第51話 続・クージル国内部調査隊
す、滑り込みセーフ……。
【クージル国 首都ハマン】
クージル国はペリシェ王国同様に首都と周辺に小さな村がある程度の小国である。
民家はモルタルを剥き出しのまま塗り固めたような外壁で真四角の造りをしているのが特徴的である。城壁は石材で強度を増しているが町全体の防備としては王国の城壁都市に劣るものであった。
今、蒼天の牙一行は町外れにある集落に来ている。捕虜から事前に場所を聞いて赴いたのだ。
ここは貧民街。
民家の壁は崩れているものが多く雨を辛うじて防げる程度。壁が崩れていない建物も扉や窓はなく、簾で目隠しをしていた。
周囲には腐臭が漂い、お世辞にも衛生的とは言えない状況である。
「酷い…。ここで暮らすには完全にキャパシティを超えている。」
「とにかく代表者に話を聞きましょう。この国の惨状は心苦しくありますが我々は王国の人間です。決して目的を忘れないように。」
イーヴリンの言葉は施政者の言葉そのものである。最も優先すべきは王国の利益であり、ここへは脅威の排除のために来ているのだ。他国の状況に構っている暇はない。
一行は貧民街の奥へと進んで行く。見知らぬ団体がいきなり現れたことで、現地の者たちは警戒するように民家の中から遠巻きに一行が通り過ぎるのを見ていた。
さらに奥へ進むと広場に突き当たる。広場には民家に入れず溢れてしまった人々が簡易的なテントを広げていた。
「さて、どうするか。市内の様子を聞こうにも誰も取り合ってくれないんじゃ探りようがないな。
外にいる奴に話しかけてもすぐ逃げられるんじゃ代表者が誰かもわからん。」
ダラスが途方に暮れるように口を開いたところに、若者を引き連れた老婆が一行のほうへやってきた。
「ぬしら、街の人間か?」
「街…。いや、僕らは蒼天の牙という冒険者パーティで首都には初めてきたんだ。ここは随分と沢山の人たちが暮らしているようだけど、普段からこんな感じなのかい?」
「ふむ、冒険者とな。
わしはここで住人たちを取りまとめていた婆じゃ。
元々ここは街の暮らしに馴染めなかった者たちの掃き溜めであった。快適とはお世辞にも言えなんだが、貧しいなりにも自給自足も前元首に認められ元から住んでいた人数くらいは飢えることなく暮らせていたんじゃ。
それが元首が変わったことにより街にいた連中がここで暮らすようになった。
街の連中がそれまで貧民同士で助け合っていたところに自分たちのルールを押し付けようとしてきおったことで、この貧民街はまとまりを失ってしまったのよ。
まとまりを失えば暮らしが荒れるのも必然。食糧も全員にゆき渡るはずもなく、今の惨状になるのに時間は掛からんかった。
グングバがおれば、こんな横暴は許すはずがなかったのにの。」
「それじゃあこの広場に暮らす人たちは街の人たちというわけか。確かに着ている服が違うようだね。
僕らは、ある人に街の様子を見てくるように頼まれたのだけれど、ここに暮らしている人たちから話を聞いても問題ないかい?」
「この広場にいる連中なら好きにするがいい。ただし、民家に暮らす者たちが被害に遭うようなことがあれば若いもんが黙っとらんでな。気をつけることじゃ。」
「寛大な判断に感謝するよ、お婆様。」
クリスと一同は頭を下げてその場を離れる。
それから広場にいる街の出身者と思われる人々に聞き込みを行うが捕虜から聞いた話が大半で新たに得られた情報はなかった。
「事前に聞いていた通りここにいる全員、徴兵されると同時にここまで追いやられたようだな。現在の街がどうなっているか分からないとなると俺たちの目で確認する他ないわけだが正面から行くのは正直怖いな。」
「そうだね。話を聞く限りでは民間人が中にいる可能性は少ないだろう。となると、兵士が防備を固めて要塞化されているとも考えられる。」
「ですが、市内を探らないわけにもいきません。まずは城壁の外から内部を窺えるか確かめてみるべきではないですか。」
皆でこのあとの行動を話し合っていると子どもが近寄ってくる。
「この手紙、お城の人から。」
その手には手紙が握られており、手紙を検めると差出人は『国家元首カーン』とあった。
「坊や、この手紙はどんな人から受け取ったのかしら。」
イーヴリンが聞くと男の子は少し考えてから答えた。
「背が高くて髪の毛が長いおじさん。難しい喋り方してた。」
「そうですか。わざわざ届けてくれて偉いですね。」
イーヴリンが笑顔で礼を言うと男の子は嬉しそうに駆け去っていった。
手紙を受け取ったクリスが中身を読むと口を開く。
「さて、どうやら国家元首様からお誘いのようだ。手紙には『王国から観光に来られた皆様を市内案内する』とある。向こうにシュウ並みの察知系スキルを持っている者がいるか、この貧民街に諜報官がいるのか。どちらにしてもタイミングが良すぎる。こちらの行動は筒抜けと見て良いだろう。」
「それであれば出向く外なかろう。あの子供が言った特徴はヴィクターとかいう男の特徴に似ている。本人が手渡したとは考えづらいがあの男はどこか人を小馬鹿にして愉しむような性格のように感じた。
わざと自身の特徴を言わせて私たちの選択肢を失くすことはしてもおかしくない。」
「だからって無策で突っ込んで兵士に囲まれでもしたらヤバいんじゃねぇか?」
「えぇ、さすがに我々でも数で押されれば抗いきれません。全員が生きて帰ることは難しいでしょう。」
手紙を読んだあと目を閉じて皆の意見を聞いていたダラスだったが、暫しの沈黙ののちにゆっくりと口を開いた。
◇◇◇
「くくく。さて、奴ら来ますかね。」
「何故あんな回りくどいマネをする。オレ様とお前が出向いて終わりじゃねぇのか。」
「そんなことだからあなたは大雑把だと言うのですよ。
これはつまり遊びです。奴らに送った手紙には『この誘いを断った場合、貧民街の住人を遥か遠くへ旅立っていただく準備がある』と記載しています。王女イーヴリンであればこれの意味する所は分かっているでしょう。
奴らが名も知らない貧民街の連中を見捨てるか、正義感に駆られてノコノコとやってくるか。見ものだとは思いませんか?」
「はっ!オレ様にはお前の悪趣味のほうがどうかと思うがな。いずれにしてもあのエルフはオレ様の獲物だ。お前には他をやるから絶対に手を出すんじゃねぇぞ。」
「はぁ、この志向なる遊戯が理解できないとは嘆かわしいことです。この心理の先に行きつく結論こそが人間という種族の本質なのですよ。私としては知らぬ人間など見捨てるほうを選びますが、奴らは倫理観や道徳が合理的決断を邪魔する傾向にある。このエクロキア大陸において聡明と名高いイーヴリン王女が情に流されるのか、これは実に興味深いとは思いませんか。」
ヴィクターは恍惚な笑顔を浮かべ、バルバドスはその顔をみて苦虫を噛んだような表情を浮かべる。バルバドスもヴィクターの強さは認めているが、同族とはいえこの趣味には付き合いきれなかった。
そして、貧民街に放っていた偵察隊が報告に現れる。
「閣下。招待客が現れました。」
その報告を聞いたヴィクターはその端正な顔をぐちゃぐちゃに歪ませながらほくそ笑むのであった。
区切りの問題で細かく刻みたいと思います。
流れ的に仕方ないとはいえ、もっとライトなほうが書いていて楽しいですね…。
そろそろ主人公が登場する……かも?




