第17話 山の主
―――――――――翌日。
フェボーデ山に向かった『蒼天の牙』を見送ったあと、僕はバーグ村を歩き回ることにした。
バーグ村のほとんどは住居のため、あまり見て回る場所は無いものの、広場の屋台では野菜や鶏肉などの食材が中心に売り買いされていた。ちょっとした装飾品もあるが、これはたまにくる行商人が広場で店を開いたときだけ見ることができるのだと近くにいた村人が教えてくれる。
どうやら『蒼天の牙』はこの村では有名らしく、それに付いてきた僕のこともあっという間に広まっていたみたいで、気さくに話しかけてくる人が多い。おかげで分からないことは色々と教えてくれるのでここぞとばかりに質問攻めしてしまう。
バーグ村に着いたときに見えた煙突はやはり鍛冶屋だった。火入れとともに煙が上がり、鍛冶屋の店じまいとともに煙が消えるため村では時計代わりになっているのだそうだ。村の人たちも鍛冶屋の煙を仕事の区切りにしているようで、煙が消えたあとは大概が宿屋に酒を飲みに行くか家で寛ぐのだという。
村を囲う塀の外には畑が広がっていて、バーグ村の主な収入源である大豆とサトウキビが中心に栽培されている。本当は畑まで塀で囲えればよかったのだろうが、そこまでのマンパワーがなかったことと最近では醤油と砂糖の需要がうなぎ登りのため畑の拡大を急ピッチで進めているらしい。そのため僕らが入ってきた門とは反対側に位置する正門側は田園風景が広がっていた。
バーグ村を魅力的と感じているのは醤油や砂糖を加工している商人くらいなもので、エクロキア大陸でも僻地であるこの村を襲う野盗などいるはずもないので人災はほとんどない。時たま現れるリトルボアが畑を荒らす以外は平和そのものなんだとか。
行く先々でそんなことを教えて貰いながら一日もかからず村を見て回った僕は宿屋で女将さんの手料理を食べて就寝する。
次の日、早朝に目覚めた僕は行きに通った林のほうまで歩いていき、林の手前で止まると杖代わりの短刀を前方へ構える。ここ数日魔法の鍛錬をしていなかったので思い切り魔法が使える場所を探してたんだよね。
村の近くで本気で鍛錬してしまうと村に被害が出てしまう可能性もあるし、何より僕を異質な存在と思われてしまうかもしれない。転生者であることを隠したい僕としてはそれは避けたいことだった。
日中を魔法の鍛錬に費やして日が落ちる前に村に戻り宿屋で食事をしてから水浴びをして寝る。
そんな日々を送っているうちに約束の五日が経とうとしていた。
◆◆◆
「おりゃ!」
ダラスがリーダー格のウェアウルフを倒すと、群れを率いる存在を失ったウェアウルフたちが散りじりに逃げ出していく。
蒼天の牙の三人は村長の追加依頼を受けてフェボーデ山を調査するため山の麓まできていた。今いる場所は山の四合目あたりに位置する。
「しかし、魔物が多いな。」
「あぁ。チョボの索敵があるのにも関わらず道中も高確率で魔物に襲われてる。これは本当に何かあるかもな。」
「そういえば、俺たちがバーグ村を出てからもうすぐ三日経つ。シュウの奴は何してるかね。」
「あいつはマイペースなところがあるようだったからな。案外俺たちを待たずに旅立ってるかもな。まぁあいつのことは心配しちゃいないが。もし道に迷ってもあいつなら何とかするだろう。」
「そうですね。シュウはあれで頭の回転も良さそうでしたし大丈夫でしょう。それよりもあっしが気になっているのは別のことです。
道中に遭遇した魔物はどの個体も並みの強さでした。グレートボア級の魔物にも会っていない。そうなるとあの林で遭遇したグレートボアはどこから来たのか。こう考えると自然じゃありませんか。あのグレートボアはこの山の主で、その座を何かに取って代わられて山を追いやられた。」
「他の魔物があのグレートボアを打ち負かしたってことかよ。四人しかいなかったとはいえ、林でシュウが倒した個体はグレートボアの中でもかなりの力があったはずだぜ。その証拠に魔石のデカさが異常だったわけだし。それを負かせたというとそれ以上の強さ、か。あんまり想像したくねぇな。」
「何にしてもここからはさらに警戒して進もう。約束の五日は過ぎるだろうがこの調査は続けた方が良い気がする。俺の勘がそう言ってるんだ。」
「リーダーの勘はこういう時に限ってはピカイチですからね。
わかりました。ここからは今以上に慎重にいきましょう。」
斥候役をチョボが務めながら警戒を強めつつ進んでいく。
翌日、もう少しで六合目に差し掛かるところまで来るといきなり禍々しい咆哮が聞こえた。
『ゴギャアォオオオ!!!』
身体の芯から震え上がらせるような咆哮を聞き、近くの茂みや太い幹に隠れる三人。息を潜めて周囲を窺っていると間を置かずしてその姿が目に入った。
「グレーターウルフだ。」
現れたのは全長二メートルを少し越えており、鋭い牙と人間など簡単に切り裂ける太い爪が付いている大型の狼であった。ウェアウルフとは違い四足歩行が基本の魔物だが、グレートボアと同格の魔物であり、ウェアウルフを従える能力がある。グレートボア級の魔物が現れたことでいよいよ山の主に近付いてきた実感を覚えるが、同時にある違和感が三人を襲っていた。
「しかし、さっきの咆哮はあいつとは違うぜ、リーダー。」
「あぁ。あれはより威圧感が強い印象だった。そもそも鳴き方が違うしな。それに声の方向はどちらかというと上から聞こえたような……。」
ダラスが言いかけるといきなりグレーターウルフ目掛けて何かが空から降ってきた。
空から降ってきた巨体は全長二メートル少し手前の図体で両腕に蝙蝠のような羽根がついてる。目に宿した殺気は視界に入ったものを悉く葬り去るかのようで、これが本当の声の主であることは一目瞭然だった。
空から来た巨体はグレーターウルフを両足で軽々と持ち上げて空中へ連れ去っていく。そして、ある程度昇ったところで両足を勢いよく振って離し、グレーターウルフを地面へ叩きつけた。やられはしなかったものの完全にひるんでしまったグレーターウルフを巨体は容赦なく襲う。首元に噛みつき、そのまま真上に掲げると…………口から炎を噴いた。
「まさか…………ワイバーン?」
ゼロ距離で炎を浴びてしまったグレーターウルフは灰になって消えていき、残ったのは魔石のみになった。巨体はその魔石を咥えて上空へ上がっていく。上空にはさらにダラス達の目を疑いたくなる光景がそこにあった。なんと、同種の巨体が計三体いたのである。
「ワイバーンが三匹だと!?」
上空で旋回していたワイバーンだが、魔石を咥えた個体が北のほうへ飛んでいくと残る二体は北東を目指して飛んでいった。
「おいおい、何の冗談だ!?あれがワイバーンってのは本当かよ、リーダー!この大陸で竜系の魔物なんて聞いたことねぇぞ。」
「俺だって混乱してるんだ!だが、確かにあの三匹はワイバーンだった。ルインルスアルテ大陸で見てきたんだから間違いねぇ。…どうやら昨日チョボが言っていたことが的中したみたいだな。間違いなくグレートボアはあの三匹に追いやられたんだ。一匹自体はグレートボアとそう変わらない強さに感じたが、それが三匹となれば別だ。
とにかく普通ならまずあり得ないことだが、これは相当にまずい。もうすでに俺たちだけで何とかできる域を超えてやがる。」
「そうですね。領主へ報告して早く討伐隊を編成してもらわないと。魔石を咥えて別れたワイバーンも気になりますが、二匹が飛んでいった方角にはバーグ村があります。」
チョボのその一言で現状の最も重要な問題に気づく三人。ワイバーンが二匹など災害と同じである。彼らだけで解決できることは何もないが、村の行く末を確認するのも冒険者の務めと急いで引き返していくのだった。
◆◆◆
『蒼天の牙』と別れてから五日目、僕は相変わらず魔法の鍛錬に励んでいる。内容としては動きながらの魔力コントロールが主で、同じ呪文でも強弱をつけて無駄のない動作を心掛けて繰り返していく。あとは人前で見せられない混合魔法の開発と魔法の並列展開をスムーズに行えるように鍛えていく。
三人とは今日落ち合う予定だけど、おそらく帰りは遅くなるだろうと老人が行きに教えてくれた。老人はホラスと言い、この村の村長なんだとかで蒼天の牙に依頼した張本人らしい。その内容から、もしかしたら一週間ほどはかかるかもしれないと言っていたので、少し早く切り上げて三人を待つつもりだったけど今日も日が暮れるまで鍛錬することにした。
朝から鍛錬を始めて昼休憩に干し肉を食べてからまた再開。ここ数日と変わらぬ工程だが、今日は少しだけ違うことがあった。山からこちらのほうへ飛んでくる何かが僕の気配察知にかかったのだ。
「鳥……にしては形状が違うか。これは、どちらかというと……ドラゴン?」
この大陸には竜系の魔物は存在しないとされている。オーベロンからそう聞いていたが実際に飛んでいるのだから最近常識が変わったのだろうか。
「師匠も引きこもり生活が長いみたいだったしな。」
だが、今問題としなければならないことは他にある。あの二匹が向かっている方向だ。明らかに二匹は村のほうへ向かっている。村の上空をドラゴンが飛んでいくことが最近の常識なのであれば問題ないのだろうが、僕にはその判断が付かない。
分からないのであれば、まずは確かめなければならない。最悪のことを考えて僕は大急ぎで戻ることにした。
「〈アクティブ〉〈アクセラレーション〉」
二つ同時に発動するのは実は高等技術だ。人前では簡単に見せないほうが良いが幸いにも今は一人。速度を優先するため重ね掛けして村へと向かう。歩いて三時間ほどの距離にいるが、『アクセラレーション』を重ね掛けしているので三十分ほどで戻れるだろう。
しかし、二匹は村まですでに二キロメートルを切っている距離にいる。万が一にも被害を出さないために一層に強く地面を蹴るのだった。
◇◇◇
「いやぁ今年は豊作になりそうだな。」
「あぁ。天候に恵まれたみたいだ。大豆の粒も大きく形が良い。」
「あーしかし、こう屈みっぱなしじゃ腰が痛ぇな。こんなときは、どうだい。今夜は一杯やらないか。」
「お、いいね!こりゃ益々励まなくちゃな!……っと、あれはなんだ?」
農夫たちは村の外周にある畑で作業をしながら他愛もない話をしていた。
そんな中、仲間の一人が違和感に気づいて指をさすと他の農夫たちも同じ場所を振り返る。そして自分たちの目に映った光景に愕然となるのだった。
「「「「ま、魔物だ!!!」」」」
『ゴギャアォオオオ!!!』
凄まじい咆哮に農夫たちは思わず耳を抑え一様に体を震え上がらせていた。抗う術がない彼らからしたら魔物は厄災と同じである。それが頭上に、しかも二匹ともなれば恐怖してしまうのも無理なかった。
ワイバーンは村の真上までくると旋回を始め、しばらくすると狙いが定まったのか一匹が下降していく。
そして降り立った先は宿屋がある広場だった。
「きたぞ!逃げろ!!とにかく柵の外へ避難するんだ!!」
「きやがったね……。村長、碌な魔法も使えないんだからここは私に任せてあんたも逃げな。」
「相手はワイバーン。いくら元冒険者とはいえお前さんだけでは秒も持つまい。何とか村人が避難するまで引き付けるぞ。」
元冒険者である宿屋の女将は大斧を、ホラス村長は魔導杖を構えて宿屋を背にする形でワイバーンと対峙する。ワイバーンの威圧にも物怖じしない二人であったが、ワイバーンのほうはといえば、長引かせるつもりなどないようで大技を繰り出すべく口の中に炎をため込んでいく。
「いきなりブレスか!村長!障壁の準備を頼んだ!」
「すでに準備できている。が、一人で耐えきれるかは微妙じゃな……。」
二人の少ないやり取りを見ていたワイバーンであったが、こちらも準備が整ったようで議論の時間など与えず溜め込んだ炎を一気に……噴き出した。
炎の壁が移動してくるかのように押し迫ってくる。ホラスが魔法で障壁を作ろうとも、それはせいぜい二人を覆う程度のものだった。後ろの宿屋や住居はおろか、避難中の村人も巻き込まれるだろう。それでも割り切ってやるだけのことをするしかなかった。
ただ、炎の勢いはホラスの予想を遥かに超えていたため、おそらく自分たちも無事ではないだろうと諦め半分に障壁を展開しようとした、そのとき……
「〈ストームサークル〉」
いきなり物凄い突風が自分たちの周囲から突き上がり炎の渦を作りながら上空へ逃がしていく。ワイバーンのブレスが収まったときには自分たちどころか村の家屋に至るまで、まったくの被害を出さずに凌ぎ切っていた。
「ふぅ、間に合ってよかった。お二人とも怪我はありませんか?」
目の前の男は振り返りながらそう言うと笑顔をこちらに向けてくる。
ホラスは今に至ってようやく自分たちとワイバーンの間に人がいることを認識した。そして笑顔で話しかけてくる青年の顔をみて二人は我に返ることができた。
「まさか、シュウかい……?」
そう。目の前にいる青年はホラスが早朝に送り出した人物であった。
◇◇◇
いやぁ、危なかった。まさか、いきなりあんな攻撃してくるなんて思いもしなかった。あなたの視界に入るものは皆敵ですか、まったく。折角だから上にいる奴に嫌がらせしようと思って狙ったけど、さすがに回避されちゃったし。
「怪我がなければとりあえずここを退避してください。あとは僕が引き受けます。」
「引き受けるったって、あんた。相手はワイバーン。それも二匹だよ!?命が惜しくないのかい。」
「大丈夫ですよ。このくらいなら一人で問題ありませんから。」
「も、問題ないって…しかし……。」
しかし、戦うには場所が良くないな。とりあえず二匹には村はずれの平原まで行ってもらうとしますか。
「〈ノックアップ〉」
僕が『インパクト』の打ち上げ版を小声で唱えると地上にいたワイバーンは真上へと跳ね上がっていった。魔法陣の大きさも調整したので、後ろの二人にはワイバーンが自発的に飛んだと思ったはずだ。
「〈エアプレッシャー〉」
こちらも『インパクト』の応用版。『インパクト』は至近距離で強い効果を発揮するが、空気を圧縮して自在に形状変化できるこれなら離れた場所でも衝撃を与えられる。圧縮した空気をラケットのように形状を保たせて一気に二匹へと振り抜くと、空気の塊を横殴りに受けた二匹は僕が鍛錬していた場所の手前のほうへと吹っ飛んでいった。
「それじゃあ僕はあの二匹を追いかけます。」
そう言うと僕は走り去っていく。一瞬のうちに居なくなった僕を見た二人がキツネに摘ままれたような顔をしていたのを気配察知で確認したが、見なかったことにした。大事なのはこの村と村人だからね。
平原を少し走るとすぐにワイバーンが二匹、地面に落とされて空中へ戻るため起き上がろうとしている姿が見えた。これも気配察知で事前に確認できていたことなので、構わず次の一手を仕掛ける。
「〈アイスバインド〉」
一匹は寸でのところで空中に逃れたが、もう一匹は氷の鎖に絡み取られ身動き一つ取れない状態となる。拘束しているほうはしばらく問題ないと判断して僕は空中の一匹を先に対処することにした。
「〈ウィンドカッター〉」
空中のワイバーン目掛けて風の刃を放つが、ヒラリと躱されてしまった。さすがに空では向こうに分があるらしい。ワイバーンは地上と距離を空けて様子を窺っているようである。
「それならこっちから近づくまでさ。〈ソアー〉」
足元に風が集まりだし凄い勢いで僕の体を持ち上げると、その勢いのまま上空へと舞い上げていく。進行速度が揚力となり、完全とは言えないまでも僕は飛翔することに成功した。
ワイバーンは相手が飛んでくるとは考えていなかったようで若干動きが鈍ったように見える。
「〈ホバー〉〈インパクト〉!」
ワイバーンの横を通り過ぎて上を取った僕は空中で留まるための魔法を唱えて体を固定してから強烈な衝撃波を放つ。
今回は先ほどの『エアプレッシャー』とは桁違いの威力である。至近距離で受けたワイバーンは地面に埋められるほどの強さで叩きつけられた。
地面に落としたあとはこちらも重力に従い落ちていくだけである。それとともにトドメの一撃も添えてワイバーンの下まで一直線だ。
「〈ウィンドソード〉」
僕は短刀を抜き放ち風の刃を付与して刀身を伸ばすと一気に……首を切り落とした。
頭を落とされたワイバーンはそのまま灰になって消えていく。残すは拘束している一匹のみとなった。
僕が着地するとほぼ同時に地上にいたワイバーンは氷の拘束から抜け出した。どうやら自分の体ごとブレスで焼き、氷を溶かしたようだ。しかし、その分ダメージを受けているようで動きは鈍い。
「申し訳ないけど終わらせるよ。〈ウィンドカッター〉」
僕は容赦なく残る一匹にかまいたちを浴びせる。ワイバーンは抗うこともできずにスパっと斬り裂かれて灰になっていった。
「ふぅ。これで終わりだね。さて、戻りますか。」
ワイバーン討伐を終えた僕は、二匹の魔石を拾って村へと帰ることにした。ちなみに、帰りはもちろん『歩き』である。




