第21話 晩餐会
次の日。僕は五つの鐘が鳴る少し前にボガード伯爵の館へ向かった。
ダラスの言う通り、冒険者ギルドにはすでに依頼書が届いており、僕への指名依頼であることが明記されていた。念のためセルマさんにも確認したが、今回の依頼は特別処置が適用されるとのことで、ブロンズランクの僕が受注しても特にお咎めなどはないらしい。ブロンズランクにいる冒険者は背伸びして依頼を熟していかない限り、いつまでも草むしりか薬草採取をすることになるのだそうだ。
そんな地味なうえに割に合わない仕事をずっとするなんてごめんだ。やはり、当面の目標は早いところシルバーランクに上がることだろう。
ちなみに鐘とは城が定期的に鳴らしている時報のようなものだ。城には時計塔があるのだが、時計は庶民には手が出せない高級品である。そのため塔に鐘がついており、午前六時に鳴らすものが一つ。午前九時に鳴らすものが二つ、といった具合に三時間ごとに鳴らしていくので五つの鐘とは午後六時ということになる。
前述の通り時計は庶民にまで普及していないため時計塔でしか確認できない時間よりも鐘を待ち合わせなどの目安とすることが多かった。
そんなわけで五つの鐘が鳴る前に館へ着くと使用人が出てきて支度部屋へ案内してくれた。郊外ではあるが、ボガード伯爵の館はルスト街にほど近い場所にある。ボガード伯爵はルスト辺境伯がカルカス国に移るにあたり共にしてきた貴族なので、カルカス国にはボガード伯爵の領地は存在しない。そのため、ボガード伯爵のように共に移住してきた貴族はルスト辺境伯かアルスカイン特別侯爵から所領の一部を貸し与えられ、そこを統治することになっている。
なので、昨日まで僕が働いていた場所の近くに館は存在しないが、その統治下にある場所を一括りに『ボガード領』ではなく『ボガード邸』と呼んでいるのだった。
今回訪れた場所は先ほども言った通りルスト街に近い場所にあるため、牧畜独特の臭いなどはしなかった。
「シュウ、晩餐会よ!シュウ!」
支度部屋で用意されていた衣装に着替えて身だしなみを整えていると、普段よりも着飾った格好をしたメアリーお嬢様がいきなり部屋へ入ってきた。廊下を駆けてきたようでいつも付き添っている執事が遅れて部屋に入ってくる。
「お嬢様、端のうございます。殿方がいる部屋へノックもせずに入るなど淑女のなさることではございません。」
執事はそう言ってメアリーを窘める。少し息切れしているので、急いで追ってきたようだ。老爺の身で子供の全力疾走は体に堪えるだろうに…。ご苦労様です。
「あら、そうね。これはごめん遊ばせ。それよりもシュウ、今夜の晩餐会は特別なのよ!美味しい料理や甘いお菓子もあるし、ケーキだってあるの!」
貴族の娘なので口調は大人びているけど、こういう所はお子様なんだよな。僕は返事の代わりに笑って肯く。
「お嬢様、それではシュウ殿にお伝えしたかった内容の半分も伝わっておりません。」
執事がメアリーに耳打ちしているが、隠すつもりはないらしく丸聞こえだ。伝えたい内容ってなんだろう?
「そう、これじゃ伝わらないのね…。あのね、シュウ。その…。今日は、私の誕生日なの!」
ちょっと恥ずかしそうに言うメアリー。なるほど、今日の晩餐会は誕生日パーティも兼ねているわけか。
「それはおめでとうございます、お嬢様。おいくつになられたのですか?」
「シュウ殿、淑女に年齢を聞くのは感心いたしませんな。お嬢様は立派な貴族のご息女ですので、それ相応の礼を期待いたします。」
元の世界での癖でつい幼い子供に接するようにしてしまった。執事に窘められて目の前にいる人物が身分の違う雲の上の存在であると認識を改める。親族や目上の者、または本人から言う場合を除いて、貴族の女性に年齢の話や直接的なアプローチをすることはご法度だ。今回は窘められるだけで済んでいるが、下手したら首が物理的に飛ぶことになりかねない。こういうところは、とても生きづらい世界である。
「いいわ、じい。多めに見てあげましょう。なんて言っても、今日はワタクシが十二歳になる誕生日なんだもの!それで、シュウ。今日はワタクシの護衛なのだから、ちゃんと傍にいないとダメよ。お話だっていっぱいするの。わかった?」
これもダラスが昨日言っていた通りだな。護衛とは名ばかりで本質は傍について構ってあげることらしい。
「もちろんでございます。」
僕は右手を左胸に充ててお辞儀をしながら答える。元々は騎士がする礼儀作法だが、男性がご令嬢にするときの定番作法として定着しているのでオーベロン先生ご指導のもと叩きこまれたのだ。
「お嬢様、会場の準備ができたようです。そろそろ参りましょう。」
使用人が執事に耳打ちをして会場に来賓が集まったことを知らせる。メアリーが執事と供回りのメイド、そして僕を伴って部屋を出ると、笑顔でメアリーを出迎える好々爺が待っていた。僕も初依頼を受けた際に挨拶したので知っている人物だ。そう、ボガード伯爵その人である。
「おぉ、メアリー!今日は一段と綺麗だね。まるで慈愛の女神がその体に宿ったかのようだ。」
「ありがとうございます、お父様。お父様にそう言って頂ければ天に召されたお母様もさぞお喜びになると思います。」
メアリーは淑女の礼をしてそう答える。親子であっても、僕のような余所者がいる場では貴族としての威厳を保たねばならない。やり取りはとても堅苦しいものだったが、ボガード伯爵の顔がにやけているのは見なかったことにするべきだろう。
メアリー一行にボガード伯爵が加わり、いよいよ会場へ入っていくと来賓がそれぞれに着飾った格好で主役を待っていた。五十人ほどはいるだろうか、主役が登場すると皆歓談をやめて一斉に拍手をしながら出迎えてくれる。
会場はボールルームらしい作りをしている。シャンデリアが掛けられた高い天井、この世界ではこれまで見ることがなかった大きな窓。その奥には整えられた庭園があり、色とりどりの花が咲いている。入口から真っ直ぐに進むと一段高くなっている場所があり、そこに二人の席が用意されていた。
主役が席へ着くと皆一旦拍手を止め、思い思いの飲み物を手にする。すべての来賓に飲み物が行き渡ったところで主催者であるボガード伯爵からの挨拶が始まった。
「皆、集まってくれたことに感謝する。本日は定例の報告会の外に、我が娘メアリーの十二歳の誕生日となる。皆多いに楽しんでいってくれたまえ。それでは、ルストの発展とメアリーの誕生日に……乾杯!」
ボガード伯爵からの乾杯挨拶が終わると参加者は歓談を再開する。そしてタイミングを見計らって次々と二人の席があるステージまで挨拶にくる。ボガード伯爵とは収穫量や近況の報告を、メアリーにはお祝いの言葉と持参したプレゼントの紹介をしていき、気づいたときには会場内にいる全員で列をなしていた。
挨拶の列が終わる頃にはすでに開始から二時間ほどが経過していた。
「やっと終わった……。それにしても物凄いプレゼントの山ですね。」
「ボガード伯爵家はこの地域の統治者ですからな。それでなくともナインフォセア王国の名門として名高い伯爵と懇意になさりたいと思うのは当然でしょう。」
「そんなことはどうでもいいわ、シュウ。ワタクシ、お腹が空いたわ。控室で休憩しましょう。」
入場前に執事から聞いていた内容を思い出す。
貴族はこういった立食の催しを開いた際、参加者と同じものは口にしない。主催者用に盛られた皿か控室で食すのが習わしだ。今回はメアリーの誕生日も兼ねているとはいえ、まだ十二歳の子供には負担が大きい。そのため食事は控室で取ることになると教えられていた。しかし、もう一つの習わしがこの提案を遮ることになる。
「お嬢様。申し上げにくいことですが、そろそろ衣装替えのお時間です。ご自室へお願いいたします。」
「あら、もうそんな時間かしら。…仕方ないわ。シュウはここで食事を楽しんでいなさいな。護衛であれば参加者と同じ皿から食事を取っても無礼にはならないし、まだ婚約もしていない殿方をワタクシの部屋へ連れ込むわけにはいかないもの。」
そう言うとメアリーは執事とメイドを伴い下がっていく。
メアリーが下がり際に言った一言と同時に隣の席から殺意の籠った鋭い視線を感じたが、気のせいだ。きっと気のせいである。
雇い主がいなくなってはステージ上に居ても仕方がないので、言われた通り食事を取ることにした。今回の晩餐会はビュッフェスタイルで、内容は少しフレンチに似ているだろうか。中央にあるテーブルには様々な料理が並べられていて基本的には一口サイズで立っていても食べやすい大きさになっており、空いた皿は使用人が素早く回収している。
僕はカラの皿を手に取り適当に取り分けていく。元の世界でもこういった料理はあまり食べてこなかったので少し取り過ぎてしまった。ちなみに、この場には照り焼きチキンはなかった。やはり照り焼きチキン自体が高級料理なようだ。
しばらく会場の端で一人黙々と食べていると、不意に男性に話しかけられた。僕と同じか少し上くらいの年齢のようで、目鼻立ちがはっきりしている。
「やぁ、君がシュウだね。」
「はい。……失礼ですが、あなたは?」
「僕の名前はクリス。今日は冒険者ギルドのマスター代理で来ているよ。」
「あぁ、冒険者の方でしたか。しかし、僕のことが良く分かりましたね。」
「ギルド内でも噂の新人だからね。それに君みたいな明らかに浮いている人間なんて、貴族社会には慣れていない人間だろ?そういった人は護衛に雇われた冒険者か成り上がりものくらいだからすぐに分かるよ。」
「僕ってそんなに浮いていましたか…?しかし、それであればクリスさんはかなり馴染んでますね。」
「おや、分かってしまうかい?隠しきれない気品の良さが。ギルドの受付嬢からは微笑みの貴公子と呼ばれているよ。」
あ、この人冒険者だわ。こんなに癖が強い人は冒険者か変人しかいません!
心の中で僕が叫ぶとクリスはグレートボアのことを話し始める。
「そうそう。グレートボアの魔石だけどね、やっぱり商業ギルドが買い取りたいと言ってきたよ。一度断ってきたのは向こうなのに勝手なものさ。まぁ、こちらとしては正当な金額で売れればそれで良いのだけれど、すでに財務局へ申請してしまっているからね。すまないけど換金はもうしばらく待っていてくれ。しかし、あんな魔石を持っていた魔物をよく倒せたものだ。どうやって倒したのかな?」
「それは……」
僕がギルドへ報告している内容を答えようとすると入口のほうで歓声が挙がる。
元の世界の結婚式でもお目にかかれないような巨大なケーキと共にお色直しをしたメアリーが現れたのだ。先ほどまでの淡いピンクを基調としたドレスから一転、はっきりとした濃い赤を基調としたドレスを纏っていて金髪のメアリーに良く似合っている。
メアリーは執事の案内でケーキを切り分けながらしばらく会場内を回り挨拶していたが、終わり掛けに僕らのほうまで寄ってきた。
「ごきげんよう、メアリー嬢。そちらのドレスも良くお似合いだ。赤色があなたの綺麗な金髪に花を添えているようだ。」
クリスは手慣れた様子でメアリーのことを褒めちぎる。本当に冒険者かと思うほど場馴れしている。
「ありがとう存じます、クリス様。クリス様にここまで褒められては、他の貴婦人から後ろ指をさされてしまいますわね。」
「何をご謙遜を。私は事実を申し上げたまでですよ。」
貴族特有の会話で和やかな空気が流れていく。クリスさん、本当にあなたは冒険者ですか!?
「それで、シュウ。どうかしら。何かワタクシに言うことはなくて?」
「え?あぁお似合いです、お嬢様。」
「それで?他には?」
「他に?えっと…会場内に不審な人物はいません。」
僕がメアリーの意図が分からずに答えるとクリスは笑いを堪えるように口を抑えながら肩を震わせ、メアリーは頬を膨らませてステージのほうへ行ってしまった。何!?正解はなんだったんだ?
「クリスさん、僕は何かいけないことを言ってしまったんでしょうか…。」
「くっふふふ…。あはぁ、いや、すまない。堪えるのに大変で……くふふ……。」
もういいです…。これのせいで報酬がなくなったらどうしよう……。
「いや、本当にすまなかった…。メアリー嬢は君に褒めてほしかったのさ。」
「最初に褒めたじゃないですか。」
「あれじゃ足りないってことさ。貴族社会では、淑女に対して、どのように似合っているのかを具体的に伝えるか例え話で褒め称えることが習わしになっているんだよ。」
「それじゃあクリスさんが言っていたような内容を僕も言えばよかったのですか?」
「横にいる人間と同じ内容ではダメさ。独自性がないと適当に言っていると思われる。」
「なんか難しいですね、貴族社会って。僕はとてもじゃないけど慣れな……。」
そこまで言いかけて気配察知が反応した。
距離はあるが、とんでもない速さだ。この気配は一度感知したことがあるので間違いない、これは…。
「どうした、シュウ?」
「クリスさん、緊急事態です。ワイバーンが迫っています。」
「ワイ…なんだって!?数は?」
「数は五体。内一体は他とは桁違いの強さのようです。まだおよそ三キロの距離ですが、速度が異常です。今からルスト城壁内に避難していては間に合わない。」
「五体…。ここを狙っているのか?」
「わかりません。しかし、仮にここが標的でなくてもルスト街へ降り立てば大惨事になる可能性もあります。
クリスさんはそれと無くボガード伯爵に伝えてください。その際、お嬢様のこともお願いできますか。」
「それはいいが、君はどうするつもりだ?」
「僕は食い止めます。」
「食い止める!?正気か?ワイバーンが五体だと言ったのは君だぞ?いくら気配察知や魔法が優れているとはいえ、五体もの魔物を同時に相手など自殺行為も甚だしい!」
「クリスさん、時間がありません。僕のことは大丈夫なので皆さんの安全を最優先に避難誘導をお願いします。」
そう言うとまだ何か言いたげなクリスを置いて窓から外へと出ていく。ワイバーンの群れはあとわずかで視認できる位置まで迫っていた。
「〈エアーリジェクト〉」
僕は短刀の先に付いた魔石を空へ掲げると魔法を唱える。
『グギャォオッ!?』
すると、目にも止まらぬ勢いでやってきたワイバーンの群れが何かに弾かれたように、あらぬ方向へ飛ばされていく。
『リジェクト』は対象を拒絶する魔法だ。それ単体だと敵意を持った対象を範囲外へ弾き出すだけのものだが、属性を加えることで異なる追加効果を発揮する。今回は風属性を付与したので突風が発生して僕が指定した場所まで一気に吹き飛ばしたという訳だ。
「本当に現れた…。」
半信半疑であったクリスだが、自身の目でワイバーンを確認しては何も言えない。すぐ我に返るとシュウに言われた通りボガード伯爵やメアリー、会場にいる人たちの安全確保を始めた。
そのことを気配察知で確認しながら僕はワイバーン五体を仕留めるために動き出す。
「〈アクティブ〉」
◇◇◇
シュウが補助魔法で身体強化をしてワイバーンを落とした場所へ向かうと、すでにワイバーンは戦闘態勢に入っていた。
「〈アトモスフィア・プリズン〉」
ワイバーンと対峙したシュウはワイバーンを逃がさないために大気の牢獄を作る。これで外から援護することもできないが、シュウが負けない以上はワイバーンが逃げることもできない。
『ゴギャァォオオオ!!』
「ずいぶんと怒ってるじゃないか。どこに行こうとしていたのかな?けど、この大陸でワイバーンは異常だってダラスも言っていたし、ここは申し訳ないけど魔石に帰ってもらうよ。」
『ギャオオゥ!』
群れのボスらしき個体が叫ぶと思い思いに行動していた他の個体が連携を取り始めた。シュウはまだ対峙しかしていないものの、これは手強いと考え短期決戦を仕掛けることにする。
「それじゃあ行こうか。〈ウィンドソード〉」
シュウは抜刀すると刃を拡張させて正眼の構えを取る。しかし、ワイバーンの群れは警戒しているのか中々シュウのほうへと仕掛けてこない。ならば、こちらから向かうまでだとばかりにシュウは群れの中へ飛び込む決意をする。
「〈アクセラレーション〉」
加速する魔法を唱えるとともに一気にワイバーンの懐へ入ると……刀を振り切った。
『ギャッ』
懐に入られたワイバーンは風魔法で拡張された刃に首を飛ばされて灰になる。
それを見ていた四体は怒り狂ったかのようにシュウへ仕掛けてきた。奥にいた二体は空へ飛んで滑空の構えを取り始め、一番近くにいた個体がその鋭い牙で食い殺すような格好をしながら低空飛行で襲い掛かる。
とはいえ、これしきで怯むシュウではない。ワイバーンの突進を難なく躱すと刀で斬りかかろうとするが、飛び上がっていた二体が同時に襲いかかりそれを遮った。二体は爪で裂き、牙で噛み千切ろうとあらゆる方向から攻撃を仕掛けてくる。最初に突進してきた一体も加わり攻撃が激しくなるが、気配察知で常に敵の場所を把握しているシュウはそれさえも軽々と捌いていき、躱すついでに足、或いは頭目掛けて反撃を加えていく。
だが、さすがに連携の取れた群れである。全体的にしぶとく粘り、中々トドメを刺すまでには至らなかった。しばらく攻防が続くと、いきなり三体がその場を退く。見ると奥にいた群れのボスがブレスの構えを取っていた。
赤く煌々と光る口をシュウの方へ向けて叫ぶような構えで開くと、凄まじい勢いの炎がシュウの方へと迫っていく。そしてシュウを中心とした半径十メートル四方のすべてを迫りくる炎が飲み込んでしまった。
シュウを飲み込んだ後も群れのボスはブレスを止めることなく吐き続ける。これで確実にシュウを葬り去ろうとしているかのようだった。
シュウが作った大気の牢獄があるため炎が外へ漏れ出ることはなかったが、中のほとんどが炎に包まれてしまう。残りの三体は巻き添えを避けるためにボスの後ろで様子を窺っていると、次第に炎の勢いも弱まりはじめる。
「〈ロックジャベリン〉」
その瞬間、炎の中から鋭く尖った岩の槍が飛び出してきた。ボスに並ぶ形でやや前方にいたワイバーンは咄嗟に避けようとしたが避けきれずに翼を撃ち抜かれてしまう。岩の槍は勢いを落とすことなく後ろに待機していた一体に襲い掛かると、不意を突かれたワイバーンの頭を貫通していった。
頭を撃たれたワイバーンはその場で灰になっていき、翼をやられた一体は地面に着地せざるを得なくなる。その混乱を逃さずに次の一手がワイバーンの群れに襲い掛かった。
「〈アイスバインド〉」
ボスの後ろを飛んでいた一体が氷の鎖に絡み取られ地面に叩きつけられる。その頃にはボスの吐く炎はすっかりと止み、火傷一つ負っていないどころか汚れ一つない服を着込んだシュウがそこに立っていた。
「〈ウィンドカッター〉」
シュウはそのままボスと隣にいる一体へ向けて風の刃を飛ばすが、ボスは上空へ避難してそれを躱す。
しかし、翼をやられた一体とボスの後ろで拘束されていた一体は避けることができずに体を真ん中から半分に割かれてしまう。
仲間をすべて失ったボスであるが、諦めた様子はなく上空からシュウを睨みつける。シュウは最後の一撃を繰り出すべく、風の刃で刀身を伸ばした短刀を構え直す。
『グギャォオオオ!!』
ワイバーンの威嚇が轟いたと同時に蹴り出すシュウ。開戦時も発揮した瞬発力で一気に距離を詰めると飛んでいるワイバーンまで届くほど風の刃を伸ばして斬りつけようとする。だが、空中にいるワイバーンの俊敏さは地上のものとは比べものにならない。
シュウの攻撃をヒラリと躱し、今度は自分の番と鋭い爪をシュウに向け下降してきたのである。
距離を詰められれば伸ばした刀身が邪魔をして攻撃が鈍重になるものだが、シュウの刃のほとんどは魔法でできたものである。次の瞬間には伸ばされた刀身は消えており、短刀本来の刃がワイバーンの前に向いていた。
「〈ヒートジャベリン〉」
シュウが魔法を唱えると短刀の先端からレーザービームのような高熱の直線がワイバーンに向けて走り出す。爪で攻撃しようと前足を出していた状態で受けてしまったワイバーンのボスは腹から背中にかけて熱線を貫通させられてしまう。突進した勢いのまま地面に墜落してシュウの目の前で止まると、ほどなくして灰になっていった。
「よし、終わりだね。しかし、草原が散々なことになっちゃったな。」
辺りを見渡すと、シュウが張った大気の壁の内側のほとんどが焼かれて土がむき出しの状態となっていた。『こんなことならもう少し範囲を絞ればよかった』と後悔していると、気配察知で感じ取っていた通りにクリス達がこちらへやってくるのが見える。どうやら戦える人間を引き連れて駆けつけてきたようだ。
しかし、ここでワイバーン討伐よりもよっぽど大問題が発生していることにシュウは頭を悩ませる。
「どうやって誤魔化そう…。」
すでにワイバーン五体は討伐済みなので魔石が転がっているが、クリス達が来ている以上『ボックス』に隠すわけにもいかなかった。こうして【ワイバーンの天敵】【飛竜狩り】という異名の由来となる戦いは幕を閉じるのであった。




