第44話 翼竜討伐戦
「いやぁ、はっはっはっ。これはどうして、如何がしたもんか。人が空を飛ぶなど初めて見たわぃ。」
僕はワイバーンが出没する町に来ている。
ここは第三王子の支配地とのことで王子の馬車に乗って向かう予定だったが、僕はそれを丁重にお断りした。有り難い申し出ではあるが、今は時間が惜しいのでゆったりと馬車で移動している暇がなかったのである。現代人の僕の感覚として馬車は遅い乗り物だ。いくらこの世界でポピュラーだとしても自分の魔法のほうが速ければそちらを使うのは当たり前のことだった。
そんなわけで本来なら馬を使って五日で着く距離を僕は飛翔魔法を使って二日で踏破していた。
いつもなら物陰に隠れるようにするのだが、それで窮地に間に合いませんでした、では本末転倒なので出し惜しみしないで行くと決めたのである。
一応それでも城壁が見えたところで地上に降りたのだが、門番に見られていたらしい。班長と呼ばれる男が出てきて開口一番に指摘されてしまった。
「国王陛下より勅命を受けて参りました冒険者シュウと言います。驚かせてしまい申し訳ありませんでした。
危急の事態とお伺いして馳せ参じたのですが、思いの外落ち着いているのですね。」
「あぁ、もう少しで五つの鐘が鳴る頃じゃからな。
奴ら、どうしたわけか夕方になると引き上げていくんじゃ。ともすれば、暗闇に慣れておらんのかもしれんが、儂は守備部隊の所属なもんでそこら辺の事情は知らんのじゃ。
これから団長のところへ案内してやるからそこで聞くといい。」
班長は僕を伴って部屋を出ると騎士団が臨時で仮設した城壁外にある駐屯所へと連れて行ってくれた。
班長が『国王陛下の使者』という大層な肩書きを勝手に付け加えて僕の来訪を告げると天幕を持ち上げた。
中に入ると作戦会議中だったのか数名の騎士たちが地図を載せたテーブルを挟んで向かい合っていた。
「お初お目にかかります。私は冒険者シュウと言います。国王陛下より直接の依頼を受けてこちらへ参りました。」
僕は自己紹介しつつ、一番装飾が豪華な鎧を着ている男性に命令書を渡す。男性は外を改めたあとに中身を読んでから僕のほうへと向く。
「なるほどな、カルカス国の英雄か。二つ名を『飛竜狩り』と言うそうだが、それが偽りではないと願うばかりだ。」
団長はかなり疲弊しているらしい。嫌味を言う時でさえ表情一つ動かすことができないようだった。
「僕が出発する直前に聞いた話では包囲作戦を決行していたとか。」
「それは失敗に終わった。奴らは必ず三匹で現れるので同一個体だとばかり思っていたが、罠に嵌めて結界内に閉じ込めるまで成功したところで別の群れが現れて結界も破られてしまった。
そのため現状把握している奴らの数は六となっている。
現在は奴らの巣を発見するために斥候を放って周囲を探っている最中だ。奴らは何故か夜になる前に引き揚げていくので罠なのか夜目が効かないのか判断できていないが、打てる手としてはこれくらいしかないからな。
しかし、王都も大変な事態になっていることは聞いているので大した増援は期待していなかったが、まさか一人とはな。
使者殿に恨みはないが、正直これでは我々だけで対処しているほうが幾分かマシだよ。」
団長は溜め息を吐くと萎んでいくように椅子へ腰を掛ける。やはり限られた人数で対応するには持て余す相手であったようだ。それは分かっているので嫌味は聞かなかったことにしてあげようと思う。
「ワイバーンは帰る際、同じ方向に飛んでいくのですか?」
「あぁ、奴らは北へと去っていく。だが、山中は他の魔物もいる。範囲を広げて索敵したいが、夜行性の魔物の対処を考えると人数を別けるわけにいかないのでこれも余り上手くいっているとは言い難いな。」
「でしたら斥候隊に僕も加えてください。必ずお役に立てます。」
「今からか?斥候隊はすでに山へ向かっている。索敵範囲は絞れても正確な位置までは把握できん。今日のところは諦めろ。」
「それは大丈夫です。僕の方で斥候隊も探しますので。それに山へ入るのは僕だけで結構です。皆さんお疲れの様ですし、お休みになってください。」
「はぁ!?お前はバカか!
お前が本当に陛下からの勅命を受けているのであれば、死ぬと分かっていて行かせるはずないだろう。お前が自殺願望をもっていることは勝手だが、この作戦を無事に終えても待っているのは俺たちの斬首刑だ。」
「でしたら団長も同行しますか?僕は急いでこの討伐依頼を片付けて戻らねばなりません。
あまり時間を掛けたくないのです。」
団長は得も言われぬ顔つきになり睨むのと呆れるのを同時に表現している。
『この世間知らずのアホを斬り捨ててやりたい!』と思っていることが容易に想像できるような表情だった。
その後、団長とその場にいた騎士たちが小声で井戸端会議を始めた。恐らくはどうやって僕の相手をせずにいられるか話し合っているのだろう。
暫くしてから再び団長が僕のほうへ話しかける。
「先ほどの話だが、やはり容認できん。皆疲弊しているうえに私まで本部を離れれば士気に関わる。
それに、お前の実力が未知数な以上はお前の言うことも聞く気にならん。加えて、今夜は斥候隊も休ませる必要があるのでそろそろ戻ってくるはずだ。
そんなに急いでいるのであれば、明日奴らが来たら前線に立って実力を示してくれ。」
要するに使い捨てにする気満々ってことですかね、これは。先ほどそんなことしたら斬首刑とか言ってなかったかな。
まぁ、このあと一人で山に入って討伐してきても信じてもらえなかったら依頼達成のサインが貰えない。仕方がないので明日のワイバーン襲来まで待つことにした。
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――――翌日
一つの鐘が鳴ったと同時に周囲が慌ただしくなる。
駐屯所は仮設のため野営と然したる違いはない。天幕には限りがあるので殆どの者は野ざらしで寝ることになる。一応、国王陛下からの使者ということになっている僕にも天幕を割り当てると団長から言われたが、僕はこれを断って外で寝ることにした。
冒険者業、というよりは旅慣れしてきたため地べたに寝ることにも抵抗が少なくなっていたし、何より僕に割り当てられたことでそこを使っていた人が追い出されるのは申し訳ないと思ったのである。
僕はちょっとでも気配察知が使えるように城壁からできるだけ離れて木陰に隠れて寝ることにした。陣幕の外にしか丁度よい場所がなかったのでそこで寝ていた訳だが、これが幸いして一つの鐘が鳴った後の戦闘準備に巻き込まれずに済んだ。
陣内の戦闘準備が一通り落ち着いてきたところ見計らって僕は起床し、団長たちがいる作戦本部へと向かう。
騎士団はざっと見たところ二百名程度が駐屯しているようだった。ただし、馬が多く見積もっても五十頭ほどしかいないため、恐らく徴兵された者も入っているのだろう。中には冒険者らしい恰好をしている者もいた。
作戦本部に着くとすでに会議は終わっていたようで団長が忙しなく方々から来る伝令に指示を出していた。
「おはようございます、団長。皆さん朝早くから総出で戦闘準備しているようですが、ワイバーン襲来はこの時間から始まるのですか?」
「……。あぁ、使者殿か。奴らは決まった時間に攻めては来ん。それでも相手が相手なので総出で準備が必要なのだ。使者殿のように悠長にしていて、いざ襲われた際に動員できる兵が限られているようでは話にならんからな。
それで、ここにはそんなことを聞きに?」
「いえ、今日ワイバーンが攻めてくるとしたら昨日のお約束通り、私が前線に出ることは問題ないかの確認に参っただけです。」
「何?……。いや、何でもない。本気なのであれば、止めはすまいよ。他でもない使者殿が申し出てくださったことだ。ご活躍のほどを期待している。」
「ありがとうございます。それでは前線指揮を執る部隊のほうへ行きたいのですが、どちらに伺えばよろしいでしょうか。」
「本日の夜明け前に漸く殿下より守備部隊の動員を許可されたのでな。一番元気な守備部隊を前線に置くことにしている。使者殿はその部隊に入ってもらえるかな。城壁門で待っていればもうすぐ出てくるだろう。」
「分かりました、それでは失礼します。」
僕は頭を下げて天幕を出ていく。
それにしても嫌味がさらに酷くなっているのは何なんだろう。いくら僕が余所者だからと言っても最低限のマナーくらいは守ってほしいものだ。
ぶつくさと文句を言いながら城壁門へ向かうとちょうど中から兵士たちが出てくるところだった。
「あれ?班長さん。」
「ん?おぉ、お前さんか。なんだ、儂たちの見送りにでも来てくれたのか?」
そこにいたのは昨日着いた際に対応してくれた兵士だった。班長と呼ばれていたのでこの区画を警備している兵士たちの統括なのかもしれない。このタイミングで出てきたと言うことは班長も前線に送られるのだろう。
「いえ、騎士団長から前線を任されたので皆さんと行動しようと思いまして。」
「なんと!団長は本気でそんなことを言ったのか!?こんな若者を前線に送るなど気でも触れたとしか思えん。儂が幕舎へ行き取り消しを嘆願してやろうか?」
「その必要はありません。僕が頼んだようなものですから気になさらないでください。それよりも今回前線を担うのは守備部隊が中心となると聞きました。皆さんはワイバーン討伐にこれまで参加されていたのですか?」
「そうか、それなら良いが無理強いさせられたのであればすぐに儂に言うのじゃぞ。
それから、儂らがワイバーン討伐に参加するのは今日が初めてじゃ。ほれ、不安になってきたろう?無理なら素直に言えばいいのじゃ。」
「いやいや、それでは僕がここに来た意味はありませんから。それに僕はこう見えてワイバーン討伐の実績があります。皆さんが初めてなのであれば僕がいた方が役に立つと思いますよ。」
「なんと、いやはやどうして如何がしたもんか。その若さでワイバーン討伐隊に参加したと言うのか。
儂も若い頃は冒険者として弟とともに様々な魔物と戦ってきたが、ついにはワイバーンと対峙する機会はなかった。
それがこの間、数年ぶりに弟から手紙が来ての。そこにはワイバーンと対峙して死にかけたとあったわぃ。たまたま居合わせた旅の者に助けられたので一命は取り留めたが、危ないところだと書いてあった。
お前さんも討伐隊に参加したことを棚に上げて己の力量を見誤ってはいかんぞ。」
手紙は一通出すだけでもかなりの費用が掛かるとクリスに聞いた。それでも出したと言うことは班長の弟はどうしても知らせたかったのだろう。ワイバーンに遭遇するなんて本当は早々あることではないのだ。
「その言葉、重々胸に刻んでおきます。では行きましょうか。」
僕たちは共に配備位置まで行くと、先に着いた兵士たちが弓を大量に用意して待っていた。
「バリスタのような兵器はないのですね。」
「そこまでの脅威はこの近辺にはいないからの。そんな使うかどうかもわからん高価なもんを用意する金があるなら他のことに使いたい、というのが殿下のお考えなのじゃろうよ。」
その考えは分からなくもないが、兵器があれば今の状況も多少は楽になっていたかもしれないと思うと、これまで踏ん張ってきた騎士団にも情が沸いてくる。
「ですが、弓矢で空飛ぶワイバーンを射抜けるものでしょうか。」
「聞いた話では射抜くどころか届いた者もいないという話じゃ。まぁ、真上を飛ばれては矢を射るわけにもいかんでな。基本は逃げ回りながら隙を見て攻撃していくことになるそうじゃ。と、まぁそんなことは経験者のほうが分かっておるか。」
「いえ、ワイバーンにも個体差があるようなので助かります。でも、それじゃあ皆さんは一日駆けっぱなしになってしまいますね。」
「そうじゃな。当初は騎馬隊が中心でけん制していたのだが、時間が経つとともに潰れる馬の数も増えていき、騎馬隊のみでけん制することができなくなったそうじゃ。騎士団のくせに馬がいなければ魅力半減じゃな、いやっはっはっはっ!」
それ、笑っていいんですか…?
心の中で一人ツッコミを入れていると僕の気配察知に引っかかるものがあった。
「むぅ、どうやら開戦合図のようじゃな。」
僕が気づくと同時に法螺貝のような音が遠くから聞こえてくる。
ついにワイバーン討伐作戦の開始である。
次回【第45話 続・翼竜討伐戦】を投稿します。




