第46話 王女イーヴリンの手腕
シュウがワイバーン討伐を遂げた頃、蒼天の牙とシルフィード、ジルベスターの五人はアルスカイン特別侯爵率いる近衛隊と共に王女イーヴリンの支配地へと来ていた。街へは補給のために寄ったが、今回は敵軍を迎え撃つ準備をしなくてはならない。そのため、今は前線基地となる砦まで行軍中である。
「中々発展している街並みだったな。王都までとは言わないが、レガートの北側区画程度には整っていたし活気もあった。」
「叔母上の支配地は元々荒野となっている場所だったんだ。作物も育ちにくいこの土地を陛下からの課題として受けた叔母上は、交易の発達と枯れた土地でも育ちやすい作物を意識的に取り入れることでここまでの街を一から作り出した。僕と同じ歳の女性とは思えない才覚だよ。」
「すげぇ王女様だな。昨日町で聞いた話じゃ『豊穣の姫』の生まれ変わりと言われてるそうだぜ。しかし、あんな綺麗な王女様がクリスの叔母さんとは信じられねぇな。」
「あぁ、叔母ってよりは兄妹のほうがしっくりくるな。」
「小さい頃は友達のように遊んだものだよ。貴族学校でも名前で呼ぶように言われていたんだけれど、城の中でそれはできないからね。普段から呼び方に気を付けるようにしているんだ。」
「だけど、同じ歳のクリスに叔母さんと呼ばれるのはやっぱり嫌だと思いますよ。クリスは端正な顔立ちのくせに乙女心が分からない人なんですから。」
「そうよ、もっと言ってあげて。クリスも昔はワタクシのことをイヴって呼んでくれていたのに、いつの間にかおばさん呼ばわりだもの。ワタクシ、これでもお肌と髪の艶には気を使ってますのよ?」
「イヴ!?…いや、叔母上。なんでこんなところに?それに騎乗されるなんて、砦へ着く前に疲れてしまいますよ。」
エリスの話に割って入ってきたのは第二王女イーヴリンその人であった。
昨日までは馬車で移動していたのだが、今日はキュロットとブーツにシャツを着込んで馬に跨っている。王族も騎乗することはあるが、特に理由や拘りがない限り馬車を使うのが一般的であった。疲労の度合いも違うが、護衛のしやすさが段違いなのである。
「平気です。こう見えてワタクシ体力には自信があるのよ。それに、ここはワタクシの支配地域ですもの。賊が攻めてくるにしても警戒するべき場所は把握してますから問題ありません。」
「それでも護衛する者が困ってしまうではありませんか。大人の女性となられたと思っておりましたが、お転婆は直っておられないようですね。」
「あら、それはクリスも同じではなくて?王家の人間が冒険者に身を置くなど聞いたこともありません。この際、冒険者をやめてナインフォートで一緒に暮らすのはいかが?」
「叔母上も私の立場はご存知でしょう。ナインフォートに出入りさせて貰えるのは現国王陛下のご慈悲のおかげです。それが定住までしてしまっては黙っていないものも少なくないはず。そんなことに巻き込まれるよりは今の暮らしのほうが性に合っております。
それに冒険者も悪いものではありませんよ。各地を見て回ることもできますし、彼らのような気の置ける仲間とも出会えました。城の中にいてはいずれも得られなかった私の宝です。」
クリスはダラス達を眺めながらそう言うと優しく笑う。元々貴族社会に馴染めないでいたこともあるが現在の生活のほうが気楽なので、辺境伯を継ぐまではこのままでいたいと思うのは本音であった。
「それは羨ましいこと。ワタクシも早く王家のしがらみから解放されたいものだわ。この戦いが終わったら旅行にでも行こうかしら。」
「王女がそんな簡単に外を出歩けるはずがないではありませんか。それとも叔母上も公爵となられますか?」
「あら、クリスはずいぶんと意地悪な言い方を覚えたのね。」
「それは申し訳ございませんでした。まったく他意はございませんので平にご容赦ください、叔母上。」
イーヴリンは頬を膨らませてクリスを睨む。クリスはそれに対して謝罪の際に取るお辞儀をする。
端正な顔立ちである二人の行動はまさに華族と呼ぶにふさわしく、傍目からは他国の王子が王女へ求婚を迫っているかのようにも見える。それはまるで演劇でも見るかのように完成された所作であった。
「まったく!何度も言っているでしょう、ワタクシのことはイヴと呼びなさい。もうこれは命令です!これに逆らえば、あなたには一生ワタクシの側仕えとして働いて貰いますからね!」
言う者が違えば、又、言い渡される者が違えば横暴な命令に他ならないが、これが許されるのは二人の関係性が確立されているからだろう。そして、どんな命令もイーヴリンが言うと甘い言葉のように聞こえてしまうため、側近たちもつい咎めるのが遅れてしまうことはよくあることだった。
そんなやり取りをしているうちに一行は今回の前線となる砦へと辿り着く。砦の周りには周辺領主からの増援やナインフォート正規軍がすでに陣営を築いていた。
「イーヴリン王女殿下、ご着陣!」
先頭の兵士が王女の到着を告げると砦にある王家の紋章が刺繍された旗の横に、第二王女が使用する軍旗が掲げられる。女性であっても戦へ参加することもあるので、王族はこのようなときのために軍旗を用意しておく決まりがある。
王女が実際に戦場へ出ることは稀であるが、砦に居座り味方の士気を高めることは王家の者にとって義務づけられたことであった。
「さぁ、ここからは真面目に行きましょうか。砦に入ったら味方戦力の確認と物見の報告を受けたのち軍議を行います。蒼天の牙にも参加を許可しますので声がかかったら速やかに会議室に来なさい。」
イーヴリンは必要なことを告げると自身がいるべき位置へと戻っていく。その顔には先ほどまでの愛らしい笑顔はなく、鋭く先を見通すような光を目元に宿す真剣な顔つきになっていた。
◇◇◇
会議室に呼ばれるまでの間、蒼天の牙一行はアルスカイン正規軍の宿営地作りを手伝うことになった。
こういった合同戦線の場合、主たるメンバーは砦に入り他の兵士たちは野営となる。
各部隊の境界は陣幕を張って区分けし、陣内に天幕を立てていくのである。
アルスカイン正規軍近衛隊は総勢五百人となるのでそれぞれに担当分けしても時間も掛からずに設営できるのだが、手持ち無沙汰で待っていることが性に合わないため六人は自分たちの寝床くらいは自分たちで用意しようと、率先して手伝うことにしたのである。
暫くして砦から使いがくる。蒼天の牙からはダラスとクリスが代表して参加することになった。
使いの者に案内してもらい会議室へ入ると、上座となる入口から最も遠くに位置する椅子にイーヴリンが座っていた。楕円形の円卓にはこの砦周辺の地形を記した地図と駒が並んでいる。それを囲うように椅子が並び、周辺領主たちが座る後ろに側近が立ち並んでいた。アルスカイン特別侯爵も椅子に座り、後ろにはユスタス隊長が立っていたので、ダラスとクリスはそちらへ行き横に並ぶ。
「集まったようですね。それではこれより軍議を始めましょう。」
イーヴリン王女の号令で王女の後ろにいる将軍が前に出て、取りまとめた情報の共有から始める。
「敵軍は凡そ七千が進軍してきており、ここより約五キロ先にある平原に陣を構えています。ただし、陣内の偵察は失敗に終わっているので現在の正確な人数や兵器の数は把握できておりません。」
「何?その失敗した偵察隊はどうした。まさか捕虜になったわけではあるまいな。」
「偵察隊は偵察に出た夜の翌日朝に敵陣幕の前に晒し首となっておりました。」
「なんと。これでは情報を抜き取られたかも分からんな。」
「小狡いマネをした見せしめというわけか。だが、そこから一向に動く気配がないのはどういうことだ?七千もいるのであれば勢いに乗ってこの砦まで一気に攻め込むほうが定石だと思うが。」
「定石の話をするなら何も隔てるものがない平原などに陣を構える事自体がおかしい。何か策があると見たほうが良いのではないか?」
「陣幕の外からにはなりますが、時折魔物の鳴き声が聞こえる程度で何かを準備している気配はないそうです。砦攻め用の兵器さえも見当たらないという報告が入っております。」
「我々の準備が整うのを待っているとでもいうのか。陣を構える場所といい、敵軍の将はずいぶんと自信があるようだな。」
この発言に集まった諸侯たちはざわつき出す。
「あながち我々の準備を待つという話は間違っていないかもしれませんね。」
イーヴリン王女が口を開くと会議室にいる全員が口を閉ざし静かに次の句を待つ。
「ワタクシがこの砦に入るまで諸侯の部隊はせいぜい二千を少し上回る程度の数しかいませんでした。それが今では徴兵部隊も合わせて五千に近い人数にまで膨れ上がっています。
それでもまだ攻め込んでこないのは敵将が相当の凡夫か、武将としての狂気か。一つ言えるのは、拮抗した戦力で正面から打ち崩すという敵将の意図が見え隠れしているということです。」
「しかし、それでも我々が劣勢なのは変わりない。ナインフォートからの増援もまだ時間がかかりますし、さすがにこれ以上は敵軍も待つとは考えにくいので開戦はまもなくでしょう。」
アルスカインの言葉にイーヴリンも肯く。
「物見からドラゴンの報告もあります。単純な数量差だけでは測れない戦力差があると考えたほうがよいでしょう。そのため、我々はフィフス城奪還に向かっているツィワン正規軍と連携して数の優位性を取ってこれに当たります。
そこでアルスカイン特別侯爵、あなたの部隊に所属している蒼天の牙に伝令役を頼みたいのです。」
「は、王女殿下の御心のままに。」
アルスカインはイーヴリンに頭を下げると了承の言葉を伝える。イーヴリンは再び肯くとダラスとクリスを見て言葉を続けた。
「蒼天の牙にこの依頼をするのには二つ理由があります。
一つはあちら側にルスト正規軍第三部隊が所属しているので、第三部隊隊長と馴染みのある蒼天の牙のほうが情報の掬い上げに適している事。
もう一つはこちらの戦場が総力戦となると予想される以上、部隊に編成されて動くことになる斥候よりも少人数で動くことに慣れた彼らのほうが遊撃隊として動きやすい事。
この軍議が終わり次第、アルスカイン正規軍陣地に伝令文を送るので速やかに行動なさい。」
「承知致しました。」
クリスが代表して返事をする。
その後、自軍の細かな部隊分けと配置を決めていき、イーヴリンは最後に今回の作戦について結論を出して軍議を終了させる。
「今回の作戦ではフィフス城攻略の是非がこちらの戦況に大きく関わってくることになります。我々は敵主力をこちらへ釘付けにし、フィフス城にいる敵軍を無力化することで挟撃の態勢を整えなければなりません。
なので、今回の作戦名は『フィフス城奪還戦線』とします。明朝より、各隊は決められた配置へと赴き、敵が行動を起こす前に準備を整えるように。以上にて解散します。」
◇◇◇
「そうか。私たちの役割は伝令と遊撃隊となるのか。」
「あぁ、このあとすぐに伝令文を持った使者がここにくるはずだ。それを持ってオルレアの所まで行きツィワン侯爵と連携を図る必要がある。」
「それで、俺たちは具体的にどうするんだ?全員で行動してちゃ素早くは動けねぇぜ?」
「そうだね。今は何よりもスピードが大事だ。伝令を渡し返信を貰ったらイヴまで届けに戻る必要があるからね。
索敵のことを考えても少人数のほうが見つかりにくいだろうから僕らも二手に分かれよう。
伝令文の運搬に最も適しているのはチョボだと思うけど、一人では襲われた際に抗いづらい。届けた後の調整役も兼ねて僕が同行しようと思うけれど、どうだろうか。」
クリスは皆に己の考えを提案する。本心を言えばオルレアの事も心配なのだが、ここで私情を挟むと話が拗れるので伏せておく。
「クリスとチョボが構わないなら俺はその案に賛成だ。俺たちが遊撃隊の役割も担っているのであれば、こちら側の動向も知っておく必要があるしな。」
「そういうことならジルも連れて行け。必ず役に立ってくれる。」
「お任せください。チョボさんとクリスさんのことは、このジルベスターがお守りするとお約束しましょう。」
「そちらの結論は出たようだな。」
そう声を掛けて天幕内に入ってきたのはアルスカイン特別侯爵であった。
「まさか伝令文を渡すために総大将自ら足を運んでくださるとは思いませんでしたよ、叔母上。」
そして、アルスカイン特別侯爵の後ろから現れたのはイーヴリン第二王女その人であった。イーヴリンはクリスへ伝令文を渡しながら笑顔で答える。
「あら、クリスはよっぽどワタクシの側仕えになりたい様ですわね。今ワタクシのことをなんと言ったのかしら、よく聞こえなかったわ。」
イーヴリンは右手を頬に当てながら困った顔をする。
「はぁ、…これは失礼。余りの美貌につい溜め息が出てしまったよ、イヴ。それで、ここに来られた本当の理由を聞いても?」
「あら、つれないわね。もうちょっと息抜きをさせてくれてもいいじゃない。ワタクシ頑張っているのよ?
まぁ、いいわ。その伝令文を届けた際にツィワン侯爵へ言伝を頼みたいのです。勝機を焦る事なかれ、と。」
「承知致しました。必ずお伝え致します。」
この言葉は、こちら側の劣勢に焦り早計をするな、という意味である。百戦錬磨の猛将と呼び声高いツィワン侯爵なら言わずもがな、と言ったところなのだろうが、向こうの戦場が良い方向に進まない限りはこちら側も苦しい戦いとなるためイーヴリンは念には念を押しておきたかった。
「それから、オルレア嬢に会ったらこちらをお渡しなさいな。」
イーヴリンの言葉に合わせてアルスカイン特別侯爵が手元に持った一振りの剣をクリスへと渡す。
「こ、これは国宝ではありませんか!?」
クリスの言葉に全員が息を呑む。国宝など平民には一生お目にかかれない代物だったためだ。
「その一振りは魔剣と言われています。確かに鞘には他の魔道具に似た紋様が刻まれていますが、本物かは定かではありません。
オルレア嬢は自身の闘気に剣が負けてしまい思ったように戦えないという話ではありませんか。
その剣が本当の魔剣であるなら、剣に認められなかったとしても彼女の力を十全に出し切ることはできるはずです。私から貸し与えますのでお使いなさい。」
「しかし、よろしいのですか?これはかつて豊穣の姫が使っていた一振りとも呼ばれている逸品です。
そんなものを騎士爵の彼女へ貸し与えてしまって、もし陛下の耳にまで入ったらイヴが危うくなってしまうのではありませんか?」
「あら、その一振りはお父様がワタクシへ与えてくださった褒美ですことよ。ワタクシの物をワタクシがどう使おうと咎めを受ける謂れはありません。
それよりも、この作戦はワタクシが築き上げてきた全てが掛かった一戦となります。負けは許されないのですから、どんな手でも使うのは当たり前のことですわ。」
イーヴリンは不敵に笑いクリスを見つめる。クリスもイーヴリンがこの戦いの先に見ているものを想像してゆっくりと頷いた。
「承知致しました。こちらも必ずや届けて見せましょう。」
「よろしくお願いします。ここにいる皆はカルカス国の者ですから直接この戦いに関係している訳ではありません。
にも関わらずこうして協力を得られたこと、このイーヴリン、生涯忘れることはないでしょう。」
イーヴリンの言葉を聞いてその場の全員が跪く。王家が頭を下げることは一般的にはあり得ない行為だ。そのため、謝辞の言葉は複数用意されている。
その中でもイーヴリンが言った『生涯忘れることはない』という言葉は最上位の謝辞に分類されていたのである。
謝辞を述べたあと、イーヴリンはアルスカイン特別侯爵とともに砦へと戻っていく。
その日の夜。まだ夜明け前の暗闇に紛れて三人はツィワン正規軍が進軍しているフィフス領へと馬を走らせた。
またもやストックが無くなりました。ここからは不定期更新になるかもしれません。もっと早く思ったことが書けるようになりたい筆者です…。




