第48話 フィフス城奪還戦線・その2
フィフス城は比較的魔物の出現が多い地域にある。
そのうえ他国からの国境線に面しているため、平原の城ではあるものの外敵からの侵略に対しての備えは万全であった。
それでも数の暴力には勝てなかったか、大した抵抗も出来ずに城は落ち、城主であるフィフス伯爵は討死してしまった。
今度はその城を王国側が奪い返さねばならない。落ちてしまったとはいえ、城の堅牢さは周知の事実である。当初は籠もられてしまうと手出しできないと考えていたが、奪った後に放棄するつもりだったのか城壁は数か所崩されたままとなっていた。
兵士たちが張り付いてはいるものの、これではいくら堅牢な城であっても付け入る隙となる。この勝機をツィワン侯爵が見逃すはずもなかった。
ツィワン侯爵は部隊を三つに分けた。
先鋒は数か所ある城壁の穴から攻め入り城門までの道を作る。
次鋒は城門を破るための工兵とともに城側面に張り付き、城門が破れるとともに城内へと雪崩込む。先鋒を務めた部隊は好機に乗じて次鋒と入れ替わり攻め入るか、次鋒が危なくなった際の支援となる。
最後方には本隊がいざという時の支援、或いは大詰めの余剰戦力として構える戦略を立てていた。
の、だが。
なんと敵は城にいる殆どの兵力を以て打って出てきたのである。
その数は二千八百。攻撃三倍の法則とは籠城戦の際のことを指すのであって、正面から衝突すれば倍の戦力である王国軍に敵が勝てる道理はなかった。
「まったく。何を考えてるんでしょうね、敵の大将は。これじゃあ兵士は犬死するようなもんですよ。」
そうボヤくのはルスト正規軍第三部隊に所属する中隊長セズ。ボールドンから続きそのボヤきは健在であった。その横にはヤッドがオルレアの号令を待っていた。
「それはそうだが、味方が死ぬリスクが減る分には望ましいことだろう。敵にどんな目的があるかは知らんが早期決着することが今は最も大事だからな。」
「まぁ、こんな戦争、長引かせて良い話は一つもありませんからね。敵さんを憐れに思っても相対したら容赦しませんよ。
しかし、隊長は命令があるまで待機と言ってましたけど、この分じゃ俺らの出番はなさそうですね。」
「隊長が不調の今、俺たちが出ないで済むのであれば、それは願ってもないことだ。」
ヤッドにとって最も大事なのはオルレアの面目を保つことであった。
「失礼します。先鋒が敵軍と衝突したとのことです。」
ヤッドの部下が開戦を告げる。その報告を聞いたヤッドはチラとオルレアがいるほうを見てから静かに頷いた。
「どうやら始まったようだね。」
クリスはオルレアが部下からの報告を聞き終えたところで口を開いた。最もオルレアたちの会話が聞こえるよりも前から兵たちの戦う喧騒が聞こえていたので、その内容はただの答え合わせでしかなかった。
「はい。衝突前に行った再編成によって工兵が多く編成された次鋒を先鋒に組み込み味方の数は三千五百になっています。
上手く立ち回れば拮抗する数ではありますが、老練なツィワン閣下の采配では敵も上手く動くことはできないでしょう。」
「ツィワン将軍は数々の戦果を上げているからね。対して戦争経験の少ないクージル軍はどういう意図で正面衝突を選んだのか。」
「城壁の損害を考えると思いの外、破壊箇所が著しかったのかもしれません。
堅牢さを誇るフィフス城でしたから早さを重視した敵が力押しした可能性はあるでしょう。」
「ふむ。確かにその可能性はあるね。だとしたら残した兵数が少ない気もするが。」
クリスの底知れぬ不安とは裏腹に伝令からは先鋒の快進撃が告げられる。敵はその数を半数ほどにまで減らし呆気なく城へと敗走していっているのだという。
「敵の将はわかったのか?」
「はっ、先鋒隊の報告では敵大将はグングバとのことです。」
「何!?グングバだと?クージルの国家元首が何故こちらにいるんだ?」
オルレアと伝令のやり取りを聞きクリスが驚きの声を上げる。それもそのはず、グングバはクージル国の国家元首にして独裁政権のトップなのだから。
クージル国は閉鎖的な国のため内部の情報は少ないが、国のトップが入れ替わった話など王国内の人間は聞いたことがなかった。
そのため、国家元首であるグングバが僅か三千しか兵を持たずに城に留まるなど考えられないことであった。
「その情報は確かか?」
「はい。グングバの顔を知る者が偵察隊におり、確認させました。間違いなくグングバ本人ということです。」
「グングバは戦争マニアだと聞いたことがある。独裁政権を保つために国家予算の大半を諜報部へ回していたので他国へ侵略することはなかったが、己が保有している軍の力量を知るために仕掛けてきたと考えたら敢えて平原での戦いを選んだことにも頷けるかもしれない。
少し強引な考えだけれど、もしも本当にそうだとすればこれは好機だ。国家元首を捉えさえすればイヴのほうにいる軍勢も動きようがなくなる。だが……。」
クリスが思案気に呟いた否定の言葉は、ツィワン本陣より聞こえた銅鑼の轟音によりかき消された。ツィワン正規軍が本隊となるフィフス城攻略軍が鳴らす銅鑼の音は全軍での総攻撃を意味する。
「ヤッド、総攻撃の合図だ!セズ隊を連れて先鋒に立て、私も後方から追い打ちをかける!追撃戦だからといって油断するなよ!」
「はっ!」
オルレアが凛々しくも良く通る叫び声でヤッドに伝えると、遠くで待機していたヤッドとセズの隊はいの一番に駆けていく。
「チョボ、ジル。僕は騎乗しているからオルレアとともに前を行く。二人は後から付いてきてくれ。
特にチョボは後方支援がメインだから前に出過ぎてはいけないよ。」
「わかってます。あっしは後からジルと共に追いかけます。」
「クリス、チョボさんのことはお任せください。あなたも気を付けて。」
三人は互いに頷くとそれぞれに駆け出していった。
先鋒が衝突した戦場付近まで近づいてくると、戦争の凄惨さが浮き彫りとなる。敵味方が入り乱れて死体が転がり、それを避けるようにして自分たちはかけ続ける。進むにつれてその山は増加していくので時には乗り越えていき、時にはそのまま馬で踏みつけてしまうこともある。そこに哀れや躊躇は一切ない。人と人が争うとはこういうことであった。
暫くすると城壁付近へと到達するこの頃には味方も入り乱れ、自分の隊は旗手の居場所を見て判断する外にない状態へとなる。それでも前進し続けるのは目の前に崩れ落ちた城壁が見えているからであった。
「押し込め!手柄を逃すな!」
第三部隊だけでなく、周りの部隊も一様に士気が高く我先にと敵を追撃していく。城壁内に入っても敵の反撃に手ごたえはなく、城塞の内へ内へと突き進む。そうして気づけばオルレアたちは城門が見えるほど敵陣の深くまで入り込んでいた。
「いたぞ、グングバだ!」
「敵大将を討ち取れ!」
グングバは自軍の兵士たちに阻まれて城門内に入れずにいた。この機を逃さずツィワン正規軍は大詰めにかかる。ここでグングバの首を取れば大きな手柄が入るだけでなく、この戦争を終わらせた英雄となれるのだ。
オルレアは戦いながらも考えていた。本当にこれでよいのか、と。
味方が攻め時と猛攻を仕掛けていることも士気が高いことも問題はない。問題はないが、何か重大なことを見落としている気がしてならなかった。それでもこの勢いに乗り前進は止めなかった。
得も言われぬ違和感。だがしかし、違和感は己が自信を持てていない表れであると考えるようにしていた。その考えを改め、深く違和感の正体を探るべきだったと後悔するのはクリスがあるものを見つけて叫んだ瞬間だった。
「オルレア、退け!あの魔法陣だ!」
クリスが叫ぶ頃にはすでに手遅れの状態となっていた。クリスが見つけた魔法陣はその形の通りに輝き出す。それも一か所ではなく数か所同時にである。
「う、うぇぁぁあああ……!?」
その光とともに何故か城門前に密集していた敵が苦しみだした。よく見ると目は充血し口からは血を吐き出している。そして、城の外に出ていた敵はグングバと共に白目を剥いてそのまま倒れ伏す。近くにいた味方が改めるとそのすべてがこと切れていた。
しかし、それを目の当たりにしても味方はすぐに光輝く魔法陣へと関心を移すことになる。
クリスが見つけた魔法陣とはボールドンへの旅で数度見てきたあの魔法陣。そう、この光の先にあるのはあの忌々しい過去であった。
魔法陣の光は頂点に達したとき現れたのはドラゴン。それもアースドラゴンが五体であった。
「な、なんだ、これは…。」
勢いに乗っていた味方は見上げるほどの巨体を目の当たりにして立ち竦んでしまう。
『ゴグゥゥァァアアオウゥ!』
「て、撤退!……て…あぁぁ!?」
ドラゴンの近くにいた部隊の隊長が指示を出すもドラゴンのほうが一歩早かった。号令を出した隊長は次の瞬間には上半身のみがドラゴンの口の中へと納まっていた。
「……。う…うわぁぁぁああ!」
それを目の当たりにした兵士たちは一目散にドラゴンと距離を取ろうとする。しかし、踏みつけるだけでも脅威となるその巨体は縦横無尽に駆け回り戦場に存在するあらゆるものを破壊していく。
それでもさすがは勇猛果敢を自他ともに公言するツィワン正規軍の猛者たちである。暫くすると体制を立て直し反撃に出る部隊が現れる。それに共鳴するように次々と戦線復帰した部隊同士でドラゴンたちを包囲していく。
どうしても被害は出るものの、単純に退いてもその脚力ですぐに追いつかれてしまう以上はこれが精いっぱいの対応であった。
だが、不幸なことにツィワン正規軍の脅威はそれだけではなかった。
それは偵察隊の一部のみが見つけることができた変化。城の中で先ほどと同じ光が窓から漏れ出していたのである。
だが、偵察隊が隊長へ報告することはなかった。
何故なら、それを見つけた次の瞬間には城の壁を破壊し翼竜が飛び出してきていたからだった。
「な!?ワイバーンが三体!?」
城から現れたワイバーンはアースドラゴンを囲っていた部隊を空から襲い掛かり隊列を乱していく。
どうにか盾で防ごうとするも、ワイバーンに気を取られると今度はアースドラゴンも猛攻を受けることになる。
さらに悲惨なのはワイバーンによるブレスであった。
空からブレスを吐かれてしまえば防ぎきれない。
「はっ!だっ!」
オルレアもどうにか体制を立て直そうとしていたが、進軍してきた位置が悪かった。第三部隊の周囲にはワイバーン一体とアースドラゴン二体が密集していたのである。
オルレアは号令を出そうにも近くにいる味方を護ることに精一杯でその隙を見出せない。さらにはボールドンでの一件が頭にちらつき積極的に攻めることもできずにいた。
そんな防戦一方の第三部隊を追い詰めるようにオルレアのほうにアースドラゴンが突進してくる。
「いま、忌しい!」
オルレアはつい悪態をついてしまう。もどかしい気持ちを隠し切れないほどに彼女は精神的に追い詰められていた。すでに周りへ気を配る余裕もなく、ただ目の前の敵を相手にすることしかできない。暫く騎乗で敵の攻撃をかいくぐり耐えていたが、ついに馬のほうが駄目になってしまい自身の足で対処することを余儀なくされる。
そんなオルレアの元に更なる不幸が降り注ぐ。なんとワイバーンの口が煌々と光り出したのである。
「……。まさか。オルレア!!」
いち早く気づいたクリスであったがオルレアとはすでに距離が離れている。クリスの馬はまだ健在ではあるが、駆けつけて障壁を張るには間に合うか微妙な距離であった。
それでもクリスは目の前の敵の対処を他に任せて馬を走らせる。すべてはオルレアを失わないためだった。
「……くそっ!」
しかし、空飛ぶワイバーンのほうが一足早かった。すでに準備は終わりあとは下降しつつオルレアの周囲を巻き込み業火を吐き出すのみである。そして、その口を開けて勢いよく吐き出す瞬間。
「な!?」
諦めかけていた周囲の兵士たちから驚きの声が上がる。
それもそうだろう。ワイバーンは下降していたとはいえ遥か頭上を飛んでいたのだ。それがただの一度の跳躍で首元まで届いてしまう者がいた。
その人物は橙色の光を纏ってワイバーンの首元を横切るとオルレアの近くへと着地する。
「ジルベスター殿?」
それは蒼天の牙の同行者であるエルフであった。周囲の者は着地して初めて気づくが、ジルベスターは抜刀しており、丁度鞘へと納刀するところだった。そして、ジルベスターの納刀と同時にドスンと重たいものが落ちる音が聞こえる。
オルレアがそちらを見るとワイバーンの首が胴から離れており、灰となっていく姿があった。
「これは……。ジルベスター殿がやったのか?」
「えぇ。我が愛刀はエルフの職人が心血を注ぎ仕上げた特別なもの。あの程度の相手であれば弾かれるはずもありません。」
「なんと…。同じ橙色の闘気を扱うのに、ここまで実力に開きがあるのか…。」
ジルベスターは振り返りオルレアを見ると真面目な顔で答える。
「オルレア殿。我々エルフは閉鎖的な環境で暮らすが故に独特の文化があります。その中には武芸の類も存在する。なので、単純な実力差というものは推し量れないでしょう。あのようなマネができずともオルレア殿にはオルレア殿の強みがある。それだけのことです。」
「だが、碌に剣も振ることができない私に強みなどあるだろうか…。」
「オルレア殿。私はあなたの戦いを見たことがないが、その手を握ったときに確信したことがあります。
あなたは強い。もっと自分を、そしてその手にある剣を信じてみてもよいのではないかな?」
ジルベスターに言われたオルレアは握っているイヴから借り受けた剣を見つめる。
不思議と馴染む感覚。ここまで振るって違和感や負担を一切感じていない。こんなことは以前まで使っていた愛剣のときでさえ一度もなかった。
「その証明はあなたの内なる勇気の中にあります。ほら、あなたの大切な方が待っていますよ。」
ジルベスターの視線を辿るとオルレアの窮地に駆けつけようと馬を走らせていたクリスが馬を降りてアースドラゴンと対峙していた。どうやら馬は途中でやられてしまったようだ。
クリスも武芸の心得はあるが、アースドラゴンと正面から対峙できるほどではない。味方を助けようとしていたらしく、魔法で障壁を作り後ろの味方を庇う形で立っているが、障壁は今にも破られてしまいそうであった。
「クリス様!」
それに気づいたオルレアは考えるよりも早く動いていた。あと一撃で障壁もろとも吹き飛ばされようとしていたクリスの元に駆けつけ、その剣でアースドラゴンの攻撃を受け流す。剣の腹で勢いを殺し、剣に負担をかけることなく流れのままに払うと、くるりと一回転してアースドラゴンを傷つける。ボールドンではあれほど苦戦した硬い鱗も、大した反発も受けずにすんなりと斬り裂くことができていた。
「はぁぁぁぁあああ!」
オルレアはそのまま前進するとアースドラゴンの急所を狙って攻撃を仕掛けようとする。
しかし、アースドラゴンもこれに抗い強靭な爪や牙、或いは尻尾を使って反撃していくが、その悉くを捌かれて生傷ばかりが増えていく。それはオルレアが鍛錬中にイメージしていた映像の焼き回しのように剣舞を舞うが如く美しい動きで相手を翻弄する。
そして、ついにはアースドラゴンが怯んだところを見逃さず、その剣で渾身の一撃………振るった。
「……オルレア、君は…。」
クリスが呟くと同時に今度はアースドラゴンの巨大な体が轟音とともに崩れ去り、そのまま灰になっていった。
「お見事。」
「私は…。剣も刃こぼれ一つない。この剣のおかげなのか?」
「それもあるでしょう。しかし、気づいていましたか?あなたの纏う闘気が、気高くも穏やかな波を打つとても洗練されたものであったことに。」
ジルベスターの指摘で初めて自分が闘気を纏っていることに気づく。
今までよりも光は穏やかだが、密度が高く滑らかで以前の荒々しさが消え去っていた。
「これを私が?」
「これまで急激な変化に慣れていなかった体が馴染んできたのでしょう。さらに鍛錬を重ねれば、その光も強く輝き己の助けとなることでしょう。」
「ジルベスター殿。礼を言う。私は貴殿に気づかされた。大切なのは内なる自分をどう抑えるかではなく、自分自身を見つめ深く知ることであったのだと。」
「それに気づいても、すぐできることではありません。これはあなたが日頃から鍛錬を怠らなかった成果です。もっと自分を誇っても罰は当たりませんよ。」
「ふふ。あぁ、そうするよ。この戦いが終わったらな。」
二人がほほ笑み合うのをみてクリスも自然と口角が上を向く。が、ここは戦場。すぐに爆撃音が三人の耳に届いた。
「ちょっとー!まだ終わってないんですから、こっちも手伝ってくださいよ!」
「すいません、チョボ。すぐに行きます!」
「ジル、オルレア。君たちは単騎でドラゴンを仕留めることができる貴重な存在だ。チョボの助太刀は僕が行くから二人は危ない戦場をフォローしてくれ。」
クリスが指示を出すと三人はすぐに行動へ移す。オルレアは部下へ指示を出し、ジルベスターは闘気を放ち驚異的な速度で戦場を駆け抜ける。終盤にはツィワン本隊から放たれたカタパルトの攻撃でワイバーンを打ち落とし群がる様に全軍でトドメを刺す場面もあったが、こうしてフィフス城攻略戦は終幕していったのであった。
校正が間に合わず変な言い回しが多いかもしれませんが、後日気づいたところから直したいと思います。
次回【第49話 フィフス城奪還戦線・その3】を投稿します。




