賛成だ。だが、それをアイツが許してくれるかどうか。」
ダラスの視線の先にはもちろんヴィクターがいる。ヴィクターをどうにかしなければ逃げるどころかここから離れることもできなかった。
「くくく。さて、私に殺されるのが先か、ドラゴンに踏みつぶされるのが先か。私としては折角の宝竜復活なのです。是非勇ましくドラゴン退治に赴いて貰いたいところですね。」
「余裕ぶりやがって…。あれと戦うんならまだお前と戦う方が幾分かマシってもんだぜ。」
「はぁ、脳みそが足りないと本当につまらない結論になるものです。私を愉しませるために踊ろうという気にはならないんでしょうか。」
「ふざけるなよ、舐め腐って痛い目みやがれ!」
「全部が全部お前の思い通りになると思うな。」
一行は四面楚歌のこの状況を天秤にかけて、一か八か街を抜け出す方を選択する。しかし、相手は強敵なうえにこれまでの逃走劇で皆の疲労はピークに達していた。魔法も放ち続けていたので期待できない。ジルベスターは広場での百人斬りが尾を引いており、まともに動けるのはダラスとオルレアくらいのものであった。
「…。行くしかねぇか。おし、勝負だ!」
ダラスは銀色の闘気を放ち駆け出す。ヴィクターは未だ構えもせず棒立ち。ダラスは大剣を大きく振りかぶると直前でコースを変えて横合いから攻撃を仕掛ける。
「はぁ、やはりその程度でしたか。」
ダラスの渾身の一撃は無情にも片手で受け止められてしまう。さらには大剣を掴まれて動かすこともできなかった。
「はぁ!」
そこを逆サイドからオルレアが攻める。だが、ヴィクターは大剣ごとダラスをオルレアに投げてこれを防ぐ。ダラスとオルレアは共に後方へと飛ばされてしまった。
「シッ!」
「ぜあ!」
「〈ホーリーレイ〉」
「〈ウィンドカッター〉」
ダラスとオルレアが飛ばされると同時に皆も一斉に動く。ジルベスターが突きを繰り出し、ガジが首を狙い、クリスとイヴは魔力を絞り出し最後の魔法を放つ。
「克!!」
ヴィクターは気合とともに黒い靄を含んだ突風で群がる者たちを一蹴する。チョボとセズも残った魔石と矢を浴びせるがその悉くが吹き飛ばされてしまった。
「もう良いでしょう。まずはこの死の旅路を決めた王女殿下から、責任を取ってもらうとしましょうか。」
ヴィクターは腰に佩いていたレイピアを抜き構えると照準をイヴへ合わせる。そして、十分に間を溜めてその恐怖に満ちた顔を愉しんでから………地面を蹴った。
その速度により一瞬でその間合いを詰めるとレイピアがイヴへと襲い掛かる。
しかし、初撃は間に入ったセズによってイヴまでは届かなかった。セズは肩を貫かれ苦痛の表情を浮かべるが、それでも引こうとはしない。一兵卒であれ、騎士としての誇りだけでその場に立っていた。
「雑魚が余計なことを!」
ヴィクターは構わずセズごと横に振るとセズは勢いよく飛ばされていく。
「セズ!」
「今度こそこれで終わりです!」
今度は邪魔されないために間を空けず直ぐ様イヴを狙いレイピアを繰り出す。
「……。まったく、あの無能はほとほと癇に障ることをする。貧弱な女一人仕留められないとは、誇り高き龍種が聞いて呆れる。」
ヴィクターはここまで駆けつけてきた者によって後方に追いやられていた。その者は白金髪を靡かせて風のように素早く間に入るとヴィクターを突き飛ばしたのだ。
「シル様…。」
「皆、待たせた。あとは私に任せるといい。」
駆けつけてきたのはシルフィード。シュウと別れてから精霊術を使い、木々に道を譲ってもらったうえで最短距離を全力で駆け抜けてきたのだった。
「あそこにはカーンもいたはず。どうやって抜け出してきたかは知りませんが、わざわざ死にに来てくれるとは見上げたものです。」
「今は時間が惜しい。お前如きと問答をしている暇はないんだ。…。いくぞ。」
「な!?私を指してお前如き、だと!?そのような無礼は……。」
ヴィクターの言葉は最後まで続かなかった。それは一瞬。
前に立っていたはずのシルフィードが、いつの間にか己の背後にいると感じたときにはすでに決着はついていた。ヴィクターが隠していた能力を出す暇もなく、その首は胴から離れていた。
「光ってる…。綺麗……。」
シルフィードの体は金色の闘気を纏っていた。煌々と輝き後光のようにさえ感じるほどに神々しい光。それは闘気を操る者にとって伝説とも言われている、武芸の神髄まで極めし者にのみ宿るとされる闘気の色であった。
光に包まれたシルフィードをただただ見つめながら、オルレアは誰に話しかけるでもなく呟いていた。
「………。金色の、剣士…。」
レガートでの伏線が回収されました。よかったよかった。




