第32話 新たなる英雄
カルカス国の首都であるボールドンは東西南北に分かれてそれぞれの特色がある。
北は鍛冶屋や武器防具屋、道具屋といった商業区。冒険者ギルドや商業ギルドがあるのもこの区画だ。
西は貴族を中心とした居住区で閑静な住宅街といった感じ。
南は庶民の居住区になり、大通りには屋台も並んでいて昼間はちょっと騒がしい。
そして今、僕がいる東はというと屋台があることは勿論のこと、酒場や飯屋と言った飲食関係の他に宿屋もあり、言うなれば観光地として栄えている。宝飾関係の雑貨店などもあるのでデートコースとしても有名だ。
待ち合わせの定番である『嘆きの台』という断頭台は見事に粉砕してしまったが、カップル憩い広場として未だに賑わっていた。…なんて、羨ましいんだ!
と、まぁ僕の心の叫びはこのくらいにしておいて、断頭台があった場所にはアースドラゴンを召喚した魔法陣が残っており、アルスカイン特別侯爵お抱えの魔導師たちが必死になって解析に当たっている。
捕縛した野盗たちの言うことはマチマチだったものの、要約すると魔法陣はやはりジキアスからの指示で作らされたらしい。それもご丁寧に断頭台を修復させる偽装までさせて、だ。
だが、野盗の一人が設計図を持っていたことで、旅の途中で見た際には薄れていて良く分からなかった魔法陣の細部が明らかになった。そのため魔法陣自体の解析は別で行い、広場では何の素材が使われていたのかの解析をしている。
僕も気になるところではあるが、結果が出たらこっそりクリスに聞くことにして、今は別の問題を解決しなければならない…。そう、両手に抱えた大量の肉串を食べ切らねば次の屋台にいけないのだ!
屋台は着いて早々クリスに奢ってもらったシュークリームの他にも魅力的な食べ物で埋め尽くされていた。
その一つがこの肉串で、サイコロ状にした羊肉を肉汁を残しつつ見事に焼き上げている。味付けは塩だけという素っ気ないものだが、この串は逆にそちらのほうが素材の良さが活きていて肉の旨さを引き立てている。
脂さえ飲めてしまうほどだ。敢えて言おう、美味であると!
おっと。つい変なテンションになってしまった。
まぁそんなわけで他にも旨いものを探すために僕は一人で肉串を頬張っているのである。
「おう、シュウじゃないか。」
僕が夢中で肉を堪能していると誰かに声をかけられた。
「あれ、セズさん。もう出歩いてもいいんですか?」
話しかけてきたのはセズさんだった。今は非番らしく普段着で一人歩いていた。
「あぁ、聴取なら全部終わったところだ。王国から戻ってきたユスタス殿には根掘り葉掘り聞かれたけどな。ランド子爵が間に入ってくれたから幾分か早く終わったよ。」
セズさんたちはルスト辺境伯の件で大騒ぎしている中、アルスカイン特別侯爵の命令で街から離れた林で演習に出ていたらしい。この命令書も偽装だったわけだが、それにしては筆跡が似ていたのだと衛兵がボヤいていたのを耳にした。
後から知ったが何でも筆跡偽装の錬金道具というものも出回っているらしいので、そのせいかもしれない。そういえば、ルストでもクリスが出していない許可書を持っている人間がいたような…。
「それよりもシュウ、お前が持っているのは誰かの差し入れか?」
「え?いえ、全部自分のですけど。」
「うぇ!?それ全部か?」
なんですか、その顔は。これをやっつけたら今度はサンドに行って、締めのシュークリームを食べるつもりですけど…。
「ま、まぁこればっかりは人それぞれだわな…。
それよりもお前はここで油を売っている暇があるのか?」
「え?暇があるのか、と言われてもよくわからないんですが…。」
「お前にはアルスカイン特別侯爵とルスト辺境伯の連名で出頭命令が出ていたはずだ。これを無視すると不敬罪になるから早く行ったほうがいいんじゃないか?」
なんと!?初耳である。アルスカイン特別侯爵とルスト辺境伯の連名ならば断れるはずもない。僕は直ぐ様肉串を平らげて城へと引き返すのだった。
――――ボールドン城
城に戻ると衛兵の案内で通された場所は執務室。城主が書類仕事をする際に使用する部屋だ。そこにはクリスとルスト辺境伯、そしてアルスカイン特別侯爵が待ち構えていた。しかも、それだけでなく左大臣や何故か司教までいる。
「冒険者シュウ、わざわざ呼び立ててしまってすまない。私がカルカス国の国主を任されているアルスカインだ。謁見室で一度会っているが、あのときの私は碌に自我を保てなかったからな。話すのはこれが初めてと言って良いだろう。
そして、そこにおられるのはルスト辺境伯とそのご子息であるクリスチャーノ様である。クリスチャーノ様とはすでに親交があると聞いている。」
「ありがとうございます。冒険者シュウと申します。クリス様にはこの旅を通して様々な面で助けていただきました。」
「はは。様付けは要らないよ、シュウ。それに助けられたのはこちらのほうさ。」
「クリスの言う通りだ。聞けば私の処刑を食い止められたのも、そなたがクリスに渡した魔石のおかげだと言うではないか。私としても命を拾った礼をしたかったところだ。」
ルスト辺境伯はそう言いながらクリスとアルスカイン特別侯爵に目配せをする。
ルスト辺境伯が言った魔石とは『ミスト』を込めた魔石のことだろう。教会では転生者であることを隠す意味もなかったので盛大に『ボックス』を使って取り出したのだ。役に立ったことは素直に嬉しい。
「それでシュウよ。そなたをここに呼んだのは他でもない。この後に予定している叙勲式のことだ。」
……。叙勲式?何のことを言っているのかサッパリ分からない。
「その顔からすると何も聞いてなかったようだね。今朝、式典があるから三つの鐘が鳴る頃には城へ戻ってほしい、と伝えていたはずだけれど。」
「あ、そういえば言われた。でも、式典って聞いていたからてっきり悪魔を退いた記念式典だと思っていたよ。」
「その考えもあながち間違いではない。実はアルと左大臣に相談をしてな。悪魔を退けた功績を称え、シュウを英雄として認めることにしたのだ。」
「そこでこの後の式典を叙勲式として開くことにしたわけだ。これはカルカス国の総意であるからして、是非とも受け入れてほしい。」
「さらに、シュウはブロンズ冒険者だろう?英雄がまさかブロンズのままではおかしいので、プラチナまで昇格することを決めたんだよ。その発表も兼ねていることを事前に説明したかったんだ。」
…三人して何言ってんの?
英雄ってダラスやオルレアさんのことでしょ?そんな国民的人気者と同列なんて畏れ多いどころではない。
「い、いや。でも、それだと流石に国民が納得しないんじゃありませんか。僕は冒険者になってまだ一年も経っていないし、カルカス国に来たのだって数カ月前のことです。
大層な称号とプラチナランクへの昇格なんて破格過ぎではないでしょうか。」
「シュウ様が余り目立たれたくないというお気持ちは察しております。ですが、貴方は悪魔を討つどころか火竜をも討ち取りました。それもお一人で。
ここまでの偉業を目撃者が多数存在する中で隠し切るには無理があります。
ですので、いっその事シュウ様の手柄として国を挙げて称えれば国民が勝手に妄想してくれると踏んだのですよ。
プラチナランクはアッガスさんのような規格外の集まりですから隠れ蓑にするにも最適なのです。」
「じゃあ、英雄は何のためなんですか?隠れ蓑にするのであればプラチナランクにするだけで済むと思います。」
「それはプラチナランクに引き上げるために必要なのだ。
プラチナランクは名誉貴族の称号を与えられることになる。そして、叙爵のためにはナインフォセア王国国王の許可が必要だ。
その国王を納得させるには確かな実績がいるので称号はそのための布石として使う。火竜を討つために一役買ったことに加えて、カルカス国の国民から英雄と呼ばれ称えられているという既成事実を作ってしまえば如何に国王といえど無視はできん。
正直に申せば、そなたをルスト出身の冒険者として扱えば、その後に控える交渉にも役に立つという思惑もあるがな。」
なんと…。この話は要するに僕がやり過ぎたからその後始末ということらしい。そう言われると身に覚えがあり過ぎるので何とも反論しがたい。
「そういうことですか…。話は分かりました。しかし、交渉とは一体何ですか?」
「あぁ、それはこのカルカス国を公国として正式に独立させるためのものだ。」
「あれ?カルカス国ってすでに国ですよね?それが独立ですか?」
「シュウはたまに痛いところを突いてくるね。カルカス国は国の体裁を取っているけれど、まだまだナインフォセア王国の領地として認識されているから他国との交流などが余り持てていないんだ。」
「それだけではない。元々この国はボールドン辺境伯が亡くなった際にアルが下賜された土地だ。だが、国王の血を受け継いでいるとはいえ、アルは平民の出身。余計な軋轢を生まないためにも南部を私が治めることでアルの負担を減らそうと考えた。
しかし、結果は南北で派閥ができ、現状のような形となってしまった。統一した意志で統治できなければ捻れが生じる。三年前の戦争も今回の悪魔の件も、その隙を突かれたと言える。」
「特に今回はモルドー男爵などの強硬派が絡んでいるからな。私自身、己の統率力の無さを実感しているところだ。そのせいで兄上のみならず君たちにも迷惑をかけた挙句カルカス国全体を危機に陥れてしまった。本当にすまない。」
アルスカイン特別侯爵はその場で頭を下げると左大臣も倣って深々と頭を下げる。国主が謝罪をするだけでなく頭を下げるなど、滅多にあることではない。完全に己の否を認めたことになるだけでなく、相手に弱みをみせることになるからだ。
なので、本来はここにいる面子が止める必要があるのだが、誰も口を挟まないところを見るにこうすることを事前に決めていたのだろう。
「アルスカイン特別侯爵、頭をお上げください。僕はクリスや旅に同行してくれた皆が大事にしているものを守りたかっただけなんです。その中にはあなたやルスト辺境伯、そしてこの国が含まれていました。ですので、特別侯爵閣下が気になさることは何もございません。」
「そう言ってもらえるのは有り難いが、やはりこれはケジメだ。シュウ、何か望みはないだろうか。私のできる限りのことであれば何でも叶えよう。」
いきなり報酬みたいな話をされても困る。今回は冒険者として依頼を受けたわけでも金銭目的に動いたわけでもないのだ。
「特別侯爵閣下の御心配りには痛み入ります。しかし、やはり僕には受け取れません。クリスが助けたいと言わなければ僕は城にも近づかなかったでしょうから。ですので、このお話はここまでとさせて頂きたく存じます。」
僕は深々と頭を下げてお断りを入れる。
アルスカイン特別侯爵は悩むような素振りであったが、謝罪相手が逆に頭を下げてきたので退かざるを得ないと悟ったようだ。
「君がそこまで言うのであればこれ以上は何も言うまい。だが、困ったことがあれば是非とも相談してほしい。カルカス国を代表して必ず力になってみせる。」
「よし。それでは話を戻すが、シュウよ。そなたに英雄の称号と『飛竜狩り』の二つ名を正式に与える。叙勲式はこの後四つの鐘を合図に謁見室で行い、同時に掲示版にて全国民へ普及させるものとする。それで、良いな。」
「うぅ…。そ、それは……。」
「シュウ、諦めな。」
「シュウ様、何も心配されることはございません。私めが見届人として、この取り決めの証人となりましょう。」
当たり前だけど、クリスもそっち側だよね…。それと司教、その潤んだ目で見るのやめて…。
「して、返事はどうなのだ?」
「…はっ。謹んでお受け致します。」
本当は要らないのだが、そうは言えない空気だったので素直に受け取ることにした。
普通はこんなに嫌々受け取るようなものではない栄誉なのだろうが、こうして僕は叙勲式で正式に英雄と呼ばれる人たちの仲間入りを果たしたのである。
新年度が始まる前にここまで来れました。名付けるなら「カルカス国編」ですかね。
明日から4月!気持ちも新たに筆者も頑張ります!




