第38話 月夜の晩
【ペリシェ王国 城内ボールルーム】
ギガントロック討伐から二日後、僕たちは王城へと招かれた。ここで式典を開くのだという。
本来であれば昨日にはナインフォセア王国へ旅立たなければいけなかったわけだが、国王と王子、さらには騎士団長の強い要望で滞在許可が降りただけでなく、式典か終わるまでは出国させないように各所へ通達まで出している徹底ぶりであった。
これでは軽く軟禁状態だとダラスはボヤいていたけど、クリスとしてはここで恩を売っておいて損はないと判断したらしい。
そんなわけで、ここ二日は黙って観光することにしたのだった。
街では式典に合わせて祭りの準備をしていた。
この式典は討伐達成の記念というよりも戦没者への供養が主な目的らしい。昨日は王様自ら慰霊碑まで立ち寄り黙祷を捧げていた。その後からは慰霊碑へ戦没者の名前を刻む作業を今も続けている。
そんなわけで祭りの準備と言いつつも華やかな装飾などはなく、哀悼の歌や踊りを捧げるための舞台とささやかな食事が用意されるだけに留まっている。ただし、酒だけは国庫から出して好きなだけ振舞うことになっている。特に遺族や友人には酔って痛みを和らげて貰いたいという気持ちが込められているのだろう。
それはこのボールルームでも同じことが言えた。ペリシェは貴族の数が少ないので騎士団の半数以上が平民だという。しかし、だからと言って貴族がいないわけではなく、むしろ有事の際は半強制的に騎士団への参加が義務付けられていた。
これも大国時代の名残なのだそうだが、今回の討伐で被害にあった貴族のことを考えるとペリシェとしては由々しき事態と言ってもよさそうだった。広いボールルームにいるほとんどが初老をとっくに過ぎている風体の老人たちばかりが目立つためである。
とはいえ、名目上は式典である。
僕たちは参加するにあたり普段の格好では締まりが悪いと言われ、王国から貸し出されたタキシードを着ている。
一番意外だったのはチョボがドレスを着たことだ。やはり人目が気になるようでガジや僕の横から離れようとはしないが、格好としてはどこかの令嬢と言われても納得してしまうほどに可愛らしい。
そのことをチョボに言ったら、ふぃっとガジの後ろへ隠れてしまった。また何か怒らせるようなことを言ってしまっただろうか…。
「噂には聞いていたが、ペリシェの政治中枢はやはり少子高齢化が進んでいるようだね。貴族が政を担う貴族政治では貴族の数が減ることは致命的だ。今回の作戦も若者を残す視点で考えれば見直すべきだったのだろうね。」
「しかし、あそこまで王都に迫られちゃ作戦を組みなおす暇さえなかったってのも事実だ。それも分かって皆今回の作戦に賭けていたんだろうよ。」
「ごめん。僕が出し惜しみしなければもっと救えた命もあったかもしれないのに…。」
「いや、あれでよかったのさ。シュウがどんなに気張ろうとギガントロックの翼での攻撃は誰にも予測できなかったし、あの広範囲を守るには一人では負担がデカすぎる。仮にシュウならカバーできたとしても騎士団がギガントロックを倒せたとも思えない。
今後の付き合いとしてもそうだが、自国のことを全て他人に任せなきゃならないような国はどこも滅ぶ運命にある。だが、この国は自分たちで立ちあがり、そして討伐を果たした。それは単なる数値では測れない国力となるはずだ。」
恐らくダラスは冒険者として旅を続ける中でそういった国をいくつも見てきたんだろう。ダラスの言うことはわかる気もするが、僕としては目の前にいる人たちを救えなかった悔しさが胸の奥でつかえているのだった。
「シュウ、君の優しさは美徳だ。それに僕も今まで幾度となく救われてきた。だが、自分を陥れてまで助けることは巡り巡って誰も得をしない結果を生む。仮にそういった使命を負っていたとしても、まずはシュウ自身が自分を大切にしてほしいと僕は願っているよ。」
クリスの言葉は優しさそのもののように感じられ、僕の中のつかえを和らげてくれる。こんなとき慰め合える仲間がいることに感謝しながら、僕は蒼天の牙の面々を見渡し微笑みながら頷いて見せた。
そして、少し時は過ぎ、ついに王様が到着したようだ。
「ナイン国王陛下、ご入場。」
衛兵が声を上げると雑談していた出席者たちが一気に静まり返る。そして入口からナイン国王とその妃、イーゴリ王子が続いて入ってくる。数歩遅れて騎士団長も入室すると扉は再び閉じられて国王が壇上に着くのを待つ。王家が壇上に登り切ると、その右後ろに騎士団長が付く。団長は剣を鞘に入れたまま床に突き立てると、それに合わせて参加者が跪いた。
「皆の者、今宵は良く集まってくれた。まずは礼を言わせてほしい。
そして、面を上げ儂の言葉を聞いてくれるだろうか。」
陛下から許しが出たことで参加者は立ち上げり、壇上に注目する。
「今回の討伐は想定よりも遥かに凄惨なものとなった。ギガントロックの脅威を見せつけられ、騎士団も半数を失い、兵器の数々も悉く破壊された。それでも、この王都がいまだ健在なのは、散っていった我が同胞たちとその魂を受け継ぎ全力を出し切り戦い抜いた精鋭たちの働きに他ならない。あの場にあった者、全てが我が財産であり、我が誉れである。
この場を借りて、戦士たちを繋ぎ止めてくれた我が同胞たちの魂に感謝を述べたいと思う。」
王様がそう言うと皆黙祷を始める。僕も倣い黙祷をしながら先ほどダラス達と話した内容を思い浮かべる。やはり、励まされても僕なら救えたんじゃないかと考えてしまう。全員を救うことは僕でも難しかっただろう。それでも自由に動いていればもっと救えた命があったのかもしれない。そう考えずにはいられなかった。
「皆、顔を上げてくれ。
…儂は思うのだ。これはある種の天啓だったのではないか、と。
若い命が魂の限りを尽くし護ってくれた王国も、玉座に着くのはいつ死んでもおかしくない老いぼれだ。古都であるこの国にはふさわしかろうが、これでは今後の未来を担う若者が不憫でならん。
で、あるからして、儂はここに宣言する。これより二年以内に王位をイーゴリへ譲り、若者が犠牲となることなく活気ある国を共に築いていく、と!」
この宣言に会場内は大いにざわついた。それはそうである。まさか、この討伐作戦がきっかけで国王の退位が決まるなど思うはずもない。だが、後ろに控える王家親類や団長、腹心たちは表情を変える気配がない。おそらく事前に話し合って決めていた内容だったのだろう。
「今はまだイーゴリも未熟ではあるが、イーゴリもまた成長している。二年の間に必ずや儂の手で皆が恥じることない国王へと成してみせよう。
ここに集まるは儂が誇る忠臣たちだ。どうかこれからも儂たちを支えていってほしい。」
ざわついていた会場であったが、国王が深々と頭を下げるとしんっと静まり返る。そして一人、また一人と跪いて忠誠を誓う礼儀を取り始めた。この中には跡取りを亡くしてしまった人もいるだろう。それでも臣下の礼を尽くすのはナイン国王を思ってのことだと信じたい。
その後は討伐の功労者である蒼天の牙の面々が表彰されていき、国を救ってくれた英雄としてペリシェの永住権と国境の検閲免除を約束される。歓談は気兼ねなく話してもらうことを理由に王家はボールルームから下がっていく。
皆が歓談している中、蒼天の牙のメンバーは参加者に次々と捕まっていき身動きが取れなくなっていた。
僕はバルコニーへ出るとベンチに座り一人夜風を受けながら月を眺める。
本当にこれでよかったのか。
僕が一気に片付けていれば、あの場の半数もの人間が死ぬことはなかったんじゃないか。
僕がやったことといえばダラス達の攻撃力と瞬発力を上げて、王子を守った程度。本当は僕一人でも片付けられたはずだ。なのに、僕は…。
「どうしたの、シュウ?」
気づけば頭の中を同じ考えが堂々巡りしていた。誰かに話しかけられて僕自身、初めてそのことに気づく。
横にはチョボが座っていた。
「やっぱり悩んでるんだね。」
「わかるの?」
「わかるよ。シュウのこといっぱい見てきたもん。
クリスもリーダーも言ってたけど、シュウは皆を助けてくれたよ。シュウがいなきゃ騎士団は全滅してたし、私たちも危なかったと思う。」
「それでも、僕は自分可愛さに出し惜しみをして沢山の人を見殺しにした……。」
「…シュウ。私ね、野盗だったとき村を襲ってたの。
財産を奪われて為す術もなく地面に伏している村人を横目に皆笑いながら火をつけて、時には無意味に殺してた。
私はそれを止めもせずに、ただ生き抜くことだけを考えてたんだ。口ごたえすれば次は私が殺されるから。
だから私は多くの人たちを苦しめて、見殺しにしてきた。」
「けど、それはチョボにはどうしようもないことだったんだろ?チョボだってやりたくてやったわけじゃない。」
「被害に遭った人たちには私が憎い敵であることに変わりないよ。それでも私は自分の行動に責任を負わなくちゃいけない。
これまでの行いは悔やんでも元には戻らない。だから、大事なのはこれから何を成すか、なんだって。
…シュウはこれからどうしたい?」
「僕は…。僕はこの世界の人たちを、自分の手が届く範囲の人たちだけでも助けたい。」
この世界に来てから知り合いや大事なものも増えた。
僕の使命からしたらちっぽけかもしれないけど、せめて目に見える人たちは助けたい。もう、こんな後悔はしたくなかった。
「そっか…。さっき村を襲ってたって言ったでしょ?こんな酷い事をしてきた私でも救われたことが二度あるの。
一度目はリーダーとクリスが野盗のお頭を殺してくれたとき。あのときは行く当てがなくなって貧民街に戻ろうとしたけど、これからは好きなように生きられるんだって二人に教わってから同じ景色が違うものに感じたのを覚えてる。
そして、もう一つは…シュウと会ったこと。」
「…僕、と?」
「うん。私、蒼天の牙のメンバー以外、男の人が怖くて仕方なかった。いつ襲ってくるのか、騙してるんじゃないかって不安でいっぱいで…。
だけど、シュウは違った。
何が違うかは私もはっきりと言えないけど、シュウがグレートボアの前に立ちはだかったときに私思ったんだ。この人なら大丈夫だって。
だからシュウは私のことを二度も救ってくれてるんだよ。グレートボアのときとか今回の件みたいな物理的なことだけじゃなくて、もっと大切なこと。私の心を。
それに、クリスも何度も助けられてるし、リーダーなんかシュウがいなきゃ死んじゃうところだったんだから。ガジは…まぁ助けられてるでしょ?」
このシリアスな場面でガジのことを出されて不意を突かれてしまった。思わず含み笑いを浮かべると二人して低い声で笑い合う。
「シュウと会ってから半年も経ってないのにこんなに助けてくれてる。バーグ村もルストもボールドンも。
シュウは沢山の人を助けてるんだよ。
だから、自分を責めないで。
助けられなかった人数じゃなくて助けた人数を数えてよ。『ありがとう』って言われた数を教えてよ。シュウが救った命を見つめてよ。今、私がこうやってシュウを見てるみたいに。」
「僕が…救った人の数……。」
その言葉が何故かスッと心の中に入り満たされていく。救えなかった人たちを嘆き悲しむのではなく、救った人たちの行く末を見つめる。僕に存在価値を示してくれているような言葉であった。
今まで知らずに緊張で固まっていた身体が徐々に解けていく。そして、僕の瞳からは大粒の涙がとめどなく溢れてくる。
横に座る少女はそっと腕を僕の首に回して頭を包み込むように抱き締めてくれる。
気づけば僕は転生してから初めてその胸の中で、泣いていた。




