第16話 到着・バーグ村
「いやぁしかし、まさかシュウが白魔法まで使えるとはなぁ。お前、本当は名の知れた魔導師なんじゃないのか?」
グレートボアの襲撃から一夜明け、僕たちは林を抜けて平原を歩いている。
最初こそ警戒していたガジとチョボだが、昨日とは打って変わって積極的に僕へ話しかけてくる。積極的すぎて根掘り葉掘り聞いてくるものだから、見兼ねたダラスが宥めるほどだった。
それでもガジが悪気もなく聞いてくるものだから、僕は当たり障りのない答えを繰り返す羽目になってしまった。まぁいがみ合うよりはよっぽどマシなので、関係性が改善したことは喜ばしいことだろうと思うことにする。
「おい、ガジ。その辺にしておいてやれよ。いくらシュウが温厚な性格してるからってそんなに質問攻めにあっちゃ嫌われちまうぞ。」
見た目が筋骨隆々としているので脳筋かと思いきや、ダラスは一行のバランスをみて帳尻をあわせているようだった。案外リーダーとして優秀なのかもしれない。
「だってよ、リーダー。俺はいろんな白魔導師を見てきたが、今まであんなに時間をかけず完璧に治癒する奴をみたことがねぇよ。」
「だからって同じような質問を何回もされちゃシュウだって迷惑だろうが。お前がそんなことを繰り返してるから大した話もできずにもう村へ着いちまったじゃねぇか。」
そう。遠くまで広がっていた平原であったが、目の前に村の柵が見えてきていた。
「さぁ、シュウ。ここがバーグ村だ。」
ダラスから寂れた村と聞いていたが、バーグ村は僕の想像よりも大きい村だった。
村を囲っている柵を抜けると住居が立ち並び、中央広場にある屋台では人々が商品を覗いたり話し込んでいたりする。その少し奥では煙を出している大きい煙突が見えるので鍛冶屋があるのだろう。
「こんな辺境にある村だが、なかなか活気があるだろう。あまり商人も立ち寄らない寂れた村ではあるが、住人達は前向きに暮らしているのさ。
そして、村唯一の宿屋がこれだ。」
簡単に村の紹介をしつつダラスは宿屋へ案内してくれた。
村唯一の宿屋と言っていたし商人の行き来も少ないと聞いたのでもっと静かだと考えていたが中は思いの外賑やかだった。よくよく見てみると皆、酒や食事に興じている。後からダラスが村唯一の宿屋は村唯一の食事処でもあるので酒を飲むために村人がこぞって集まってくるのだと教えてくれた。
入口付近は食事処になっているが、奥の方にカウンターがあり、そこでチェックインするとのことだった。
「おや、ダラスじゃないか。後ろにいるのは新入りかい?」
カウンターにいる女性はそこそこ年齢を重ねているようだが、筋肉質なため若々しく見える。ただし、腕の太さは僕の倍はあるのでこの人は怒らせてはならない、と自身に言い聞かせる。
「いいや、こいつはシュウ。各地を巡っている旅人さ。今回の依頼中に偶然出会ったんで村まで案内したんだ。」
「ほう。なかなか骨のありそうな青年じゃないか。ここら辺じゃうちみたいな宿屋も少ないから疲れているだろう。何にもないところだが、自分の家だと思って長旅の疲れをゆっくり落としておくれ。」
「俺は村長のところまで依頼達成の報告に行ってくるから皆は先に休んでいてくれ。そうだ、シュウ。あとで声をかけに行くから一緒に飯を食おう。世話になった礼をさせてほしい。」
「ありがとうございます。」
僕は女将さんから鍵をもらい一旦皆と別れて宛てがわれた部屋で少し休むことにした。
「〈ボックス〉」
一人になった僕は『ボックス』を唱えて荷物を整理する。
帰着の里で使っていた衣服や魔石は魔導杖がわりの仕込み短刀と別れ際にオーベロンがくれた腕輪以外すでに『ボックス』に入っているが蒼天の牙とはいつまで一緒にいるかわからないものの、身分不相応なものを持つことは避けるべきだろう。
帰着の里の文化は独特なので使用していた物資は希少性が高く、中古でも高額で売買されることもあると聞いている。森から使っていた方位磁針などはダラス達の目に触れないようにするべきだった。
ついでに道中食べていた干し肉もできるだけ長持ちさせるために一旦『ボックス』へ仕舞うと整理を終わらせて夕飯時まで部屋で寛ぐことにした。特に疲れてはいないが里を出てから初めての村となるので少し緊張していたのである。
道中で出会った蒼天の牙のメンバーも肝っ玉母さんな女将さんも良い人たちで一先ず安心した僕は、急な眠気に逆らうことなくうたた寝を決め込むことにした。
◇◇◇
「…と、いうのが今回の道中にあった出来事だ。」
ダラスはバーグ村の長であるホラスと向かい合って座り、今回の依頼達成の報告をしていた。二人がいる場所はバーグ村の中央広場近くにある村長の館である。
館とは言っても役所も兼ねているので居住空間はさほど広くない。今、二人がいる場所もホラス村長が普段執務を行なっている部屋であり私的に使用できる空間は他の村人と変わらなかった。
ホラス村長は壮年期をやや過ぎており、白くなった髭を長々と生やしている。それでも皺に隠れる眼光の鋭さは村の若い衆にも負けていない。
「そうか、それは苦労をかけたな。しかし、そのシュウという青年、末恐ろしい才能じゃな。グレートボアなど一級の冒険者が集団で囲い込み退治するような魔物じゃ。普通は遭遇したら最後、嵐のように過ぎ去るまで静かに待つしかない。
それを一撃で仕留めただけでなく、お主のことを治療してみせるとは。確か生まれは魔導連邦国ということだったな。」
そう言いながらホラス村長はその鋭い眼光を一際強めてダラスに向ける。暗にシュウの身元は安全なのか、と問い質しているのだ。
辺境とはいえ密偵などの疑いあるものが村へ入って来たとなれば村を危険に晒す可能性もある。事と次第によっては辺境伯へ知らせる義務も発生するため、村を纏める立場にある以上この確認は必要なことだった。
「あぁ、確かに恐ろしいな。今回たまたま味方だったが、これが敵だったらと思うとゾッとするよ。まぁ、俺は倒したところを見たわけでもねぇんだが。
ただ、シュウがいなければ俺は今頃この世にはいないし、他の二人だってヤバかったかもな。シュウが俺たちを救ってくれた、この事実だけで俺は十分だと思ってる。」
ホラス村長は暫し難しい顔で考え込んでいたが、頷きながら口を開く。
「そうさな。他でもない、英雄ダラスを救った青年だ。お主の言う事を信じて我々も彼のことを歓迎するとしよう。」
「助かる。」
「だが、グレートボアか。これは噂通り魔王軍侵攻の前触れかもしれんな。」
「はっ、あんたもそんな噂信じてんのか。リトルボア程度だったらこの村近辺でも珍しくねぇし、グレートボアだって山を降りてこないわけじゃない。今回はたまたまウェアウルフがグレートボアを怒らせたってだけの可能性だってあるだろう。」
「そちらの可能性であることを信じたいがの。各地の異常を耳にすれば魔王復活やら侵攻の前触れやらの噂が実のあるものに感じるのも無理なかろう。」
「ルインルスアルテ大陸で起きた大暴動のことか。確か帝国領内にあるダンジョンからスタンピードが起きたことが起因して発生したんだったな。鎮圧には最終的に天使まで動員したとか。そのせいで悪魔が焚き付けたとかいう噂まであるらしいじゃねぇか。」
「そうじゃ。さすがに悪魔が暴動を焚き付けたまでは行き過ぎな気もするがの。だが、世の中が不安定になってきていることは確かじゃ。」
「まぁ、否定はしないさ。世界情勢なんざ俺は興味ないが何か悪い予感めいたものは感じてる。」
「英雄の勘か、それは侮れんな。
……ときに、お主らはいつまでこの村に居るつもりなんじゃ?」
「決めちゃいないが、明日か明後日か。シュウはこのあと聞いてみるつもりだ。」
「そうか。お主らがいなくなるとまた寂しくなるの。しかし、困ったのう。こんな僻地まで来る冒険者は滅多におらんというのに、憂いが残ったままとは。とはいえ、冒険者でないシュウに頼む訳にもいかんし。いやぁ、困ったのう。」
チラッと見やりながら遠回しに嫌味なことを言ってくる村長を見ながらダラスは深い溜め息を吐くのだった。
◇◇◇
「とりあえず……乾杯だ!!」
ガジがそう言ってジョッキを持った右手を突き出すと残る僕たちもそれに倣って前に突き出してジョッキ同士を合わせる。ガラス製ではないので甲高い音は聞こえないが、勢いある乾杯に僕は軽いカルチャーショックを受けるのだった。
「けど、本当にいいんですか?ご馳走になってしまって。」
「いいんだ。旅暮らしじゃ収入も不安定だろうし、昨日の一件もある。命の恩人に振る舞うには質素なもんだが、せめて思う存分に食ってくれ。」
「誰の料理が質素だって?ダラス。」
「うぉ!?後ろから急に声かけるなよ、吃驚するじゃねぇか!」
後ろから急に女将さんが登場したことに慌てるダラス。
「あんたもまだまだだってことさね。しかし、どうやら私の料理が気に食わないらしいね。それならこいつはダラス以外に振る舞うとするかね。」
そう言いながら女将さんが出した料理を僕は飛び出るかと思うほどに目を見開いて凝視する。
「こ、これは……。」
「お、食いついたねシュウ。珍しい料理だろ?こいつはこの地域でしか庶民は口にできない代物さ。」
女将さんが出した料理は鶏のもも肉を皮ごとソテーにして照りついた黒いソースをかけたものだった。
そう、いわゆる照り焼きチキンである!まさか異世界にも照り焼きチキンが存在しているとは!
「酒と砂糖と醤油をベースにしたソースを使ったチキンステーキでね。本来、砂糖と醤油は高級品なんだが、この村では醤油に使う大豆と砂糖の原料であるサトウキビの栽培を行っていて、ときたま商人が出来栄えを見せるために置いていくんだ。要するに品質が落ちていないか、落ちているのなら栽培方法の改善をしろってことさね。まぁそのおかげでこの村でもこうやって出せているわけだけどね。」
「俺たちもここに来たときは驚いたもんだ。何しろ都会じゃお貴族様しか口にできない料理で有名だからな。」
「なんでも遥か昔に天使がこの地に舞い降りて大豆とサトウキビの栽培方法や醤油の作り方、醤油を使ったレシピを村人たちに授けたのが始まりなんだとか。今となっては嘘か本当かは定かではありませんがね。」
女将さんが料理のあらましを、ガジとチョボがこの地域にまつわる話を教えてくれた。
しかし、僕の耳には半分しか届かない。転生してほぼ初めての文化的な料理。しかも日本食だ!一刻も早く目の前の料理を食べたいと隠すことなく照りついたソースをじっと僕は眺めていた。
「はは。さすがのシュウも食欲には勝てないらしい。女将さんたちの話もそっちのけで見てやがる。
それじゃ冷めないうちに女将さんの珠玉の一品をいただこうじゃねぇか。さぁシュウ、遠慮することなんかねぇから好きなだけ食べてくれ。」
ダラスのその言葉を聞くや否や僕は照り焼きチキンにナイフを入れ込む。
チキンの身は柔らかく焼き上げられており、簡単に切ることができた。もも肉を使用しているとはいえ鶏肉を柔らかく仕上げるには調理のコツがいる。これだけでも女将さんの料理の腕の高さを推し量れるというものだ。
切り分けたチキンをフォークで刺すと照り焼きソースを十分に搦めてから僕は口へ運んでいく。
ほんのり薫る醤油を焦がした匂いが鼻孔をくすぐる。口の中に溜まった唾液を一度飲み込むと僕はついに恐る恐るチキンを口に入れる。口に入れた瞬間に広がる甘さと塩味の程よいアンサンブルが僕の脳を鈍器で殴りつけるかのように揺さぶり、噛めば噛むほど鶏肉の旨味が追随してくる。久しぶりの味に頭の整理が追い付かない。気づくと僕はすでに二口目を口の中へ入れていた。数年はこの一口を味わい尽くせるかの如く大事に食べていたつもりなのに現実には一瞬で口の中からいなくなっていたのである。
そこからは夢中だった。皆が色々と話しかけてくれているのはわかったが、何も頭には入ってこない。そもそもすべての能力を味覚に集中しているため理解する能力すらなくなっていた。次に意識を正常な状態に戻せたときには皿の上にあった料理はソースに至るまで綺麗に無くなっていた。
「がぁはははは!!そんなに気に入ったのかい。こんなに無我夢中で私の料理を食べてくれるなんて料理人冥利に尽きるってもんだ!他にも出てくるからゆっくり楽しんでいきな。」
女将さんは大笑いしながら仕事へと戻っていく。冷静になった僕は周りをみると蒼天の牙の三人の目が点になっているのがわかった。
「あ、いや…なんかすいません。」
恥ずかしさのあまり顔が熱くなっていくのがわかり思わず俯いてしまう。
「いや、本当に驚いた。色んな奴にここの料理を勧めてきたがこんな勢いで食い切る奴は初めてだ。」
「本当にお恥ずかしい……。ここしばらく果実や干し肉しか食べてこなかったものでして、つい…。」
「別に恥ずかしいことなんてねぇだろうが。ここの料理は美味い。それだけのことだ、なぁリーダー。」
「ガジの言う通りだ。俺も初めて食べたときはシュウと似たり寄ったりなリアクションだったぜ。
女将さんは元冒険者だから依頼の度に色々な地域の料理を食べ歩きながら研究していたんだとよ。まぁ時間はあるんだ、ゆっくり楽しもう。」
そうして僕たちは美味しい食事を楽しみながら他愛もない話に花を咲かせていたが、しばらくして猪肉のハンバーグが出てきたときにガジが語り始めた。
「お、ついに来たな。シュウ、こいつがこの村の名前の由来だ。」
「ハンバーグ。だからバーグ村、ですか。」
「そう、しかも猪肉ってところがポイントだ。昔このあたりはイノシシが大量にいてな。駆除目的に狩りをしていたが、あまりにも大量に獲れちまって肉の処理に困っていた時期があったんだと。そんなとき天使が舞い降りてきて醤油の製法と猪肉特有の臭みを消す工夫を教えてくれたって逸話があるのさ。」
「出ました、兄貴のおとぎ話。兄貴は逸話好きで都市伝説級のやつも信じてはあっしらに酔う度に語り掛けてくるんです。もっとも今回はバーグ村の歴史書にも書かれているらしいんですけどね。」
「でも、ここに来るまでイノシシはそんなに見なかったような気がします。生態系が変化していったということですか。」
ガジ達の話を聞き、僕が疑問に思ったことを口にするとダラスが引き継いで話し出す。
「そうだな。近年、徐々にではあるが魔物の出現が多くなっている傾向が強いのは確かだ。魔物がいると他の動物たちは極力避けようとするから見かけることも少なくなる。
最近は村の大豆畑を狙ってリトルボアが出てくることが増えてな。それを村の依頼で俺たちみたいな冒険者が駆除しているんだ。」
「それで昨日のようなボアも出てくるようになったんですか。」
「いや、あれは例外だ。ウェアウルフくらいなら時々見かけるが、グレートボアクラスは普段この近くにあるフェボーデ山に住み着いてて滅多に平地へ降りてくることはない。」
「そうですか。それじゃあ今回はたまたま運が悪かったんですね。いや、運がよかったのか?あんなに大きな魔石も手に入ったんだし。」
オーベロンの授業で魔石の常識も教わっている。
魔物から取れる魔石は個体の強さに直結して魔石も大きくなっていく。内包している魔力が違うからだ。魔物の魔石は鉱山で採れるものとは違い、最初から魔力が籠められているため新たに魔法を入れ込むことは出来ない。しかし、内包される魔力量が高いうえに純粋な魔力のみになるため主に錬金術の動力源として使われている。
「ところでシュウはこの後どうするつもりなんだ。」
「実は尋ねたい人がいまして、ルストという町を目指そうと思っています。」
「そうか。そいつはいい。俺たちは元々ルスト出身の冒険者でな。もう一人の仲間もルストで留守番してるところだ。良ければ一緒に行かないか?」
ダラスからの誘いに一瞬悩む僕。
だが、彼らとであれぱ問題ないだろうと思いすぐ了承することにした。何よりルスト出身の冒険者ならアッガスの所在もすぐ分かるかもしれない。
「ありがとうございます。僕も皆さんかいてくれるほうが安心です。よろしくお願いします。」
「よし。そうと決まれば早速出発、といきたいところだが。実は村長から追加依頼があってな。
グレートボアの一件もあって不安だから念のためさっき話したフェボーデ山の様子を見てきてほしいんだそうだ。」
「かー!あの村長も人使いが粗いねぇ。リーダーの口振りならもう受けちまったんだろ?」
「まぁな。俺も少し引っかかるところがあったし調査は山の麓までで良いことになってる。
と、いうわけでシュウ。悪いが出発はこの調査が終わるまで待っていてくれないか。」
「僕は構いません。それに僕ももう少しこの村とその周辺を見てみたかったですし。」
「よかった。それじゃあ俺たちは明日出発して五日後に戻る予定だ。戻ったら落ち着き次第出発しよう。」
蒼天の牙と楽しい食事を楽しんだあと、約束を交わしてから僕らは自分たちの部屋に戻っていった。




