第25話 首都ボールドン
【カルカス国 首都ボールドン】
ついに僕たちはカルカス国の首都であるボールドンまで到着した。あれから襲撃や魔物との遭遇は一度もない。
あのとき見た魔法陣は僕とクリスが紙に描き写して道中で解析を試みたのだが、結局何に作用するものかまでは分からなかった。転生者の特別な能力として言語の自動翻訳があるが、魔法陣に使用される文字には適用されなかったのである。
そのため錬金術で使用される魔法文字をもとに解読を進めて、これが黒魔法の系譜であることまでは突き止めることができた。
黒魔法を使用できるのは魔人と呼ばれている人間しかいないとされている。
魔人も見た目は人間そのものだ。だが、特徴として他の人間では使用できない魔法が使える。それが黒魔法だ。その昔、悪魔たちが使用していたものと似ていたため、魔人は悪魔の子孫と呼ばれて差別の対象にもなっていた。
黒魔法は呪いと呼ばれる精神に干渉する魔法が基礎であるとされているが、あまり使い手がいないことと法律で使用を固く禁じている国が大多数なので深く研究されていない魔法でもある。
そもそもひどい扱いを受けるとわかっていて自分が魔人です、などと言う人間はいないだろう。なので、実際にはどの程度の魔人種がこの世界に住んでいるか把握しているものはいなかった。
今回の襲撃で使われた魔法陣が黒魔法の系譜であれば魔人が関わっている可能性が高い。しかし、クリスが言っていた通りで襲ってきた野盗やシシセッツがあそこまで高度な魔法陣を作り出せるだろうか。
それにアースドラゴンと関係性があると仮定してもどのように起動したのか。あの場には誰かがいた形跡も感知もしなかったのだ。
捕虜の二人は大人数がいるようには見えなかったと言っていたし、これにも何かカラクリがあるように思える。だが、現段階でこれ以上考えても答えは出ない。分からないことは考えても仕方がないので直近の問題に目を向けることにした。
「しかし、入場の手続きで召喚状を見せたら二時間も待たされた挙句に城まで直行しろ、とは扱いが酷いねぇ。」
セズさんが一人ボヤいている。こちらとしては遥々足を運んだという意識があるので気持ちは痛いほどわかるんだけどね。
「そうボヤくな、セズ。隊長のメンツに関わる。」
セズさんに比べるとヤッドさんは人間ができている。内心はご立腹でもオルレアさんのために我慢しているんだろう。
当のオルレアさんは道の端に構えている露店を眺めながら歩いていた。
「どうしたんですか。珍しいものでもありました?」
僕が聞くと替わりにクリスが答えた。
「オルレア隊長が興味津々なのは、あの屋台が話題のスウィーツを販売しているからさ。」
「んな!?そ、そんな馬鹿な!今は任務中ですよ?仮に気になるものがあったとして集中をそちらに移すなど…。騎士として二人の護衛が終わるまでは、がま…ではなく、神経を集中して怪しい人物がいないか当たっていたのです。」
クリスが誂うように言うとオルレアさんは物凄い勢いで言い訳を始めた。早口言葉選手権があれば入賞くらいは軽くできそうだ。
「そうか、そうか。オルレア隊長は真面目だから、この人混みで僕らが襲われないように周りを監視してくれていたんだね。関心、関心。
しかし、それだと任務が終わらないと食べられないか…。実は僕も気になっているから買いたいんだよね。せっかくなら皆の分も買っていこうと思っていたんだけど…。」
「本当ですか!?」
そこまで言ってオルレアさんは自身の失態に気づいたようだ。人間我慢は良くないですよね。しかし、オルレアさんってこんなに可愛らしく笑うんだな…。
「し、しかし良いのですか?その…食べたい気持ちでいっぱいではありますが、出頭に遅れては問題になるのでは…。」
「出頭時間なんて言われてないし、僕らは真っすぐに大通りを進んで城を目指しているじゃないか。途中、屋台でたまたま手渡されたスウィーツを片手に歩いていても何も問題ないだろう?」
そう言うとクリスは屋台の方へ行き人数分のスウィーツを買って戻ってきた。
「さぁ、シュウ。これは君のおかげで有りつけるようなものだ。遠慮せずに食べてくれ。」
クリスから手渡されたもの。ふわふわの生地で丸いドーム状の形、天辺のほうにある小さい穴から見え隠れしているクリーム。これは、まさか…!
「こ、これがシュークリーム…。」
やっぱり!これって完全に転生者が普及させたよね!?
「珍しいだろ?ルスト領で取れた砂糖を使って最近できたスウィーツなんだ。発祥はカルカス国のお隣にある『テルトーダ首長国』で、首長が自ら開発に参加したらしい。それはそうと、さぁ食べてごらん。」
クリスに促されて皆で食らいつく。すると中に詰まっていたクリームが口いっぱいに溢れてきた。
甘さは薄めで正直物足りなさも感じるが、卵とバニラビーンズの風味が広がって満足度を嵩上げしている。歩くのも忘れて夢中で食べていたらあっという間に無くなってしまった。
「どうだい?美味しいだろう。高級品の砂糖を使っているから本来はこんな街中で食べることはできないんだ。
だけど、テルトーダ首長国からやってきた交易商が最近ここで屋台を始める許可を取得して破格の値段で売り出してるってわけさ。
ここは許可を出したアルスカイン特別侯爵とこの値段を実現しているテルトーダ首長国の貿易商に感謝かな。」
テルトーダ首長国!なんて素晴らしい国なんだ!いつか一度行ってみたいな。
「さて、食べ歩きのつもりだったけど、皆の足も止まっちゃったしそろそろ行こうか。」
こうして僕たちは先ほどまで抱いていたモヤモヤを吹き飛ばし、幸せな気持ちを胸いっぱいに入れ込んで城を目指すのだった。
◇◇◇
ボールドンの街はルストとあまり変わらない造りをしている。城を中心に市街地があり、その周りを城壁が取り囲む。
異なる点をあげると、まずは城がルストより一回り小さく時計塔がない。城が小さい替わりに市街地が大きくどこもかしこも賑わっている。大きな建物が多いので今いる場所は商業区画かもしれないが、人混みが大変なことになっている。奥の方には教会もあり、鐘は教会から鳴らしているようだ。
ルストでは城に時計塔と鐘があり、時計塔の時刻に合わせて鐘を鳴らしている。これは時計自体が高級なため庶民は鐘の音を時報代わりにしているからだ。
なので、鐘を鳴らせる教会ということは時計を持っているということなわけで、時計を持っているということはかなり潤沢な支援金があるということになる。
あとは外壁の門を正門、裏門ではなく北門、南門と呼んでいる点もルストとの違いになるだろう。
所狭しと建ち並ぶ市街地だが、東西南北には大通りが走っていて城をぐるりと回り込む形で行き来できるようになっていた。そのため城壁には東門と西門も存在する。中々守りにくそうに思えるが、実用性を重視したのだろうか。
そんなわけで僕たちは城門まで着くと衛兵に声をかける。今回は待たされるようなことはなく、召喚状を見せたらすぐに指示があった。
「オルレア以下第三部隊については兵舎で待機。冒険者二名は特別侯爵がお待ちである。速やかに案内に従うように。」
衛兵が告げたことに対する返事をしたあとで僕たちはこの後のことを会話しておく。
「どうやらオルレア隊長たちとは別行動のようだね。終わったら声をかけに行くとするよ。」
「承知しました。ですが、くれぐれもお気をつけて。」
「心配ない。こう見えて身を守るのは得意なほうだよ。」
クリスは戯けながらオルレアへ言うと僕を連れてさっさと城の中へ入っていった。
―――――ボールドン城 謁見室
案内役の衛兵が連れてきたのはルストでバージェ伯爵に呼び出された際に入ったような部屋だった。
ルストより一回り小さいが、入口から奥にかけてレッドカーペットが引かれており、奥には謙虚な装飾がされた椅子が一つだけ置かれている。ゲームで王様が王命を出すような場所と言えばわかりやすいだろうか。もっとも僕の感覚からすると数十倍は規模が小さい造りをしている。この部屋は広く見積もっても中会議場くらいの広さしかない。
レッドカーペットの横には数人が挟むように並んでいる。ルスト城のときと違う点は奥の椅子に座っている人物がいることだった。四十代後半ほどの見た目の彼がおそらくはこの国の国主なのだろう。
僕はクリスとともにレッドカーペットを歩き、中央辺りに着くと跪いた。
「ん…あぁ…久しいな……クリス。息災か。」
「冒険者クリスとシュウ。召喚状に応じ馳せ参じました。アルスカイン特別侯爵閣下におかれましてはご健勝のご様子。私どもには勿体ないお言葉をいただき誠に感謝いたします。」
「あぁ…。そうだな…。…あ、いや、そのような世辞は良い。……。それよりも…横の者は何者か?」
「こちらがシュウにございます。あなた様が召喚状にて召喚したルスト出身の冒険者でございます。」
「そうか?…あぁ、そうか……。そうだったな。……。…はて、何用で呼んだのであったか……。」
国主に許可なく目を合わせるのは不敬となるため顔を俯いているわけだが、気配察知で確認するとアルスカイン特別侯爵はどうやら意識が朦朧としているようだ。目の焦点があっていないように見える。
「特別侯爵閣下よろしいでしょうか。」
会話が先に進まないことを危惧したのか、右側にいる人物から声がかかる。
「お、おぉ…ジェリオ殿か!良い、話してみよ。」
「ありがとうございます。」
ジェリオと呼ばれた人物は前へ出ると僕らを見下しながら話しかけてきた。
「私はこの度アルスカイン特別侯爵よりカルカス国執政顧問の地位を賜ったジェリオだ。先にはっきりさせておきたいが、冒険者シュウを呼んだのは確かに特別侯爵閣下であるが、クリス殿をお呼びしたのは他でもないルスト辺境伯である。そのことはご承知おき頂きたい。
そのうえで冒険者シュウに要件を伝えるが、ソーイースの商人よりお主がワイバーンを追い払ったという報告を受けているが誠か。嘘偽りを申せばその首が飛ぶものと心得て発言せよ。」
中々威圧的な人だな。はっきり言うとこの手のタイプが僕は嫌いだ。本当に偉い人物でもここまで壁を作っては心象に良いはずもない。思えば元の世界の上司もそんな感じだったな。
「恐れながら申し上げます。確かに私はバーグ村にてワイバーンと対峙いたしました。そのときは私もギリギリのところではありましたが、威嚇攻撃を繰り返すことで何とか森へ追いやることに成功しました。」
「シュウ。私は嘘偽りなく、と申したはずだが?」
「はい。ですので、そのように申し上げました。」
なんなんだ、この人。ワイバーン二体を仕留めたことを知っているのは僕だけだ。気配察知で周囲に誰もいないことを確認していたので間違いない。それをまるで僕が嘘を言っているみたいに決めつけて!まぁ、嘘なんだけどさ…。それでもここまで疑われては良い気はしなかった。
それに、ここの空気は何か変だ。別に気配察知に引っかかるものがあるわけでもないし、何がまではわからないけど何となく煙に巻かれているような感覚?と、でも言えばいいか。
良く分からないが、とりあえずこの威嚇大好き人間には気をつけておこう。
「……。では次の質問だ。お主がボガード邸の敷地内でワイバーンの群れと対峙し、これを見事討伐したと聞いた。これは誠か。」
「おそらくはルスト城壁に仕掛けられた結界に当たり落とされたのでしょう。何かの障壁に当たって怯んでいたところを、たまたまボガード伯爵が郊外に所持されている館にいた私が見つけたため、人数を揃えて拘束したうえで討伐しました。そのため私だけの功績というわけではございません。」
「貴様!嘘偽りを申せば極刑であると申したはずだぞ!」
「恐れながら執政顧問殿、私もシュウと共にその現場にいました。人手を集めたのも私です。シュウが嘘を騙っていないと証言いたしましょう。」
クリスがそう言うとジェリオはその侮蔑の目をクリスに向けながら鼻で笑う。
「なんと!クリス殿が、そのような証言をなさるか。ルストでこの冒険者風情は『ワイバーンの天敵』、もしくは『飛竜狩り』などと持て囃されていることをお知りでないのか。
この者は嘘を騙ることで英雄を自称し、身分不相応な地位を得ようとしている。今の思慮なき発言は聞かなかったことにしておきますが、これはクリス殿も噂通りの賢人ではなかったと言わざるを得ませんな。」
「ジェリオ!貴様、異国の商人如きが口が過ぎるぞ!」
左側に並んでいた人物がいきなり怒鳴り出す。僕としては内心この人物にエールを送ってしまう。
しかし、なるほど。この人は僕が名誉欲しさにワイバーン襲撃をでっち上げていると思ってるのか。僕だって無かったことにできたらって思っているのに、これで嘘でしたと言ったら極刑だなんて全くもって面倒な話だ。
「おや、これは左大臣殿。あなたともあろうお方がそのような暴言は控えられたほうがよろしかろう。それともそれがあなたの本性ということかな。それであれば知性を重んじる左大臣の地位も特別侯爵に考え直していただいた方がよいかもしれませんな。」
「この…!減らず口を!そもそもはそなたの発言が原因であろうが!この二人が嘘を言っている確証がないことはこの場にいる全員が周知している事実。それを嘘と決めつけるなど暴論にもほどがあるわ!仮に冒険者シュウの証言が嘘という証拠があるのならば、この場で提示せよ!」
左大臣は怒り心頭のようで禿げた頭の天辺まで顔を真っ赤にして叫ぶ。そうだ、いいぞ!がんばれ大臣!
「まったく、私の発言を愚弄するか。私は私の情報網で探りを入れているだけのこと。それを……。ん?今何か言ったか?」
おっと!
ジェリオが僕の方を向いて懐疑的な視線を送ってくる。三つの鐘が鳴っていたから大丈夫だと思っていたけど僕の呟きが聞こえてしまったようだ。
内容までは聞かれていないようだが、この地獄耳には気を付けなければ。
「……。話を戻すが、この場は左大臣との議論を活発にする場ではない。今回はこれで仕舞いとするが調査が終わり次第召喚する故、すぐに出頭するように。追って沙汰があるまでボールドンで待機せよ。これは国主の命であること努々忘れるな。」
そう言ってジェリオは他の列席者やアルスカイン特別侯爵に断りなくこの場を終わらせる。
ジェリオの合図で衛兵が僕らを城門まで連れていくとクリスが口を開いた。
「あのジェリオと言う人物は何者だろうか……。アルスカイン特別侯爵の様子も明らかにおかしかった。これは早いところルスト辺境伯と合流した方がよさそうだね。」
「だけど、ルスト辺境伯がどこにいるか分かるんですか?」
「城にいないのであればボールドンの別邸にいるはずさ。と、その前にオルレア隊長たちを迎えに行こう。あまり遅くなると何を言われるかわからな……。」
クリスが言いかけたところで、城門の外が騒がしいことに気づいた。
二人で顔を見合わせて外を覗いてみると木製の掲示板の前で男たちが叫ぶ。
「号外!号外だ!」
僕たちは内容を確かめるため城の外へと出て掲示板のほうへ向かった。
「いったい何なんでしょう。」
「さぁね。でも号外を出すくらいだからそれなりに重大であることは間違いないよ。もしかしたらあの執政顧問のスキャンダルかもね。」
などと軽口を叩きつつ掲示板を見て僕たちはその場で立ち尽くす。そこにはいけ好かない執政顧問のスキャンダルよりもよっぽど衝撃的な内容が書かれていた。
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ルスト辺境伯、暗殺未遂により拘留。
ルスト冒険者ギルドのマスター・アッガスと共謀しアルスカイン特別侯爵の毒殺を狙ったところを現行犯逮捕。
マスター・アッガスは現在逃亡中。
戸締りや不審人物に注意されたし。
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「こ、これは……?」
僕が何とか絞り出すように呟くと隣のクリスからは思いもよらぬ言葉が出てきた。
「そんな、まさか…。父上……。」
これは予想以上に大変な事態のようだ。




