第112話 続・行きつく先
――――アルテディズ城、国主執務室。
「何をしとるか、土竜どもは!!」
この部屋の主であるカイラスは怒りを露わにしていた。
アルテディズ国の国主カイラスは貴族ではない。富裕層の生まれで地元の盟主であった祖父の財産を使い領内治政の根幹を作り上げた父の跡を継ぎ、このアルテディズ城の城主となった男である。アルテディズ国は元々魔導連邦国の領地として成り立っていたが、度重なる戦争により国境線が乱れ自治領として認められた。その時に国主となったのが、カイラスの父であった。
カイラスの父は確かに聡明で曲がったことを許さない性格をしていたが、カイラス自身はそこまでの信念があるわけではない。そのため言われるがままに人を動かしていたため、現在その付けが回ってきているのだった。
「なぜ土竜どもは来ないのだ!?約束の時間はとっくに過ぎとるというに…。」
「モグラを使ってアジトを出たという報告は入ってきております。大方真面目に歩かない奴隷どもをいたぶって遅くなっているのでしょう。」
カイラスが言う『土竜』とは人攫いのことに他ならない。
人攫いたちは取引先までを地下道で繋ぎ商品となる人々を運ぶ。その際に手懐けたモグラに文を括り付けて取引相手に出発の報告をするのである。
このやり方は『土竜の十爪』の頭目が考案したもので、アルテディズ国の管理もエクロキア大陸に渡るまでは頭目自身が行っていた。
「馬鹿者!商品を傷つければどんな叱責を喰らうかわかったもんではないわ!あぁ…。もうすぐ『あの方』が来てしまうぞ。だというのに、売る奴隷たちがいないのでは私の首が飛んでしまう…。」
カイラスはそう言いながら頭を抱える。
ここまでカイラスが恐怖する理由、それはジルダート王国の視察へ向かった使者からの脅しによるところが大きい。ここ最近、エクロキア大陸の流通網が潰されたと報告は受けている。カイラスとしては人身売買の流通網が一つ無くなることなど歯牙にもかけていなかったのだが、視察の前に執務室を訪れた使者は予想外にも激怒していたのである。
聞けば、人身売買は『あの方』の至高なる実験に必要な素材入手のためであるが、それ以上に『あの方』が作り出した錬金道具を流通させエクロキア大陸を混沌に陥れることが重要だったのだという。それが人身売買の流通網とともに潰されたためにカイラスよりも上の者たちが騒ぎ出したのである。
使者からは自身がジルダート王国から戻るまでにこれまでの倍の素材を集めなければ首を飛ばすと言われている。それだというのに、倍どころか商品自体が届かないというのはどうしたことか。
カイラスが涙目になりながら途方に暮れていると別の者が報告へ現れる。
「カイラス様、商人が来ました。」
「おぉ!そうか、待っていたぞ!すぐに行く!」
カイラスは九死に一生を得たような顔をして報告に来た者へ返事をする。しかし、報告に来た者はまだ下がろうとせず、こう続けるのである。
「ただ…。商人が連れてきたのは男が一人に女が三人だけのようです。しかも、全員が成人済みだとか…。」
「………。何ぃ!?」
◇◇◇
「貴様、土竜ぁ!これはどうしたことだ!ワシが言い伝えたのはいつもの倍となる子供の奴隷だぞ!それがいつもの量にも達していない上に全員成人済みとは…。それでも貴様は『土竜の十爪』の責任者か!」
取引場所となる一室に着くと扉を開けるが早いか、開口一番にカイラスは怒鳴り散らす。
「へ、へぇ…。す、すいやせんね…。旦那。」
いつもであればカイラスの叱責など聞く耳を持たない人攫いが大人しく謝ってくることにカイラスはどことなく違和感を覚えた。
「随分と素直でないか…。まぁいい、とりあえずそこの商品は置いて貴様は直ぐに戻り商品の補充をしてこい。幸いにも身なりが良いソイツ等は上物のようだからな、ワシは『あの方』へそこの商品を繋ぎとして引き渡しておく。
もうすでに日が差し始めている、本日の夜までに補充できなければ首が飛ぶのは貴様も一緒だということを忘れるな。」
「へぇ…。あ、いや…。その…。」
「何をしとるか、この大変なときに。」
なかなか部屋を後にしない人攫いを訝しむように見ていると、口を開いたのは横にいた眼帯を付けた女であった。
「カイラス殿、この度はご迷惑をおかけして申し訳ない。この不備は我々の責任だ、ぜひ『あの方』へ直接謝罪をさせてもらいたい。」
「ほう、碌でもない者の集まりと思っていたが、中々に骨があるではないか。だが、下っ端のお前なんぞが謝罪に出ても何にもならん。というか、お前は新入りか?今まで見たこともないが…。」
「私は別の場所で活動していた者だ。最近、こちらの売り上げが芳しくないと聞き手伝いに来たのだが、結果はこの有様だ。全く以て面目次第もない。」
カイラスは暫し考え込む。
(『土竜の十爪』はルインルスアルテ大陸の各所に縄張りが点在する野盗集団だ。であれば、この女が別の拠点から派遣されたという話も辻褄が合わないわけではない。だが、それにしては対処が早すぎるのではないか…?
野盗の世界には明るくないが、もしかすれば、頭目や仕切る連中に世代交代が来たのかもしれんな。そう考えれば最近のごたつきも説明できる。ということは、この女は新世代の幹部ということか。)
カイラスは深読みをし過ぎるあまり、大事なことを見落としていた。眼帯の女が一度ならず二度三度と顔を合わせたことがあるのを忘れていたのである。
二度はアイリスの父と共に、そして一度はジルダート王国のバーバル国王の護衛として。
「あい、わかった。同席を許してやろう。貴様が全身全霊を以て熱心に謝れば『あの方』の機嫌もよくなるやもしれん。自身で謝ると言ったのだ、その体をも差し出す覚悟でいるのだな。」
カイラスはそう言うと嫌な笑みを眼帯の女性へと向ける。
「………。肝に免じておこう。」
女性はそっと目を閉じながら淡々と答えるだけだった。
「ふむ、良い心がけだ。野盗にしておくには勿体ないほどにな。
しかし、よくもここまで小綺麗な奴らを捕まえられたものだ。女どもは顔も中々に整っとる。正直『あの方』へ実験体として献上するのが惜しいほど………ん?そこの娘、どこかで見たことがあるような………。」
言いかけたところで、入り口から声がかかる。
「カイラス様、御一行様がお付きになられました。」
「う、うむ…。わかった、参るぞ!」
カイラスは一瞬、目から光が失われた顔つきをしてから意を決して扉へと進んで行く。
部屋を出た廊下を少し歩くと直ぐに地下へ続く道が現れる。そこを降りていくと一本道になっており、奥の方が広い空間になっているようだった。
「この道は………。」
「ん?何か言ったか?」
「問題ない、商品が命乞いを始めただけだ。」
眼帯の女性がそう言うとカイラスは一つ頷きそのまま歩き出す。カイラスの反応からしてもこの道を通る際に命乞いを始める人々は多いのだろうということが分かる。
眼帯の女性ダリアは表情には出さないが、そのことを思い浮かべては激しい嫌悪感を覚えるのだった。
「あぁ、皆様!よくぞお越しくださいました!」
カイラスが奥の広場に辿り着くと直ぐに駆け出し、そこに立っている者たちを出迎える。
広場にいたのは五名。
一人は初老を迎えたホビットでステッキを持っている。その後ろに控えている四人は男女ともに鋭い目をしている。ジルダート王国の側近のように屈強な印象は受けないが、体の内に何か力を隠し持っているような底知れない雰囲気が感じ取れる者たちであった。
五人は後ろに大きな洞穴を背負って待ち構えていた。
「遅いのではないか、カイラス。我らが来る前に出迎えの準備も整っていないとは全く以てけしからん。どうやら今の地位が惜しくないと見えるな。」
「そう言ってやるな。コイツを殺して首を挿げ替えるのは容易いが、隣のジルダート王国に睨まれるのは面倒だ。あそこには『騎士王』もいるし、裏切り者も登用されているようだからな。
カイラスを殺すのであれば、それ相応の準備が必要だろうよ。」
老人の後ろにいる男女が話を始める度にカイラスからは嫌な脂汗が流れ出す。カイラスは内心この場を今すぐにでも逃げ出したいところであるが、それを抗うことに全神経を使って何とか衝動を堪えているのであった。
「まぁ、そうだな。今ジルダート王国と争えば御大のご意向にも反する。今回は不問としておいてやろう。」
「は、ははぁ…。有り難き幸せ………。」
カイラスはその場で跪き五人へ礼を述べる。もちろん、これは本来なら一国の主がする作法ではない。であるにも関わらずそうするのは、この者たちとカイラスの関係性が故であった。
「黙れ、時間の無駄だ。」
老人が一言口を開いただけで広場にいる者たちが口を噤む。それまで反響も相まって喧しい空間だった場所が一気に静寂へと包まれる。老人のそれはカイラスよりもよっぽど国主に相応しいものであった。
「モルモットどもはそれか?」
「はっ、はい!上物をご用意しております!」
カイラスは改めて身構えて報告をする。ここが命を拾えるかの正念場なのである。吹き出す脂汗は最早全身から止めどなく流れ出し、着込んでいる服が重たくなってしまうほどのものとなっていた。
「おい、数が違うようだが?それに皆成人に見えるのは気のせいか?」
五人の中でも一回り大きな躯体をした巨漢が指摘し始める。カイラスは歯をカチカチと震わせながらこれに答える。
「そ、それにつきましては…。こ、この者どもが手違いで別の場所へ商品を運んでしまいまして………。このことについて謝罪をしたいと言うので連れてきて参ります。」
そう言って人攫いたちに責任を押し付けようとするが、今度は別の男が怒号を上げ始める。
「貴様は崇高なる血が流れる我らを愚弄するか!!」
「い、いいい、いえっ、そ、そそそのような、こ、ここことは………!!」
「貴様は我々を差し置いて優先する取引先がいたため、そちらに商品を流しこちらには残りカスを持ってきた。そう言いたいのであろうが!」
カイラスが申し開こうとするが、男の怒りようは凄まじいものでカイラスが差し込める隙がなかった。このままでは本当に首が飛んでしまう。焦りつつもこの場を切り抜ける術が思いつかないカイラスであったが、思わぬところから救いの手は差し伸べられることとなる。
「先ほども言ったぞ、私は黙れ、と。この時間がどれだけ貴重なものか貴様らにはわからんのか。私の研究をそんなに邪魔したいのであればこの場で殺してやるぞ。」
先ほどまで激怒していた男は老人の言葉を聞いて、真っ赤にしていた顔を青ざめさせる。
「し、しかし、セグリット様………。」
その瞬間、セグリットと呼ばれた老人がステッキを男へと向けるや否やステッキの先が光り出す。
「が、ぐぅわぁぁあああ!?」
光りに当てられた男はそのまま灰になっていった。
その場にいる全員がその光景を目の当たりにして呆気にとられる。何が起こったか理解できたものはいなかったが、ただ一つ、この老人が人を灰にするだけの力を持っているという事実だけが一同を黙らせていたのである。
「カイラス、そのモルモットを貰っていく。」
「………。え?あ!は、はい!もちろんでございます!!おい、商品を連れてこい!」
カイラスは人攫いたちに指示を出すが誰も動き出すものはいなかった。
「…おい、早くせんか!貴様ら、何を考えて………。」
カイラスは焦るあまり後ろの事にまで気が回っていなかった。漸く後ろを振り向いて商品のほうを確かめたとき、カイラスは絶句して膝立ちで呆けてしまう。なぜか商品たちの枷が外されその手には武器が握られていたのである。
「お久しぶりね、セグリット。やはりあなたが関わっていましたか。」
商品の一人が話し始める。先ほどまで時間に追われていると言っていたセグリットであったが、前に出てきた人物を見て思わず笑みを浮かべる。
「これはこれは。まさかこのようなところであなた様と会えるとは思いませなんだ。お元気になさっておられたかな、アイリスお嬢様。」
アイリスは真っ直ぐにセグリットを見据えると凛とした声で言い放つ。
「お陰様でこの通り死地より舞い戻りました。不純なる血に奪われた土地を、我が民を取り返しに。」




