第31話 悪魔と一般人
――――刻は少し遡り 城内
僕たちは今、悪魔と呼ばれている者と対峙している。それは人のように二足歩行ではあるが、ドラゴンの特色が強く表れている。顔なんてドラゴンのそれだ。よくよく見ると、こめかみの血管が浮き出ている。
物凄い勢いで怒っているのはきっと糖分が足りていないせいだろう。決して僕が煽り散らしたせいではない。だから僕のほうばかり見ないで、お願い。
「アッガスさん。二人を背負って逃げることはできますか?」
僕は目線を向けずに小声でアッガスに話しかける。さすがのアッガスも察しているのか、声のトーンを落として返事をしてきた。
「それはアイツのことはお前一人で対処するって意味か?」
「えぇ。どうやら標的は僕みたいですし、このまま戦闘になれば二人の身が危ない。特に特別侯爵はまだ会話することも難しいですからね。それに、先ほど聞こえた咆哮。あれ、たぶんアースドラゴンだと思います。
だとすると、クリスのことが心配だ。アッガスさんには二人を安全圏に運んでもらいつつ、クリスの援護に行ってほしいんです。」
「アイツとサシで勝負して負けねぇ自信があるってのか。」
「いいえ。負けない自信ではなく勝つ自信があるんですよ。」
アッガスと僕は目線を交わすと不敵に笑い合う。
「誰から死ぬか決まったか?この姿を見ておいて誰一人逃がすわけもない。見苦しく抵抗して死ぬか潔く死ぬかの違いしかお前らには残されていないのだからな。」
「随分と余裕なんですね。変わったのは格好ばかりで頭の中身はグレードアップしないんですか?」
僕はこの期に及んで煽り倒す。いや、別に怒らせたいわけではないんだけど何か癖になっちゃって…。
「くっふっふ…。そうかそうか。……。ならば、全員まとめて死ね!!」
悪魔こと、ドラゴノイドのジキアスは目玉が飛び出そうなほど大きく見開き怒鳴り出すと、そのまま大きく口を開いてこちらに向ける。すると口の前に魔法陣が浮かぶ。これはもしかして、ドラゴン特有のあれか!
「〈クレイウォール〉!」
僕が魔法を唱えると足元から土の壁が現れる。ただし、単なる土の壁ではない。水と土の混合魔法でできた特注品だ。
僕が土の壁を作り出すとほぼ一緒のタイミングでジキアスの口前にある魔法陣から業火が飛び出る。それはそのまま僕たちのいる場所を飲み込んでしまった。しかし、僕だって成長しているのだ。シルフィードと会ったときよりもクレイウォールの堅牢さは比べものにならないものになっている。
ジキアスのブレスが収まったところを見計らい、僕が土の壁を小突くとクレイウォールはボロボロと崩れ去っていく。さすがにドラゴノイド種のブレスと言おうか。形は保ったものの、衝撃に耐えるだけの強度は残っていなかったらしい。
「残ったのはお前だけか。どうやら自殺願望があるようだな。まぁ、もちろん他の奴らも貴様の手足を引き千切った後でゆっくり探して嬲り殺してやるがな。」
クレイウォールで上手く隠すことができたので、これ幸いとジキアスがブレスを吐いている間にアッガスは特別侯爵と左大臣の二人をいっぺんに抱え上げて階下へと走っていったのだ。
「あなたご自慢のブレスも効かなかったのに良く偉そうにできますね。え…と。じ、じ、ジェリアスさん、でしたっけ?」
僕はもはや挨拶代わりになってしまった煽り言葉を入れて時間を稼ぎつつ〈ルックアップ〉を唱える。
目の前の人物がドラゴノイドのジキアスであることを看破したのはこの魔法のおかげだ。召喚状で呼び出された際にこっそりとジェリオのステータスを確認したところ、名前がジキアスとなっていたのである。特化に『龍化/人化』などと書かれていれば、目の前の見た目になることも凡そ予測が付いていた。
しかし、参ったな。この姿になったらステータスが恐ろしく上がっているのだが…。
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名称:ジキアス
種族:ドラゴノイド種
称号:策略家
能力値:
身体 90+60
技能 50+10
幸運 10
才能:
火魔法Ⅱ
風魔法Ⅱ
黒魔術Ⅲ
特化:龍化/人化
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技能がそこまで上がっていないことと、才能の能力値があんまり高くないことが救いだな。しかし、身体能力が僕よりも高い。どうやら闘気はないみたいだけど、ここに補助魔法が加わったりしたら結構ヤバいかもしれないな。
ちなみに、ダラス達や僕自身のステータスを見ても出てこない『種族』欄がジキアスには存在する。里の皆を見させてもらった時も表示されたから悪魔と純血種には出てくるようだ。
「減らず口だけは達者なものだな。お前は八つ裂きにすると言ったはずだが?」
ジキアスは指の関節を片手で鳴らしながら鋭い爪を伸ばしていく。おそらくドラゴノイド種特有のものなのだろうが、良い予感は全くしない。
「ふん!」
ジキアスが伸びた爪で引っ掻くように腕を振るうと突風とともに淡い緑の筋が飛んできた。
「ヤバい!」
僕は急いで部屋から飛び出す。すると壁も柱もお構いなしに爪の形に抉られる。
「逃がすか!」
僕がギリギリで避けたところにジキアスは飛ぶ勢いで突進してくる。というか、実際に飛んでる。
敵が時には爪で、時にはブレスで追い討ちを掛けてくるのを僕は何とか耐え凌ぐが、さすがに全てを無傷で避けることは出来ず徐々に生傷が増えていく。
特にあの爪は厄介だ。風魔法を帯びているため遠方からでも攻撃可能なうえに、近接での物理攻撃も有効なため、単純に魔法で打ち消す訳にもいかない。そのうえ、爪での攻撃を避けると時間差で風魔法が飛んでくることもあり、とてもやりづらいのだ。
ブレス攻撃も警戒して今は『シェルガード』や『マジックウォール』で対応しているが、こちらから攻撃を仕掛けられずにいた。
「どうした!この私を倒すのではなかったのか?実力差に気づいたのであれば、時間の無駄だ。さっさと死ね!」
ジキアスは攻撃の手を休めずにこちらを煽ってくる。ここにきて煽り対決は完全に形勢が逆転してしまった。だが、ジキアスはこのまま戦闘も自身の優勢で進むと疑ってないのだろうが、そうは問屋は卸さないのである。
僕は攻撃を耐え凌ぎつつ、その特徴を観察していた。
まず、ブレスだが、魔力を多く込めない限りはそこまで脅威ではないようだ。始めのときのように勢いが良く持続性のある高火力は動いているうちは吐けないのだろう。
次に黒魔術だが、こちらも仕掛けてこないところを見ると僕に有効とは思われていないのかもしれない。黒魔術は魔力消費が激しいので、先ほど広範囲魔法を使ったことでガス欠気味になっている可能性すらある。
どちらにしても一連の流れに組み込まれないのだから現状打破するまでは放っておいても問題ないだろう。
そうなると、やはり一番の脅威このは爪だ。
特に時間差で撃ってくる風魔法は避けるのが難しく、どちらかを魔法で防ぐとどちらかが掠ってしまう。
だが、これも段々と分かってきた。風魔法を放つ際は爪が緑に光る。そして、風魔法を使うと一定のクールダウンが必要。
このことから導き出される推測は…。
「追い詰めたぞ!死ね!」
僕はわざと元いた部屋まで戻り、狭い空間に追いやったとジキアスに思い込ませながら壁際まで逃げ込む。案の定、敵は追い詰めたと勘違いをして攻撃が大振りになった。そして、注目するのは爪。緑に光る様子は、ない!
「かっったぁ!?」
僕は風魔法が放たれることはないと予想して防御魔法を解くと身を屈めながら爪攻撃を避けつつ、短刀を抜いて渾身の突きをお見舞いしたのだ。
だが、鱗の硬さが異常で相手の鳩尾には的確に当たったものの、その勢いで後方へ吹き飛ばすまでに終っている。それでも冷静になりかけていた相手を再び激高させることには成功したようだ。
「ぐっ…。この、猿が…。調子に乗るなよ!」
ジキアスの身体から黒い靄みたいなものが溢れ出ている。これは恐らく…黒魔術!
「〈ハイ・グラビティ〉!」
「ぐっ!!」
ジキアスが呪文を唱えると僕の身体が床に押し付けられるように重くなる。先ほどの『グラビティ』よりも強く、そして重い。床は削られたように陥没していき、僕は上からの圧力に耐えられずに膝を床につけてしまう。
このまま追撃がくれば間違いなく避けられない。打開策を考えながら相手を見るが、どうやらジキアスもこの魔法を放っている最中に動くことは難しいようだ。
元々黒魔術持ちには黒魔術の効きが悪い傾向にある。
その証拠に先ほどの『グラビティ』であれば動くことは容易だった。それがここまで拘束されるとなると、かなり上級の魔術なのだろう。と、いうことは何かしらのリスクがあるはずだが、これがその代償なのであれば、こちらに勝機がある。
僕は力を振り絞り、短刀の柄を上に上げると同じ黒魔術を唱える。
「〈グラビティ〉」
僕の黒魔術とジキアスの黒魔術が反発しあい、そして弾ける。グレードの違う魔術だったものの、上手く相殺できたようだ。
「そ、んな…馬鹿な。あり得ない。猿如きが黒魔法ではなく黒魔術を扱うなど…。」
ジキアスは戸惑っているようだ。彼は沈着冷静なタイプに見せかけているが、実際には感情の起伏が激しい。それは度重なる罵り合いでも立証されている。
そのため、自身が理解できない場面に陥ったときの衝撃も相当なものだろう。それが致命的な隙に繋がる。
「〈アクティブ〉〈アクセラレーション〉〈グラインドエッジ〉」
僕は筋力、速さ、そして武器の鋭さを上げる強化魔法を連発で掛けるとトップスピードで駆け抜ける。そして、ジキアス目掛けて短刀を繰り出した。
ジキアスも何とか防ごうと両腕で防御するが、研磨された短刀は先ほどよりも数十倍の斬れ味を持つ。僕はジキアス自慢の鱗ごと豆腐のようにスパスパとその身を斬り裂いていく。両の前腕、二の腕がダメになるとジキアスはブレスを放とうとする。しかし、それを黙って見ているわけがなかった。
「ぐあっ!?」
僕はジキアスの左目を斬り裂きブレスを止めると、目をやられて上体を反っているところに…突きを入れ込んだ。
「…ぐふっ…。」
鳩尾を貫かれたジキアスは吐血しながら引き抜かれた短刀から離れるように後退り、その場で動きを止める。肩で息をしながら俯き右目はどこか一点をみているようだった。
「ま、さか…。脳のない猿だと思っていた混血種に…こんな奴が…いる、とは…。はぁはぁ……。いや、お前、は。……。そうか、そういうことか…。それならば合点がいく。
……。我が命は最早これまで…。し、かし。タダでは、終わらん。我が精神を代償に、貴様を道連れにしてやる!!」
ジキアスが叫ぶと、ドラゴノイド本来の姿へ変貌した時のように黒い靄が渦巻いていく。だが今回、靄の渦は収束するどころかどんどんと膨らんでいく。仕舞いには部屋全体が覆われてしまった。
そして、その時が来たのか、激しい渦を巻いていた靄の中心が鈍く光ると爆風が部屋を駆け巡り、そこにある全てを吹き飛ばした。
机や本棚といった調度品だけではない。窓、壁、屋根の全てを吹き飛ばし、ジキアスだったものはその巨体を露わにした。
『グルゴグアァァオオォウ!!』
赤い鱗は全身に至り、翼と尻尾は巨体を支えるに十分な大きさを備えている。先ほどまでの二足歩行から四足歩行メインの体躯へと変化し、まさに物語に出てくるドラゴンがそのまま飛び出たような風貌をしていた。
僕が出会ったどのワイバーンよりもデカい。これが暴れたら、この街は一溜まりもないだろう。
『グオォォウ!!』
ジキアスは苛立っているのか、周囲を見渡しながら仕切りに咆哮をあげる。近くにいると鼓膜が破けてしまいそうなほどの大音量である。しかし、何度目かの咆哮が終わると急に静かになった。
よく見るとジキアスの口内が赤く光っていくのがわかる。それだけではない。長い首から腹部にかけてまで、ラインを描く様に光っていく。
「ま、まさか…!?」
その光が頂点に達したとき……ジキアスはブレスを噴いた。
「くっ!?」
そのブレスは何故か空へ向けて放たれたわけだが、余波の勢いが凄まじく僕であっても立っているのがやっとであった。
人型のときとは違い拡散された炎ではなく、収束し圧縮された光線のようなブレス。拡散した炎でさえ厄介なのに、このブレスが街に放たれれば溶解され跡形もなく消え去ることは疑いようがなかった。
一頻りブレスを噴き出したジキアスはちらっとこちらを見るが、僕のことは興味がなくなっているようだった。再び空を見上げると背中にある大きな翼を広げる。
「マズい!」
ジキアスが城から滑空するように飛び出すとそのまま上空に舞い上がる。そして城の上で獲物を探すが如く旋回をし始めた。
「何を狙ってる?それとも自我がないのか?そういえば精神を代償にするって言ってたような…。」
そこまで思考を巡らせて、考えることをやめた。まずは真上に行ってしまったドラゴンをどうにかしなければならない。
「〈ソアー〉」
僕は飛翔魔法を唱えて上空へ昇っていく。
ジキアスは旋回に飽きたのか、城の塔頂部へ向かうと止まり木代わりに着地する。城の屋根は巨体に耐えられるほど丈夫ではなかったらしく、着地とともに一部が崩れてしまった。
「〈ホバー〉。在り来りだけど、特撮映画を観てるみたいな気分だな。しかし、どうするか。完全に野生化しちゃってるし…。」
攻撃してこないのであれば放っておきたいところだが、そうもいかない。このまま見逃してもいつ街が襲われるかわかったものではないのだ。ボールドンが大丈夫でもルストは?バーグ村は?旅に出て大切なものが増えている今、僕にはこの場でケリをつける必要があった。
「確か師匠がドラゴンは古龍を除けば基本四属性に縛られるって言ってたな。すると、あれは火竜かな。鱗が赤いし、火を噴いてるし。」
ジキアスは吐息代わりに火を噴きながら周囲をキョロキョロと見ていた。そして、しばらくして巡らせた首をある一点に留めるといきなり翼を広げて飛び出したのだ。
「北…。何か見つけたのか?いや、とにかく街の上じゃなくなったのはよかったか。このまま戦っていたら街が巨体の下敷きになるところだったし。っと、追いかけないと!」
僕は〈ソアー〉を唱えて再びジキアスを追いかける。ジキアスの飛行速度は凄まじいが、本気を出していないようでこちらが追いつくのも対して時間はかからなかった。
僕は速度を速めてジキアスを追い越すと、ジキアスの顔の前で止まり魔法を放つ。
「〈インパクト〉!」
顔面から衝撃を受けたジキアスは仰け反りながら回転するように後退するが、すぐに姿勢を正して迎撃態勢を取る。どうやら僕を敵として認識したようだ。
「〈ウィンドソード〉」
僕はジキアスの上を取った位置で短刀を抜くと魔法で刀身を伸ばし下段の構えを取る。そうしなければブレスが来たときに地形が変わりかねないからだ。
念のため気配察知で調べても幸いこの下には民家などはない。街に近いことが懸念点であるが、被害を最低限に抑えられるここで仕留めるべきだった。
そうして、暫く睨み合いを続けているとジキアスのほうが痺れを切らして仕掛けてきた。案の定ブレスである。
「〈ウィンドカッター〉」
僕は迫りくる炎に風の刃を飛ばして対抗する。
ジキアスのブレスは最初に見た本気のものではなく、炎が拡散されたものだ。そのため短刀を上に振りながら飛ばした風刃はアッサリと炎を斬り裂きジキアスへと向かっていく。
しかし、流石に空は彼らの独壇場である。ジキアスはヒラリと躱してそのまま僕のほうへと突っ込んできた。
「〈ソアー〉〈シェルガード〉」
僕は空を移動しながらジキアスの爪や顎での攻撃を躱していく。躱しきれないものに関しては魔法の盾で防ぎ、隙ができれば即座に斬り掛かっていった。
「やっぱり硬いな。さっきの倍は硬くなってる。」
赤い鱗は人型のときと比べ硬度が増している。斬れないことはないが、風の刃を伸ばしても骨までは届いていないようだった。
そんな攻防が空の上で続いていたが、ついにジキアスのほうが必殺の一手を繰り出してくる。
口内から首を通り、腹部まで光が達するとその輝きが増していき、そして……ついに解き放たれた。
決壊したかのように勢いよく噴出される炎は圧縮され、それさえも目が眩むような光を発している。
真上を飛んでいるから街は心配ないが、上空では機敏に反応することができない。ここを防がねば溶解されるのは僕のほうがある。
「〈ホバー〉〈我が聖域なる極光よ〉」
呪文を唱えると白い光のカーテンが現れて僕を包み込む。迫ったブレスが光のカーテンに当たると、カーテンはより眩い光を放っては一面を覆った。それは壁のように頑強に見えて、ベールのように靭やかでもある。ブレスを防ぎながら光は伸びていき、いつの間にか僕を包み込む球体が出来上がっていた。
轟音とともに光と光の奔流が周囲を駆け巡る。拮抗しているように見えるが、こちらの余力は十分だ。段々とブレスの勢いが弱まっていき、ついには、か細い線のようになり消えていった。
ブレスが終わった隙を見逃さず僕は〈ソアー〉で再び動き出す。一気に真下へ降りていくとジキアスの腹のあたりで切り返し、そのまま短刀を突き刺すとトドメの魔法を唱える。
「〈ライトニングスピア〉!」
それは雷の矛。サンダーボルトのような落雷ではなく、周囲で発生させた雷を纏めて固めたのだ。雷そのものを掴んで串刺しにすると、すぐに引き抜き首元へ向かうと次なる一手を仕掛ける。
「〈ウィンドソード〉〈ウィンドカッター〉」
魔法の重ね掛けで伸ばした刀身に寄り添うように風の刃が追ってくる。二撃の刃により、硬かった鱗と肉、そして骨を断ち切りジキアスであった火竜の首を……刎ねた。
刎ねた首が落ちていくとともに、身体も後を追って墜落していく。
ドスンという音が辺りに轟き響き、音を追ったかのように僕も着地すると遠くから土煙が見えた。




