第47話 フィフス城奪還戦線・その1
なんとか本日中の投稿…
オルレアは木剣を構え流れる汗も忘れ去り、ただ一点を見つめて集中していた。
目の前に相対する者はいない。
いや、オルレアには相手が見えている。
それは何度も辛酸を舐めさせられた相手。己よりも遥かに巨大で硬い鱗を持ち、理不尽な力で全てを喰らい尽くす。ボールドンで遭遇したアースドラゴンがそこにいる。
後ろに守るべき領主親子がいながら何も出来なかった自分。
他人に守られてばかりの不甲斐なさ。
忌まわしい記憶を振り払うが如く集中を高めていく。
オルレアの緊張が最高潮に高まったとき、オルレアは目を見開き一心に剣を振るう。それは舞っているかのような、鮮やかにして靭やかな動き。それでいて力強さも感じさせる見事な動きであった。
オルレアの中ではボールドンの広場の光景が寸分違わぬ形で再現されている。
あの時この剣が届いていれば。
敵の攻撃を全て受け切り、己の渾身を込めてトドメの一撃を………食らわせる。
アースドラゴンの急所を貫いた先にあったのは、どこまでも広がる空と刀身から二つに割けてしまっている木剣だけであった。
「ずいぶんと熱心じゃな。」
「これはツィワン侯爵閣下。」
オルレアは突きの構えから居直り敬礼をする。
オルレアの目の前にいる人物こそ、王国内で直轄地を除いた領地の中で最大の軍事力を誇るツィワン領を治めるツィワン侯爵その人である。その軍事力はエクロキア大陸内でも五本の指に入るほどで、領地内の戦力をかき集めれば正規軍だけで一個旅団に匹敵するほどであった。
「そう改めなくても良い。しかし、見事な剣舞であった。思わず見惚れてしまったほどじゃ。だからこそ、お主に見合う得物を用意してやれんのが口惜しくてならん。」
「閣下のそのお言葉だけで十分です。環境も才能の一つ。己に合う武器を見出だせない時点で、私などでは高見には登れないということなのでしょう。」
オルレアはボールドンの事件以降、闘気の練度が上がっていた。
闘気はその者の器質によって様々な色に変化する。アッガスのように腕力重視の戦い方をしていれば赤黒い闘気を放ち筋力強化に特化した能力を得る。ダラスのように防御に特化した者は銀色の闘気を放つことが多い。
そして、オルレアのようにバランスの取れた者は橙色の闘気を放つ。これは筋力強化、防御力増加が同じ割合で上がる特徴がある。闘気を扱う者の中で最も一般的な闘気ではあるが、いずれかに特化していないため伸び率としては前述の闘気に劣ると言われている。
しかし、それでも練度を上げ続ければ他の闘気にも劣らない性能を持っている。オルレアの闘気は今、次なる領域へと踏み込み始めていた。だが、急激な変化に感覚が付いていけず、闘気の扱いを失敗して武器のほうが先に悲鳴を上げてしまっていたのである。
「そのように悲観するな。闘気とは己の深層心理に強く働く。お主の荒々しい闘気を見ればその葛藤も相当なものであると分かるほどにな。
今は発展途上なのでそれでも良いが、さらなる成長を目指すならば心を鎮めて川の流水が如く纏わねばいずれ己を傷付けることになるじゃろう。」
「この演習へ向かう前にアッガス殿から同じ指導を受けました。彼の闘気も猛々しいものですが、決して自傷するようなものではなかった。
あの極いまで辿り着くには、まだまだ先が長そうです。」
苦笑いを浮かべつつオルレアは自身が持っている木剣を眺める。これがいつも使っている鉄剣であれば中腹から二つに折れていただろう。ボールドンでアースドラゴンにトドメを指そうと時と同じように。
「閣下、失礼いたします。」
オルレアが一つ溜め息を吐くのと同時にツィワンの従者が駆け寄ってきた。従者はツィワンへ耳打ちするとすぐに立ち去る。
「オルレア嬢。いや、騎士オルレアよ。ついに時が満ちたようじゃ。我が陣幕まで付いてまいれ。」
◇◇◇
ツィワン正規軍陣地にある天幕の一つが今回の作戦本部である。
今ツィワン侯爵を大将とした王国軍はツィワン正規軍三千二百、ツィワン従軍兵団三千、ルスト正規軍第三部隊五百の計六千七百となっている。
作戦本部にはツィワン侯爵とオルレアの他に各部隊の隊長が集まっていた。
「これより軍議を行う。敵は一万の大戦力でフィフス領に攻め込んだのちフィフス城を落とし、イヴンへ向けて進軍を続けておる。
物見の報告ではフィフス城に残る敵は三千ほどということじゃ。攻城戦としては心許ない戦力差なわけだが、皆怖気づいたかの?」
攻城戦には攻撃三倍の法則というものがある。
これは少なくともそれほどの人的有利を得られなければ攻め手が不利となる、というものだ。敵が三千で籠城するのであれば九千に近い軍勢で攻めねば落とせる確率は低い。
「はっはっはっ!閣下がご冗談をおっしゃるとは、今日は槍でも降ってきますかな!」
「もし本当に降ってきたとしても我々が揺らぐ理由にはならんがな。」
「だともよ!クージルの軟弱兵士どもなど、オレの部隊に掛かれば敵ではないわ!」
ツィワンの煽りを受けて隊長たちはそれぞれに意気込んでいく。これがツィワン軍独特の士気の上げ方であった。
「うむ、その意気や良し。皆のその言葉が嘘偽りでないことは他でもないこのワシが知っておる。気負うことなく対処せよ。」
ツィワンの労いに一同が自信に満ち溢れた眼差しを向けながらそれぞれに応じる。
「さて、こちらの状況は皆周知の通りであるが、イーヴリン王女殿下より伝令が来ておる。
どうやら王女殿下のほうは状況が芳しくないようじゃな。伝令文には、『速やかにフィフス城を奪還し敵本陣を挟撃せよ』と書かれておる。
ドラゴンの目撃情報もあったが、こちらでは鳴き声一つ聞こえないところをみるに王都攻めに連れて行ったのじゃろう。
息を潜めているという可能性もあるが、王女殿下を放っておいてまでこの場に留まる理由もない。
お主ら、攻め時じゃ。」
この言葉とともにツィワン侯爵の鋭い目が鈍く光り出す。それは齢六十となる者が放つには些か猛々しい光であった。
「伝令役はカルカス国の者が務めておる。大事な役職に他国の者を充てがうとは異例のことではあるが、他でもない王女殿下がお決めになられたことじゃ。必ずその深層には意図が存在する。
オルレアよ。伝令の橋渡し、受けてくれるな。」
「もちろんです、侯爵閣下。しかし、願わくば私も閣下の城攻めに一役買いたく存じます。」
「元よりお主のような貴重な戦力を遊ばせておくつもりはない。時がくればお主には役に立ってもらう故、覚悟してもらおうかの。」
「望むところです。」
オルレアは考える素振りも見せず二つ返事でこれを了承した。その目にはツィワン侯爵にも負けないほど鋭い光があった。
「よろしい、それでは今回の編成を伝える。まずは先鋒、城壁崩しは――――。」
こうして各部隊に役割が割り当てられていく。最後にツィワン侯爵の宣誓を受けて、皆持ち場へと戻っていった。
「クリス様。」
オルレアは自陣に戻ると直ぐ様伝令役である三人に会いに行った。そこにはクリスとチョボに見知らぬエルフが一人。オルレアは部屋の状況を一瞬で把握するとともにクリスへと声をかけたのである。
「オルレア、久しぶりだね。変わりなかったかい?」
「はい、クリス様もお変わりない様で安心致しました。」
「本当は父上も来たがっていたのだけれど、陛下が参謀として傍に置きたかったようだ。今頃は王都で仕事に忙殺されているよ。」
「そうですか。それでは一刻も早くこの戦争を終わらせて辺境伯閣下の負担を軽くして差し上げねばなりませんね。」
「そうだね。だが、君は思い込むと周りが見えなくなる癖がある。意気込むのは良いけれど、冷静さは常に持っておくんだよ。
僕らは遊撃隊としても動くことになるから裏方のサポートは任せてくれ。」
「それは心強い。私はお初お目にかかりますが、そこの方もクリス様と同じ任務を負っておられるのですか?」
「あぁ、紹介が遅れたね。彼はジルベスター。シュウの友人だよ。」
「ジルベスターと申します。私は見ての通りのエルフですが、蒼天の牙の皆さんには良くして貰ってます。」
「私はルスト正規軍第三部隊隊長のオルレアだ。よろしく頼む。」
エルフに偏見を持つ者は多いがオルレアは躊躇うことなく手を差し出すので、逆にジルベスターが一瞬戸惑ってしまったが二人は快く握手を交わす。
「…なるほど。」
「ん?私の手に何かあるのか?」
「いえ、あなたの内なるエネルギーが変化し始めているのを感じます。これでは武器が耐えきれなくなるのも無理はない。」
「……わかるのか?」
「まぁ、そこは同じ穴の狢ですから。しかし、中々素晴らしい素質があるようです。だからこそ王女殿下もこれを託したのでしょう。」
そう言ってジルベスターは微笑みながらイーヴリン王女から預かった剣を差し出した。
「これは?」
「王女殿下から君へ貸し出したいと持たされたものだ。名前は聞いていないが、どうやら魔剣とのことだよ。」
クリスの言葉を聞いてオルレアは驚きふためく。
「ま、魔剣など…私に?王女殿下が?」
「驚くのも無理はない。けれど、事実だよ。どうやらイヴは君のことが気に入っているらしい。
君が十全に戦えるのであれば、と率先して持ち出してきた。もし壊れてしまえば偽物ということだから気にしなくて良いそうだ。
僕が言える立ち場ではないけれど、遠慮なく使うと良いよ。」
唖然としつつもジルベスターから剣を受け取ると柄に手を掛け鞘から引き抜く。
「…素晴らしい刀身です。手にも馴染む。軽すぎず重すぎず、まるで私の手に合わせてくれているかのようだ。」
その見事な逸品につい目を奪われてしまう。これならば気兼ねなく振るうことができるかもしれない。
オルレアは直感的にそう感じるのであった。
「ありがとうございます。このオルレア、責任を持ってこちらをお預かりいたします。」
「はは、よろしく頼むよ。
僕らは先ほども言った通り、次の伝令があるまではこちら側の遊撃隊となる。基本は第三部隊とともに動くことになるから、ツィワン将軍から伝令を頼まれるようなことがあったら遠慮なく言ってくれ。」
ツィワンは若かりし頃からアダムズ国王を支える軍人である。そのため領主としての一面がある一方で将としても確かな地位を確立していた。
そんなやり取りをしていると、天幕の外が騒がしくなる。少しするとヤッドが中に入ってきた。
「隊長、敵が動き出したとのことです。今、先鋒が出撃しました。」
「そうか。では、我々も動く準備に入ろう。敵はバリスタでも撃って来ているのか?」
「いえ、それが…。」
ここでヤッドは言い淀む。何かあるのかとオルレアは訝しみながら口を開いた。
「どうした、お前らしくもない。問題ないから、はっきり言ってみろ。」
「…はい。それが敵は全軍で打って出てきたようなのです。」
「……何?」
波乱の予感を纏いつつ、こうして開戦の火蓋は切って落とされたのであった。




