第110話 アルテディズ国
ジルダート王国の王都バーバルを後にした僕たちは隣国、アルテディズ国へ出発した。
アルテディズ国はジルダート王国よりもやや北側に位置している。そのため僕たちは北西に伸びる街道を二日掛けて進んで行き、現在はアルテディズ国との国境付近にある町に立ち寄っていた。
「さて、問題はどうやってアルテディズ国へ入国するかだが…。」
ダリアさんが名物のタピオカミルクティーを飲みながらこの後の問題提起をする。眼帯を付けた女性が一世代前の女子高生の如く太いストローを勢いよく吸っている姿はどこかチグハグに見えた。ちなみにこの世界のストローは木製なのでとても吸いづらい。
「え?普通に国境を越えればいいんじゃない?」
僕は素朴な疑問を言っただけなのに何故か皆が白い目をして僕を見ては深い溜め息を吐く。
「シュウ、お前は変な所で抜けているな。天然と言われたことはないか?」
マクマクがさも残念そうな人間を見るかのように言う。これでも社会人時代はしっかり者の常識人で通っていた僕に対して天然とは大変失礼な奴め。と思いつつも、他の皆も頷いているためちょっと不安になる僕なのでした…。
「マニマニたちは逃亡劇を繰り広げた末にカルカス公国まで亡命している。であれば、指名手配されていてもおかしくない。少なくとも身体的特徴は筒抜けとなっていると考えていた方がいい。」
「マクマクの言う通りだ。堂々と国境を越えるにしてもこの警戒の目を抜けなければ、ただ掴まりに行くようなものだ。それに私も姫様たち同様に出奔の身なので指名手配されている可能性がある。自分で言うのもあれだが、眼帯をした女などそうはいないからな。私が一番目立つことになるだろう。」
確かにアイリスは紫に近い青い髪、ヤンヤンとマニマニは褐色肌と身体的特徴は分かりやすい。そこに同じ出奔者のダリアさんが加わればすぐ敵に見つかることは明らかだった。
「だけど、それは人目に曝されれば、の話でしょ?」
僕の一言でハッとした表情を浮かべたのはルナ。僕が言ったことに対して、ルナはどうやら察したらしい。
「なるほど、それは良いアイデアですね。シュウ様の『あの魔法』があれば関所も難なく通れるでしょう。」
そう、僕の魔法にこんなシチュエーションにばっちりの魔法があるのだ。
「シュウさん。それってもしかして『野薔薇の団』のアジトで唱えていた魔法ですか?」
「そう。あの魔法はこちらが大きな動きをすると効果が解けちゃうデメリットもあるけど、関所の横を抜けるくらいなら問題ないよ。」
「そのような魔法は聞いたことがないが…。本当にバレないのか?そんな便利な魔法なら皆使っていてもおかしくないだろうに。」
ダリアさんが疑いの目で僕に質問してくる。まぁ、見たことない人からしたらそんなものだろう。
「大丈夫ですよ。ダリアさん以外は一度体験してますし、僕のオリジナルだから知っている人もいません。知らなければ警戒のしようもないですから十中八九バレることはないはずですよ。」
「ダリア、あの魔法を目の当たりにすればあなたも納得するはずです。ここはシュウさんを信じてみませんか。」
アイリスがダリアさんを説得するとダリアさんも『姫様がおっしゃるのであれば』と渋々了承してくれた。
こうして僕たちは関所のある国境まで行くことになったのだった。
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翌日の昼過ぎ、僕たちはアルテディズ国の国境にある関所付近まで来ていた。
アルテディズ国の関所は周囲を岩山に囲まれている。丁度アヅィール聖法国の関所に似た形となっているが、向こうはどちらかと言えば谷間にできた関所なので四方が崖になっていた。それに比べるとまだアルテディズ国の関所周りは密入国できる余地もありそうだが、岩山は剣山のように鋭く尖った岩が無数にあるためかなり険しいものであるうえに魔物が住んでいるため近づくのは命知らずかお尋ね者くらいだろう、と町の酒場で教えて貰った。
「さて、それでは行きますか。普通に関所の門を抜けて。」
「そうですね。入国するとしましょう、正々堂々と関所を通って。」
僕とルナの言葉に皆が頷く。自分で言っていてあれだけど、昨日の皆が見せた白い目はまだ忘れてないからね…。過ぎた話を持ち出すネチッこい人間だと思われたくないからもちろん言いませんがね。僕は出来た人間なのです。
「シュウ様、何を誇らし気に胸を張っているのですか。早く魔法をかけないと誰かに見られてしまいますよ。」
あ、はい。ごめんなさい………。
「じゃあ皆集まって。いくよ〈インビジブル〉」
僕が魔法を唱えると僕の周りに集まった皆が一斉に風景と溶け込み見えなくなっていく。尤もそれは周囲から見ると、というだけで魔法の内部にいる僕たちはしっかりと見えているわけだが。
この魔法は蜃気楼の原理を応用して作った僕のオリジナル混合魔法だ。オーベロンとの最終試験でも使用して効果のほどは確かめている。数舜ではあるが魔導に精通したオーベロンをも出し抜いたこの魔法なら難なく関所を越えられるはずである。
「それじゃあ行こう。僕を中心に約半径一メートルちょっとが効果範囲だから、あんまり僕から離れないようにしてね。あと、声や物音は消せないからできるだけ静かに行動するように心がけて。」
僕が注意点をおさらいすると一斉に歩きはじめる。アルテディズ国への入国待ちの列を横目に歩いて行くとアイリスが一瞬、ハッとするような声をあげそうになる。皆でそれを何とか抑えながら進んで行くと、丁度衛兵が先頭の荷物を改めているところだった。
関所の門の空いている隙間を通って僕たちは関所を抜けていく。少し衣擦れや足音が立ってしまうが衛兵たちが気付く素振りもなく、問題なく関所を抜けることができた。
関所が見えなくなり周囲に誰もいないことを確かめて僕は魔法を解く。
「ふう、ちょっとドキドキしたけど無事入国できたね。」
「すいません…。私のせいで皆に心配を掛けました。」
アイリスがしょぼくれた様に俯いて謝罪をすると、今度はヤンヤン、マニマニ、ダリアさんがあたふたし始める。
「な、何をおっしゃいますか、姫様!私もあの商人の馬車を見ました。上手く偽装はしておりましたが、あれはアルテディズ国で違法となっている奴隷商人の馬車です。あんなものを目の当たりにしてはお心の優しい姫様が動揺なさるのは当然の事。何も恥じることなどございません。」
ヤンヤンが言っている通り、僕たちが関所を通った際、キャラバンの一部に積み荷に偽装した檻の馬車があったのを見かけたのだ。
「あの落ち着き様では奴ら、初めてではなさそうだったな。どうする?ここで待ち伏せて商人どもを問い詰めるか?」
「いや、それは止めた方がいい。まだ関所に近いし、騒動になって警邏隊が来ても面倒だ。
いっそのことアイツ等をつけてどこへ運び込んでいるか暴いた方がいい。アイツ等の拠点に囚われている者もいるかもしれないからな。」
マクマクの言葉にダリアさんが意見する。ダリアさんの提案は合理的なものであるが、ヤンヤンやマニマニは納得できないでいるようだった。
「ヤンヤン、マニマニ。あなたたちの憤りは分かっています。しかし、ダリアが言った通り、彼らを追えばさらに多くの同志たちを救えるかもしれません。ここは耐えて身を隠しましょう。
シュウさん、ルナーリアさん。また寄り道になってしまうかもしれませんが、お付き合いいただけませんか。」
「もちろん大丈夫だよ。僕たちは元々アイリスたちを護衛する依頼を受けているからね。故郷に着くまでアイリスたちがやりたいようにすると良いよ。」
「ありがとうございます、シュウさん。」
こうして、僕たちはまた『インビジブル』で身を隠すと奴隷商の馬車の跡を追うのだった。
◇◇◇
「あそこが奴らのアジトか。」
「あぁ、間違いねぇな。見るからにガラの悪そうな奴らが屯してやがる。」
所代わって、ここはアルテディズ国の首都にある貧民街の一角。時は陽もすっかりと暮れ、辺りは辛うじて月明かりが差すばかりである。
首都主要部から外れた貧民街の入り組んだ路地を抜けると古びて薄汚れた街並みの中に地下へ続く通路があり、その前を屈強な男たちが塞いでいた。
その様子を屋根の上から見つからないように観察しているのは仮面の男たち、『仮面の七人』メンバーのジャンとロージである。
「しかし、こんな街中で人身売買とは見上げた根性してやがるな、あの元締め。いや、『元』元締めか。」
「あぁ、ここアルテディズ国じゃ奴隷は違法だからな。だが、法の穴ってのはどこにでも存在するもんだ。ここへ来る前に中心部もみたが、奴隷と名がついてないだけで不当な扱いを受けている魔人たちが数多くいた。奴隷制度は禁止できても差別意識は禁止できねぇのかもな。」
「ロージ、同族が虐げられている憤りは痛いほどに共感するが、ここで暴れるなよ。」
「分かってる。やるならしっかりと証拠を掴んで俺たちの安全を確保してからだ。それに俺はあんたほど同族への愛も執着もねぇよ。ただ、あぁいうのを見てると良い気分にはならねぇな。」
ロージは魔人族である。魔人族はその生い立ちからあらゆる人種に虐げられる歴史を辿ってきていたが、近年アルテディズ国を始めとした国々とエクロキア大陸だけはその認識を改めていた。いや、正確には改めているはずだった。
ロージがアルテディズ国へ入国するのは初めてであるが、奴隷制度の撤廃を他国に先駆けて取り入れたアルテディズ国がこのような惨状だとは思ってもみなかったのである。そのため、ロージの憤りは見た目よりも激しい。別に同種族だからと言って気に掛けるような性格ではないが、それでも奴隷よりも悲惨な目に合っているところを見せられては看過できないのであった。
それを見て取ったジャンがロージを戒めるのも当然のことである。
「分かってるならいい。この国はどうもきな臭くてならねぇ。あんまり舐めて動くと足下を掬われかねねぇからな。…っと、誰か来たぞ。」
ロージとジャンは夜闇に紛れて監視しているが、万が一にも見つからないように更に身を屈めて様子を窺う。
「何か話してるな。慌てた様子はなさそうだが、わざわざ報告することがあったってことらしい。そら、門番の一人が地下に入っていきやがった。」
ジャンが状況説明するように言うとロージも頷きながら補足していく。
「報告に来た男、恐らく城の人間だ。マントで身なりを隠してるみたいだが、あのマントの素材は一級品だ。あれじゃお忍びだって言いふらしてるようなもんだぜ。」
この世界で城の人間といえば、それは政治の中枢に携わる者を意味している。
人身売買のアジトとして聞かされ監視していたロージたちであるが、そこに役人が現れるということは国の中枢が自ら法に背いて人身売買を見逃していると言っているようなものである。
「何人か出てきた。役人と一緒にどこか行くみてぇだな。どうする、二手に分かれるか?」
ジャンがロージへ問いかける。その問いに対してロージは首を横に振るのだった。
「いや、何か問題があったときに二人のほうが何かと動きやすくなる。こっちのアジトはいざとなったら殴り込めば証拠を掴めるだろう。
今はあの役人風の男が何を企んでいるか調べるほうが先決だ。」
「よし、決まりだな、俺もその判断に文句ねぇ。奴ら走って行く方向は…郊外か。これはいよいよ以て何かあるな。」
「あぁ…行くぞ。」
二人はアジトの見張りを一時中断して男たちの跡を追う。
その入れ替わりに馬車がアジト前に停まったのは何とも運命的な偶然であった。




