第18話 祭りとその後
「では、収穫の神に感謝を込めて…。」
「「「「「「乾----杯!!!」」」」」」
村がワイバーンの危機から逃れて二日後。今日は村人全員参加のお祭りである。
収穫祭にはやや早いが先日の事件もあり、自分たちの無事を神様へ報告するために開くのだと村長が言っていた。そのため村長の長い話も結びは収穫祭のときのものだが、内容はワイバーン二匹から被害なく逃れることができた奇跡とワイバーンを追い払った僕への感謝が主だった。
実際にはワイバーンは二匹ともトドメを指しているわけだが、得体の知れない魔導師崩れが魔石を持って現れてはそれこそ騒ぎになるので命からがら森のほうへ追い返したことにしたのだ。ちなみに魔石は村に着く前に『ボックス』へ入れておいたので証拠隠滅は完璧である。
「シュウ!やっぱりお前はすげぇ奴だったんだな。俺は信じてたぜ!」
ガジが僕の肩を組んで絡んできた。すでに酔っているらしく普段よりちょっとだけネチッこくなってる…。
蒼天の牙の三人は山の探索中にワイバーンを見かけたため昼夜を問わず走り通して村へ戻ってきていた。四日かけてフェボーデ山の奥地へ入り込んでいた彼らがバーグ村に着いたのはつい先ほどだが、すでに祭りに溶け込んでいる。ダラスに至っては村人たちに人気のあまり、握手会のような列までできていた。
「おやおや、あっちの英雄様はどえらい人気だね。こっちの救世主様のほうが今回の主役だってのに。」
「女将さん。」
「改めてお礼を言わせてくれ、シュウ。私とホラスはシュウの魔法がなかったら確実に死んでいた。この命を拾えたのはシュウのおかげだ。ありがとう。」
「いえ、たまたま展開した魔法が上手く作用しただけですよ。」
「ほう。上手く、ねぇ。じゃあ防ぐ余波で真上のワイバーンも被害を受けかけていたのも運がよかったってわけか。えらく強運なんだねぇ。」
あ、全然信じてくれてないですね、これは……。まぁ実際、真上のワイバーンにも攻撃できるように意図して魔法を展開していたわけだけど、それを見抜くなんて、この女将さん実はすごい冒険者だったんじゃないか。
「運が良くなければ一人旅なんてできませんよ。ワイバーンだって命からがらでようやく森に逃げてくれたんですから。」
「ワイバーンが森へ逃げた……。そういえばあんたが戻ってきた方角を念のため調べにいったんだが、大きなクレーターができた場所があってねぇ。シュウ、何か心当たりはないかい?」
「い、いやぁ、まったく…。」
完全に僕のこと疑ってますよね……。やめて、もうやめて。頼むからその疑いの目をこっちに向けないで、女将さん!!
「ま、そういうことにしておいてやるよ。
私たちはシュウに大恩がある。あんたがどんな出生でどんな秘密を抱えていようが関係ない。何があっても私たちはシュウの味方さ。こんな僻地だが、困ったことがあったら頼っておくれ。必ずに力になるよ。」
女将さんはそう言うとダラスの助け舟となるために離れていった。
思えばこの村の人たちはワイバーンの一件があろうがなかろうが関係なく僕を快く受け入れてくれた。蒼天の牙のおかげという面が強いのだろうが、居心地よく暮らせているのは間違いないし、人々の温かさも感じられる良い村だ。そんな彼らの村を守れて本当によかった。
本来の目的とは違うものの、転生してきた意味を実感できたような気がして嬉しい。これからルストへ旅立つわけだが、僕の力が役に立つことがあるのなら助けになりたい。僕は心の底からそう思うのだった。
◇◇◇
――――――――その日の夜 某国
「カーン様、ワイバーンが戻りました。」
そう言うと従者が拳大の魔石を差し出してくる。カーンはそれを受け取り、月夜に照らしながら吟味してから肯く。
「悪くない。これであれば少しは足しになるだろう。例の場所へ持っていけ。しかし、偵察は三体だったはずだが。他の二体は何も収穫がなかったのか。」
「それが、どうやら二体はやられたようです。」
「何?獣風情が誇りある竜種を打ち負かしたというのか。」
「わかりません。ですが、あの山にはフェンリルが眠っておりますゆえ、侮れない個体がいてもおかしくはないかと。」
「なるほどな。確かにフェンリルの力添えがあればワイバーン如きでは歯が立たんか。
まぁ良い。あの山は遠いうえ収穫も僅かだからな。今後はこの近辺に絞り魔石を集めよ。」
「は!」
従者は一礼して下がっていく。
カーンは自分の計画が順調に進んでいることに対して口元を緩ませていた。このまま計画が上手くいけば自身が龍族の中で強い発言力を得ることができると信じているためである。それどころか、いずれは竜王になることも夢でなくなる。
今は事情により人の姿をしているが、カーンはドラゴノイド種である。
この計画の果ては自身が治めることになる竜の楽園の誕生であることを思い浮かべながら、カーンは不敵に笑うのであった。
◇◇◇
祭りが終わってから二日後に僕たちは辺境最大の町ルストへ向けて出発した。
本当は祭りの次の日には出発する予定だったけど、ガジの二日酔いがひどかったために一日遅らせて出発することにしたのだ。
出発の前夜には女将さんからの選別で照り焼きチキンをこれでもか、というほど食べさせてもらい、村の人たちからも酒やら日持ちする保存食やらを分け与えてもらった。
保存食は干し肉も貰えたが一番目を引いたのが炒り豆と煎餅である。丸大豆を煮た料理はこの村の主食として知っていたが、乾燥させたものは非常食として保管されているとのことだ。今回は倉庫から取り出して加工してくれたという。ここでも転生者の影がちらつくところを見るに、この世界には転生者が及ぼす影響力みたいなものがたくさんあるのかもしれない。
ちなみに、ガジは迎え酒でまた二日酔いになりかけていたので、見兼ねたチョボに酒を取り上げられていたのはここだけの話である。
ホラス村長からは路銀代わりの砂糖を受け取り、出発の際にはバーグ村総出で見送ってくれた。姿が見えなくなるまで手を振ってくれていたことが今でも目に焼き付いている。
それから一週間ほど経ち、現在は穀倉地帯を歩いている。
バーグ村から一番近い町は北に向かったところにある『ソーイース』という町だが、ソーイースには醤油と砂糖の加工工場と貯蔵庫があるばかりで碌な宿泊施設がないのだそうだ。そのため少し遠くなるが、直接ルスト街へ向かうためにやや北西を野営をしながら歩いていき、今に至るというわけだ。
ダラスによるとすでにルストの町内には入っているらしいのだが、バーグ村とは違い、見渡す限りの畑があっても中々街らしい姿は現れない。
「もう少しで裏門が見えてくるはずだ。バーグ村と違ってしっかりした門だからすぐに分かるだろう。」
行ったことのない場所に行くのは不安ながらも楽しみでもある。旅人設定の僕としてはいちいち感動するわけにはいかないのだが、穀倉地帯の雄大さを目の当たりにした際に思わず感動の声を上げてしまった。それ以来、僕のためにルスト街について色々と説明してくれるようになった。主にガジとチョボが。
「ルスト街はルスト辺境伯っていう偉い貴族様が治めているせいもあって活気が半端ねぇんだ。噂じゃ首都のボールドンより栄えてるってことだぜ。」
「噂どころか事実ですよ、兄貴。ルスト辺境伯領はソーイースの醤油と砂糖が諸国に渡るほど人気でして、その財はカルカス国随一と言われています。その財力の象徴がルスト街ともなればボールドンなんかよりも栄えていて当然です。」
「首都よりも栄えているなんて、すごいですね。国から接収されたりはしないんですか?」
「ルスト辺境伯は元々ナインフォセア王国の公爵家の出身でして、カルカス国が独立する際にお目付け役としてナインフォセア王国から拝領されたんです。カルカス国の成り立ち自体ナインフォセア王国から下賜されたものですから、カルカス国の国主であるアルスカイン特別侯爵よりも爵位が上の存在であるルスト辺境伯には手出しできないんですよ。」
国主よりも影響力があるのか。それはそれで災いの種になりそうだけど。
「チョボは若いのに博識ですね。」
「えへへ。それよりもシュウ、お願いがあるんですけど……。」
まだ幼さが残る少年のような見た目のチョボは上目遣いをしながら、おねだりをするように僕を見てくる。ここまで旅を一緒にしてきた仲なので今更何を頼まれても断るつもりはなかった。
「なんです?」
「それは、その……。敬語をやめて普通に話さない…?」
「へ?なんだ、そんなこと?」
ちょっとだけ身構えていた僕は肩透かしを食らったかのように気が抜けた返事をしてしまった。その返答を受けて心なしかチョボが落ち込んでいる気がするのは何でだろう。
「がはは!その通りだ!こんだけ一緒なのに敬語同士なんて連れねぇぜ。チョボだけじゃなく、俺たちも敬語なしで話してくれよ。いいよな、リーダー。」
「あぁ。シュウのことは仲間と同じように思ってる。ぜひ対等に接してくれ。と、ほら。言ってる間に城壁が見えてきた。」
ダラスが指さす先には巨大な壁がせり立っていた。近づくにつれてその大きさは際立っていき、見たところ五メートルほどの高さの壁は侵入者につけ入れる隙を与えないかのような威圧感がある。城壁と言ってたのでこの高さの壁が外周に張り巡らされているのだろう。これが首都でないのだから驚きであった。
壁には大きな門と通用口のような扉があり、それぞれ順番待ちの列ができている。大きな門には馬車や荷車などが並び、通用口は大きな荷物を持っていない者が並んでいる。
僕たちは通用口のほうへ並び入場許可を得て街中に入っていく。入場許可には紹介状が必要でホラス村長が書いてくれた紹介状を渡すとすんなり入ることができた。本当はダラス達のような冒険者や商人は、ギルドや商会が発行している会員証が紹介状代わりになるのだと後からガジが教えてくれた。
そうして門をくぐると……。
所せましと立ち並ぶ煉瓦造りの家!石畳で整備された街道!そして、奥に見えるは威風堂々とした城!
完全に中世ヨーロッパへ迷い込んだかのような街並みである!異世界風景、キターーーーーー!
興奮を隠しきれずにはしゃいでいるとさすがに見兼ねたダラスに宥められた。
「落ち着け、シュウ。田舎者丸出しで見られてるぞ。
ふぅ。俺たちはギルドに今回の報告をしなきゃならないが、まずは宿屋の確保だな。俺の知り合いがやってる宿屋があるんだ。そこなら空いてるだろう。それでいいか、シュウ。」
「はい!お願いします!」
また鼻息荒く返事をしてしまう僕。だってこんな街の宿屋なんて楽しみで仕方ないじゃないですか!
いきり立った馬を宥めるかのように扱われながら、蒼天の牙が普段泊っている宿屋へと向かう。
冒険者業は各地に出向いて依頼をこなすことがほとんどのため、拠点であっても持ち家を持つ者は少ないのだそうだ。あまり帰ってこないのに納める税が高いため割に合わないのだという。なので、拠点にいるときは懇意にしている宿屋と事前に取り決めた金額で泊まらせてもらうかギルドに間借りさせてもらうのが一般的なのだそうだ。
チョボに説明してもらううちに宿屋『梟の止まり木』に着いた。『梟の止まり木』は二階建てになっており、カウンターの横には二階へ続く階段がある。一階にも泊まる部屋があり、ロビーにはテーブルや椅子もあるが、ちょっとした荷物置き場程度のものなので完全に宿泊専用の施設だということがわかった。
カウンターでダラスが簡単なやり取りをするとすぐに部屋を当てがわれ、皆とは夕食を一緒に取ることを約束して僕は二階の部屋へと入っていく。部屋は四畳半ほどの広さで備品類も含めて山小屋とそう変わらない。まずは落ち着くため僕はベッドに腰を下ろした後、そのまま大の字になる。
「改めて異世界にきたって感じだな。でも、変な目で見られると今後がやりづらいし、ちょっと落ち着かなくちゃ。
よし。夕飯時まで時間あるし、まずは旅の汚れを落としますか。本当はお風呂に入りたいところだけど……。」
僕は起き上がると桶と水をもらいにカウンターへ行くことにした。
「すいません。桶をお借りできますか。できれば水汲み場も教えてもらえると助かります。」
「はい。桶ですね。水汲み場は裏手にありますよ。そういえば見たところ魔導師さんですよね?水が出せるなら裏手に水浴び場もありますから使ってください。木札が掛かってるので『使用中』にになっているときは誰かが使っているのでお気を付けください。」
カウンターの人に教えられて裏手へ向かうと四方を仕切りで囲われた場所があった。入口は一つで、縦長になっているのは手前に脱衣所があるためだろう。近づくと木札が掛かっているのでここで間違いない。木札には『使用可』と書かれているので誰も使っていないようだ。僕は木札を裏返して『使用中』にすると中へ入っていくため扉を開く。と、なんと扉の奥には先客がいた。それも美女が一糸纏わぬあられもない姿で……。
……。しばし見つめ合う二人。なんか既視感があるような……。
「きゃあ!」
「うわっ!?」
美女は驚きのあまり近くにあったナイフを僕の方へ投げる。
扉を閉めることで何とか難を逃れたが、突き刺さったナイフの先は僕の鳩尾を正確に狙っていた。投擲スキル凄すぎじゃないですか?
「す、すいませんでした!看板が『使用可』になっていたので……。」
少し待ったが返事はない。申し訳ないことをしたと思いながらも僕はその場を後にすることにした。
この世界では水汲み場で桶に水を溜めて自分の部屋で手拭いを湿らせて拭き取るのが一般的な衛生管理方法だ。たまに今回のような水浴び場も存在するが、シャワーのようなものがあるわけではないので基本的には水魔法を入れた魔石を持っているか水魔法を扱えるものしか使うことがない。もっと大きな宿や街では大衆浴場もあるそうだが、水の引き入れや火加減の維持が大変なので滅多に見ることはできないという。
「しかし、あの娘も冒険者だったのかな。」
ナイフを持っていたし投擲も初心者のそれではなかった。見た目は十代後半といったところで、長い黒髪に前髪を切り揃えたヘアスタイルがとても似合っていた。そんなことを考えながら部屋で体を拭くと、いつの間にか約束の時間となる。
ロビーへ行くと蒼天の牙の三人はすでにいた。
「待たせちゃってごめん。」
「気にすんな。さぁ今日は俺たち行きつけの店に行こう。」
そう言って歩き出す四人。しかし、気のせいかチョボの様子がおかしい。
「チョボ、どうしたの?俯いて足取りも重いみたいだけど。具合でも悪くなったとか?」
「……。何でもない。」
「そう?なら、いいけど。もし具合悪いようだったら遠慮せず……。」
「何でもないったら!」
チョボは急に怒鳴り走り出そうとする。しかし、やはり調子が悪いのかすぐ石畳に躓いてしまった。
「おっと!」
前かがみに倒れてしまうチョボを支えようと胸から抱え込むようにして抱きしめると妙に柔らかい感触がした。
「きゃあ!」
先ほど聞いたのと同じ声がチョボから発せられたことに気づいたときには、僕の顔面はバチンッという音とともに真っ赤に膨れ上がっていた。
謎の新キャラ登場です。




