幕間 ジルベスターの苦労
ジル視点のお話です。
私の名前はジルベスター。不帰の森の守り人だ。仲間内からはジルと呼ばれている。三歳になる男の子と五歳になる女の子、そして私には勿体ないほど器量よしの美人妻がいて、今も帰着の里で元気に暮らしているはずだ。
何故憶測で話しているのかというと、私は今、里を離れて族長のご息女である精霊の巫女様とともにエクロキア大陸にあるナインフォセア王国のスリースンという街に来ているために妻子と会えていないからだ。
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ある日、巫女様、旅中は巫女であることは伏せているのでシル様とお呼びしているが、シル様は族長と共に神の使い様より森から出て外界で見聞を広げるように、というご神託を賜った。神の使い様が言うには外界は動乱へと向かっているらしい。そのため、見聞を広げた後はシュウと合流して、シュウの使命に助力するように言われている。私は世界の変革時にシュウが受けた使命の手伝いをしたいと自ら志願してシル様の旅に同行したのだ。
妻とはご神託が降りる前からこんな時のために三日三晩、子供たちが寝静まったころに話し合っていた。何となくの勘ではあるが、不思議とこうなる日が来るという確信があった。妻には最初、やはり反対されたが話していくうちに理解を示すようになり、最後には折れて、私の我儘を承諾したうえで旅立つ私を見送ってくれた。
自分で決めたことではあったが、旅立つ際に見た三人の悲しげな顔が今でもチラつく。
だからこそ、残してきた妻子のためにも私は心に誓っている。必ずこの世界のために役に立ってみせる、と。
それから私たちは森を通り人知れず国境を超えるとナインフォセア王国領へと入り、森を抜けた先にある村へ立ち寄った。村長と掛け合い近くにある町への入場許可を得るためだ。
しかし、最初の村でシル様は酔った村人に絡まれてしまう。それも男心を考えると仕方がないと言えるのかもしれない。シル様はまだ年若く肌も透き通っており、艶のある長い髪で里中でも一二を争うほどの美貌を持っている。さすがの妻もシル様にはあと一歩届かないほどだ。…。いや、あと半歩であると訂正しておこう。
そのため、村の男衆のシル様を見る目が自然とそういった視線になってしまうのも分からなくはない。分からなくはないが、シル様にはその男心は通用しないのだ。
シル様は視線を悟るとすぐに行動に移していた。碌に警告もせず、いきなり殴り飛ばしてしまったのである。いきなり斬りつけなかっただけマシではあるが、いくらなんでも性急すぎた。私たちはもちろん村にいることができず、他の村を捜し歩くことになる。
そこからは大変だった。私は里にいた時も必要物資を譲ってもらうためにバーグ村へ通っていたので、外界での所作はそれなりにできている自信がある。
最初の村の近くにあった集落をいくつか当たったが、その度にシル様は騒動を起こしていた。おそらく、森から一歩も出たことがないシル様は他人の視線が気になるのだろう。
私は次の村へ辿り着くまでそれは懇切丁寧に時間をかけて、すぐに手を出さないこと、話しかけられても適当に受け答えをして聞き流す術を身につけること、という具合に、言い含めながらその所作をシル様へ教えた。
その甲斐があったのか、次の村では何とか村長が話を聞いてくれることになった。…。の、だが、シル様はここでもやってしまう。
「……と、いうわけで我々は旅の途中で魔物と出くわし物資を捨てざるを得ませんでした。そのため近くの町で仕事を見つけたいと思っているのです。どうか入場のための紹介状を書いていただけないでしょうか。」
「ふむ、なるほど。それは災難でしたな。お連れ様は見たところ高貴なお方のご様子。ここまでの美人であれば魔物だけでなく、野盗なども放っておかないでしょうな。」
村長がそう言いながらシル様へ視線をやるとシル様が噛みつく。
「なんだ、貴様。私は見世物ではないのだぞ。斬られたいか。」
…。シル様、それは野盗に絡まれた際に使うお言葉ですよ…。シル様の放つ殺気に村長が委縮してしまった。
「こ、これはた、大変失礼いたしましたな…。そ、そう、紹介状でしたな。えぇ、書いて差し上げることはできます。ですが、この村も近年の徴兵令により人口が頗る減っておりましてな。できれば簡単な肉体労働をしていただきたいのですが、その報酬ということではいかがですかな。」
「えぇ、それは願ってもない。こう見えて私は力しご……。」
「何!?体で報酬を払えだと?貴様、どこまで私たちを愚弄する気か!人口を増やすためとはいえ、やって良いことと悪いことの区別もつかんとは、成敗してくれる!」
「え?あ、いや?な、何か勘違い……。」
叫ぶや否やシル様は私が止める間もなく、布袋で隠していた刀を取り出して村長の目の前に刃を宛がっていた。
「今一度チャンスをやる。紹介状を書くのか、書かないのか。どちらなんだ?」
「は、はははぃい!!書きます、書きますからその刃物をどけてくだされぇぇ!!」
……。シル様、それは完全に脅しです。これでは我々が野盗と間違われてしまいますよ……。
私は、村長が震える手で書いてくれた紹介状をもらうとシル様を先に村から出して待たせて置き、村長に深々と謝罪をしつつ、何とか残しておいたという設定で懐から金貨を取り出して手渡すと足早に村を後にした。
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それでも何とか紹介状を手に入れた私たちはスリースンの街に辿り着くことができた。
しかし、私も噂には聞いていたが、実際にその目で見ると街の雄大さに殊更驚くばかりである。街の入口が入場許可をもらう人々で長蛇の列を成しているとは思わなかった。最初見たときは近くで内紛でも起こったのかと疑ってしまったほどだ。
聞けば、スリースンはナインフォセア王国の中でも随一の産業都市らしく、街の中もたくさんの人が行き交い賑わっている。大きな通りは馬車や荷車が通過していくので歩く場所がない。歩行者はその横にある道を通っているようなので、我々もそれに倣いながら歩いていくことにした。
ここまで人口密度の高い場所は初めてなので、何もかもが新鮮に見えて戸惑ってしまう。さすがのシル様もこの状況に圧倒されたようで、口を開けながらキョロキョロと街の様子を眺めていた。
「あの、シル様。お願いですからくれぐれもこの街で騒動は起こさないでくださいね。」
「もう!分かっていると言っているだろう、ジル。さっきから何度も言うな。道中、お前に口酸っぱく叱責されたおかげで、さすがに私が世間知らずな行動をしていたことも自覚している。だからあまり釘を刺してくれるな、感動が薄れてしまうではないか。」
シル様は頬を膨らませながら私のほうを向いて言う。シル様も反省しているようなので、私は道中のように厳しくは言わない様に気を付けようと思う。
「それで、この後はどうする?」
「そうですね。仮にも私たちは仕事の斡旋を願って入場したのですから門番から聞いた冒険者ギルドへ行ってみましょう。冒険者であれば、より遠くの街へ行きやすくなる可能性もありますし、今後の旅の資金もやはり重要ですので。
ただ、その前に今晩の宿を探さないといけませんね。まさか、このような都会で野宿するわけにはいきませんから。」
そうして、私たちは宿屋を探し始める。
これだけ建物が密集していればすぐに見つかると高を括っていたのだが思いの外見つけるのに苦労してしまった。すでに日は落ちかけているので冒険者ギルドに行くのは明日にすることにする。幸いにもこの宿屋は食堂が併設されているので、今晩は食事のあと各々部屋で休むことにしてシル様と別れた。
私は自分の部屋で一人きりになると、自分だけの時間を取れたことが久しぶりだと気づく。
一人だとやけに部屋が寂しく感じる。
道中は私のお小言ばかりが目立ったが、それでも会話があった。
里にいるときはどこにいても知り合いはいたし、家に帰れば子供たちが出迎えてくれて今日あった出来事を我先に教えてくれる。
妻は夕飯の支度をしながらそれを眺めては笑い、そして温かい食事と心安らぐ家族の笑顔に包まれる。
夜は妻と二人で子供の将来を語りながら眠る毎日。あぁ、妻が、子供たちが笑いかけてくれている…。帰ってきたんだ。
「……ただいま。」
私は自分の吐いた言葉を耳にして目を覚ます。どうやら夢を見ていたようだ。外はすでに日の光が指していた。
今日も無駄にできる時間はない。シル様を起こして、冒険者ギルドへ行った後はこの地域の情勢を調べなくては。そう思い体を起こすと、さっき夢で見た妻の笑顔が思い出される。
私は自身の瞳から頬に伝わる冷たい水滴が流れるのを感じた。
私はシル様へ声をかける前に階下にある食堂へ寄ることにした。ミルクでも飲んで気分を切り替えなければ、と考えたからだ。私がしっかりしなければ。早く情報を集めて、一刻も早くシュウの下に行かなければならないのだから。
そう考えながら階段を降りると声がかかる。
「ジル、寝坊とは珍しいな。昨夜はゆっくり休めたのか?」
そこにいたのはシル様であった。この旅でシル様が私より早く起きることなど、これが初めてである。
「すいません。気が抜けていたようです…。気を引き締めて参ります。」
私が謝罪をすると、シル様は頭を振って答える。
「違う。お前は気を張りすぎなのだ。野営でもお前は私には寝ろと言い、毎晩見張りをやろうとしていたな。
だが、旅が進むにつれて限界が来ていたことも自分で分かっていただろう。私が、夜明け前にお前が眠るのを待ってから周囲の魔物を狩っていたことも気付いていまい。」
「な!?では、朝起きることができていなかったのは私のせい…。」
「だからその考えが違うと言っているのだ。
私にはお前のような知識や経験がない。それはこの旅でこれでもか、というほど痛感したからな。だから、どうしても交渉や社交と言った面はお前頼りになってしまう。
だが、それであれば、私にできる部分は私にもっと任せれば良いのだ。旅をしているのはお前ではない。お前と私なのだ。」
私はいきなり平手打ちを喰らったかのような衝撃を受けた。
全てを自分で熟さなければ、という想い。道中上手くいかないことへの焦り。使命への重圧。これらがいつの間にか自分本位の考え方にさせてしまっていたようだ。
シル様は全体を俯瞰で捉え、自身の過ちを素直に受け入れて前進している。
そう、この旅は二人で始めたのだ。私にできないことはシル様がいる。シル様にできないことを私が手助けすればそれでよいのだ。
「シル様、ありがとうございます。いつからか思考が凝り固まっていたようです。ここからはシル様にも甘えさせていただきますので、よろしくお願い致します。」
「あぁ、互いを助け合いシュウのもとへ行こう。
そうと決まればさっさと食事を済ませて冒険者ギルドへ向かうぞ。道中で狩った魔物の魔石も溜まっているからな。」
私は今、シル様とともにエクロキア大陸にあるナインフォセア王国で見聞を広げている。
私一人では決して見えなかった部分もシル様であれば気づいて下さるだろう。一人でない、このことが昨晩とは全く違う意味に思える。
私たちは互いの強みを活かし、今日もシュウまでの旅路を歩いていく。
次回から本編に戻ります。




