第113話 許せない!
アイリスは前へ進み出ると手に持っていた杖を構える。この杖は僕が『ボックス』から取り出して渡したものだ。それに合わせてダリアさんも腰に佩いていたレイピアを引き抜き敵と対峙する。
ルナには何も渡していないが普段から填めている指輪があるので問題ない。黒い魔石は白魔法に反応しないので、白魔導師は白藍魔石と呼ばれるブルームーンストーンに似た魔石を使う必要がある。クリスも同じように白藍魔石が付いた指輪を填めていたが、ルナに聞くとアヅィール聖法国で認められた者に修業の証として贈られるそうだ。
そもそも魔法は魔石がなくても発動はできる。ただ、事象を起こすまでのスムーズさや威力に差が出るというだけのことである。ルナほどの実力者であれば仮に魔石が無くとも問題なく魔法を行使できるだろう。
「セグリット、あなたは第二王妃とともに城へやってきました。第二王妃と出逢ってからの父の変わり様を思えばあなたの錬金術が関わっていると考えるのが自然です。
あなたは第二王妃と結託し、王位簒奪を狙った。そうなのでしょう?」
「いやはや、お嬢様の妄想は実に壮大であられる。この老骨が国家転覆を企んだとして、本気でそのような事が可能かどうか。あの心身ともに強かであった御父上が粗末な錬金道具などで精神を狂わせたとお思いか?」
「あなたのせいでないというのなら第二王妃が術を掛けたと?それこそ飛躍が過ぎるというものです。
ロード級の父が下級の者に後れを取るなどあり得ませんもの。それこそ悪魔でも関わっていなければ説明がつきません。」
アイリスの言葉に対してセグリットは不敵に嗤うだけだった。
「なっ!?ま、まさか…。」
「さぁ、もうよろしかろう、姫よ。生憎と私には問答を愉しむほどの時間がないのでな。大人しく私の実験にお付き合い頂こうではないか。」
「…私たちがあなたの言う通りにするとでも?」
そう言ってアイリスは杖をセグリットへ向けると、ダリアとヤンヤンも臨戦態勢に入る。
「いくらお嬢様がデューク級でも今は朝方。本来の力を出せない小娘に負けるはずもなかろう。」
セグリットはそう言いながら片手を上げて後ろに控える部下たちへ合図を送ると、三人に減ってしまった部下たちは各々得意とする武器を手に持ちセグリットの前へと出る。
「それはそちらも同じ条件でしょう。我々の一族が夜にしか力を発揮できないのは抗えない事実です。条件が同じであれば私たちが有利であるとは考えないのですか?」
アイリスの話を聞くセグリットは先ほどと変わらず余裕の笑みを浮かべている。
僕としてはセグリットが仲間を灰にしたあの杖が気になるわけだが、それがセグリットのあの自信に繋がっているのだろうか。
「くっふっふ。だからあなた様は世間知らずの箱入り娘だと言うのだ。私の実験体を傍らに置きながらその本質を見抜けていない。」
「実験体…?」
アイリスは怪訝な顔をするがすぐにダリアさんのほうを見る。ダリアさんはというと、何も言わずに目を瞑り思い詰めた表情を浮かべていた。
「何故そこの女が眼帯をしているか知らなかったのですかな?可怪しいではないか。どんな傷も魔力さえあれば立ちどころに回復できるそなたらの身体に傷が残るなどあるはずもない。魔力が無くなればそなたらが生きている道理もないでな。
にも関わらず、そこの女がしている眼帯は何を隠しているか。
本人からは言えんようだから私から教えて進ぜよう。その片目には魔石が埋め込まれておるのだよ!」
セグリットは恍惚とした表情を浮かべながら言い放つ。それは自身の研究成果を発表しているかのようであった。
「魔石!?何故そのような…。本当なの、ダリア?」
アイリスは驚きを隠せずダリアさんを問い詰める。
ダリアさんもこれ以上黙っているわけにもいかず重い口を開くのだった。
「姫様、その老いぼれが言っている通りです。
私は姫様が隠れ館へ避難された直後に捕まりそこの外道の実験体として幽閉されました。
私の特殊能力によって仲間に助け出されましたが、その前に魔石を埋め込まれた私の身体は最早魔物のそれとなっています。」
「そんな……!」
この衝撃的な事実にアイリスは両手で口を覆い涙目でダリアさんを見つめる。
「何を今更そのようなことでショックを受けておられるのやら。お嬢様も歴史の勉強をされていればあなた様の一族がどんな存在か知っておられるだろうに。
それにしても興味深い生物たちよな。
独自の進化を遂げ、稀に特殊能力を持ち、不死に近い身体を有している。その欠点は日中では生命エネルギーが著しく衰退し、十分に魔力が練れなくなるためその不死性が消えてしまうこと。
全く以てこのような進化を遂げるとは実に面白いのぅ『ヴァンパイア』とは。」
「え、ヴァンパイア?」
これには流石に僕も驚く。ヴァンパイアという単語は勿論知っているが、この世界ではダークエルフ種の眷属として歴史書に名前が残っている魔物だったはずだ。
授業をしてくれたオーベロンもセグリットと同じ特徴を説明してくれていたし、絶滅した魔物だとも教えてくれた。それなのに…。
「シュウ様、ヴァンパイアはラドと同じような進化を遂げたのです。長い年月を掛け魔石を必要としない身体となり、地上の…表世界の住人と変わらぬ身体となったため魔物としてのヴァンパイアは絶滅しました。
ただ、彼女たちは魔界である裏世界でその進化を遂げたのでラドとは違い、魔物の頃の名残りがあるのでしょう。」
ということは、今のヴァンパイアは元魔物の現人間ってことか。
カーンたちのように竜人となる悪魔もいるくらいだから納得はできるけど、悪魔たちが魔石から作り出した生物が進化していくとは何とも不思議な話だ。というか…。
「ルナ、もしかしてアイリスがヴァンパイアだって知ってた?」
「シュウ様。逆に聞きますが、私を誰だと思っているのですか?」
出ました、ガイド様の上から目線でドヤ顔!そういう情報は事前に教えといてください!
「シュウさん、騙していたようですいません…。」
「あ、いや、アイリスが謝ることはないよ。」
「そうです。全ては女心を悟れないシュウ様が悪いのです。」
コラッ!そこ、話をややこしくしないで!
「其奴は護衛に雇った冒険者ですかな?随分と頼りないようだが、そのような小僧しか雇えないとは実に不憫ですな。まぁ、私には関係のないことだが。
話を戻しましょう。
私の研究は最強のヴァンパイア軍団を造ることでしてな。そこの女と同様に此奴らにも魔石を埋め込んでおるのですよ。
魔石を埋め込んだヴァンパイアは魔物としての身体を取り戻し、魔石から魔力を補充することで日中も力を失うことはない。
そこの女は研究途中であるため人間としての部分が残ってしまったが、此奴らは理性を保ったまま完全な魔物の身体を有している。
不死性も勿論健在であるからして先ほど見せたように私でなければ此奴らの命を奪うことはできんのですよ。
どうですかな?この崇高なる研究に賛同頂けたならお嬢様も是非私の研究の一助を担って頂きたい。」
セグリットの演説はとてもでないが聞けたものではなかった。元が魔物だろうが関係はない。改造人間を造るなどあってはならない行為である。
僕でさえここまでの憤りを覚えるのだ。アイリスの心境は計り知れないものだろう。
「セグリット、あなたがどんな信念を持っているか知りませんが、我が一族を、尊い命を持つ人々を踏み躙るというのなら私はあなたを許さない!ここであなたを殺します!」
「交渉決裂ですか。これは残念。」
そう言うとセグリットは洞窟のほうへ歩きながら適当に手を振る。それが合図だったのだろう、対峙していたヴァンパイアたちが僕たちへ襲って来る。
「〈アクアショット〉」
アイリスが魔法を唱えると杖の先にある魔石が光り水の弾を飛ばす。日中では力が存分に震えないと言っていたが、アイリスの放った水の弾は見事に敵の眉間を貫くことに成功する。
実はアイリスに渡した杖は少し特殊な加工をしている。元々は黒魔石のみが付いていたのだが、その一部を白魔石に変えて僕が『アクア』を注ぎ込んだのである。
これによってアイリスは魔力を通すだけで自在に水を出せるだけでなく、アイリス自身の魔法補助効果も上がっていた。アイリスが液体を操ることのできる特殊能力を有するからこそ成り立つのでこの杖はアイリス専用武器と言ってよいだろう。
「待て、セグリット!逃げるつもりか!」
「廃棄処分された女が騒がしいものだ。せいぜい完成体になれなかったことを悔やみながら死んでいくといい。では、お嬢様、御機嫌よう。」
そう言うとセグリットは洞窟の中へさっさと入っていってしまった。
「ヤンヤン、ダリア!追いかけます!」
アイリスも洞窟へ駆け出そうとするが、敵は簡単には通してくれないようであった。
「我々がここを通すとお思いですか、姫様。」
敵は躊躇うことなくアイリスたちへ斬りかかろうとする。
「姫様!!」
ヤンヤンは糸の錬金道具を使い女性のヴァンパイアを拘束すると一気に引き裂く。腕を絡め取られたヴァンパイアは片腕を失いつつもヤンヤンを迎撃しようと襲ってくる。
ヤンヤンがヴァンパイアの攻撃を辛うじて避けて後方へ下がると、女性のヴァンパイアは飛ばされた片腕を拾い傷口に押し当てる。するとたちまち腕は元に戻り何事もなかったかのように五体満足な姿となっていた。
「飛ばされた腕もくっつくのか…。これは中々厄介だな。」
気付けばアイリスに眉間を貫かれたヴァンパイアも戦線復帰している。
「シュウ様、古来よりヴァンパイアを相手にするには三つの対処法があります。
一つ目は魔力が枯渇するまで攻撃を続ける。これはヴァンパイア一体に対して多人数のときに有効です。
二つ目は回復を上回る攻撃を与えて跡形もなく消し去る。高火力がいるためこの方法を取れる者は限られますが確実に倒せる方法です。
そして三つ目、核となる魔石を砕く。アイリスのように魔石を失ったヴァンパイアには適用できませんが、彼らは敢えて魔石を組み込まれています。先ほど灰にされたヴァンパイアを見ても魔石は残っていませんから恐らくあのホビットが持っていたステッキは核となる魔石を破壊する錬金道具なのでしょう。
この仮説が正しければこの方法が彼らを倒すのに最も有効な手段といえます。」
高火力で一気に相手取るのも手ではあるけど、広いとはいえ屋内では仲間も巻き込む恐れがある。そうなると取れる手段はルナの言う通り三つ目の方法となるだろう。
「よし、わかった!どこに魔石があるか教えて、ルナ!」
「そんなのは知りません。」
「………。へ?」
「魔物だった頃であればいざ知らず、彼らは人工的に魔石を埋め込まれているのです。どこに埋まっているかなど特定できるはずはないではありませんか。」
そんな馬鹿な!?ここまでお膳立てして魔石は自分で探せってこと?
「うぅ………。仕方ない、皆下がって!」
僕が叫ぶとアイリスたちは敵を互いに牽制しつつ後方へ駆けてくる。敵との距離を十分に離したところで僕は一歩前へ出る。すると、ヴァンパイアたち三人は標的を僕へ変更して襲い掛かってきた。
「〈アイスニードル〉」
僕はこの広い空間を覆うほどの氷の針を作り前方へと飛ばす。いきなり現れた複数の針を全てやり過ごすことはできずヴァンパイアたちは次々と氷の針に攻撃されていき、僕が攻撃を止める頃には三人ともハリネズミのような姿となっていた。
「ふん!数に物を言わせれば倒せるとでも思ったか!」
ただし、それでも彼らが倒れる様子は微塵もない。それでも僕には十分だった。
「〈アイスバレット〉」
まずは巨漢のヴァンパイアに向けて攻撃を放つ。
ルナの話を聞いて僕なりに考えてみた。ここまで広範囲の攻撃を受けた時、ヴァンパイアたちはどうするか。どんな怪我でも立ち処に治せるとはいえ、氷の針が消えなければ傷も治せない。そのことはヴァンパイアたちも気付くはずである。であれば、最も警戒すべきは急所となる個所への攻撃ではないか。
そう、僕がここまで物量で攻めたのはヴァンパイアたちに致命傷を負わせるのが目的ではない。すべてを弾けなければ急所となる部分を自然と守ろうとすると考えたのだ。
そして、僕は最も針が刺さっていない個所に向かって極太の氷を飛ばしたのである。
この氷は簡単に弾けるものではない。案の定、巨漢のヴァンパイアが何とか防御しようとするが、その防御のうえから氷はヴァンパイアの体を貫いていった。
「がっ!?」
パリンッという音が鳴ったかと思えば黒い石が粉々になってヴァンパイアの体から出てくる。そして、巨漢のヴァンパイアは苦しむ暇もなく灰となっていった。
「な!?そんな馬鹿なことがあってたまるか!」
男のヴァンパイアはこの事実を受け入れられないらしく氷針が付いた状態でこちらへ仕掛けてくるが、僕は対立した敵に対して攻撃の手を緩めるつもりはなかった。
「〈アイスバレット〉」
今度は男のヴァンパイアが最も守っていた個所へ氷を飛ばす。すると先ほどの巨漢同様に魔石を砕かれた男のヴァンパイアは灰となっていった。
「あ…あぁ………。」
残った女性のヴァンパイアは慄き腰を抜かしながら後退ろうとする。僕はアイリスの様子を見つつも最後の攻撃を放とうとするが、その前にとどめを刺したのはダリアさんであった。
「ぐっ…。あぁ!?」
ダリアさんは僕がやっていたように女性のヴァンパイアが最も守っていた個所にレイピアを突き立てる。
レイピアは見事魔石を砕き、女性のヴァンパイアも瞬く間に灰となって消えていった。
「…。アイリス、ごめん。」
僕はアイリスの同胞を討ってしまったことを謝る。これまで一族を想い行動してきた彼女の心境を考えると居た堪れなくなってしまったのだ。
「………。いいえ、謝らないでください。シュウさんは私たちを助けてくださった、それだけです。それに悪いのはこのような改造を施したセグリットであり、それをやらせている第二王妃ベラドンナなのですから。」
僕の位置からはアイリスの後ろ姿しか見れていないが、アイリスの握る杖は小刻みに揺れていた。
「私は許しません。必ずやセグリットとベラドンナを倒します。
………。さぁ、行きましょう、国を取り戻しに!」
長い沈黙の後、決意と共に振り向いたアイリスの目には鋭い光が差していた。




