第35話 それはまるで遠足のようで
僕たちが城で会議を行ってから二日後、ルスト辺境伯を連れた第三部隊はルストを出てボールドンのほうへと向かって行った。
ルスト辺境伯が乗る馬車を中心として、その横にオルレアさん、それに続いてヤッドさんにセズさんも行軍していく。総勢五百名はいるのではないかと思う大隊行軍であった。
僕が三人と一緒に旅立ったときは革鎧だったので、プレートメイルを身に着けて進んでいく様子が何だか知らない人を見ているみたいで不思議な感覚がしたのを覚えている。
そして、その二週間後の二つの鐘が鳴った頃、僕と蒼天の牙もナインフォセア王国へ向けて出発しようとしていた。
「シュウ!お土産を忘れちゃダメよ。それからワタクシのために手紙を送りなさい。毎日よ、毎日。それから、それから…。」
「お嬢様、シュウ殿は仕事で離れるのですから、そう簡単に手紙を書ける環境ではないかと存じます。
代わりにこのジイめから提案がございます。シュウ殿がイヴンに着かれたらメッセージを添えて一つ目の土産を送っていただくというのはいかがでしょうか。確か、あそこには凄腕の人形職人がいたかと記憶しております。」
「あら、それはいいわね!シュウ!ちゃんと可愛いお人形を選んで贈るのよ。忘れちゃダメよ!忘れたら許さないんだから。…でも、本当は毎日手紙がほしいわ…。」
僕が了承する前に決定してしまった。人形一つくらいなら構わないのだが、しれっと執事さんが『一つ目の』とか言っていたのがとても気になります、僕は。
まぁ旅を始めた頃と比べて僕もそれなりに資産を持つようになったから何とかなるか。ここにきてようやくグレートボアの魔石代も入ってきたし、ワイバーンやアースドラゴンの魔石分も換金できている。僕の懐は今、絶好調に膨らんでいるのだ!下手したらそこらの貴族よりお金持ちかもしれない。
「お嬢様、執事さんが言ったように毎日手紙を書いても送ることは難しいでしょう。ですので、精一杯心を込めてお土産を選んでまいりますので、どうかそんな顔をなさらないでください。」
メアリーお嬢様は三年前の戦争でお兄さんを亡くしている。僕と会ってからは僕とお兄さんを重ねている節があるので、僕が旅立つ度に悲しそうな顔をするのだった。僕としても十二歳の女の子がこんな顔をするところは見たくない。ちょっと生意気でも子供は笑顔が一番なのだ。
「じゃあ、王都で一番高級なお茶会セットも付け加えるわ。センスの良い柄を選ぶのよ。」
………。やっぱり生意気なものは生意気なんだと僕は思います!
「シュウさん、気を付けて行ってきてくださいね。シュウさんは色々と寄せ付け体質ですから心配です。いざとなったらダラスを餌にしても構いませんから、四人は無事に戻ってきてください。」
セルマさんが一風変わった激励を送ってくれる。僕たちがボールドンへ行っている間に何かあったのだろうか…。余計な勘繰りが頭の中で働くが、セルマさんは怒ると怖いので黙っておくことにした。沈黙は金というわけだ。
ちなみに『様』付けから『さん』付けになったのはそれだけ仲が良くなった証拠だ。
「おいおい、俺のことも少しは心配してくれてもいいだろうに…。」
「リーダー、俺はリーダーなら一人でも大丈夫だって信じてるぜ!」
「そうですね、リーダーならあっしらが逃げるだけの時間は稼げると思います。自信を持ってください!」
「いや、囮になることを前提で進めないでくれるか……。」
ガジとチョボが握り拳を上げて声援を送っているのに、ダラスはどこかもの悲しそうだ。ダラスは見た目とは裏腹に意外と繊細なメンタルをしているのかもしれない。
「シュウ、クリス。わかっちゃいるだろうが、これも必要なことだ。ルスト様と特別侯爵のことも含め頼んだぞ。」
「大丈夫だよ、アッガス。シュウは頭の回転も速い。プラチナランク昇格を逃すようなヘマはしないさ。」
「まぁ、そうだな。俺の時とは違うか。」
そう聞くとあなたのときは何があったんですかね、アッガスさん…。と、これも面倒な事実を聞いてしまいそうだったので声には出さずに突っ込んでおく。
「あぁ、そうだ。シュウ、お前にこれを渡しておく。」
アッガスが懐から出したのは、片手で握りしめることができる程度の大きさの木札だった。表面には何か文字が書いてある。どうやら魔法文字と一般文字が焼き印で書かれているようだ。
「これは?」
「そいつは商業ギルドで使う一種の信用手形みたいなもんだ。お前はブロンズ冒険者のくせに金ばっかり持ってやがるからな。カルカス国内でなら大丈夫だが、他国で金を引き出そうとしてもブロンズじゃ身元の信用が足りねぇから誰も取り合っちゃくれねぇだろう。だからその時にこいつを使ってカルカス国が認めた資産であることを証明するってわけだ。」
「その木札を使うとカルカス国が保有している資産から一時的に引き落とされるんだ。そして、一定の期日を過ぎるとシュウの口座から貸した分のお金が引き落とされてカルカス国へ戻されるのさ。」
「へぇ、じゃあ利息なしに借りられるわけか。ありがとうございます。もしもの時は使わせてもらうことにします。」
僕はアッガスにお礼を言って木札を受け取ると鞄の中へ入れた。
「よし、それじゃあ行くとするか。」
ダラスが門番に声を掛けると城からの見届け人もいるので、すんなりと門を通してくれた。こうして僕たちのナインフォセア王国への旅が始まるのだった。
ボールドンまでは護衛を条件に商人の馬車へ乗せてもらう。道中、魔物に襲われることもなかったため一週間とちょっとでボールドンまで着くことができた。今日はどこかへ泊り、明日一日かけて物資調達を行う予定だが、宿を探す前に挨拶するため教会へ寄ることにした。
すると司教自らが大層喜んだ声を上げて出迎えてくれた。
「二日であれば教会の宿舎をお使いください。大したおもてなしはできませんが五人が泊まれるだけの部屋とベッドはご用意できますよ。」
というわけで、挨拶を済ませたらさっさと退散する予定だったものの、司教が是非にと譲らないため僕たちは教会へ泊めてもらうことになった。
そして、物資調達をしてさらに一日が立つ。
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「それでは、お気をつけて。あぁ、シュウ様。これは私の夢の話ですが、数日前にご神託が降りたのです。そこでは神の使い様がこうおっしゃっておりました。『迷った時は常に星が道標となるでしょう』と。どうぞ、あなたのことを見守っているものがいることをお忘れなく。」
司教が言ったご神託とはおそらくガイド様からの言葉なのだろう。まだ直接会うことはできていないが、何だかんだと言って気にかけてくれているみたいで嬉しかった。
司教と別れて僕たちは北門へと向かう。昨日、物資調達の前に城へ寄ったので左大臣が話を通してくれていた。門番に声を掛けると優先して僕たちを通してくれたのである。
「よし、ここからは歩いて向かうことになる。魔物が頻繁に出没する地域もあるから気を抜くなよ。チョボ、シュウ。何か異変があったらすぐに知らせてくれ。」
「シュウは私なんかよりも、よっぽど索敵に優れてるから道中も楽ちんだね。」
チョボは五人しかいないときは普通に話す。少年のような恰好をしているが、チョボは十七歳の女の子である。普段話す変装用の言葉でないときは口調がどことなく年頃の女の子のものになるのだった。
「いや、ルストやボールドンみたいに人が多い場所だと気配察知は使えないから、やっぱりチョボに頼ることになると思う。」
「なんだ、そうだったのか?全然気づかなかったぞ。」
「僕もシュウとボールドンまで旅をしたときは感度の鋭さと正確さに驚いたんだけれど、どうやら感度が良すぎて情報過多になってしまうようなんだ。ボールドン城を探ってもらった時も相当無理をしていたから、そういった意味じゃ街中ではチョボのほうが察知力は優秀だろうね。」
「そんなことより、今回はどうやって王国に入るんだ、リーダー?」
「王国までの行き方がいくつかあるの?」
ガジの質問に僕が質問で返してしまう。
「あぁ、ボールドンより先は小国が点在してんのさ。ほとんどが王国と同盟を結んじゃいるが、カルカス国と上手くいっていない国もあるもんだからルートを間違うと偉い目に合う可能性もあるってわけだ。
そんで、王国までの行き方は大概二通りに分かれてる。一つはその小国を経由していく行き方。もう一つは直接王国の国境を越える行き方だ。」
「直接越境できるならそっちのほうが良いんじゃないの?」
「シュウが疑問に思うのは尤もだけど、そう単純でもないんだ。
まず、王国へ直接入ろうとするなら西に迂回してリード男爵領へ入らなければならない。ただ、リード男爵は昔からカルカス国に友好的な態度を見せていないから入国手続きに恐ろしく時間がかかるんだ。
それに最近は周辺の小国と組んでカルカス国の上げ足を取ろうと躍起になっている噂まである。余計な面倒事に巻き込まれないように出来る限りそっちのルートは通らないほうが無難だろうね。」
「じゃあ今回は小国を抜けていくってことになるのか。でも、小国を抜けるのも入国手続きで足止めを喰らうことにならないの?」
「そこは通過する小国によるね。ボールドンから最短のルートで王国へ行くにはペリシェという国を通ることになる。あそことの関係は比較的良好だから恐らく問題なく通れるだろう。」
「もう一つはテルトーダ首長国を通るルートだね。あそこは国境を開放してる状態に近いからすぐに入れるよ。あそこは料理も美味しいんだ。」
チョボが目を輝かせながら記憶している料理に想いを馳せている。今にも涎が出そうな顔だ。
と、そこで僕もボールドンの屋台を思い出してチョボと同じような顔になってしまう。
「あ、シュークリームの国か!あそこは一度行ってみたいと思ってたんだ。シュークリームの外にも美味しいものがあるのかぁ。楽しみだなぁ。」
「お二人さん。盛り上がってるところ水を差すようで悪いが、今回俺たちが通るルートはペリシェ王国経由だ。」
「えぇ!?テルトーダ通らないの、リーダー!?せっかく楽しみにしてたのに…。」
チョボが今度は心底落ち込んだ顔になる。このメンバーのときはずいぶんと喜怒哀楽がはっきり出るようだ。
「はは。ごめんよ、チョボ。けれど、これにも理由があるんだ。テルトーダはカルカス国から入るにはすぐに通れるけれど、王国へ出るには相当に厳しい審査を突破しなければならないんだ。あそこは経済の基盤を固めることで他の国々と渡り合っているから、王国からの流入や流出に過敏になっているからね。
それに比べるとペリシェは入国も出国も安定した審査基準があるから比較的通りやすいんだよ。僕らが王国に行ったときもこのルートだっただろう?」
「あー、そういえばそうだった。テルトーダからは王国に入ったことなかったから知らなかった。じゃあシュウ、今度は二人でテルトーダの依頼受けようね。」
「うん、そうだね。」
チョボが振ってくるので僕は笑顔で肯く。そんな都合の良い依頼があるのかは知らないが、是非とも美味しい料理は食べたいのだ。あぁ、想像するだけで涎出そう…。
「そんじゃ、まず目指すはペリシェってわけか。」
「そうだね。ボールドンから五日ほど歩いてペリシェ王国へ入る。アルスカイン特別侯爵から事前にサインを貰っておいたから、この通行申請書を見せれば通常よりは入りやすくなるよ。
ただし、あくまでも通行を許可されるだけだから余計な滞在は許されないだろう。おそらくは、着いて一泊したらすぐに出発することになる。王国への入国申請書も父上から貰っているから王国へはすんなりと通れるよ。」
「さすがは蒼天の牙の知恵袋、仕事が早いねぇ!」
「だっはっは!ガジはクリスの爪の垢でも煎じて飲めば、いくらか仕事ができるようになるんじゃないか?」
「おいおい、リーダー!そりゃねぇだろうよ!あんただってよく怒られてんじゃねぇか!つい先日だってセルマが物陰に呼び出してあんたのこと叱ってただろうが!」
「あっ!ちょっ!?お前、何言ってやがんだ!?」
「何々?その言い方は何かやましいことでもあるのかな、ダラスさん。」
ダラスがあからさまに焦るので僕はからかってみる。
「リーダーはシュウとクリスが大変な時に、デートしてたんだよぉ。」
チョボが小声で僕に教えてくれる。小声だが皆に聞こえるほど通る声だ。
「ほぅ、ダラス。僕は聞いていないよ、セルマといつの間にそんな関係になったんだい?」
「ばっ、バカ!べ、別にそんなんじゃねぇよ!?セルマが仕事のことで相談があるからってんで、ちょっと食事に行っただけじゃねぇか!」
「はーん。それで?次の日はお二人ともずいぶんと機嫌が良さそうでしたけどねぇ。」
チョボとガジがジト目でダラスを見つめる。
こんなに焦っているダラスを見ることは滅多にないのでもう少しおちょくってやろう。
「そうかそうか。ダラスさんは僕たちが危険を顧みずに働いているとき、綺麗な受付嬢とイチャイチャしてたのかぁ。セルマさん、僕の担当なのになぁ。」
「い、いや、こ、これは、しかし…。すまなかったというか……。」
これは少しやりすぎたかな…。ちょっと反省。
「それで?結局のところ二人はどこまで進んだんだい?」
あ、反省してない人がまだいた。
「そ、その…。それは、だな…。」
「次の日の朝、一緒に冒険者ギルドまで出勤したんですよね、リーダー。」
「なんと!?ちょっと、ダラスさん!?」
「いや、待て!それは誤解だ!だから落ち着け、シュウ!」
「いやいやいや、これが落ち着いていられますか!さっきはからかい過ぎたかな、なんて思ったけどそれとこれとは話が…。ん?…。〈ウィンドカッター〉。話が違いますよ!」
「いや、ちょっと待て!なんで今魔法を飛ばした!?」
「鳥型の魔物がこちらを狙ってたんで仕留めたんですよ。邪魔されたくないですからね。それよりも話をそらさないでください!二人はどこまで進んでいるか、正直に話してもらいましょうか!?」
「少し落ち着こう、シュウ…。さすがにダラスが可愛そうだよ。」
何!?クリスがここにきて寝返っただと!?
「ま、まぁ、リーダーも隅に置けねぇってことで良しとしてやるか。帰ったら仲直りしておくんだぜ?」
うぅ!ガジまでもが大人になってしまっている…。これでは残る味方はチョボだけだ!君は僕の味方でいてくれ、チョボ!
「シュウ、そんな目で見られても困るよぉ…。あ、そうだ!さっきシュウが仕留めた魔物の魔石、拾いに行こう!」
「そうだな!いいこと言うな、チョボは!そんじゃあ俺たちは拾ってくるからシュウは休んでいてくれ!仕留めた挙句、取りに走らせちゃ悪いもんな。わっはっは…。」
そう言ってダラスとチョボは全力疾走で魔石のほうまで走っていった。残ったガジとクリスも何故か僕を慰めるような目でこちらを見てくる…。
……。解せん!!




