第40話 イヴン
レガートでミハエルから馬車を借りたシュウたちの旅は順調に進み、ついに王都イヴンへ辿り着く。ミハエルは馬車馬の中でも駿馬を用意したため、結果的には予定通りの日程で王都まで到着することができていた。
【ナインフォセア王国 王都イヴン】
その街並みは大半が上り坂となっており、まさに山を切り崩して作られた要塞と言ってよい。
豊穣の姫イヴンが時の権力者であるナイン国王からこの土地を下賜された際は裾野に盆地が広がる程度であったが、街の発展に伴いその面積を山のほうへ広げていき、最終的には険しい崖が切り立っている場所まで到達させていた。
街は大きく分けて二段に分かれており、それぞれに城壁が施されている。
下段は盆地から裾野の中腹までとなり、第一外壁と呼ばれる壁に囲われた平民街となっている。上段は貴族街として、第二外壁と呼ばれるより高い城壁が聳え立ち下段との境を明確に分けられていた。さらには、それぞれの城壁に守衛が常駐している徹底ぶりである。
城は崖を背負う形で造られているため山脈から生えているような見た目をしている。城の周りにも城壁が施されているので、これが防衛に意識を注ぎ込んだ造りとなっていることは明らかであった。
そして、この城壁にある王家の刻印が施された門の先は王家が住まう地『ナインフォート』と呼ばれ、入城には貴族であっても王家の許可が必要となる。そのため、役所は全て貴族街に設けられており、極限られた人間のみが城との間を行き来している。
シュウたちはレガート伯爵の馬車に乗っているため難なく貴族街へ入ることができるが、城へ訪れて良いのはルスト辺境伯が召喚しているシュウと血族であるクリスのみであった。
ダラス達を貴族街へ置いていくわけにもいかないため、一旦平民街で三人を下ろしシュウとクリスは貴族街へ向かっていく。
「しっかし、この街も物々しい雰囲気になってやがるな。」
「えぇ、まるで戦争の準備をしているみたいですね。」
「兵士があれだけ走り回っているんだから、あながち間違っていない様にも見えるな。やはり各所で徴兵している目的は戦か。しかし、どこと戦争を起こす気なんだ?」
ダラス達は街を見渡しつつイヴンの冒険者ギルドへと向かう。冒険者ギルドであればそう言った情報も集まっていると考えたためである。
「おう、ずいぶん殺伐としてんな。」
ダラス達がギルドへ踏み入ると中にいた冒険者たちからいきなり睨まれる。
冒険者ギルドは基本的に各所で経営者が違うが、暗黙の了解として会員証を持っているものはどこの出身であろうとランクに見合った依頼を受ける権利がある。たとえそれが他大陸の冒険者であろうと受注を許されているため、地元の冒険者は余所者を嫌う。これは美味しい依頼を余所者に取られないための防衛本能に近いもので冒険者界隈では常識であった。
そのことを考慮してもギルド内にいる冒険者たちの反応は異質だとダラスは感じていた。まるで何かに怯えているかのような、猫に追い込まれたネズミのような顔をしている。
「よう、景気はどうだ兄弟。別に依頼を受けたくてここへ来たわけじゃねぇんだ。一杯奢るから仲良くしようぜ。」
ガジは比較的温厚そうな集団を見つけて話しかける。こういった際に社交性を見せるのは決まってガジであった。敬語や礼儀作法はサッパリだが、冒険者やならず者には不思議と気に入られる節がある。どうしようもない噂話も持ち帰ってくるがその中に重要な情報も隠れていることが多いため、特に酒の席ではガジが情報収集を担当していた。
「なんだ、てめぇは?」
「俺たちはカルカス国にあるルストって街の出身で『蒼天の牙』ってんだが、この街には護衛依頼のために今さっき着いたばかりでな。何だか前に来た時と街の雰囲気が違うもんで気になってここまで来たんだ。…。あ、お姉ちゃん!俺とこの男前どもに一杯ずつ持ってきてくれ!」
ガジはギルドに併設された食堂のウェイトレスに注文をすると空いている席から椅子を運んでその輪の中に入る。
「蒼天の牙っていやぁ、英雄がいるパーティだったな。あんたがそうなのか?」
「俺が?そんなタマに見えるか?俺じゃねぇよ、横のこいつだ。」
そう言うとガジはダラスに指を向ける。
「ダラスだ。俺たちが本物の蒼天の牙か疑ってるのなら英雄バッジでも見せてやろうか?」
ダラスはわざと威圧的な態度を取る。これで相手の実力を測れないようでは大した情報も持っていないと考えるのが妥当だと判断したためだ。
「…いや、いい。十分だ。で、何が聞きてぇんだ?」
「なんだってあんなに兵隊が街中を我が物顔で歩いてんだい。俺の記憶じゃ、この辺はあんたら冒険者の縄張りになっていたんだと思ったんだがな。」
「あぁ、そうだな。だが、そいつは平常時の話さ。あんたらも薄々気づいてるんだろ?お上は明らかに戦争を仕掛けようとしてやがる。そんなときに粋がってちゃすぐに前線へ送られるからな。徴兵を受けるまではギルドの中で縮こまって大人しくしてんのさ。英雄さんならこの気持ちわかってくれるんじゃねぇか?」
男はダラスを見やりながら答える。ダラスとしても事前の情報で役職が割り当てられていくことに苦い思い出がある。悪辣な態度を取るものは優先的に死地へと送られる傾向が強い。三年前の戦争でもそうして大した統率も取れずに散っていった冒険者が何人もいたのだ。
「なるほどな。だが、どこと戦争なんてするつもりなんだ?エクロキア大陸の国々は属国に近い形で同盟を結んでいるだろう。」
「ここだけの話だ…。噂じゃ、ついにルインルスアルテ大陸へ進出するつもりなんだそうだぜ。」
「何!?それは帝国か魔導連邦国へ喧嘩を売るってことか?」
「まぁ、普通に考えればそうなるわな。こいつも噂だが、最近この大陸にいるはずがない魔物が多く目撃されてるんだとよ。それもグレーター級の奴らばかりなもんだから冒険者ギルドにも依頼が降りてこねぇ。奴らは集団で包囲しねぇと倒せねぇからな。
その凶悪なモンスターどもをこの大陸に解き放ってるのが、ルインルスアルテ大陸にいる悪魔だってことだぜ。」
悪魔という単語が出てきたことで三人は固唾を呑む。普段であれば鼻で笑っていたところだが、実際に悪魔が現れたことを聞いているのでそれが単なる噂だとも思えなかったからだ。
「じゃあ、悪魔討伐のために挙兵するのか?」
「そいつも目的の一つだが実際にはもっと根深い話だ。その悪魔は帝国と繋がってるんだとよ。」
「帝国と悪魔が組んでエクロキア大陸を攻めてるってのか!?そんな馬鹿な話あんのかよ!?」
「知らねぇよ。言っただろ、噂だ。う、わ、さ。これ以上はなんも知らねぇからいくら聞かれても答えらんねぇぞ。」
「あぁ、邪魔して悪かったな。助かった。」
そう言うとダラス達は情報をくれたお礼に銀貨を人数分置いて冒険者ギルドを後にする。
「さて、どうしたもんか。」
「帝国といえば、スタンピードが発生したって話がありましたね。天使が出張ったって話もありましたけど、そのときに悪魔と何かしらの取引があったんでしょうか。」
「その考えもボールドンの話を聞くと捨てられないから笑えねぇな。とりあえず俺たちは宿でクリス達を待つとしよう。向こうでも何か情報を得ているはずだ。」
ダラスは空を見上げながら、この後の最悪を想定して遠い目を向ける。
◇◇◇
「何?入れないとはどういうことだ?」
シュウとクリスは馬車で貴族街を超えるとレガート伯爵邸で下車する。レガート伯爵の馬車なので目的地も別邸というのは納得できるが、大通りで降ろされるよりもこちらのほうが城門に近いのでクリスがここで降ろして貰えるように御者へ頼んだのだ。
御者に礼を言うと二人は歩いて城壁にある刻印門へ到着したところで問題が発生していた。
予定ではルスト辺境伯の召喚状を見せてクリスが王家の血筋である証明をすることで、すんなりと城内にある辺境伯の元へ通されるはずであったのだ。
「辺境伯閣下は現在緊急の会議を行っております。そのため、城内へのご案内は出来かねます。」
「緊急会議…。そのことについて言伝か命令は受けてないかい?」
「会議についての言及はございませんでした。ただし、会議が終わるまで特別侯爵閣下の別邸でお待ちいただく様にとのことでございます。」
「叔父上のところか。…わかった。時間を取らせてすまない。」
そう言うとクリスが離れていくのでシュウはそのあとを追う。
「緊急会議なんて内容は何だろう。カルカス国の要人である辺境伯様も出る会議なんて家族会議くらいしか僕には思い浮かばないけど、王族の家族会議といえば後継問題とか?」
「そうだね、案外その可能性は高いかもしれない。一つ分かることは、父上はダラス達と合流せずに叔父上の屋敷で待つように指示をしてきた。きっと叔父上が情報をもっているのだろう。」
二人は歩きながら話し合うものの、憶測の範疇を越えない。そのためアルスカイン特別侯爵の元へ急ぐことにしたのだった。
「待たせてすまないな。この屋敷に人を招くなど滅多にないもので手間取ってしまった。無事ここまでたどり着いたこと喜ばしく思うぞ、二人とも。」
「いえ、お気になさらず。叔父上もご健勝のご様子で安心いたしました。当初の予定では我々が到着して早々にシュウの昇格が言い渡される手筈でしたが、そちらの首尾はいかがなのでしょうか。」
二人が通された部屋は応接室であった。一代限り許された爵位とはいえ仮にも侯爵位である。屋敷もそうだが、応接室も広く高価な調度品で揃えられた立派なものになっていた。
「あぁ、そのことについて兄上から伝えるように頼まれているので順を追って話そう。とは言っても大した情報は持っていないがな。
まず、私たちがイヴンへ到着してから兄上はすぐに陛下への謁見を願う親書を送られた。そして、兄上と陛下の二人でシュウのことを話し合うことになったのだ。」
アルスカインは血族であるが平民との間にできた子供である。国王の慈悲のもと侯爵位を叙爵しているものの、地位としては血族と認められていないため城内を自由に歩き回る許可は下りていない。そのため、基本的にルスト辺境伯が城内へ招くまではアルスカインも貴族街で待たざるを得なかった。
「何度か陛下と話された晩に兄上は私の元まで来て進捗を教えてくれた。そこではもう少しでシュウのプラチナランク昇格の許しが出るとおっしゃっていたのだが、そこから兄上は城から出てこられなくなった。」
「軟禁にでもあったのでしょうか。」
「いや、兄上には護衛としてユスタスを付けている。兄上はユスタスを通して時折手紙を届けてくれるが、そこにはそのような内容は書かれていなかった。ユスタスも目立った規制は受けていないと言っていたので問題ないだろう。
だが、手紙には緊急の有事が発生したためシュウの昇格とその後の交渉については後回しとなったと記されていた。合わせてそのことをそなたたちにも伝えるように書かれていたため私は屋敷で待っていたというわけだ。」
「守衛から父上は緊急会議に参加していると聞いたのですが、そのことについては?」
「特に重要なことは記されていなかった。おそらく他の人間の目に触れては困る事案なのだろう。だが、今後のことについては指示がある。シュウと蒼天の牙については、いつでも出頭できるように常に連絡が付く様にしておいてほしいとのことだ。」
「そうですか…。承知いたしました。それでは私たちは一旦平民街に戻ります。ダラス達も待っていますので。」
「平民街で待つのか?全員とも私の屋敷に招いても構わないぞ。」
「いえ、叔父上にも立場がありますでしょうから。それに私たちも平民街で出来る限り情報を集めたいと思います。ですので、叔父上にも貴族街で広まっている噂などを集めていただけないでしょうか。」
「あぁ、元よりそのつもりだ。いずれにしても常に連絡を取り合う必要がある。宿に着いたら一度知らせてくれ。」
「はい。それでは本日はこれで。」
シュウとクリスは馬車を借り平民街へと戻っていくとダラス達とすぐに合流を果たす。
だが、ダラス達の情報とクリスが得た情報を合わせても正確な情報までは得られなかった。
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次の日、シュウたちは手分けをして街を見回ることにした。少しでも異変を感じたら合流した際に報告して各所の情報を照らし合わせるためだ。
シュウとチョボは平民街にある市場へと出向いて相場の乱れなどを調べてみることにした。
「山間だからもっと高いかと思っていたけど、そんなに平地との差はないんだな。」
「物にもよるけどね。イヴンは豊穣の姫が建国してから自給自足が成立して、食料物資が潤沢にあるんだって。だからレガートと変わらない物価が維持できてるんだってクリスが言ってた。」
チョボは最近人前でも変装用の言葉遣いではなく、普通の話し方をするようになっていた。尤もそれはシュウと二人きりのときだけであり小声で囁くような話し方であるのだが、この時シュウはそのことに気づいていなかった。
せいぜいがドレスの件も合わせてチョボの価値観が変化してきたのだろう、と感じていたくらいのものである。
「へぇ、ということは食べ物は今も余裕があるんだな。兵士が増えれば買い占めも発生するだろうから市場へ流通する物は高くなるんだと思っていたけど。」
「まだそこまでひっ迫してないみたいだね。準備段階で国庫を開くとも思えないし、思ったよりも徴兵は激しくないのかも。」
「そうだとすると、ルインルスアルテ大陸への侵攻はあんまり現実的な考えじゃないかもしれないな。海を渡るなら大量の物資が必要になるはずだし、そうなればあそこの屋台みたいに行列が作れるほど商品を出せるとも思えない。」
「うーん。もしかしたら別の領地が一手に物資調達を引き受けている可能性もあるけど、挙兵前としては確かに静かな感じもするね。あそこの屋台、肉串が美味しくて有名なお店だ。」
………。見つめ合う二人。
気づけば二人は行列に参加して肉串を手に持っていた。ハーブとスパイスで味付けされた肉は、噛めば噛むほど肉汁と旨味があふれ出していく。買うまではかなりの時間がかかったが、手に持ってしまえば一瞬で食べ切っていた。
「あー、美味しかった。奢ってくれてありがとう、シュウ。」
チョボは満面の笑みをシュウへと向ける。チョボは男装をしているが、それでも可愛らしく感じてしまうほどに自然な笑顔を浮かべていた。
「僕もチョボに喜んでもらえて嬉しいよ。」
シュウも笑って答える。しかし、ここでチョボは少し思い詰める様子を見せる。そして、今までよりもさらに小さい声で話し始めた。
「…リー……。」
「へ?」
「……。エリス…。私の本当の名前。だから二人きりの時はエリーって呼んでほしい…。」
チョボはそう言うと耳を赤くさせて顔を伏せてしまう。
「エリスか、良い名前だね。とっても似合ってるよ、エリー。」
「……。うん。」
エリーは短く答えるとさっさと歩いて行ってしまう。この時エリーの顔はリンゴのように真っ赤になっていたのだが、顔を伏せていてシュウには見て取ることができなかった。
「あ、待って。もっと周りを見ないと危ないよ。」
シュウがエリーを追いかけようとするといきなり後ろから声がかかる。
「シュウ!!」
シュウには聞き覚えのある懐かしい声。この声を聞くだけで色々な思い出が蘇ってくる。
それはシュウが転生してから初めて会った最初の人間。
シュウが後を追ってこないことに気づいたエリーが振り返ると、目を疑うような光景がそこにあった。なんと、白金髪の美女とシュウが抱き締め合う姿が飛び込んできたのだ。
不意を突かれたシュウは飛びついてきた美女の行動にまったく抗うことができなかった。
「シュウ!やっと会えた!シュウ…。」
「…シル?なんで?」
金色の瞳を潤ませたエルフの美女シルフィードは、困惑するシュウを余所に周囲の視線も気にする素振りを見せずシュウを強く抱きしめ続ける。
「……。シュウ?」
静かな怒りを含んだ声。シュウにはそれがジキアスが火竜になったときの咆哮よりもよっぽど怖いものに感じた。
「ん?何なのだ、この小僧は。」
シルの問いにシュウが答えるよりも早く、シュウの頬は見事に掌の形を作り赤く腫れあがっていた。
(……。なんで?)
チョボ、可哀そう……。




