第50話 クージル国内部調査隊
【クージル国 国境付近】
この国は古くから国家元首に全権が与えられている独裁国家である。
国家元首が法で在り全ての中心となるため、その権力をめぐっての争いは絶え間なく続いていた。グングバは貧民街の出身で何か特別な出自を持っているわけでもない。それでもそのカリスマ性で周囲の人間を巻き込み国家元首の座を手にした実力者であった。
そのグングバであるが、先のフィフス城での戦いでその生涯を突然終えてしまう。前線で戦っていたグングバであったが、劣勢となり城へ逃げ込んだ際に何かが反応して城にいた味方と共に絶命してしまったのだった。
では、なぜグングバはそんな場所にいたのか。それは、新たに国家元首の座についた者の命令だったためである。
新政権はグングバ政権を崩壊させるばかりでなく、グングバを敢えて手駒として生かしていた。後にそれは全国民を動員して行うことになるナインフォセア王国侵攻のためであったわけだが、グングバを生かすことで旧政権の連中に人質としての価値を見せつけ従わせることも要因のひとつだった。
新たな国家元首の名は『カーン』。シルフィードと対峙したドラゴノイド種バルバドスを迎えにきたヴィクターという男が発していた名である。
ナインフォセア王国もクージル国で何かが変化し始めていたことは察知していた。しかし、幾度となく偵察隊を派遣しても成果は得られず、深く潜り込もうとした者は誰一人帰ってこなかった。
当初、今回の侵攻でクージル国の総人口が動員されたと思われていたが、実際には子供の姿はなかった。それはカーンが隣国を落として連れてきた兵士を組み込んだためであり、戦力にもならない女子供は選定されて町外れの貧民街に捨てられたのだという。
イーヴリンは捕虜からこれらの情報を得て、クージル国調査隊の派遣を決断する。その調査隊を任されたのは……。
「なんであっしたちはいつもこんな役回りなんでしょうね。いくらなんでもこき使われ過ぎだと思うんですが。」
「チョボ、そう言わず仕事だと割り切れ。こいつが王家の命令である以上、断ることなんてできないんだからな。」
「それにしても俺らだけで調査だなんて無謀なんじゃねぇか?」
「私もガジが言っていることに賛同します。いくら冒険者でも偵察に適したものは他にもいたでしょうに。」
「ジルもガジも、そう言うな。確かに偵察だけならもっと巧みにこなせる者はいるが、相手がドラゴンではシルとジルが居なければ絶望的だろう。そう考えれば、フィフスに集まった者の中で俺らが一番の適任者であることは誰の目から見ても明らかってもんだ。それに、この調査には紅騎士も同行してくれた。王女様の脅しのせいで巻き込まれちゃいるが、ドラゴンと渡り合える戦力がいてくれることは心強いだろ?」
「ふふ、ダラスも口が上手くなったものだな。だが、これも王女殿下のご厚意に報いるため、私は殿下に脅されたなどとは思っていないよ。皆の足を引っ張るような真似はしないので安心してくれ。」
オルレアは笑いながらそう言うが、クリスは一人不貞腐れた顔をしていた。
「オルレアがそう思っていたとしても、やはりやり口が汚いんじゃないか?それに、わざわざ僕らの負担を増やすような真似をするなんてどうかしている。今からでも遅くない。セズとともに君は城へ帰ったらどうなんだ、イヴ?」
指摘すると一行の真ん中にいた人物は不敵に笑いながら被っているフードを外す。そこにいた人物はイーヴリン王女その人であった。
「あら、クリス。ずいぶんと親し気に話しかけてくれるのね。私も学生時代に戻ったようで嬉しいわ。」
イーヴリンは普段使う貴族令嬢の話し方ではなく、比較的砕けた話し方をしている。これは貴族学校時代に仲良くなった庶民派の貴族から教わった話し方である。
皆の心配を余所にイーヴリンは観光にでも来たかのように燥いでいた。普段王都か自身が治める支配地に籠ることしか許されないため、こんなに自由に動き回れることは滅多になかったのである。
「王女殿下、ここはすでに敵地となります。ドラゴンを召喚する魔法陣が仕掛けられている可能性もありますので、警戒だけはしていてください。」
「オルレア、あなたは敵地と言いますが、王女殿下などと言ってはカモがネギを背負ってくるようなものではなくて?クリスチャーノのことはクリスと呼んでいるのでしょう?私のこともここではイヴと呼びなさい。」
イーヴリンはオルレアに指さしながら指摘する。さすがのオルレアもこれには戸惑ってしまった。
「い、いえ……。しかし、それは…。」
「いいから!これは命令です。他の皆も同様ですよ?今の私は冒険者イヴ、これがいいわ!あとで登録証も手に入れようかしら。」
楽しそうに燥ぐイヴを尻目に他メンバーは深い溜め息を吐く。
「セズ、イヴのことをよろしく頼む。……。目を離すなよ。」
クリスに釘を刺されたセズは心の中で悪態をつきながら返事をする。
このメンバーで行動するにあたり王女の護衛を付けないわけにもいかないため仕方なくセズを同行させたのであるが、本人としては護衛ではなく子守りのように感じていた。まるでメアリーお嬢様を相手にしているかのように、無邪気にふらふらとどこかへ行ってしまう王女を追いかけるのに辟易としていたのである。
ドラゴンを相手に護衛などどうやってするのか、と一人ぼやいてしまうのも無理はなかった。そう言った意味ではイヴが同行したことによる一番の被害者はこのセズであろう。
◆◆◆
――――二日前 フィフス城 会議室
「――――以上が今回の戦果と捕虜からの情報となります。」
イーヴリンの側近が報告を終えると会議室に集まった者は皆、思案気な顔をしていた。味方の被害が想定よりも甚大であったこともあるが、捕虜が二千人もいるのはどう考えても多い。当然砦や城の牢獄に閉じ込めて置ける人数ではないので、現在は一か所に集めて諸侯の軍が持ち回りで見張りを続けている有様なのだ。皆先の戦闘で疲弊しているため捕虜の処遇を早々に決めなくてはならない。
「皆の考えは理解しています。まずは捕虜をどうするか。こちらを決着させましょう。」
「殿下、あれらは栄誉ある王国に牙を剥いた蛮族どもです。そのような者たちに慈悲を与える必要などございません。」
「しかし、二千人を処罰すれば世間から何と言われるかわからんぞ。」
「とはいえ、難民にも近いあの者たちを全て受け入れては、受け入れ先の治安や経済が揺らぐことになる。わが領地にそんな余裕はない。」
各領主が意見を出し合うが一向に結論が出る様子はなかった。ここで口を開いたのはツィワン侯爵である。
「ここは各領地に捕虜を割り振ってはいかがかな。ワシの領地で半分を受け入れよう。他を各領地に均等分配すれば経済にも影響は少なかろう。」
集まった領主は一様に難しい顔をする。どうにか断る口実を作りたいが、侯爵が一千人も引き受けると言っている手前で拒否すれば後々国王陛下からどんな処罰が下るかわからなかった。
「そうですね。陛下には私からその案で話しておきましょう。それと、フィフス領はフィフス伯爵が戦死されたため治めるものがいません。フィフス伯爵の息子が正式に伯爵を継ぐまでは直轄地扱いし、この地に手出しすることを禁じます。」
「では捕虜の処遇はそれとして、ナインフォートから正規軍が来るまではこのまま持ち回りで見張りを続けますか。」
領主の一人がこのまま駐屯を続けなければならないか、とイーヴリンに確認する。彼の領地は現在深刻な食糧難に陥っているためあまり長い間の遠征は望ましくない。今回の作戦に参加した理由も褒美として食糧支給をもらい領民の困窮を少しでも和らげるためであった。
「皆長い間領地を空けて不安でしょう。昨夜ナインフォート正規軍から早馬が来ました。もう二日もすればこちらに到着するとのことです。そのため、ここにはワタクシの部隊とツィワン正規軍を残し、本日を以て作戦本部を解散とします。各々、準備ができ次第お戻りなさい。後日陛下からの褒賞があるでしょう。」
会議室にいる者たちから安堵の溜め息が漏れだした。皆、自領のことが気になってはいたが王女からの許しなく帰ることもできなかったので、どうしたものかと頭を悩ませていたのだ。
「では、次の議題に入ってもよろしいかな、姫様。今回の敵の行動はあまりにも不可解すぎる。姫様はこれをどう見られる。」
ツィワンの質問にイーヴリンは躊躇うことなく答える。本来、王家から許しを得ずに質問をするなどあってはならないことであるが、ツィワンはアダムズが青年だった頃からの忠臣であるため多少の無礼が許されるのは暗黙の了解として周知されていた。
「予想もつかない、というのが正直なところです。王国諜報部の耳に入る前に隣国を落としたうえでクージル国を掌握し、遠征軍まで組織しました。カーンという男、相当の切れ者とみて間違いありません。」
「そうじゃな、手際が良すぎるほどに全てが早い。単純な力技だけではこうまですんなりとはいかんじゃろう。これが悪魔の力なのかは不明じゃが、少なくとも一万人を従えるだけの実力はあるようじゃ。」
「ヴィクターと呼ばれた男とバルバドスと名乗る青年の会話から察するに、この戦争は侵略だけが目的だったとは思えません。バルバドスはフィフス城を捨てても問題ないと発言していましたし、ヴィクターは城に残した兵士たちを贄にしたと言っていました。」
イーヴリンから砦側の出来事について話が出たため、オルレアから城側の様子を報告する。
「ここへ入ったとき、無傷の死体がそこかしこに倒れていました。皆まるで魂を抜き取られたかのように白目を剥き、苦しむような顔をしていたのを覚えています。さらに、死体を見聞して無傷の死体には同じ文様の火傷があることが分かりました。贄にした、というのはその文様が関わっているのかもしれません。」
オルレアの報告にツィワン侯爵も頷く。
「ワシは町の周囲を見聞したが、お主らも知っての通り街は瓦礫の山と化し、城に至っては半壊状態。とてもすぐに復興できるような状態ではない。いくら攻めることが目的としてもこれはあまりにも非効率じゃ。
フィフス伯爵の倅の話では敵は逃げる難民には見向きもせんかったという。
支配が目的であれば、ある程度の経済基盤と防衛力は残しておくもんじゃ。それをせんかったということは姫様の言う通り、あの悪魔たちにとっては出兵自体が重要で他は副産物にすぎんということじゃろう。」
「つまり、閣下は裏に別の意図が存在すると考えておられるのですか?」
オルレアが尋ねるとツィワンは恍けた様な顔で答える。
「さての。ワシにはそこまで判断できる材料がない。直接二人と対峙した姫様はどう感じましたかの。」
「敵の意図までは汲み取ることはできませんでした。ですが、彼らの思考の一部はわかったような気がします。
まず、ヴィクターですが、彼は効率を求める主義のようです。バルバドスが大雑把な仕事をしていたことに対して叱責をしていましたし、目的を遂げるとさっさと退散していきました。これは無駄を嫌う人間によくある行動です。
次にバルバドス。彼は悪魔の中でも精神的に未熟なのでしょう。夢中になると周りが見えなくなるようでした。彼は強者と戦うことに喜びを感じ、それ以外のことにあまり興味を示しませんでした。自身が操っていたドラゴンもやられてしまえばどうでも良い存在と言わんばかりの反応でしたし、冒険者パーティ蒼天の牙が現れてからはワタクシを狙うこともしませんでした。」
「ドラゴンと言えばそやつが乗っていたドラゴンは灰にならなかったとか。魔石に返らない魔物の存在などラド以外に聞いたこともない。」
「いや、それについては私に心当たりがある。我がカルカス国に現れた悪魔は火竜へその体を変化させた。我が国の冒険者が討伐したが、その彼によるとワイバーンよりもさらに強大であったと聞く。
そして、討伐した火竜の死体は灰にならず、そのままの状態となっていた。そのことを踏まえると蒼天の牙が倒したドラゴンは元々悪魔だった可能性がある。」
アルスカインの言葉に王国の領主たちが絶句する。
緘口令を引いていたため悪魔の存在は伏せられていたが、ここにきて同じドラゴノイド種が現れては偶然とも思えない。そのため、国主としてアルスカインは悪魔の存在を公表する決断をしたのだ。
「話を戻しましょう。ヴィクターは最終的にバルバドスだけを連れて去っていきました。ドラゴンの力を使えば味方の兵士たちを助けられた可能性は高かったはずなのに。
効率重視の考えであるヴィクターがそうしなかったということは、今いる捕虜たちは使い捨ての駒でしかなかったということです。」
「ということは、あ奴らの目的はクージル国にあり、本来の目的を隠すためにバルバドスが大きく立ち回っていたとも考えられますな。」
「えぇ、ツィワン将軍の言うことは的を射ている可能性が高いでしょう。ですので、ワタクシから調査隊編成を提案します。クージル国内を探り、悪魔たちの真の目的を本国へ伝えるのです。
ただし、相手がドラゴンを使役していると分かっている以上、諜報部や偵察隊では太刀打ちできません。
そこで、唯一単騎でドラゴンを倒すことができる蒼天の牙にその調査を依頼します。アルスカイン特別侯爵、あなたからそのことを本人たちに伝えなさい。
それからオルレア、これはあくまでもお願いとなりますが、あなたもその調査に同行してほしいのです。あなたもドラゴンを討ち取るほどの猛者と聞きました。その力は必ず彼らの役に立つでしょう。私に借りを返すと思って励みなさいな。」
イーヴリンは笑顔でそう言うが、断ることは許されない空気を醸し出している。借りとは国宝である魔剣を使用したことを指すが、そのことを出されてはオルレアは何も言えなかった。
「それではこれで会議を終了します。最後に皆、よくやってくれました。死地を乗り越えこの場に残った皆をワタクシは誇りに思います。陛下からの褒美は期待できるものとお考えなさい。では、御機嫌よう。」
◆◆◆
こうして会議は終了しアルスカインから蒼天の牙へ報告がなされたわけだが、国境付近まで連れていってもらう馬車の中に王女が隠れていることなど誰が予想しただろうか。
結局、国境まで付いてきてしまったため、一人で引き返させることもできずセズを仕方なく専属護衛として付けたのである。
「はぁ、元々国境までの見送りだったはずなのに、なんで俺まで付いていかなきゃならないんだよ……。」
「セズ、そう言わずに我慢してくれ。ヤッドは私がいない間のまとめ役をやってもらわねばならないし、他の者では実力が追い付かないんだ。信頼できる部下がいることは私としても心強い。ボールドンのときのように助け合っていこうじゃないか。」
「……。口が上手いですね、隊長は。
こうなればヤケです。何が何でも守り抜いて見せますよ、お姫様。」
「うふふ。期待していますよ、私のナイト。」
イヴにそう言われて思わずセズは顔を真っ赤にする。まさか、そんな返しがあるとは思いもよらなかったので油断してしまったのだ。
「はぁ、本当に大丈夫なんだろうか、この調査は。」
「そう言うな、クリス。お前までボヤいたら俺の愚痴を聞く相手がいなくなる。」
ダラスとクリスは互いに不安や懸念点を確かめ、慰め合うようにして肩を落とす。
こうして一行はクージル国へと入って行くのだった。
主人公はどうした……。
次回【第51話 続・クージル国内部調査隊】を投稿します。




